第8話 亡命王女四姉妹と、もう一人の姫
「フィシエーラ王国の王女四姉妹が、アグラールへの亡命のため、国境に向かっている」
朝の光が差し込む魔獣研究所・出張所で、マックスが静かに告げた。
「国境をスムーズに越えられるよう、迎えに行く必要がある。歳が近い女性だから、リリちゃん、頼める? コフクも、案内をお願い」
「はい」
『ピイ(了解)』
「追っ手が出ている可能性もある。気を付けて」
答える私の胸の奥に、少し熱が灯る。
守られる側だけでなく、守る側になる――そう決めたところでの、初仕事だった。
早速コフクと二人、出張所の裏手の森へ回り、打ち合わせることにした。
「王女たちの居場所って、分かるの?」
コフクが低く鳴く。
『彼女たちの魔力の匂いを知ってるから、分かる。まだ遠いよ。歩けば半日以上はかかる』
「……飛ぶ?」
小さく呟いた私を、コフクがじっと見る。
『竜になるってことだよね。目立たないように、行ける?』
「うん。風魔法で、竜の気配を消しながら行けば良いと思う」
人気は無いが、念のため、再度誰も見ていないのを確かめる。
それから、私は深く息を吸い、目を閉じる。
「風よ、我を散らせ」
風が集まり、身体の周りを包み、広がる。
そして、指輪をはめる。
胸の奥の赤い核が熱を帯びる。
骨が軋む感覚とともに、視界が高くなり、目の前の木々やコフクが、どんどん小さくなる。
翼が空気を掴む。
私は竜になったと、分かる。
『リリはもっと速くも飛べるの?』
少しだけ前を先導して飛ぶ、コフクが笑う。
「分からない。まだ飛び慣れないから、この位が良いと思う」
雲を裂き、風を切り、国境を越える。
(やっぱり、気持ちがいい……)
竜になれるからこそ、短時間で助けに行くこともできる。この力を、今は誇りに思う。
◇
街道の先に、仮面を付けた四人の女性の姿が見えた。
恐らく、エリシア、リオネッタ、セレフィナ、ミリエルの四姉妹。
二十数名の、騎馬と歩兵の混成部隊と対峙している。
『ちょうど、追っ手が来たところみたいだね』
コフクはピイ、と一度だけ鳴き、王女たちの頭上を旋回した。
『じゃ、リリ、降りて良いよ』
私はゆっくりと、街道へ降り立った。地面が震え、砂煙が舞う。
一瞬、辺りの時間が止まったように、全員が、息を呑む。
私は王女たちの斜め前に立ち、翼を半分だけ広げる。守るよ、という、意味を込めて。
コフクが私の肩に乗った。
「……敵意はありません。こちらの側、ですね」
エリシアが、即座に判断し、リオネッタも剣先を下げ、頷いた。
敵がまた、動き出し、こちらへ向かって矢を放った。
エリシアが水魔法で止め、リオネッタは正面から踏み込んで、剣で圧をかける。ミリエルも後ろから、回復と結界で支援する。さらに――
「濃き甘さよ、足を奪え――チーズケーキの沼」
セレフィナが、リラハープで低い音を奏でると、追手たちの足元の地面が、ぬたり、と沈み、騎馬がもがき、兵が倒れた。
(今!)
私は、静かに息を吸い込む。
「え?」「や、やめてくれえーー」
恐怖に満ちた悲鳴が聞こえた。
(焼き尽くさず、恐怖だけを残す炎を)
――ごう。
抑えた炎を、地面の前方だけに吐き出す。
「退却だ!戻って、……立て直す!」
追っ手は完全に崩れ、逃げて行った。
「あら!もう、三時ですわ。……竜さんも、一緒にお茶にします?」
戦いの直後にも関わらず、セレフィナが、優雅な微笑を投げかけてきたので、私も一度その場を離れて人になってから、自己紹介をした。
「リリです。竜を呼べます。アグラールの魔獣研究所から、迎えに来ました」
それから、街道脇で、姉妹たちと一緒にお菓子作りをして、お茶をいただいた。
フィシエーラ国の港町名産の、柑橘の皮を使ったソースを添えたクレープは、甘酸っぱくて、何とも言えず美味しかった。
「……うわあ、美味しい。初めての味です。元気が戻りますね」
「喜んでもらえて嬉しいです。食の大切さを教えられてきたわたしたちは、どんな時でも三時のお茶だけは忘れないのです」
勝利の後のおやつは、確かに格別だった。
その後はひたすら街道を歩き続け、夜、小さな森で空き家に宿泊し、次の日、国境の検問所を通過した。
◇
出張所に戻ると、マックスが、王女姉妹を迎えた。仮面を外し、従姉妹同士の再開で、姉妹たちもやっと緊張が解けたようだった。
その横で、ビュートゥは私に駆け寄ってきた。
「姫――ご無事でしたか!」
マックスの視線が、鋭く動いた。
「……姫?」
ビュートゥは咳払いした。
「ひ、姫のように素晴らしい方、という意味で!」
「……そう」
マックスは微笑んだ。が、その目は笑っていなかった。
時間は、午後三時。王都から領主が呼んでいた料理人マンジェが来ていて、おばあちゃんの干し柿に、クリームチーズを添えて配った。
「村に菓子学校を作ることになったんです」
お茶の席でのその言葉に、セレフィナの目が輝く。
「本当ですか? 私もぜひ、お菓子学校で学びたいです」
(私は、学校の卒業後は出張所かな……)
私も干し柿とクリームチーズを頬張りながら、近い未来に思いを馳せた。
短い滞在の後、王女四姉妹は、マックスの一角獣やウィル達護衛騎士の戦麓獣に同乗して王城へと飛び立って行った。
◇
マックスは王城へ戻ると、静かな部屋で兄の第一王子、アーヴィンに向き合った。
「十六年前、竜国で王家に女児が生まれたという話はありますか?」
「ああ。竜国王に女の子が生まれて、僕も祝いに行ったのが、ちょうどその位前かな。
黒髪に、赤い目――竜国王と同じだった」
マックスは頷いた。胸の奥で明確に繋がる。
黒い髪に、赤い瞳。
赤い竜。
――ビュートゥの“姫”という呼びかけ。
(竜国の姫……か)
「この前出た、赤い竜は、黒髪で赤い目の、十六歳の女の子が呼んだものです」
「今回作った出張所は、その子のため?」
「……はい」
短い会話のあと、夕食前に一度着替えるため、マックスは自室へ向かい、思った。
(一つの疑問は解消した。だが、前に感じた、違和感。ビュートゥの態度が、リリちゃんと、竜で、同じ……? まさか、ね)
一方のアーヴィンは、婚約者のエリシアが王との話を終えて出てくるのを、王の部屋の前で待つことにした。フィシエーラ国王が消息不明の中での亡命なので気持ちは抑えるべきだが、久々に会えるのは嬉しい。
「……そう言えば、竜国は、上に、男児がいたという噂もあったな」
アーヴィンはわずかに目を細めた。
◇
しばらくして、セレフィナとフルールは、村にできた菓子学校への入学を決めた。
セレフィナは、村以外の生徒が通うための寮に入ることになり、早速村へ戻ってきた。
「これから、どうぞ宜しく。同い年ですし、よろしければお友達になって」
セレフィナが笑って、手を差し出す。
「はい、もちろん。
あと、こちら、フルール。私の幼馴染で、同じ菓子学校に通います」
私は握手をしてから、隣に立つフルールを紹介する。
「セレフィナです。フィシエーラ王国から来ましたの」
「一緒に頑張りましょうね。村で何か困ったら、言って。ところで、セレフィナは、なぜお菓子学校へ?」
フルールが、握手しながら、訪ねた。
「強くなりたいのだけど、私、お菓子のイメージの魔法しか使えなくて……。
お菓子作りをしながら、魔法の腕を磨きたいの!」
セレフィナの奥に流れる決心に、心を揺さぶられた。
私も、一緒に、強くなりたい。
そして、守りたい。
みんなとの、平和な日常を。




