第13話 魔獣研究所の研究員と、肩の上のコフク
「ただいまー」
家に帰ると、居間から聞き慣れない声がした。
「お帰り」
「あ、お嬢さんですね。お邪魔しています」
居間には、私と同じくらいか、少し年上に見える男性と、騎士が座っていた。おばあちゃんの向かいで、普通にお茶を飲んでいる。
男の人は上品な服装で、村の人とは空気が違う。髪は薄い金髪――ほんのり緑がかって見える。肌は白く、目は緑色。
(緑の目って、珍しい……)
私はいったん二階に上がり、鞄を置いて着替えた。すると、ドアが軽くノックされる。
「ちょっと良い?」
「うん」
おばあちゃんが部屋に入ってきて、小声で説明した。
「この前、領主んとこ行ったべ。森へ入らんでねって交渉しに。
そん時、今下に来てる、王都の魔獣研究所の人と護衛騎士がちょうど来ててね、竜が出たっていうんで調査に駆け付けたって。領主に話を聞いてから、村の人にも聞くって言って、フルールちゃんのとこにも行って――それでこっちさ」
嫌な汗が背中を伝う。
「……倉庫に竜が来た話、領主に聞いたみたいで、詳しく聞きたいってさ。まあ、ちょっと話聞いたら帰るだろ」
(領主の息子に、余計なこと言った……?)
でも、大事なことは言っていない。
そう自分に言い聞かせながら、私はネックレスを首にかけたまま、指輪の部分だけ服の中へ押し込んだ。
居間へ降りると、その男性が立ち上がり、柔らかく微笑んだ。
「ああ、お嬢さん。初めまして。魔獣研究所で研究員をしています、マックスと言います」
差し出された右手。
その左肩に――なんと、見覚えのある月白梟が留まっていた。
(……コフク!?)
驚いて、つい目が釘付けになる。
「あ、この子はコフクです」
私は握手をした。指は細長いのに硬いまめがある。研究者というより、鍛えている手だ。
「初めまして。リリです。ただの学生です」
隣の騎士は握手はせず、すっと礼をした。
「護衛騎士のウィルです」
席に着くと、マックスさんは丁寧に質問を始めた。私は用意していた“安全な説明”を口にする。
学校を出たところで何かを嗅がされ、意識を失ったこと。
気づけば倉庫に閉じ込められていたこと。
不安で村の神様にお願いしたら、なぜか竜が現れ、助けてくれたこと。
フルールが心配だと口にしたら、そちらも助けたようだということ。
最後に、竜は森へ入っていった、とフルールが言っていたこと。
マックスさんは、楽しそうに目を細めた。
「なぜ竜が現れたかは、分からない……と」
「はい。残念ながら」
「僕らもね、森で竜を見たんだ。いやあ、かっこ良かった! ルビーみたいに綺麗な赤色で!」
話が脱線した瞬間、コフクがくちばしで軽くつついた。
「……おっと。失礼。ええと、村の神様は畑の神様で、と」
「村は、畑が大事ですからね」
私は苦笑いで受け流す。
「記録はメモじゃなくて魔法でしているんだ。このネックレスの石に、いったん入れていてね」
マックスさんは自分の首元から、ネックレスの青い石を出して見せた。
(……同じ系統?)
「風魔法ですか」
「そう。よく分かったね。……リリさんもネックレスをしている。それは?」
心臓が跳ねた。
「あ、これは、この前おばあちゃんにもらった物です」
おばあちゃんがすかさず口を挟む。
「リリの親から預かった形見です。戦で育てられなくなったって、赤ん坊のこの子を預かりましてね」
マックスさんは、じっと私の髪と目を見た。
「この国の人の色ではないなと思いましたが……そうでしたか」
その瞬間。
『そうだよねー。竜の国の色だねー』
コフクが、にやっとした声で言った。
「え?」
思わず声が漏れ、背中が冷える。
(今の、マックスさん聞いた……?)
けれどマックスさんは首を傾げた。
「あ、コフクがピイピイ鳴いてるね。すみません」
「いえ……急に鳴いてびっくりして」
私は必死に笑った。
(……分かってない。良かった)
マックスさんは、ふっと微笑む。
「それより……折角来たから、リリさんのネックレスも見せてもらおうかな」
「え……」
断りたい。でも断りづらい。
手がネックレスに伸びかけた、その時――
トントン、トントン。
玄関の扉を叩く音がした。
「リリー! 私! フルールだけど、準備できてる? そろそろ領主さんの家へ一緒に行く時間だよー!」
私は心の底から救われた。
「あ、そうだった!」
おばあちゃんが目を丸くする。
「予定あったんかい」
「お詫びのお茶会の相談で呼ばれてて……忘れてた!」
空気がふっと緩む。
「すみません、行ってもいいですか」
「こちらこそ、予定があるのにすみません。じゃあ」
私は荷物を取りに走り、フルールと馬車に乗り込んだ。
窓の外で、マックスさんが小さく手を振っている。
(……帰ってくれる、よね?)
そう思ったのに。
胸の奥のざわつきは、消えなかった。




