覚醒の儀
作者は競馬初心者です。おかしな所があったら、それはきっと異世界だから仕方ないのです。
無事是名馬とは能力が高くても怪我でまともに走らなかったら意味がない。健康なまま走り続けられる馬こそが真の名馬であるという意味である。
転生したら馬でした。こんなことがあっていいのだろうか。
転生前は······とかどうでも良いか。どう死んだとかどんな職業だったとか。だって馬なんだもん。
必要な情報はただの競馬好きな一般人だったってことくらいか。
馬として走るのにはようやく慣れてきた。速歩(左前と右後、左後と右前を同時に出す歩き方)までだが。
今日でこの国に生まれて3日になる。わざわざこの国と言ったのは、ここが現代日本である確率がとても低いからだ。
世話に来るのは外国人オンリー。元日本人の俺には何人に似てるとかは判らない。
世話する人の中に一人、金髪の人がいた。馬の視覚では黄色系統が目立つ。むしろ青と黄色以外ほとんど見分けが付かない。色覚異常がよぉ。
あっちにいる男は手から水を出すことができる。顔はぼやけてて近付かないと判らないが、いつも青い作業着を着ているから覚えてしまった。作業着ちゃんと洗ってんのかな。
そんなことよりも、手から水が出るんだ。バケツをひっくり返したかのように。ただのマジックか、もしくは種も仕掛けもない水魔法というやつだろう。
異世界······しかし、テンションは上がらないな。いつ軍馬として召集されてしまうか。中世で馬なんて真っ先に殺られる役じゃん。
唯一の安心材料は端から軍馬用として生まれた訳じゃなさそうだということだけだ。
母馬はサラブレッドのようだが、牧柵の隣で馬耕している父馬はクォーターホースっぽかったな。クォーターホースは乗馬用としても使われていたが、軍馬としての適性はフリージアンホースなんかに劣る。
説明しよう!サラブレッドは皆さんご存知の競馬に出る競走馬の種類だ。
クォーターホースの方は一般的な馬って感じ。世界一多い種類だった筈。カウボーイが乗るのもこの馬。
この国に馬が何頭何種いるかは知らないが、クォーターホースなら選ばれる優先度は低いだろう。走ることだけに特化したサラブレッドなんてもってのほかだし。いつ死ぬか分からん軍場なんかにはなりたかねぇ。
まあ心配せずとも、俺は父馬のように将来は荷運びなんかを生業にするんだろう。肉にはならんよね?
この世界に生まれてから半年ほど経ち、乳離れをした。
それと同時に母馬が消えた。どこに行ったんだろう。食卓の上······とかじゃないよな。
今はすぐに働きに出られるように、牧草を食べ、走り、ほどほどに筋肉を蓄えている。
そんなある日、じゃらじゃらと人が俺の元に群がってきた。
俺たち馬を世話するいつメンが全員集合。他にも知らない神官みたいな人が少し。
推定神官が俺の前に立ち、何か唱え始めた。
なんかファンタジー的な儀式だろうか。半年経っても言葉は全く分からないがこれは大事な催しなのかもしれない。
すると、頭に何かが流れ込んでくるような感覚がした。
何これ怖い。俺は頭を振り、流れ込んで来るものに抵抗するために、頭に力を込めた。それはもう、力こぶを作るように、腹筋を魅せるかのように。
しかし、はいを選ぶまで同じセリフを繰り返すNPCの如く、これを受け入れるまでこの儀式は終わらないようだ。
俺は大人しく覚悟を決めて抵抗を緩めると、スッと身体に溶けて消えてしまった。
なんか呆気なかったなと輪乗り(ゲートに入る待ち時間の間にくるくる歩くこと)のようにくるくる左小回りをしていると身体がだんだんと熱くなってきた。
突然、からだの中に「強い馬に必要な資質とは」と問われているような感覚がした。強い馬の資質······これは競走馬で考えて良いんだろうか。
強い競走馬は前世で多々観てきた。帝王のような柔軟性、覇王のような賢さ、貴婦人のようなパワー、その他を寄せ付けない天才のようなスピード、瞬発力、末脚、ロングスパート、スタミナ、重馬場適性、雨適性。
レースには色んな要素が絡むが、俺は回復能力が高い馬が強い馬であると思う。
どんなレースも万全な状態で挑める。レース後すぐに調教に入れる。大きな怪我をせずに生涯を終える。
回復能力が優れているだけで歴史的名馬になるとはいかないだろうが、重賞に挑戦することができるくらいの名馬にはなれるのではないだろうか。
そんなことを考えていると身体が突然光り出した。父馬がそれに驚き、暴れだす。俺はカメラのフラッシュじゃないんだが。
しばらくして光が収まり、推定神官が近寄ってまたぶつぶつと呪文を唱える。これが本当の馬の耳に念仏だな。異世界語分からん。
◇
三月の少し肌寒い晴れの日。アーモンドが実をつけ始めた頃。
気持ちのいい風が僕を撫できって駆けていく。今日は良い日になりそうだ。そう感じた日のことだった。
仔馬が生まれた。うちの農園で牧畜馬として飼っているステファンと親父がどこかから借りてきた繁殖牝馬の子供だ。
「クリーム色で、······目が茶色いな。月毛だ」
親父はこの仔馬を競走馬として育てるつもりらしい。だからか、馬は足りてるのに殖やすなんて怪しいと思ってたんだ。
つか、牝馬を借りる金はどうしたんだ。
「オーナーブリーダー(生産牧場+馬主)ってやつだ。賞金総取りだぞ」
そう言ってガハハと豪快に笑う。
なんて酔狂な。俺は心の底からそう思った。
ステファンは中間種。軽種たちのレースに出したところで勝負にすらならない。
中間種は瞬間的な速度は軽種よりも速いが、1000mも全力で走れる種では無いのだ。
ところで、自分のとこの牝馬じゃなくてもオーナーブリーダーって言うのだろうか。
「ステファンの曾祖父に未勝利戦勝ち馬がいるだけじゃないか。他はレースに参加すらしてない。母は零細血統の準OP馬だし。こんな血統で競争に出したら間違いなく嗤われるよ」
「その曾祖父だって血統にレース参加馬はいないだろう。その馬の馬主よりマシだ」
そりゃ賞金が出ればボロ儲けさ。でも、レースに行くまでにも金は掛かる。餌は畑で取れた野菜で良いとしても、調教費用だったり、他にも色々あるだろう。
更に親父は追加で信じられないことを言った。
「鞍上はお前がやれ、ラッジ」
「はあ!?何を言い出すんだ!僕は騎手免許なんて持ってない」
「地方のレースなら騎手免許は要らん。そこで賞金取ってきたらGIジョッキーでも雇って中央のレースに出す」
滅茶苦茶な発言に僕は思わず声を荒げて抗議する。
待ってくれよ。地方でだって騎手免許のない騎手は法律的にグレーだ。捕まりはしないだろうが。良い顔はされない。
「そもそも僕のシンボルは『飼育』だ。『騎乗』じゃない。本職には勝てっこないよ」
「こいつがその分強ければ問題ない。総てはこいつの覚醒次第だな。強いシンボルを頼むぞ」
そう言って仔馬を撫で、親父は畑に向かった。
いつもより軽く見える親父のその足取りに、「転べば良いのに」と吐き捨てた。
振り返ると仔馬は既に立ち上がり、独力で哺乳していた。
仔馬はすくすく育っている。もうレースに出せるんじゃないかと錯覚するほど。
世話は農園メンバーで代わる代わる担当するが、『飼育の加護』を持っている僕は多めに入れられた。
成人したばかりの15歳の青年に仕事をさせ過ぎだ。
仔馬の名前は新芽の時期に生まれたからそのままプース(新芽)[Pousse]と名付けられた。
他の馬も同時期に生まれてるのにこんな名付け方はどうかとも思うが、二代目皇帝と誕生日が同じという理由でアンペルール(皇帝)[Empereur]と付けるよりよりマシだと思った。
プース自身はまだプースを名前だと認識できてないみたいだけど。
プースは新しく買って貰った玩具を試す子供のように、二拍子三拍子四拍子、ストライド走法(歩幅が大きい走り方)やピッチ走法(歩幅が小さい走り方)と色んな走り方を試すように駆けている。本当に馬なのだろうか。
全力で走るには柵の中は窮屈なようだが、出すことは出来ない。
仮に柵の外で放馬(鞍上を振り落として自由になること)でもしたら、魔物にでも食われて翌日発見されるのは骨だけなんてことになってしまう。
そんなことになったら大赤字だ。牝馬を借りる代金は、農園一年間の売上に匹敵するくらい高かった。親父、ぼったくられたんじゃねえの?
「いよいよプースのシンボル儀式が始まるんだな。『頑丈の加護』じゃなければ何でも良い」
『頑丈の加護』はレース中は『力の加護』の下位互換として知られている。『頑丈の加護』があったとしても怪我するときには怪我をするし、何より軍馬として徴収される可能性が高くなるのが痛い。
レースで見たら外れシンボル。馬主の立場で見るのなら大外れのシンボルだ。
神官が杖をプースの頭に翳す。
そもそもシンボルとは人間が様々な能力を得るためのものだ。これを覚醒と呼ぶ。
ここジャンバ帝国以外では馬を覚醒させるなんて有り得ないことらしい。
馬が覚醒すると、『速さの加護』や『力の加護』などのシンボルを貰う。
何のシンボルかはよく重要視されるが、シンボル一つでそこまで大きな力の差は生まれない。
元々足の遅い馬『速さの加護』と未覚醒の速い馬が競争して速い馬が勝つなんて事例もあるかもしれない。
けれど、速い馬『速さの加護』と速い馬『力の加護』が競争してハナ差(鼻の長さ程の僅差)で『速さの加護』の馬が勝つかもしれないのが競馬の世界。
良シンボルであるならばある方が良い。実際シンボルを重視して馬券を買う人も多い。
プースは少しの間杖から流れる魔力に嫌がった様子を見せていたが、ついにその瞬間が来た。微かに光を放つ魔力がプースの顔を覆った。
刹那、プースが太陽の如く激しく発光する。
光るプースに驚いたステファンをアントナンさんが宥めに駆けていった。
僕もそっちを手伝った方が良いかと考えたが、今はどうしてもプースから目が離せなかった。
ステファンの嘶きが聴こえるまで辺りは静寂に包まれていた。ハッとしたシンボル記録官の人がプースの鑑定を始める。
そして告げられるシンボル。記録官が告げたシンボルを僕は聞いたことがなかった。親父を見ても僕とその他従業員と同じように呆けた顔をしている。
「『回復の加護』です」
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