第6話 王都の歌姫と森への挨拶
火事の調査団が王都へ戻り、
私が竜としての特訓を始めた、その翌日のことだった。
午後三時を少し過ぎた頃の出張所に、その人は華やかに、降り立った。
出張所の前に、見慣れない馬車が止まった。扉が勢いよく開き――目に飛び込んできたのは、まばゆい色彩だった。
「はーい! 着いたわよー! ここが噂の魔獣研究所・田舎支部ね!」
張りのある、よく通る声。
紫がかったオーロラ色の髪。
高く結われたポニーテールから、巻き髪が滝のように零れている。
ボリューミーな体系は、堂々としていて、舞台に立つ人特有のオーラをまとった人だった。
荷馬車から、箱や布包みが次々と運び込まれていく。
「……これは、研究所の引っ越し、というより」
わたしが呟くと、
「舞台装置だよね」
と、マックスさんが苦笑した。
「荷物が大変多いので、来るのが遅くなったそうです」
ココットさんが運びながら、付け加えた。
「私、アンドロメダ。
王都じゃ“歌姫”とか“アイドル”とか呼ばれてたの」
胸に手を当て、くるりと一回転。
「私の歌魔法が魔獣に役立つとかで、今は魔獣研究所にいて、今回こちらに呼ばれたわ。
宜しくね!」
「……よろしくお願いします。リリです」
少し圧倒されつつ、名乗る。
◇
「おやつの時間に、また干し柿もってきたよ」
ちょうどそこに、おばあちゃんが現れた。
そして。
「――え?」
おばあちゃんが入口のドアを開けた途端、
彼女は、ぴたりと動きを止めた。
「……やだ」
次の瞬間。
「本物!? ジーナ師匠!?」
両手で口を覆い、ぴょん、と跳ねる。
床が、ぎし、と鳴った。
「ああ、アンちゃん。久しぶりだね」
「久しぶりどころじゃないわよ! ここにいたの!?」
二人はそのまま、ぎゅっと抱き合った。
わたしは、目を丸くする。
「……え? 知り合い?」
「リリちゃん、知らなかった?」
アンドロメダが、振り返る。
「師匠、昔ね、レコード出して、大ヒットしてたのよ」
「……は?」
「“土魔法の歌姫”。歌で畑を育てる魔法。
今でも使ってる村、あるはずよ」
おばあちゃんは、ふふ、と笑って手を振った。
「昔の話さね。今はもう、声も出ないし」
「でも、レコードは現役よ!
畑の近くで流すとね、野菜がびっくりするくらい育つの」
わたしは、思い当たる。
「……隣の畑で、ときどき歌、流してるのって……」
「それそれ!」
指を鳴らされた。
◇
お茶菓子をいただいた後、
アンドロメダは、みんなを連れて研究所の牛舎へ行き、
自己紹介代わりの簡単な実演をすることになった。
「ジーナ師匠の土魔法と違って、私は闇なんだけど、
……実演してみた方が、分かるでしょ?」
アンドロメダが、うふっと笑う。
「え、マタタキ牛に闇の歌魔法を?」
私はつい、驚いてしまう。
『何? 私たちで、実験的な?』
『闇魔法? 怖そう』
繊細な牛たちも、少し警戒気味に鼻を鳴らしている。
アンドロメダは目を閉じ、
静かに息を吸った。
歌が、始まる。
夜のような低く柔らかな旋律。
ゆっくり、深く、のびやかに広がる。
牛たちの呼吸が揃っていく。
まぶたが重くなり、
とろん、とした目になる。
『……なんだか、落ち着く』
『今日、良く寝られそう』
牛の声が、穏やかだ。
歌が終わると、牛舎の空気がまるくなっていた。
「今のは“鎮静”。
夜と同じ。魔獣たちの心と身体を、休ませる」
牛たちはすでにとろんとしている。
「じゃあ、もう一曲いくわよ?」
ぱん、と手を打つ。
一気にテンポが上がる。
身体全体を揺るがし、エネルギッシュな声を発する。
明るく、強く、跳ねるような旋律。
マタタキ牛たちの耳がぴくっと立つ。
『……なにかしら、これ!?』
『なんだかわくわく。走りたい!』
『草、たくさん食べたい!』
牛舎の空気が熱を帯びる。牛たちの高まりが、互いに増幅し始める。
そして、
マタタキ牛たちの目から――
ぽん、ぽん、と、甘い光の星が飛び出した。
小さな金色の粒。ふわふわ浮いて、きらきらと弾ける。
「うわあ……!」
「甘くて、おいしいですね」
ココットが食べてみて、冷静に記録する。
ビュートが顎を撫でる。
「闇で、昂揚もできるとは……」
アンドロメダは、くるりと回る。
「今のは、“調律”からの、“共鳴”」
「闇って、怖い物じゃないんですね……
安らぎと、楽しい気持ち、私も感じました」
私の言葉を、アンドロメダが拾う。
「そう。私の闇魔法は、明日へ向かうための夜。
鎮静と守り、調律と共鳴。
一人一人の心身を整え、リセットして、再生させるための魔法よ」
一瞬、声が低くなる。
「でも闇は、使い方を間違えれば、個を消す、支配にもなる……」
牛たちは、きらきら星を撒き散らしながら跳ねている。
『乳、出す!今なら出せる!』
『世界、最高!』
アンドロメダは指を立てた。
「ざっと、こんな感じよ」
マックスが苦笑する。
「これは……元気すぎるね」
「じゃあ、最後にまた、鎮めておくわね」
アンドロメダは、優しい歌で舞台の幕を閉じた。
◇
次の日の朝、出張所の入口の前に、薬草がまた、こんもりと置かれていた。
「え? これは何?」
アンドロメダが声を上げた。
「ああ、それですか。リリさんに、森の魔獣たちが、時々持ってきてくれるそうです」
ココットさんが、薬草を片付けに行った。
「さすがリリア様! 貢ぎ物ですな」
ビュートゥは、嬉しそうに、うんうん頷いている。
「え? リリちゃん、森の魔獣たちと、仲良しなの?」
「えっと、正確には、私が呼ぶ、“竜”が仲良しです」
「それはぜひ、私もご挨拶しておきたいわ!」
そういう訳で、早速、アンドロメダと、通訳のビュートゥ、私の呼んできた竜が森の入口で待ち合わせて、森の魔獣に挨拶をしに行くことになった。コフクも付いていく。
「あらあー! 真っ赤できれいな竜さんね! 今日は案内、よろしく!」
アンドロメダが言うと、
「ご立派ですな」
横でビュートゥも、嬉しそうに頷いている。
竜と待ち合わせと聞いて、マックスさんまでやってきた。
「ああ、久しぶりの竜だ! 会いたかった……竜不足だったよ」
そう言って、竜(私)にぎゅっと抱きついてきた。
(ち、近い……!)
人の姿なら、きっと顔が真っ赤になっている。
「ストーーップ!!」
ビュートゥがマックスをはがした。
「では、行きますぞ!」
「ええ、もう行っちゃうのか……いってらっしゃい。気を付けて」
少し進むと、ボールウサギやピョンピョンジカたちが、何匹も私たちの周りに集まり始め、案内してくれた。
「この二人も、人間だけど、仲間だからね」
『ウン。竜ボス一緒ダカラ、安心』
『大黒熊ボスノトコロ、案内スル』
「大歓迎ね!」
アンドロメダにも伝わったようだ。
「さすがですな。
一応通訳しますと、竜ボスが一緒で安心。
この森の大黒熊ボスのところへ案内してくれるそうです」
ビュートゥが、簡単に訳す。
森の奥へ行くと、大黒熊ボスのヌーゴが現れ、合図で他の魔獣たちも一斉に出てきて、私たちを囲んだ。
「みなさんに、ご挨拶に参りました」
そう言うと、アンドロメダは小さく歌い始めた。
最初は、低い音。森の地面に沈むような響き。
一瞬、ふわっと、闇の匂いが広がる。
魔獣たちの毛が逆立つ。
そのとき。旋律が、変わる。
子守歌のような、どこか懐かしい旋律。
魔獣たちが、次々と落ち着いていく。
歌が終わった。
森が、深呼吸したように静まる。
「……すごい」
私が呟く。竜なので、その言葉はアンドロメダには分からないだろう。
(闇の歌魔法、素敵!)
歌い終えたアンドロメダは振り返り、
竜(私)を見て、少しだけ目を細めた。
「森のみんなが、健やかでいられるように、
悪い闇から守られるようにっていう、祈りを込めてみたの。
――もちろん、あなたのためにも」
(……え?)
私が、ヌーゴ達に、歌の意味について説明すると、魔獣たちは、みんな穏やかに、頷いた。
「また、いつでも来てくれ」
ヌーゴが言った。
私たちは森を後にして、竜(私)は途中でアンドロメダたち一行とお別れをした。
私は森の方に少し戻ってから、人間になり、走って出張所の方に向かう。
そして、出張所の方から走ってきたように見せて、アンドロメダ達に合流した。
いつの間にか、日が暮れかけていた。
背中越しに、紫の髪が、夕暮れの光を吸い込む。
――この人は、ただの研究員ではない。
人や魔獣たちを温かく包み込む、母親のような心を感じる。
そして、私は確信していた。
この人も間違いなく、
私たちの強い味方になる人だ、と。




