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竜国の姫は、田舎で静かに暮らしたい  作者: コフク
第二章 竜になれなかった者――闇と竜の血

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第6話 王都の歌姫と森への挨拶

 火事の調査団が王都へ戻り、

私が竜としての特訓を始めた、その翌日のことだった。

午後三時を少し過ぎた頃の出張所に、その人は華やかに、降り立った。


 出張所の前に、見慣れない馬車が止まった。扉が勢いよく開き――目に飛び込んできたのは、まばゆい色彩だった。

「はーい! 着いたわよー! ここが噂の魔獣研究所・田舎支部ね!」

張りのある、よく通る声。

紫がかったオーロラ色の髪。

高く結われたポニーテールから、巻き髪が滝のように零れている。

ボリューミーな体系は、堂々としていて、舞台に立つ人特有のオーラをまとった人だった。

 

荷馬車から、箱や布包みが次々と運び込まれていく。

「……これは、研究所の引っ越し、というより」

わたしが呟くと、

「舞台装置だよね」

と、マックスさんが苦笑した。

「荷物が大変多いので、来るのが遅くなったそうです」

ココットさんが運びながら、付け加えた。


「私、アンドロメダ。

 王都じゃ“歌姫”とか“アイドル”とか呼ばれてたの」

胸に手を当て、くるりと一回転。

「私の歌魔法が魔獣に役立つとかで、今は魔獣研究所にいて、今回こちらに呼ばれたわ。

 宜しくね!」


「……よろしくお願いします。リリです」

少し圧倒されつつ、名乗る。



「おやつの時間に、また干し柿もってきたよ」

 ちょうどそこに、おばあちゃんが現れた。

 そして。

「――え?」

おばあちゃんが入口のドアを開けた途端、

彼女は、ぴたりと動きを止めた。


「……やだ」

次の瞬間。


「本物!? ジーナ師匠!?」

両手で口を覆い、ぴょん、と跳ねる。

床が、ぎし、と鳴った。


「ああ、アンちゃん。久しぶりだね」

「久しぶりどころじゃないわよ! ここにいたの!?」

二人はそのまま、ぎゅっと抱き合った。


わたしは、目を丸くする。

「……え? 知り合い?」

「リリちゃん、知らなかった?」

 アンドロメダが、振り返る。

「師匠、昔ね、レコード出して、大ヒットしてたのよ」

「……は?」

「“土魔法の歌姫”。歌で畑を育てる魔法。

 今でも使ってる村、あるはずよ」


おばあちゃんは、ふふ、と笑って手を振った。

「昔の話さね。今はもう、声も出ないし」

「でも、レコードは現役よ!

 畑の近くで流すとね、野菜がびっくりするくらい育つの」

わたしは、思い当たる。

「……隣の畑で、ときどき歌、流してるのって……」

「それそれ!」

指を鳴らされた。


 

 お茶菓子をいただいた後、

アンドロメダは、みんなを連れて研究所の牛舎へ行き、

自己紹介代わりの簡単な実演をすることになった。


「ジーナ師匠の土魔法と違って、私は闇なんだけど、

 ……実演してみた方が、分かるでしょ?」

アンドロメダが、うふっと笑う。

「え、マタタキ牛に闇の歌魔法を?」

 私はつい、驚いてしまう。

『何? 私たちで、実験的な?』

『闇魔法? 怖そう』

繊細な牛たちも、少し警戒気味に鼻を鳴らしている。


アンドロメダは目を閉じ、

静かに息を吸った。

歌が、始まる。


夜のような低く柔らかな旋律。

ゆっくり、深く、のびやかに広がる。


牛たちの呼吸が揃っていく。

まぶたが重くなり、

とろん、とした目になる。


『……なんだか、落ち着く』

『今日、良く寝られそう』

牛の声が、穏やかだ。

歌が終わると、牛舎の空気がまるくなっていた。

「今のは“鎮静”。

 夜と同じ。魔獣たちの心と身体を、休ませる」

牛たちはすでにとろんとしている。


「じゃあ、もう一曲いくわよ?」

ぱん、と手を打つ。

一気にテンポが上がる。


身体全体を揺るがし、エネルギッシュな声を発する。

明るく、強く、跳ねるような旋律。


マタタキ牛たちの耳がぴくっと立つ。

『……なにかしら、これ!?』

『なんだかわくわく。走りたい!』

『草、たくさん食べたい!』

牛舎の空気が熱を帯びる。牛たちの高まりが、互いに増幅し始める。


そして、

マタタキ牛たちの目から――

ぽん、ぽん、と、甘い光の星が飛び出した。

小さな金色の粒。ふわふわ浮いて、きらきらと弾ける。

「うわあ……!」

「甘くて、おいしいですね」

ココットが食べてみて、冷静に記録する。

ビュートが顎を撫でる。

「闇で、昂揚もできるとは……」


アンドロメダは、くるりと回る。

「今のは、“調律”からの、“共鳴”」

「闇って、怖い物じゃないんですね……

安らぎと、楽しい気持ち、私も感じました」

私の言葉を、アンドロメダが拾う。

「そう。私の闇魔法は、明日へ向かうための夜。

 鎮静と守り、調律と共鳴。

 一人一人の心身を整え、リセットして、再生させるための魔法よ」

一瞬、声が低くなる。

「でも闇は、使い方を間違えれば、個を消す、支配にもなる……」


 牛たちは、きらきら星を撒き散らしながら跳ねている。

『乳、出す!今なら出せる!』

『世界、最高!』


 アンドロメダは指を立てた。

「ざっと、こんな感じよ」

 マックスが苦笑する。

「これは……元気すぎるね」

「じゃあ、最後にまた、鎮めておくわね」

 アンドロメダは、優しい歌で舞台の幕を閉じた。



 次の日の朝、出張所の入口の前に、薬草がまた、こんもりと置かれていた。

「え? これは何?」

 アンドロメダが声を上げた。

「ああ、それですか。リリさんに、森の魔獣たちが、時々持ってきてくれるそうです」

 ココットさんが、薬草を片付けに行った。

「さすがリリア様! 貢ぎ物ですな」 

 ビュートゥは、嬉しそうに、うんうん頷いている。

「え? リリちゃん、森の魔獣たちと、仲良しなの?」

「えっと、正確には、私が呼ぶ、“竜”が仲良しです」

「それはぜひ、私もご挨拶しておきたいわ!」


 そういう訳で、早速、アンドロメダと、通訳のビュートゥ、私の呼んできた竜が森の入口で待ち合わせて、森の魔獣に挨拶をしに行くことになった。コフクも付いていく。


「あらあー! 真っ赤できれいな竜さんね! 今日は案内、よろしく!」

 アンドロメダが言うと、

「ご立派ですな」

 横でビュートゥも、嬉しそうに頷いている。


 竜と待ち合わせと聞いて、マックスさんまでやってきた。

「ああ、久しぶりの竜だ! 会いたかった……竜不足だったよ」

 そう言って、竜(私)にぎゅっと抱きついてきた。

(ち、近い……!)

人の姿なら、きっと顔が真っ赤になっている。


「ストーーップ!!」

 ビュートゥがマックスをはがした。

「では、行きますぞ!」

「ええ、もう行っちゃうのか……いってらっしゃい。気を付けて」


 少し進むと、ボールウサギやピョンピョンジカたちが、何匹も私たちの周りに集まり始め、案内してくれた。

「この二人も、人間だけど、仲間だからね」

『ウン。竜ボス一緒ダカラ、安心』

『大黒熊ボスノトコロ、案内スル』


「大歓迎ね!」

 アンドロメダにも伝わったようだ。

「さすがですな。

 一応通訳しますと、竜ボスが一緒で安心。

 この森の大黒熊ボスのところへ案内してくれるそうです」

ビュートゥが、簡単に訳す。

 

森の奥へ行くと、大黒熊ボスのヌーゴが現れ、合図で他の魔獣たちも一斉に出てきて、私たちを囲んだ。


「みなさんに、ご挨拶に参りました」


そう言うと、アンドロメダは小さく歌い始めた。

最初は、低い音。森の地面に沈むような響き。

一瞬、ふわっと、闇の匂いが広がる。

魔獣たちの毛が逆立つ。


そのとき。旋律が、変わる。

子守歌のような、どこか懐かしい旋律。

魔獣たちが、次々と落ち着いていく。

歌が終わった。

森が、深呼吸したように静まる。


「……すごい」

私が呟く。竜なので、その言葉はアンドロメダには分からないだろう。

(闇の歌魔法、素敵!)


歌い終えたアンドロメダは振り返り、

竜(私)を見て、少しだけ目を細めた。

「森のみんなが、健やかでいられるように、

 悪い闇から守られるようにっていう、祈りを込めてみたの。

 ――もちろん、あなたのためにも」

(……え?)


 私が、ヌーゴ達に、歌の意味について説明すると、魔獣たちは、みんな穏やかに、頷いた。

「また、いつでも来てくれ」

ヌーゴが言った。


私たちは森を後にして、竜(私)は途中でアンドロメダたち一行とお別れをした。

私は森の方に少し戻ってから、人間になり、走って出張所の方に向かう。

そして、出張所の方から走ってきたように見せて、アンドロメダ達に合流した。


いつの間にか、日が暮れかけていた。

背中越しに、紫の髪が、夕暮れの光を吸い込む。


――この人は、ただの研究員ではない。

人や魔獣たちを温かく包み込む、母親のような心を感じる。


そして、私は確信していた。

この人も間違いなく、

私たちの強い味方になる人だ、と。


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