第4話 逃げられない放課後
「金曜日、別邸でお茶会を開くんだ」
朝の学校の廊下で、領主の息子はそう言って、フルールの前に立った。
「今週末は予定があります」
フルールは、きちんとした礼をしたまま答えた。
「今王都から料理人を呼んでいてね。君を招待したいから、放課後、迎えに行くよ」
私は一歩、前に出た。
「フルールは私の家に来る約束です」
彼は一瞬だけ私を見て、それから興味を失ったように視線を戻した。
「君には関係ない。彼女との話だ」
(……やっぱり、通じない)
その日から、似たやり取りが何度も繰り返された。
授業の合間、廊下、校門の前。
丁寧な言葉。
しかし、断りは一切聞いていない。
フルールは表向き、落ち着いていた。
けれど、帰り道でぽつりと言った。
「……正直、少し怖い」
「授業が終わったら、さっさと帰ろう」
そう言ったものの、胸の奥のざわつきは消えなかった。
そして金曜日。
最後の授業は、歴史の討論だった。
貴族と領民の義務について意見を出し合う内容で、思った以上に時間がかかった。
(嫌な予感がする……)
窓の外は、すでに夕方の色に染まり始めている。
ようやく解放され、私はフルールの手を取った。
「急ごう」
二人で教室を出た、その瞬間だった。
廊下の先に、立っている人影が見えた。
領主の息子。
その後ろに、子分が二人。
「走って!」
風魔法で子分たちを押しのけ、二人で駆け出す。
廊下を抜け、校舎の外へ――
だが、出口に人が立っていた。
(え?子分以外にもいるの!?)
「フルールちゃん、約束したとおり、迎えに来たよ」
領主の息子が追いつく。
声は穏やかだった。だからこそ、逃げ場がないと分かる。
(ああ、撒けなかった~。約束してないけど。断ったけど。)
「どうも、君の友達が邪魔をしているようだから」
彼は、困ったように肩をすくめた。
次の瞬間、背後から誰かに口を塞がれた。
甘く、重い匂い。
(……薬)
力が抜ける。
「リリ!誰か……」
フルールの声が、遠くなる。
視界が暗くなり、身体の感覚が途切れた。
――目を覚ました時、冷たい床の感触があった。
高い位置の小窓。
扉が一つ。
縛られてはいない。
けれど、扉は鍵がかかっていて、びくともしない。
胸元の指輪に、自然と指が伸びた。
――困ったことがあれば、指輪をはめてください。
これ以上の「困ったこと」は、思いつかない。
私は、指輪を手に取った。




