第7話 姫を守る会議
アンドロメダ達が森から帰った後、出張所の大部屋に、所員達が集結した。
出張所の大部屋の中央には、大きな木製のテーブルが置かれている。
それを囲むのは、いつもの顔ぶれ。
マックス、ビュートゥ、アンドロメダ、ココット、コフク、私、そして所員ではないが、護衛騎士ウィルと、ジーナおばあちゃん。
窓の外には、夕暮れ前の西日が射す。
「では……始めますかのう」
ビュートゥがゆっくりと手を組む。
「本日の議題は――リリア様を守るための方策じゃ」
ココットが小さな魔石を卓上のくぼみに置く。
淡い光が立ち上がり、テーブルの上空に半透明の光像が浮かび上がった。
「簡易投影盤、起動します」
会議ボードが現れた。
“守るため”。
その言葉が、私の胸に少しだけ引っかかる。
◇
「まずは、闇魔法の整理からいきましょうか」
アンドロメダが軽く指を鳴らす。
会議ボードが光る。
――帝国の闇について
ココットが卓上のくぼみの魔石を操作する。
テーブル上に浮かび上がったのは、世界地図。アグラール王国の隣に、ひときわ大きな、コルドミリティ帝国が紫色に光っている。
「帝国の闇はね、“奪う闇”。個に侵食して、支配するタイプ」
彼女の声は軽いが、目は真剣だった。
「恐怖とか怒りを膨らませて、意志を削り、コントロールする。
最後にはね、“自分”が消える」
光像の中で、小さな人影が黒に飲まれていく演出が浮かぶ。
ココットがすかさず記録する。
「脱人格化、ですね」
「そうそう、難しく言うとそんな感じ」
少し笑い、すぐに続ける。
「今、帝国で最も闇の力が強いのは皇帝」
すると投影盤に、巨大な黒い影が浮かんだ。紫色の髪と瞳。
「あの人は……圧倒的な闇魔法で他社に影響して、従わせる。
人や魔獣を支配して、個を消し、同化した集団の兵器にする」
影の周囲から、細い糸のような黒線が無数に伸びる。
ビュートゥが静かに言う。
「感情が消えるほど、支配は強まる。まことに厄介な魔法じゃのう」
私は恐怖を感じた。会議室を、思い空気が包み込む。
「そして皇子が二人。二十歳ほどの皇子と、九歳の皇子。
皇帝が健在だから継ぐとしてもまだ先でしょうね」
アンドロメダは、窓の外の、遠くの空を見る。もうほとんど暗くなっていた。
一瞬だけ目を細めたが、すぐに明るく言った。
「ちなみに、私の闇魔法は違うわ。私のは“明日へ向かうための夜”」
ジーナがくすっと笑う。
「夜は、寝るためにあるもんさね」
「そう。みんなの疲れを取って、元気にするための闇魔法。
私も帝国出身だけど、基本的なところが合わないのよね……」
私は、森で聴いたあの歌を思い出していた。
あれは確かに、怖くなかった。
「皇帝も、若い頃は、もう少し理想を語れる人だった。でも、力への恐れを抱えた」
「恐れ……」
私の胸がきゅっとする。
「恐れは、増幅する。闇の力は、恐れで強まる……気づけば、主従が逆転する」
ビュートゥが静かに言う。
「闇に捕らわれた、というわけじゃな」
アンドロメダは小さく頷いた。
◇
――帝国が竜を探す理由
マックスが前に出る。
「じゃあ次に、竜を探す理由について。
最近の出来事から、見返してみよう」
ココットが卓上のくぼみの魔石を操作すると、アグラール王国全域の地図に切り替わる。
王都、村、そして、森。
黒い点が、森の上に浮かぶ。
「まず、火事の発生地点」
ビュートゥが杖の先で示す。
「ここじゃな。竜が出たのは、この直後」
光の中に、赤い竜の輪郭がうっすら浮かぶ。
私はそれを見て、息を整える。
(私だ)
マックスが続ける。
「火事は偶然じゃない。竜をおびき出すためだった可能性が高い」
部屋の空気が重くなる。
「おそらく、彼らは竜の噂を聞いて、火事で見て、確信した」
ビュートゥが、加える。
「しかも、赤い竜は目立つ。王族の色じゃと、気づかれた可能性もある」
私の手に、汗がにじんできた。
次に、ココットが、黒い羽の印を森の周囲に配置する。
すると、空中に黒い波紋が広がった。
「黒烏の偵察も、来ていた」
コフクが低く鳴く。
『烏、匂い見てたね』
「リリア様の持つ、竜の気配に、気づいた可能性もあるのう」
ビュートゥが言う。
「何が目的なんでしょう」
「考えられるのは、戦力化かのう」
ビュートゥの声は静かだった。
「戦争で竜国を滅ぼした後も、帝国で竜が出たという話は、一切ない。ゆえに、欲しておるのやもしれぬ」
マックスが補足する。
「皇帝は力を重んじる人だ。
彼にとって竜は、制御できない力。
だからこそ、所有したい可能性が高い、と」
所有。
その言葉が、胸に刺さる。
ジーナが頷く。
「リリには、気配を消すために、風魔法も教えたさね。でも絶対じゃない」
私は自分の黒髪に触れた。
「竜国の特徴……髪でも分かるかもだね」
「だからこそ、火の鍛錬を続ける」
ビュートゥが優しく言う。
「火魔法で、自分や、周囲を、守れるようにの」
「私の闇魔法も、浸食を防ぐ効果はあるから、定期的にみんなに掛けるわね。
黒烏も、今日も来てなかったから大丈夫とは思うけど……対策考えとく」
アンドロメダも言う。
◇
――今後の方針と対策
「火魔法の強化は、わしが見よう」
ビュートゥ。
「風魔法は、私が教えるさね」
ジーナおばあちゃん。
「出張所の管理は任せてください」
ココット。
「闇への耐性は私が整えるわ」
アンドロメダ。
マックスが最後に言う。
「王都との連携は僕が取る」
そして、真っ直ぐ私を見る。
「僕はこれが、最少人数で最強のチームだと思っている」
ココットがまた、盤を操作すると、会議ボードに表示される。
【対策】
・風による気配抑制
・火魔法強化
・闇耐性付与、黒烏対策検討
・王都連携強化
私の胸が、熱くなる。
私を守るための会議。
でも、それだけじゃいけない。
◇
会議が終わり、人が引いたあと。
テーブルの投影盤の光は消え、地図だけが残る会議室で、
私は、窓辺に立っていた。もう空は真っ暗になっている。
「何か、悩んでる顔だね」
振り返ると、マックスがいた。
「……うん」
少し視線を落とす。
「みんなに守られるの、良いのかなって思って」
声は小さい。
「私は竜を呼ぶ力もあるのに、守られてばかりで――」
しばらく沈黙。
マックスは、静かに歩み寄った。
「僕ら、王族はね」
マックスの声は落ち着いていた。
「一人で戦う立場じゃない」
「え?」
「力はある。
でも、一人で戦う存在じゃない」
「……」
「人を束ね、信じ、支え合って護る。それが王の在り方だ」
私は彼を見上げる。
「だから、守られることは、弱さじゃない」
王族としての、自覚……。
胸の奥が、少しほどける。
「それと、もう一つ。責任とは別に」
一歩、距離が縮める。
「僕は、一人の王子として、姫を守りたい」
そっと、私の手を取る。
手の甲に、軽く口づける。
鼓動が跳ねる。
(く、唇の、感触が……)
「守らせてほしい。
王子としても、一人の男としても」
手を取ったまま、上目づかいで、じっと、私の目を見つめてきた。
そのとき。
「ストーーップ!!」
ビュートゥの声が響く。
「そこまでじゃああ!!」
コフクがくすっと笑う。
『良かったね。顔、真っ赤』
視線を逸らして、触れられた手を胸に引き寄せた。
そこだけ、熱い。
でも、胸の奥は静かだった。
(守られることは、弱さじゃない。支え合ってこそ、強くなれる)
夜が、さらに更けていき、闇に包まれる。けれど、私は、恐れない。
(そしてきっと、みんなを守ることもできる)
――私は守られるだけの姫ではなく、守る姫になる。
決意は、もう揺らがない。




