第1話 王都からきた研究員
火事のあと、エルント村は静かな日常に戻っていた。
静かすぎるほどに。
けれど、私は感じていた。
――何かが、確実に動き出している。
◇
マックスさんは、王都の魔獣研究所から、数名の所員がこちらへ来る予定だと言っていた。そのため、出張所にする建物として、ある程度の規模の場所を探していたところ、すぐに話がまとまったらしい。
今の領主が、前の領主から引き継いだものの、手が回らず放置気味だった農場。それを譲ってもらい、最低限の改修をして使うことになった。
「場所も決まったから、準備ができ次第、研究員に来てもらうよう伝えたよ。
一人、顧問みたいな人がいるんだけど……ものすごく乗り気で、すぐ来るって言ってた。
リリちゃんにとっても、きっと良い人だと思う」
マックスさんは、そう言って少し苦笑した。
――そして、本当にすぐに来た。
◇
火事の日から、二日後の朝。
朝食を食べ終わったか、というころ、
トントン、トントン、と、家の扉を叩く音がした。
「ごめんくだされー!」
ずいぶんと大きな、よく通る男性の声。
「おや……もしかして」
おばあちゃんが、少し驚いたように立ち上がる。
「え? おばあちゃん、知ってる人?」
「はいはい、今行くよ――」
そう言って扉を開けた瞬間――
「師匠! お久しぶりです!」
勢いよく頭を下げたのは、年配の男性だった。
「おお、久しぶり!
あんたの師匠じゃないがね。元気だったかいね!」
二人はそのまま、ぎゅっと抱き合った。
「……え、どなた?」
私がそう口にした瞬間、男性がこちらを見て、目を見開いた。
「リリア姫ですか!?
こんなに大きくなって……あの赤ちゃんが!」
「え、姫?――」
次の瞬間、私は抱きしめられ、両手で頬を包まれ、ぐりぐりと頬ずりされていた。
「ちょ、ちょっと……!」
ようやく解放され、私は一歩下がる。
(とんでもなく、やばい人がきた?)
と、思った時。
「リリ、この人はビュートさんじゃ」
おばあちゃんが、紹介してくれた。
「ああ、名乗るのが遅れましたな。
ビュートゥと申します。
今は魔獣研究所で、研究員だか顧問だかをやっとります」
「……あの、手紙の?」
「はい。姫にとっては、赤ん坊の頃の記憶はないでしょうから、初対面も同然でしょうが、
わしにとっては、この家に姫を預けに来た日のことが、つい昨日のようでしてな」
そう言って、しみじみと私を見る。
「やはり、ジーナ師匠に預けて正解でした。
よくぞ、ここまで無事に育ててくださった」
「当たり前さね」
おばあちゃんは、少し誇らしげに言った。
「目やお顔立ちが王にそっくりになられて。
でも、良かった。可愛らしいところは母上似ですな。
少し小柄なのは……まあ、まだ育つでしょう」
余計なことも言っている気がする。
(それよりも……この人が、あの、全ての始まりの、手紙の人なんだ)
「……ビュートさんは、私の両親のことも、知っているんですよね」
「もちろんですとも! わしなどに、敬語は使わんでください。
喜んでお話しましょう」
私は、少し考えてから頷いた。
「分かった。じゃあ……
家族や、竜国のこと。
それから、指輪のことも教えて」
一拍、置いて。
「あと、魔法とかも」
ビュートゥさんは、目を潤ませながら、笑った。
「ええ、ええ。
これから一緒にいられる時間も増えるようですし、いくらでも聞いてくだされ」
◇
――この時は、まだ知らなかった。
この日から、ここに研究員が集まり、
竜国や指輪の話、
そして、私の家族の秘密が、少しずつ明らかになっていくことを。
そしてそれが、
私や周囲の人の運命を、大きく動かす始まりになることを。
けれど今は、ただ、
扉の向こうからやって来たその人を前に、
知ることへの無限の期待と、大きな不安の波がぶつかり合って、
どうしようもなく、胸が揺れ動いていた。




