第2話 回復の系譜――知らなかったのは、私だけ
その場にいる全員が、分かっていたような空気だった。
――ただ一人、私を除いて。
◇
ビュートゥさんが家に着いて少しして、マックスさんとその肩に乗ったコフク、護衛騎士のウィルさんも家に来た。
「一緒に来て紹介しようと思ってたんだけど、先に来ちゃったね。知り合いだったの?」
マックスさんが、結局のところどういう知り合いなのか、ビュートゥさんから聞く。
大魔法使いであるおばあちゃんと以前から知り合いであったこと、竜の国が戦争に負けて混乱している中、赤ん坊だった私をある人から預かって、育てられないので信頼できるおばあちゃんに預けたこと。……まだ、私が竜の国の姫だといった話はしないようだ。
その流れで、話題は自然と魔法の話に移った。
「そういえば……」
マックスさんが、思い出したように言った。
「ジーナさん、僕が回復魔法を使えるって、最初から分かってましたよね」
「分かってたっつか……」
おばあちゃんは、マックスさんの顔をまじまじと見てから言った。
「目と髪に、緑色があるでしょう。
緑が多いと言えば、回復魔法と薬の国のファイマール。
私も若いころ、勉強しにファイマールにも行ったことがあるさね」
「えっ、すごい。
おばあちゃん、ファイマールに行ってたの!?」
私も初めて聞いて、思わず身を乗り出してしまう。
「さすが、いろんな国で知識を得たから、大魔法使いになれたんですね」
マックスさんも褒めるが、
「行った行った。
けど、回復魔法は知識が付いただけで、魔力が向いて無いから駄目じゃった」
ちょっと、残念な顔をする。
「薬だけ身に着けて帰ってきたよ」
「でも、おばあちゃんの薬、すごく効くよ。みんな助かってる」
「リリも薬は作れるから、そのうち教えるさね」
◇
「ところで……」
おばあちゃんは、ふっと目を細めた。
「マックスさん、回復魔法は、お母様から教わったんか?」
一瞬、空気が止まった。
「……ええ。小さいころ、怪我をしたとき、母が治してくれて。
興味を持って真似したら、僕も回復の魔力があるのが分かって。
母が、少しずつ教えてくれた」
「そうかい」
おばあちゃんは、頷いた。
「だけどなぜ、母からと?」
「今の王妃様は、二十数年前に、ファイマールから嫁いで来られたでしょう。
マックスさんは、二十歳かそこらでしょう」
再度、沈黙。
その沈黙を破ったのは――
「……それ以上は、言わないであげてください」
ウィルさんだった。彼は一歩前に出る。
「因みに、この方……まだ十八歳です」
「えっ?」
私は思わず声を上げた。
マックスさんは、両手で顔を覆ってしまった。
「……あれ?」
私の中で、何かがつながっていく。
「それって、つまり――」
私は、ゆっくり言った。
「マックスさん……は、王子様ってことですか?」
沈黙。みんなが顔を見合わせる。
「……あ、言っちゃった」
ウィルさんが、しまった、という顔をした。
「まあ、そうです」
マックスさんは、観念したように笑った。
「アグラール第2王子です。
次男なので、好き勝手してますけど」
「本当は、好き勝手できない立場なんですけどね」
ウィルさんが、ぼそっと補足する。
「……分かってなかったの、私だけ?」
「ばれないかなと思ったのに。遠慮されたりするのは嫌なんだよね」
マックスさんは、残念そうに言った。
「普通の村人にはばれないでしょうが、ジーナ師匠は、普通ではないですから。
それより、リリア様! ジーナ師匠は、ファイマールだけじゃあないですよ。
確か若い頃は世界各国を旅して、各地の魔法を学んだと。お噂ですけど。
わしもぜひその時の話を色々と伺いたい」
ビュートゥさんが、目を輝かせて話に入ってきた。
「うーん、もう、昔の話だから、ほとんど忘れたし、まあ、そのうち、おいおいね……」
ビュートゥさんにとっては、第二王子とかより、大魔法使いの方が上らしい。
まあ、私も王子とか良く分からないから、同じようなものだけれど。
◇
その時、外で馬車の止まる音がした。
ほどなくして、扉が叩かれる。
「王都魔獣研究所より参りました。ココット・ルヴァンです」
私がドアを開けると、立っていたのは、きっちりまとめた栗色の髪、細縁の眼鏡、落ち着いた琥珀色の瞳の女性。書類を手に持っていた。
「研究所立ち上げに必要な魔法具、最低限の資材、帳簿、報告書様式などを出張所の方に置いてから参り
ました。遅れて申し訳ありません」
部屋を一見し、マックスで視線が止まる。
「第二王子殿下。
研究所本部の王都への報告書、三件未提出です」
「え、あれはだね……」
「すぐにサインしてください。本日中に提出いたします」
有無を言わせず、手に持っていた書類とペンを差し出した。
そしてその視線が、コフクに向く。
……目が優しくなる。
「コフクさん、相変わらず、可愛らしいですね」
半歩、近づく。
「触っても……いえ、失礼しました。
サインが終わったら、届けていただけますか?」
すっと姿勢を戻す。
コフクが、『ピピイ!(了解!)』と答える。
何事もなかったかのように、私へ向き直る。
「竜化報告の当人ですね。研究員として、よろしくお願いします」
魔獣についてはもちろんすごく知識があるのだろうが、他の二人と比べたら、普通の人。
ちょっと、安心する。
◇
その夜。
私は、指輪にそっと触れた。
指輪がくれた、この新しい出会い。
明日からもまた、新しいことが起こっていく気がする。
(いい人たちで、良かった。
これからも、良い方向に、進んで欲しいな)
そんな予感と、願いを、
指輪に、静かに込めて。
いつの間にか私は眠りについていた。




