第7話 願ったら、竜が助けてくれました
別邸から離れるにつれて、背中の緊張が少しずつほどけていくのを感じた。
フルールは、まだ私の背中にしがみついたままだ。
震えは収まってきているけれど、完全に落ち着いた様子ではない。
(……どこか目立たず、降りられるところは)
私は、近くの森の奥を見た。
黒い森。
人の気配が薄く、木々の影が濃い場所。
慎重に高度を落とし、森の端の少し開けた場所に降り立つ。
どしん。
地面が揺れ、落ち葉が舞った。
私は身体を低くして、翼をたたむ。
フルールが、恐る恐る背中から降りた。
「……ありがとう」
小さな声。
そのままその場に立ち尽くすフルールに挨拶してから、
私は、ゆっくりと、森の奥へと歩き出した。
どしん、どしん。
足音が遠ざかり、木々が視界を遮る。
(……ここなら)
フルールの姿が完全に見えなくなったところで、立ち止まる。
左の前肢を持ち上げ、黒い爪の先で指輪に触れる。
(外せば……戻れる、よね)
私は指輪を外してみた。
視界が、ぐらりと揺れる。
身体が、急に軽くなる。
いや、軽いのではない。小さくなる。
鱗が消え、爪が縮み、翼の重みが失われていく。
「……っ」
地面に膝をつく。
土の冷たさが、布越しではなく、はっきりと伝わった。
耳に届く音も、匂いも、全部、人の感覚だ。
「……戻れた」
自分の声で、そう呟く。
ほっとした途端、膝が少し震えた。
(……よかった)
深呼吸して、立ち上がる。
服も、ちゃんと戻っている。
ネックレスを、首にかけ直す。
私は森を抜け、フルールの待つ場所へ戻った。
フルールは、同じ場所に立っていた。
私を見ると、はっと目を見開く。
「……リリ?」
私は、少し息を切らしながら、うなずいた。
「うん。遅くなってごめん」
「……無事だったんだ」
フルールは、安堵したように息を吐いた。
少し歩いて、森を抜けながら、
私は、一瞬だけ迷ってから、できるだけ落ち着いた声で答えた。
「閉じ込められてね。すごく困って……」
胸元のネックレスに触れる。
「この指輪に、“助けて”って頼んだの」
フルールが、静かにこちらを見る。
「そしたら……竜が来て、助けてくれた。
それで、フルールも助けてって、言ったの」
それだけを伝えた。
「……そんなこと、あるんだね」
フルールは、少し不思議そうに笑った。
私はネックレスを握りしめた。
(竜になれるなんて、びっくりだけど、何事も無くて良かった。)
次の日になって、何事も無くは無かったと分かったのだけれども。




