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竜国の姫は、田舎で静かに暮らしたい  作者: コフク
第二章 竜になれなかった者――闇と竜の血

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第3話 竜にまつわる昔ばなし

 出張所の大部屋には、いつもより人が集まっていた。


 長机が並べられ、椅子が用意され、

 マックスさんとウィルさん、フルール、私が、椅子に座る。

 壁際には、見慣れない厚紙の束。


 おばあちゃんが、大きな籠を抱えて入ってきた。

「干し柿、たんまり持ってきたから、つまみながら聞きゃあいいさね」

 籠の中には、飴色に透けた干し柿がぎっしり詰まっている。

「師匠の干し柿! これは、貴重ですな」

 ビュートゥのテンションが上がる。


 ココットさんが無言で、湯気の立つ茶器を整え、薄く切った干し柿を小皿に並べて、机の上に、等間隔に置いていく。

 私はひとつつまみ、そっと口に入れた。


「さてさて」

 ビュートゥさんが、満足そうに手を叩いた。

「せっかく皆さん揃いましたし、今日は少し趣向を変えていきましょう」

「趣向、ですか?」

「ええ。

 ――紙芝居です」


 そう言って、彼は隣に立つココットさんを振り返った。

「絵は、彼女に手伝ってもらいました」

「が、頑張りました」

 ココットさんは、少し照れながら、板を立てかける。


「竜国に伝わる、古い昔ばなしです」

「研究所の書庫にあった本の? イシュルンの言葉かな、僕の読めない言葉だった」

 マックスさんが言う。

「わしも、かなり昔に聞いた話で細かいところは忘れていたので、この度読み直しました。

 では改めて、はじまり、はじまり……」



 一枚目の絵。

 山の奥、赤い影。


「昔々、山の奥深くに、

 赤い竜が棲んでおりました」


(あ、私と同じ!)

私は、自分の竜になった時の色を思い浮かべる。


 二枚目。

 人の男と、竜。


「竜は、ひとりの人間の男に恋をします」


「竜は、女性なのね」

フルールが思わず口に出す。

「そうです」

ビュートが頷く。


 三枚目。

 人の姿の女。


「竜は魔法で人の姿となり、

 けれどその代償として、

 自分が竜である記憶を失いました」


 部屋は、しん、と静まり返っている。


 四枚目。

 指輪を交換する二人。


「男と女は恋仲になり、

 互いに指輪を交換し、結ばれます」


ほう、と、誰からともなく、声が漏れる。


 五枚目。

 城と人々。


「やがて竜は国を築き、

 男を王とし、自らは王妃となりました

 沢山の子宝にも恵まれ、とても幸せでした」


 六枚目。

 病に伏す王。


「しかし、王は病に倒れます」


 七枚目。

 指輪が光る。


「竜は、王を救いたいと願い、

 自らの力を――

 王の指輪に込めました」


 八枚目。

 立ち上がる王と、

 竜。


「王は癒えましたが、

 その代わり、

 王妃は竜へと戻り、すべてを思い出します」


 九枚目。

 山へ戻ろうとする竜。


「竜は、山へ帰ろうとしました」


 十枚目。

 竜の手を取る王。


「けれど王は言いました。

 ――その必要はない、と」


 十一枚目。

 竜と王、たくさんの子ども。


「指輪の力を通じて、

 竜と王、そして子どもたちは、言葉を交わすことができました」


「……」

 私は、胸元の指輪を、無意識に握っていた。


 十二枚目。

 たくさんの子どもと、指輪。


「竜は、子どもの数だけ指輪に力を込め、

 その指輪は、代々受け継がれていきました」


「寿命も延び、竜はその強い力で国を益々大きくしました。

国は栄え、竜と王は、長く幸せに暮らした――

 と、されています」


 そこで、紙芝居は終わった。



「……小さいころ」

 おばあちゃんが、ぽつりと言った。

「リリも、この話が好きでね。

 “竜のお話して”って、ようねだられたもんさ。

 ここまで詳しいのはあたしも知らなかったけど」

「うん……」

 私は、うなずいた。


「僕も、似た話は聞いたことある」

 マックスさんが言う。

「魔獣の話、好きだから覚えてた。でも、ここまで具体的じゃなかった」


「私は初めて聞いた。村の人はあんまり聞いたことないかも」

 フルールは、首をかしげた。



「史実として言えば――」

 ビュートゥさんは、少し声を落とした。

「竜国が築かれた土地は、元は帝国の領土でした」

 空気が、わずかに重くなる。

「十数年前に戦争を起こした帝国が、“奪われた土地”だと主張したのも、

 理由がないわけではないのです」

 彼は、ちょっと悲しそうな顔をした。



「良い話だけど……」

 マックスさんが、ぽつりと言った。

「竜のままで、結婚して暮らしてたら、もっと良かったんじゃないかな」

 一瞬、沈黙。皆、ちょっと残念な人を見る顔で、マックスさんを見た。

 ――私以外は。



(……今、改めて聞いてみると、この話、肝心なところが、語られていないな)

 指輪に力を込めた、と言うけれど、どんな力なのかとか。

 私が知っているところでは、竜になれるとか、竜にならなくても力が強くなるということも、語られていない。


「あれ?」

 私は、ふと気づいて口にした。

「……ビュートさんも、魔獣の言葉が分かる、竜を呼べるって言ってたよね。

 王族の血が入っているの?」

「おお、さすがリリア様」

 彼は、にっこり笑った。

「何代か前の王が、多くの子をもうけましてな。その縁が、臣下へと広がったのです。

 とは言え血は薄いので、リリア様ほどの力は無いのですよ」


 マックスさんが頷く。

「血が入っていないと、指輪の力も活かせないってことなんだね。

 僕も、ビュートゥの指輪、はめさせてもらったことはあるけど……何も起きなかった」

 私は、思わず顔を上げる。

「え、そうだったんだ」

「リリちゃん、指輪、一生懸命隠そうとしてたでしょう」

「……!」

「僕には、意味がないって分かっていたんだ」

そう言って、彼は少し身を屈めた。

目線が、私と同じ高さになる。

「僕はただ、指輪を見たかっただけ」

 彼は、いたずらっ子のように笑った。

「早く言ってくださいよ!」

声が少し裏返る。

からかわれたと思ったのに、

そのまま優しい目で見つめられて、たまらず目を逸らす。

――まずい。鼓動が、うるさい。



 出張所の灯りが落ち、森が深い藍に沈んだ頃。

 ビュートゥは、ひとり外へ出た。

 月は細く、風は静かだ。

 牛舎で牛が寝息を立て、村はすでに静まり返っている。


「……出ておいで」

 低く呼ぶと、軒の影、樹の梢、夜空の黒い縁から、

 小さな影が次々と現れた。

 十、いや、二十近い。

 丸い耳、琥珀の目。

 夜色の翼に、銀の細い紋。

 宵翼蝠ヴェスパ

 出張所の屋根に逆さにぶら下がりながら、ひそひそと騒ぐ。

『果物ある?』

『前のすっぱかった』

『今日は報告か?』


「……まず話を聞け」

 ビュートゥは小さく笑い、懐から布包みを取り出した。

 ジーナの干し柿。

 宵翼蝠たちの目が、ぱっと光る。

「リリア姫は元気じゃ」

 宵翼蝠たちが静まる。

「――姫は、立派にお育ちになられておる。

  わしはお守りする立場で合流した。各地の同胞に伝えてくれ」

それから干し柿を、少しずつ配った。

 ヴェスパたちは両翼で大事そうに抱え、ちびちびとかじる。

『姫の匂いする』

『干し柿、うまい』

『甘い』

 一匹、食べ過ぎてふらりと落ち、慌てて羽ばたく。

 ビュートゥは小さく笑った。


 宵翼たちは、一斉に翼を広げ、宵闇へと溶けていく。

 再び、静かになった。


 群れの後に、翼の縁がわずかに銀色の個体がゆっくりと現れた。

 ――宵翼蝠の長。

 ビュートゥは干し柿を、少し多めに渡す。

「クロミツ、どうだった?」

『薄いが、王の匂いに似たものを感じた。生きている可能性がある』

 甘い干し柿を、目を細め、ゆっくりかじりながら言った。

 古くから仕える彼は、王の匂いも覚えている。

 ビュートゥの目が、わずかに陰る。

「……やはり」

『闇の国の、空は、相変わらず烏がいて近づけん』

 遠く、高い闇の向こう。

 闇の国、帝国の空域は、帝国の烏の魔獣達が飛び交っている。

 あの空へ踏み入れば、宵翼蝠ではひとたまりもない。

「王は……やはり闇国か」

 気配が薄いとは、指輪をしていないのだろうか。それとも……。

「どうか……達者でいてくだされ、王よ」

 低く呟く。


 

 私は出張所を後にして、家に戻ると、

 いつものように、またおばあちゃんと畑に出た。

 穏やかな、日常。


 胸元の指輪をそっと押さえる。

 昔話は、終わった。


 けれど。

 これは、ただのおとぎ話ではなく、きっと、実話。


 語られなかった真実が、

 今も、どこかで息をしている。


 ――真実を知るのは、怖い。

 でも、確実に、近づいてきているのを感じていた。



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