第9話 騒ぐ森、転がるウサギたち
翌日、私は朝早くから、おばあちゃんと一緒に野菜を積んで町へ向かった。
朝市の日だ。
まだ空気の冷たい時間帯でも、町の中心へ近づくにつれて、人の気配が増えていく。
市場が始まり、人が集まりだした頃。
中央に立つ大きなからくり時計の下に、目立つ人影が立った。
白い大きな襟。
赤と青の縞々の、やたら派手な服。
(……領主の部下だ)
その男は、立て看板に紙を貼り出すと、胸を張って声を張り上げた。
「――竜が出て、黒い森に戻って行った!」
ざわ、と人の波が揺れる。
「まだ森にいる可能性があり、みな心配だろうが、安心するように!」
一拍置いて、さらに声を大きくする。
「領主は、みなの安全のため、
竜を探しに森へ兵を向かわせることを決めた! 以上!」
それだけだった。
野菜を売り終え、空になった荷車を脇に寄せて、少し近くで聞いてみたけれど、
追加の説明は何もない。
(……竜は、もう森にはいないのに)
意味がない。
それどころか――
(これでまた、税が増えたりしないよね……)
嫌な予感を抱えたまま、私は荷車に乗り、魔法で風を起こして帰路についた。
――そして、すぐに予感したよりも酷い現実になった。
翌日から、森の様子が一気に変わった。
騎士たちが森に入り、
あちこちを闇雲に荒らし始めたらしい。
森の魔獣たちは、当然、落ち着かない。
「畑にボールウサギが転がってきた!」
「葉物がぐちゃぐちゃだ!」
「ピョンピョンジカにウリを持っていかれた!」
そんな話が、次々に聞こえ始めた。
「……来たね」
おばあちゃんが、短く言った。
私たちは、村の畑の見回りに出ることにした。
おばあちゃんの魔法は随一だし、魔獣についても昔から詳しい。
こういう時、屈強な男の人たちより、よほど頼りになる。
村外れの畑に差しかかると、すぐに見つけた。
真ん丸になって、もふもふと畑の上を転がる影。
全身真っ白な一匹と、
白にグレーのぶちの一匹。
「……ボールウサギ」
おばあちゃんが、迷わず土に手をかざすと、
さっと盛り上がった土が、檻の形になる。
ころころと転がっていた二匹は、その中に閉じ込められた。
「タ、タスケテー!」
「イヤー! ダシテー!」
檻の中で、ぶつかり合いながら泣き叫ぶ。
私は一歩近づいて、しゃがみ込んだ。
「助けてって言うなら、約束して。
もう畑の上で転がらないって」
「ダッテ、ワタシラ悪クナイモン!」
「人ラガ森キテ、木切ッテ!」
「大黒熊ボス、怒ッテ!」
「キャーッテ、逃ゲテキタダケダモン!」
私は、はっとする。
「……大黒熊が、ボスなの?」
「ボス、カンカン!」
「悪イノハ、森キタ人ラ!」
二匹は、目の端をきっと吊り上げて、
怒った顔を真似してみせた。
木の実がなる時期を前に、
食べ物の木を切られたことが、相当こたえているらしい。
その様子を見て、おばあちゃんが首をかしげる。
「リリ、この子ら、何言っとるんだい?
あたしにゃ、さっぱりだで、訳してくれんか」
「えっと……」
私は、できるだけ簡単に説明した。
「森に竜を探しに入った騎士たちが、
木の実のなる木を切りながら進んでるんだって。
それで、大黒熊さんが怒って暴れてて、
巻き込まれたくない子たちが逃げてきたみたい」
おばあちゃんの表情が、険しくなる。
「……早く止めさせんといかんね。
あんまり切ると、そのうち畑に食べ物探しに来るのも出てくる」
切ってしまった木は、戻らない。
でも、これ以上ひどくなる前に、止めなきゃいけない。
おばあちゃんは、村の古くからいる人たちと、
力のありそうな人たちを集めて、領主のもとへ訴えに行くことにした。
「さてと」
私は、ボールウサギたちを見る。
「ピョンピョンジカ、探せるなら、
そこから出すけど」
「ピョンピョンシテ、スグオ腹空イチャウ子ネ」
「ワカル! アッチデ、ピョンピョン音シテル!」
私は檻を壊し、二匹を解放した。
それから一緒に、
近くのウリ畑で食事中だった、薄茶色に茶色のぶちのピョンピョンジカたちを見つけ、
ウサギたちと協力して止める。
そして、私はお願いした。
「森に戻ってもらうために、
大黒熊のところまで案内してほしいの」
途端に、みんなが首を振る。
「案内デキルケド!」
「大黒熊ボス、自分ヨリ強イヤツノ話シカ聞カナイヨ!」
「ボス、強イヨ!」
私は、少し考えてから苦笑した。
「あー……人の姿じゃ、ダメってことね」
それなら――
「大丈夫。考えがあるから」
そう言って、
とにかく近くまで連れて行ってもらうことにした。
胸元のネックレスに触れる。
(……また使う時、かもしれない)
森は、まだ騒いでいる。




