第8話 ねじ曲げられる竜の噂
次の日は週末で、学校は休みだった。
朝から、私はおばあちゃんと一緒に畑に出ていた。
昨日のことが嘘みたいに、空はよく晴れている。
おばあちゃんが土に魔法をかけて、私が魔法で草を取っていると、
隣の畑の方から、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「えっ?」
「あら、大変!」
シュタン家のおじさんとおばさんが、
騎士らしき人と話している。
距離があるせいで、詳しい話までは聞こえない。
けれど、ただ事ではなさそうだった。
しばらくすると、シュタンおばさんが鍬を畑の隅に置き、
小走りでこちらへ向かってきた。
「はぁ……はぁ……」
少し息を切らしながら、声を潜める。
「おばあちゃん、リリちゃん、聞いたかね?」
「いや、知らないね。で、悪い話かい?」
「そうそう。
昨日ね、学校の近くの倉庫と、領主の別邸のとこに、竜が出たんだってさ」
私は、思わず手に力が入った。
「倉庫は壊されて、
ちょうど別邸に遊びに来てたフルールちゃんは、連れてかれたけど……」
一瞬、胸が締めつけられる。
「フルールちゃん、逃げられたみたいでね。
騎士さんが家に聞きに行ったら、ちゃんと帰ってたって。
そん時、竜は森の方へ行ったって、フルールちゃんから聞いたらしいよ。
まだ、どこかにいるかもしれないから、今日の農作業は気を付けてくれってさ」
シュタンおばさんは、一気に言った。
「フルールちゃん、無事で良かったねぇ」
「ほんとだねぇ」
おばあちゃんも、相槌を打つ。
「分かった。知らせてくれて、ありがとう」
シュタンおばさんは、また自分の畑へ戻っていった。
充分離れたところで、
おばあちゃんが、ゆっくりこちらを振り向いた。
「……リリ」
その声で、分かった。
誤魔化せる相手じゃない。
「昨日、何があったか、ちゃんと、話してくれんか」
私は、採った草の束を地面に置いた。
そして、昨日のことを、全部話した。
倉庫に閉じ込められたこと。
指輪をはめてみたら、竜になったこと。
その後のことも、全部。
おばあちゃんは、黙って聞いていた。
「……そうかい」
しばらくして、低く言う。
「その指輪、竜になる指輪だったか」
畑の土を見つめたまま、続ける。
「戦場で、ビュートと一緒にいた頃も、竜は何度か見たことがあってな。
竜国の人は、竜を呼べるんかー、って思ってたから、
リリもそのうち、とは思ってたけど……」
一度、私を見る。
「まさか、本人が竜になるとはねぇ」
そして、顔をしかめた。
「それにしても……。
騎士は、倉庫にリリが閉じ込められてたってことは、言わんのね。
学校で連れてかれたの、見た人も何人もいるだろうにさ」
声が、少し荒くなる。
「リリを一人で閉じ込めて、どういうつもりだったんだか。
嫌がってるフルールちゃんが、
領主の家に一人で遊びに行くとか、なかろうがっ」
珍しく、はっきり怒っていた。
「……二人とも、怪我せんで、本当に良かったわ」
そう言ってから、おばあちゃんは何度も繰り返した。
「良かった、良かった……」
しばらくは、腹立たしさが収まらない様子だった。
けれど、竜がもう出てこないことを、私たちは知っている。
やがて、おばあちゃんは深く息を吐いた。
「……さ、やるか」
何事もなかったかのように、畑仕事を再開する。
周りの畑の人たちも、最初はそわそわしていたけれど、
昔からのことをよく知っているおばあちゃんが
いつも通りなのを見て、
「きっと、大丈夫なんだろう」
そう思ったらしく、少しずつ作業に戻っていった。
噂は、朝に聞いたような形で広まっていた。
竜が出た。
倉庫が壊れた。
フルールは無事だった。
――でも。
私が倉庫に閉じ込められていた話は、
どこにもなかったことになっていた。
(……隠されたんだ)
胸元のネックレスが、ひやりと冷たい。
私はもやっとしつつも、何も言わずに、
再び草取りを続けた。
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