第4話 放火犯の調査と、帝国の影
火事の日、マックスさんは王都へ急ぎの連絡を入れていた。そのためだろう。
火事の二日後、ビュートゥさんたちが到着するのと、ほぼ同じ頃――
王都から、調査団が派遣されてきた。
魔法省高官だという、背筋の伸びた女性。
騎士団の副長を含む、腕利きらしい男性が数名。
そして――
「……大きい」
銀色の毛並みを持つ、二頭の魔法犬。
「フェンリルですな」
ビュートゥさんが小声で教えてくれた。
「魔法の残滓を嗅ぎ分けます。
犯人がどんな魔法を使い、どこから来たか――
ある程度は分かるでしょう」
魔法省の女性は、淡々とそう告げた。
だからこそ、森の火事が起きた一帯は封鎖されていたのだ。
私は、胸の奥で少しだけ不安になった。
(あの時、雨を降らせちゃったけど……
痕跡、消えてないよね……?)
◇
研究所の関係者として、私たちもマックスさんに同行し、挨拶をする。
「リリです。この村で暮らしています」
それから、調査が始まり、他の所員と、調査団の人達が話している隙に――
私は、そっとフェンリルに近づいた。
「……あの」
二頭の耳が、ぴくりと動く。
「臭い、残ってます? 追えそうですか」
一瞬の沈黙。
『……ウワワン!?』
驚いたような声が響いた。
『え、なに? この子、僕らに話しかけてる?』
「はい。話しかけてます。で、……残ってます?」
恐る恐る聞くと、今度は落ち着いた声が返ってきた。
『薄いけど、僕らだったらわかる程度には、まだ残ってる。』
オスが先に答えてくれた。
『国境の方へ向かってる。その先は……闇の国』
『ウッフッフッ。あなた本当に、話してること分かるのねエ。
日数からしても、もう追いつけないでしょうけど。
……あっちの町の方から臭いが来てるワ。そして、いろんな薬の匂い』
メスも答える。
『商人に紛れて入ってきたのかな』
コフクも会話に混ざる。
「凄いね。それだけ分かるんだ。で、そういうの、どうやって人に伝えてるの?」
『魔法具で伝えられるものもあるけど、最近はビュートゥさんも、伝えてくれたりするね。
あなた程ではないけど。』
『ああ、誰かと似てると思ったら、あなたビュートゥさんと似た臭いがするのねエ。
竜国の人ね!』
(おじいさんと同じ匂いの女学生というのはちょっと複雑……)
そのとき。
『――あ』
二頭のフェンリルが、同時に顔を上げた。
私も、つられて視線を上げる。
木の枝に、烏が一羽、止まっていた。
真っ黒な羽。
不自然なほど、静かな佇まい。
――カァ。
『竜』
――そう、聞こえた気がした。
心臓が、どくんと跳ねる。
「え……?」
今のは、空耳?
それとも――
『……帝国の、黒烏だ。偵察だな』
フェンリルが低く唸る。
黒烏は、こちらを見下ろしていた。
紫がかった光を宿した瞳。
(……探されてる?)
「リリちゃん?」
マックスさんの声に、はっとする。
目を戻すと、黒烏はすでに羽ばたいていた。
黒い影は、森の奥へ溶けるように消えていく。
残ったのは、胸の奥の、ひやりとした感覚。
◇
――帝国南部。
灰色の石で造られた、高い塔。
雲の低い空を、無数の黒い影が横切っていた。
ばさ、ばさ、と羽音が重なる。
それは、黒烏だった。
一羽や二羽ではない。
塔の周囲を、円を描くように舞う、
一羽の烏を軸に、無数の黒烏の群れが集合体を形作る。
黒髪の青年は、窓辺に立ち、外を見下ろしていた。
紫の瞳が、静かに細められる。
「森は燃え、赤い竜が出た。
だが、どこから来て、どこへ消えたかは確認できなかった、か」
報告した男は、膝をついている。
「先ほど、竜の匂いのする人間が村にいたとの、黒烏の報告もありました」
「それは、興味深いな」
青年は、くすりと笑った。
「赤――竜国の王の血筋か? それとも、近い者か」
机の上には、一枚の粗い地図。
印が付いているのは、アグラールの国境付近。
背後で、誰かが言った。
「皇子、次はどうなさいますか」
「次の機会を伺い、引き続き情報を集めろ」
青年――帝国皇子レオグリムは、静かに言った。
「竜になる方法は、まだ分からない。
――だが、必ず辿り着く」
◇
「どうだった?」
戻ってきたマックスさんが尋ねる。
『国境に向かってます』
『他国に入った以上、これ以上は追えません』
フェンリルの報告を、魔法省の女性が記録していく。
「やはり、単独犯ではありませんね」
調査団は、その日のうちに王都へ戻る準備を始めた。
事件は、ひとまず「調査中」となったが、
私の中では、終わっていなかった。
私は、何も言えずに、森の方を見ていた。
(……竜、って、言った)
気のせいで済ませるには、
あまりにも、はっきりしすぎていた。
――竜の血は、
望まぬ声にも、耳を澄ませてしまう。
胸元の指輪に触れる指が、かすかに震えた。
――遠くで、誰かが、私を探している。
理由は、まだ分からない。




