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竜国の姫は、田舎で静かに暮らしたい  作者: コフク
第二章 竜になれなかった者――闇と竜の血

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第5話 竜として――守る風、生かす火

 あの黒烏クロウの声が、耳の奥に残っていた。

 ――竜。

 完全な言葉ではない。

 けれど、「探されている」と感じた。


 私は家に戻ると、夕食を食べながら、おばあちゃんに相談した。

「おばあちゃん」

「どうしたい、顔色が悪いね」

 おかずをつつきながら、おばあちゃんはちらりと私を見る。

「遠くに黒烏がいて……言ってたの。

  “竜”って」

 おばあちゃんの手が、止まった。

「……聞こえたのかい」

「うん」

「なら、本格的に気をつけなきゃならんね」

 私は、思わず息をのむ。

「やっぱり、危ない?」

「指輪を持ったリリはもう完全な“竜”じゃ。

 竜の匂いを隠さんと、魔獣には分かるんかね」

 静かな声だった。

「帝国が嗅ぎつければ、攫うか、奪うか、試すか。

 どれにしても、ろくなことにならん」

 胸の奥が、ひやりと冷えた。

「……じゃあ、どうすればいいの?」


 おばあちゃんは、ゆっくり立ち上がる。

「風じゃよ」

「風?」

「匂いは風に乗る。ならば、風魔法で散らせばいい」

 食べ終わると早速、おばあちゃんと、家の裏へ行き、教えてもらうことになった。


 おばあちゃんの足元から、柔らかな気流が生まれる。

「目に見えん膜を、自分の周りに作って、それからぱっと広げる。

 風で自分を“散らす”んじゃ」

 私は目を閉じる。

「風よ、我を散らせ」

 小さく呟く。

 空気が、ほんの少し揺れた。

 ジーナが頷く。

「上出来じゃ。

 完全に消すことはできんが、遠くまでは届かん」

 胸の奥の緊張が、少しだけほどけた。


「……私、守られてるだけじゃ駄目だよね」

 ぽつりと言うと、おばあちゃんは笑った。

「そう思うたかい」

 私は顔を上げる。

「竜になれたのに、いつまでも守られていたら意味がない。

 守れるくらい、もっと強くなりたい」

 言葉にした瞬間、不思議と怖さが消えた。

 ジーナは静かに頷いた。

「なら、火も学べ。火魔法の先生なら、適任者がいるだろ」



 翌日。

 夕暮れの出張所裏。

 森と畑の境に、小さな石の円が組まれている。

 ビュートゥが、その中に立ち、私を招き入れる。


「姫、火は扱いを誤れば人や物を焼く。じゃが、制御すれば合図にも盾にもなるのです」

 彼の指先に、小さな火が灯る。

 赤というより、橙に近い柔らかな炎。

「まずは、消さずに保つ」

 私は手をかざす。

 体の奥から、熱が生まれ、手の上で小さな炎になって、揺れる。

「竜の火は、怒りで燃やすものではありませぬ。

 竜の火は、奪うためでなく、生かすためにある、命の灯りなのです」

 呼吸を整える。

「焦らず、穏やかな気持ちで」

 炎が、安定する。

「良いですぞ」

 ビュートゥが、わずかに目を細めた。

「じゃが、まだ少し、荒いですな」


 その時。

 夜の森から、小さな影がいくつも現れた。

 ぱたぱたと軽い羽音。

「来たか」

 宵翼蝠ヴェスパ

 小柄な蝙蝠の魔獣たち。

 目はつぶらで、耳は大きい。

 一匹が、ビュートゥの肩にとまる。

『干し柿はあるか?』

 可愛らしい声でねだる。

 ビュートが小さく笑う。

「あるとも」

 干し柿をちぎって差し出すと、群れがわっと喜ぶ。

「こやつらは、竜国の使いです」

 その中で、一匹だけ静かに降り立つ個体がいた。

 翼の縁が、わずかに銀色に光る。

「宵翼蝠の長、クロミツじゃ」

 ビュートが言う。

 私は一歩前に出た。

「リリです。よろしくお願いします」

 クロミツは、ゆっくりと私の周りを飛ぶ。

 くん、と鼻を鳴らす。

『……竜の匂い。だが、薄い』

「風魔法を習いました」

 少し、開放する。

『ほう、これは……強いな』

 小さな目が、楽しげに細められる。

『王を、我らは知っている。……同じ血の匂いがする』

 胸が、少しだけ温かくなる。

「王って……父は、生きているの?」

 私が言って、振り向くと、ビュートゥが静かに空を見上げた。

「わかりませぬ……ただ、可能性があるとすれば、闇国かと」

黒烏クロウが巣くっておって、近づけぬ』

 クロミツが低く鳴く。


 私は炎を見つめる。

 小さな火が、揺れている。

「私、竜になれただけじゃ足りない」

 炎が、少し強くなる。

「強くなったら、父とも会えるかな?」

 ビュートが頷く。

「生きておられるのであれば、きっと」

 ヴェスパの群れが、夜へ舞い上がる。

 森の上空で、静かに円を描く。


 風が、私を包んだ。

 火が、手のひらで灯る。

 私は、もう“隠れるだけの竜”ではない。

 強くなると、決めたのだから。


 夜の風が、静かに草を揺らしていた。

 掌に残るのは、まだ不完全な火の熱。

 胸の奥に満ちるのは、抑えた竜の気配。

「……まだ、足りない」

 ぽつりと呟くと、

 

 背後からビュートが低く笑った。

「足りぬと分かる者は、いずれ足るようになるものですぞ、姫」

 おばあちゃんの干し柿を一つ差し出しながら言った。

 私はそれを受け取り、小さく噛んだ。

 甘い。

 やさしい。

 守りたいと思った、この村の味だ。

 ――守られるだけでは、終われない。

 風を学び、

 火を学ぶ。

 竜の力を、隠すことも、使うことも、できるようになる。

 誰かに守られて、生き延びるのではない。

 誰かと並んで、守れる自分になる。

 夜空を見上げる。

 遠く、どこかで烏が鳴いた気がした。

 それでも、もう怖くはなかった。


「私は――」

 風が、静かに巻き上がる。

「竜として、守る側に立つ」

 小さな炎が、掌で揺れた。

 まだ細い。

 けれど、確かな火だった。


 竜として生きる私の物語は、ここから動き出す。



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