第6話 気づいたら、竜に捕まっていました(友人談)
風を切って飛ぶ感覚にも、少しずつ慣れてきた。
羽ばたくたび、空気の重さがはっきりと伝わってくる。
速く飛ぼうとすると身体が前に引っ張られ、角度を間違えるとふらつく。
(……難しいけど、思ったより言うことを聞いてくれる)
眼下の景色が流れていく。
畑が小さくなり、道が細い線になり、やがて湖のきらめきが見えた。
――あそこだ。
湖のほとりに建つ、白い石造りの建物。
領主の別邸。
そして、その中央にある、小さな東屋、おしゃれに言うと――ガゼボ。
近づくと、その下から、こっちを指さしながら、誰か出てきた。
領主の息子と、護衛騎士や、給仕のメイドさんなど?あと、フルール!
「フルールー!来たよー!」
聞こえているのか分からない。みんな慌てている。
フルールも、この機に逃げようとしたようだが、捕まった。残念そう。
私は高度を落とし、庭の外れに降り立つ。
どしん。
地面が揺れ、芝がえぐれた。
庭にいた全員が、こちらを見ている。
「な……」
「竜……?」
悲鳴にならない悲鳴が上がる。
私は一歩、前に出た。
それだけで、護衛たちは剣を抜くことも忘れ、一人は尻もちをつき、一人は木の陰に隠れた。
「おい、何やってる!護衛が逃げるな!」
領主の息子が言う。
フルールの目は、恐怖よりも、困惑で見開かれている。
私は、できるだけ落ち着いて、首を下げた。
「助けに来たよ」
声にしたつもりだった。
けれど、庭に響いたのは、低く重たい音。
もちろん、フルールには意味が分からない。
領主の息子が、青ざめた顔で叫ぶ。
「な、なぜ竜がここに……!」
私は、そっと翼を広げ、ガゼボの横に身体を寄せた。
風が起こり、テーブルクロスが舞い上がる。
フルールの身体が、ふわりと浮いた。
「え……!?」
次の瞬間、私は彼女を背に受け止めていた。
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「あの場から逃げられたのはいいけど……私、何故か竜に捕まってる?
どうなるんだ? 私」
そう口に出しながら、背中で、フルールは固まっていた。
竜は飛び立たず、少しだけ身体を傾ける。
「……?」
低い音が、響く。
フルールは、恐る恐る声を出した。
「……私の話、分かるかな?」
返事はない。
けれど、竜は、妙に落ち着いている。
その時、フルールは気づいた。
竜の左前肢。
その人差し指の先に、指輪がはまっている。
そこから、細い鎖が垂れている。
「……え?」
竜は、わざとらしいほどゆっくり、
その指輪がフルールの視界に入る位置へ、前肢を少し後ろに動かした。
届かない距離。
けれど、はっきりと見える。
「……もしかして」
フルールの声が、震える。
「リリが、あなたを呼んで助けてくれたの?」
胸が、どくんと鳴る。
「彼女も無事だったなら、良かった……」
竜は、答えない。
ただ、ゆっくりと立ち上がった。
「……どこにいるの?」
問いかけに返事はないまま、
大きな翼が広がる。
ばさり。
庭の空気が、大きく揺れた。
私は、背中のフルールをしっかり支え、地面を蹴る。
別邸が、下に遠ざかっていく。
フルールは、まだ何も分かっていない。
けれど――
今は、まず、ここから離れる。
話は、それからだ。
私は、空へと舞い上がった。




