私の可愛い幼馴染と、俺の格好良い幼馴染
私立星越学園。数々の政治家やスポーツ選手、芸能人を輩出してきた、日本が誇る名門校。
その校中でも飛び抜けて有名な人物が二人いた。
一人目は、二年生、琴崎紬。
甘く垂れた焦茶色の瞳、ぷっくりとした涙袋。動くたびにふわふわとした亜麻色の髪が、幼さが残る甘い顔をくすぐる。ふにゃり、とゆるむ笑顔がまた可愛らしい。
同級生たちよりも少し小柄で華奢な体躯、それを包む大きめのカーディガンの袖は彼女の手首よりも長い。その姿は大変あざといが、ぶりっ子特有の計算高さは感じられない。
端的にいうと、ゆるふわ系美少女なのだ、紬は。
彼女は学園中の人気者だ。天使のように可愛らしく、女神のように美しく、聖女のように慈悲深い。そんな彼女見たさで休み時間に他学年他クラスから、毎日大量の生徒が押し寄せてくる。
この日のホームルーム前も、朝からたくさんの生徒たちが彼女を一目拝もうと、廊下の窓に張り付いていた。
「つむぎぃ〜! 英語の宿題忘れちゃったあー!」
「凛香ちゃん、英語って次だよ? ちゃんと前日にやらないと〜」
「う、昨日は部活が長引いちゃって……。お願い紬、写させて!」
そう言ってぱんっと顔の前で手を合わせる親友に、紬は仕方ないなあと笑いながら英語のノートを貸した。凛香は礼を言って、早速急いで答えを写し出す。
割と頻繁にある光景に、もはや慣れてきたクラスメイトたちは苦笑いだ。
「凛香ってば、またあ?」
「いっつも紬に頼ってるじゃーん」
「倉橋……そろそろ琴崎さんから離れて自立しような、ってぇ!!」
「うっさいわね! あたしは一生紬と一緒だから!」
余計なことを言った男子が、ぽこっと頭を引っ叩かれた。相当痛かったようで、男子は「ぬおおおおおっ」と床に転がって悶絶する。さすが、空手部エースの称号は伊達じゃない。
紬はふふっと笑って、机に向かう親友の頭をぽんぽんと優しく撫でた。
「私も凛香ちゃんと一緒がいいなあ。離れ離れなんて寂しい〜……」
「紬、あんた……っ!」
うるっと目を潤ませた凛香が、感極まったように紬にキツく抱きつく。グリグリと首筋に頭を擦り付けるたびに、ボブカットの黒髪がサラサラと揺れた。紬は嬉しそうにしながらも「あはは、宿題しようねー」と親友に容赦なく現実を突きつけた。無慈悲だ。
渋々凛香が再びノートと向かい合ったところで、急に廊下がザワッとざわめいた。いや、騒がしさだけならずっとだったのだが。だがそうではなく、何か良からぬものを見た、というようなざわめきだった。
それと同時に、ジャラ、という微かな音が紬の耳を打った。顔を上げて扉を見ると、一人の男子生徒と目が合った。高校生らしからぬ切長の瞳の奥がギラリと光る。まるで魔王だ。
一年生を示す赤いネクタイを締めた彼は、上級生の教室に躊躇いなく踏み込んだ。
「お、おい後輩! 二年の教室になんのようだ」
その時、彼の前に立ち塞がる勇者がいた。
このクラスで最も真面目で頼れる委員長・前原は、鋭い眼光に若干怯みながらも、キリリと眉を上げて声を張った。
そのことにクラス中から尊敬の念が集まる。ああ、あいつならやってくれると思っていた。委員長万歳! 神様仏様前原様!
そんな熱い視線を受けた我らが委員長は、背中に回した片手の親指をグッとサムズアップする。任せておけ、と言っているようだ。大変頼もしい。
それに対してス、となんとも素晴らしい迫力で魔王は目を細める。だが勇者は果敢にも睨み返し、絶対に道を譲らないぞと背筋を伸ばす。
「邪魔、退いて」
「は、はいいぃぃっ!! すみませんでしたっっ!!」
そして勇者は去って行った。
一気に教室の熱が冷める。そうか、やっぱり無理だったか。いやいやいいんだ、俺たちは裏切られただなんて思っていなぜ。お疲れ委員長……。そんな視線が自分の席に逃げ帰った元勇者の背に突き刺さる。嗚呼、憐れなり。
そして魔王といえば、元勇者にもその他のモブたちにも一切興味がないように一瞥もせず、一直線に彼女の元へと歩み寄る。
そう、琴崎紬の元へと。
「紬」
「ちーちゃん、どーしたの? 何かあった?」
キョト、と小さく首を傾げた紬に、千影は思わず「どうしたじゃない」と底冷えする声音で言った。
星越学園の有名人、二人目―――一年、龍宮院千影。
高一とは思えない高身長に、細身ながら適度に筋肉のついた体躯。息を呑むほど美しく整った顔の中で、黒曜石を思わせる黒い瞳が美しい。白い肌に映える緩くウェーブがかかった黒髪がアンニュイな雰囲気だ。形の良い両耳には、シルバーのピアス。
彼はその美貌、そして並外れた身体能力で注目を集めるスポーツ科の生徒であり、紬の幼馴染でもあった。
千影は無表情のまま、ン、と紬との距離を縮める。顔を近づけて、あと少しで鼻先同士が当たりそうなほどだ。
「なんで今日先に行ったの。一緒に行くって約束だったじゃん」
「ごめんねぇ。今日は日直だったから、早めに登校しないといけなかったんだ〜……」
瞬時に噛みつこうとした親友を手で制し、申し訳なさそうに眉尻を下げた紬は、ヨイショと自分よりも高い位置にある頭に手を伸ばして一撫でする。
千影は背を丸めて心地良さそうに目を細めながらそれを甘受して、それでも納得できなそうにキュ、と薄い唇の端を下げる。
「なら俺がそれに合わせるから、とにかく先に行かないで。わかった? これからは毎日一緒に行くから」
「んふ、はいは〜い」
ゆる〜く笑う幼馴染に、本当にわかっているのかと額に青筋を浮かべてしまう。
と、そこで今まで黙っていた凛香がとうとう牙を剥いた。親友を守りながらの、まるでナイトのような光景だ。
「ちょっと、龍宮院! 気安く紬に近づくんじゃないわよ!」
「凛香ちゃん、宿題は? 手抜きはダメだよ?」
「う、ちゃんとやったわよ。ほら!」
「ふむふむ……あ、ここスペルミスあるよ。ここも別の長文写してる。はい、やり直し」
親友の容赦ないダメ出しに、うぬぬぬっと唸りながらシャーペンを握った。さっさと終わらせるべく、視線を親友と自分のノートを行き来させ、物凄い勢いでアルファベットを羅列していく。
紬はやる気があるのは良いことだと頷き、未だに不満顔の幼馴染の頭を撫でながら「ほら、そろそろホームルームだよ?」と帰るよう促す。
「でも、まだあと五分あるし」
「五分前行動大事だよ? お昼休みはいつものところで会えるし、ね?」
「…………」
あやすように首を傾げて言えば、ようやく渋々と丸めていた背筋を伸ばした。それを褒めるようにスリ、と一度彼の目元をなぞれば、他の誰にも分からないほど微かに目尻が緩んだ。
無表情ながらどこか嬉しそうな雰囲気を醸し出しすが、それがわかるのはこの場に一人だけだ。その人物は言わずもがな。
「じゃあね、ちーちゃん。また後で」
「ン」
にっこり手を振る幼馴染に手を振り返して、魔王は去って行った。
ホーッと詰めていた息を吐くクラスメイトたち。怖かった、魔王めっちゃ怖かった。俺超睨まれたんだけど。
そしてそんな魔王が唯一言うことを聞く聖女様は、またしても写すところを間違えている親友を指摘して、これは間に合わないだろうなあと無慈悲なことを思っていた。
☆★☆★☆★
昼休みは、毎日たくさんの生徒たちが紬を昼食に誘いにくる。彼女の返答は決まってごめんなさいなのだが。
そんなクラスメイト及び顔も名前も知らぬ誰かを撒いて親友と向かった先は屋上だ。本当は生徒は立ち入れないエリアなのだが、入学当時から人気者すぎて落ち着いて昼食を摂れなかった紬を見かねた担任が特別に鍵をくれたのだ。
彼女はそれを有り難く受け取り、仲の良い友人たちと共に使わせてもらっている。
キィ、という錆びついた甲高い音と共に扉が開かれると、すでに二つの人影が確認できた。
一人は千影、もう一人は彼の親友の真堂恭介だ。
恭介はいわゆる爽やかスポーツマンタイプ。綺麗に染められた茶髪、すっきりと整った顔立ち。スポーツドリンクとかが無駄に似合いそうな雰囲気だ。
ただし彼は運動が全くできない。学科もスポーツ科ではなく経済科だ。学園ではギャップの王と名高い。
その王はいかにも爽やかに片手をあげて紬と凛香を歓迎する。太陽の光を反射して輝く前歯が眩しい。
「よっ、二人とも。待ちくたびれたぜ〜」
「アンタね……そういう時は全然待ってないって言うところでしょ? そんなんじゃモテないわよ」
「ザンネン、オレ意外とモテるんだよね」
「こんな奴がモテるとか、世も末ね」
「ひっで」
カラカラと笑いながら王がナイトの肩を抱こうとすると、腹に容赦ない一撃をお見舞いされた。無言で腹を押さえて悶絶する。
凛香は真顔だった。
「次変なことしようとしたらコロス」
「すんませんした……」
王はナイトに敗れた。
その光景に紬は「相変わらず仲良いなあ」と思うが、本人たちが聞けば方や喜んで肯定し、方や嫌そうに顔を歪めて否定し王の心の傷を抉り取るハメになるので口には出さない。
恭介は凛香を憎からずと思っているが、それがわかっていないのは想いを向けられている彼女だけである。王、憐れなり。
そんなことを思っていると、いつもの夫婦コントを鑑賞していた千影が紬に歩み寄った。
そしてふにゃり、と、今朝の様子からは考えられないほど甘く、優しく顔を蕩けさせた。その瞳に宿るのは、誰から見てもわかるほど燃え上がった恋情。
「むぎちゃん、待ってたよ。はやくご飯食べよ!」
「ああ、そうだな。ほら二人も、いつまでも夫婦コントしてないで」
ここに四人以外の第三者がいれば、もれなく全員「誰だ……??」と全力で困惑の表情を浮かべていたことだろう。それほどまでに違和感の塊のような光景だったのだ。
甘えるような蕩けた表情の千影と、いつものゆる〜い態度を忘れたように凛々しい表情、さっぱりとした口調の紬。双方、全くもって正反対だ。
が、これが二人の素なのだ。甘えん坊の千影と、凛々しく男前な紬。普段はちょっと演技しているだけにすぎない。
それを知っているのは、この学園でただ二人。それが恭介と凛香だ。
学園で唯一自分を偽らずにいられる時間が、この昼休み。二人の本性を知っている者しかいない空間は、当人たちにとって酷く心地良いものだった。
「ねぇむぎちゃん、俺もう演技辞めたいよぉ」
「ん、千影、突然どうしたんだ?」
各各昼食を終えたところで、千影が唐突にぼやきだした。魔王どころか情けない仔犬のような声だ。
「だって孤高の一匹狼キャラって、俺から一番遠いキャラじゃん……。俺もう無理だよぅぅぅ」
ヒンッと涙目になって弱音を吐く幼馴染に、紬はキョトと首を傾げる。何を言っているのかわからない、とでも言いたげな表情だ。
それからふっと微笑んで、華奢な片手を千影の頬に添える。褒めるように、はたまた慈しむように細められる瞳の奥で、暖かな光が瞬く。
「そうか、千影。無理をさせていたみたいですまなかったね。分かったよ。もう演技はしなくていい」
二人が学園で正反対の自分を演じている理由。それは、二人の中で取り決めた約束にあった。
二年前―――紬がこの星越学園に進学すると決まった時のこと。
星越学園には、容姿端麗な生徒が多いことで有名だった。芸能科もあるのだから、当然と言えば当然なのだが。
千影は焦った。大好きな幼馴染が、自分の知らないところで誰かに取られてしまうのでは、と。
元々中学校でも、その容赦と男前な性格で男女問わず……いや老若男女問わず人気を集めていた彼女だ。おそらく……いや絶対に全校生徒を虜にしてしまう。
だが入学を楽しみにしている幼馴染を前に、行かないでくれだなんて言えない。
彼女の親友である凛香に言えば守ってくれはするだろうが、それでも万が一がある。ならばどうすればいいのか。
考え抜いた末に出した結論は―――彼女に性格を偽ってもらうこと。
その素晴らしく頼りになる性格さえ隠せば、中学の頃よりは人気も落ち着くだろう、と。
「お前、そこまでさせるほど……」と当時から親友だった恭介にドン引きの目で見られたが、千影は当時は名案だと思っていたのだ。
恭介だって凛香が密かに人気なことを知ったらそれくらいするだろうと言ったら殴られたが、貧弱なので大して痛くなかった。
そしてそれを本人に提案……もとい懇願したところ、予想外の返答が寄越された。
―――「ああ、いいぞ。やってやろう。ただし条件として、千影も高校に入ったら、同じように性格を偽ってもらうがな」
正直言って「悪いが断る。私は自分を曲げることだけはしたくないのだ」と言われ、最悪数日掛けて説得する他ないと思っていたので、拍子抜けしたものだ。そんなものでいいのか、と。
もちろん千影は喜んで了承した。
かくして、二人の演技生活が幕を開けたわけなのだが……千影の予想に反し、彼女の演技が甘い容姿にぴったりハマっていたせいで、男子からの人気が増幅される結果となってしまった。ああ……。
「これは予測してなかった……」という言葉を、何度親友に愚痴っただろうか。なんとか男子たちの一歩先を行こうと告白しても、幼馴染としての親愛としか思ってもらえない。
言ってしまえば、ほぼ詰みだ。もはや演技をしている意味はない。
ない、のだが。
「だが私は演技を続けよう。安心するといい。私は今後も一切ボロを出さない。せっかくの高校生活なんだ、好きに満喫してくれ」
その、焦茶の瞳が伏せられる。甘さを宿しているそれが、もう千影を捉えることはないのだと言うように。
決して冷たいわけではない。わがままな自分に愛想を尽かしたわけでもない。ただただ、大切な幼馴染の願いを叶える、そのために。
心臓が、冷えた。
「…………や、やっぱりやめない。俺、演技続ける!!」
「ん? 無理しなくていいんだぞ?」
「大丈夫! さっきのは、ちょっと間違ったっていうか……とにかく、大丈夫だから!!」
「そうか……千影が良いならいいが」
そう言って、ふわりと笑ってぽん、と頭に手を乗せてくる紬。その姿は女子らしい可愛らしさだが、内側には万人が魅せられてしまう魔性の魅力があった。
それを直に見てしまった千影は、顔が一気に上気してしまう。
「〜〜〜〜っ!!」
はくはくと忙しなく口を開閉させる幼馴染を可笑しそうにくすくすと笑い声を零しながら、紬は「ところで千影」と笑みを深めた。
「さっき放送で呼ばれてなかったかい? 校庭の用具入れの点検がどうとか……。気のせいかもしれんが」
「ぇ、あ、ほ、ほんとっ? じゃ、じゃあ、行ってくる!!」
これ幸いと千影は真っ赤な顔のまま足早に去っていった。運動神経が良いので速いこと。
それを見送った紬は、その背が消えるなり大声で笑ってしまった。
「ふふ、ふふふふっ、あははははっ、ははははは!!」
遠慮のない豪快な笑い方だった。大きく口を開けて腹を抱えている。
紬は、彼が去った扉をじっと見つめる。その瞳には、先ほどまではなかった、とろりと蕩けた熱がこもっている。
「……3分。私の言葉一つで、彼は自分の意志を捨てて走り出す。なんて可愛いんだろうね、千影は」
彼女は指先で自分の唇をなぞり、獲物を仕留めた蜘蛛のような、静謐で歪んだ笑みを浮かべた。
その様子を見て、恭介と凛香は世界一酸っぱいものを口に詰め込まれたような顔になる。
何故なら二人は、今去っていった彼が知らない真実を知っているのだ。
「紬ちゃんって、ほんと策士だよなー。放送なんて聞こえなかったぜ?」
「もちろん虚言さ。だが私は“気のせいかもしれん”とちゃんと言ったから、問題はないな」
「もういっそアイツが哀れね……―――全部バレた上で遊ばれている、なんて」
呆れた顔でそう言う親友に、紬はにっこりと楽しげな笑みで応えた。
そう、彼女は全てわかっている。
彼が自分を好いていることも、その恋慕から突拍子もない提案をしてきたことも、全て。
その上で何も知らないフリをしている。
それは、彼女も彼を好いているからに他ならない。
だがそれは、千影のように純粋なものではない。
もっと仄暗く、ドロドロしていて、毒を孕んだ危険な感情。彼の本性を他人に見せることを制限してまで、彼を独占したいと思っている。
それを一切悟らせない演技力は、流石の一言だった。
「アイツ、ほんとはめちゃくちゃ良いやつなのに、みーんなに騙されてるって、可哀想だよなあ」
「だから良いのさ。彼のあんなかわいらしい姿を知っているのは私だけでいい。本当は君たちだって、消してしまいたいほどなのだが―――」
「怖っ!?」
「―――生憎恭介はあの子のお気に入りの親友で、凛香も私の高校生活の上で良い男避けになってくれている。手放すのはあまりに惜しい」
そこで一度言葉を切り、紬はにこりと優しげな笑みを浮かべる。
視線を向ける先は、狂気的な愛を迸った彼女に顔を引き攣らせた親友だ。怖がっているらしい。
「凛香、君がいてくれて助かっているよ。君が彼を適度に拒絶してくれるおかげで、彼は余計ムキになって私を求める。これからも仲の良い親友でいよう」
「……とっくに知ってはいたけど、ハッキリ言われるとちょっとショックね」
「それなー。オレ、アイツに気に入られてなかったらって思うと……うお、寒気がしてきたぜ」
「アンタ絶対紬に潰されてたものね。色んな意味で」
二人は顔を見合わせて苦笑した。
どこまでも幼馴染至上主義な彼女には、どれだけ言葉を尽くしたところで意味はないと知っている。世間的に言えば、おかしいと言われても仕方のない人格だ。
だが凛香は中学時代、イジメから救われることで、彼女を否定する意思を奪われた。
恭介はそんな凛香をどうしても逃したくなくて、紬を受け入れる選択をしたのだ。
もちろん全て紬の計算の上だ。彼女が思い描く人生設計には、この二人が必要だったのだ。
「千影を寂しがらせないための恭介。私を守るための盾としての凛香。……ふふ、二人とも私の計画に欠かせない、最高に便利なパーツだよ。そんな大切なものを、私が捨てるわけないじゃない。ずっと私のそばで、役に立ち続けておくれ」
恭介は顔を引き攣らせ、それ以上は何も言わなかった。
実際、自分が凛香の隣にいられるのは、紬が『千影の親友』という枠を用意し続けてくれているからだ。不純だとわかっていても、その恩恵を捨てられない自分も同罪なのだと思い知らされる。
凛香もまた、紬の冷たい瞳から視線を逸らした。
「アンタにそう言われると、一生逃げられない気がしてくるわ……」
弱みを握られ、居場所を与えられ、飼い慣らされている。 二人は顔を見合わせて、乾いた笑いを漏らすしかなかった。
全ては紬の計算通り。彼女が描く人生設計図には、この「駒」たちが欠かせない。
紬は満足げに微笑み、校庭へ視線を落とす。
丁度一匹狼の仮面を被った彼女のかわいい幼馴染が、用具入れに向かって歩いているところだった。紬の言葉を疑っていないのだろう。
千影は知らない。自分の幼馴染が、己にこんなにも重い感情を抱いているなど。
千影は気づかない。背後に迫った、聖女の仮面を被った、絶対的な女帝に。
ふと紬は、そんな千影の愚かさを思って、どうしようもなく愛おしくなってしまった。
その気持ちは抑えきれないほどに膨らみ、笑い声となって外へ出る。
「……あはは、あはははは!」
腹を抱えて笑う紬の姿に、凛香と恭介は一歩引いた。
さっきまでクラスで「聖女」と拝まれていた少女の面影はない。そこにいるのは、全てを盤上で操る冷徹な支配者だ。
「でもさ、千影はもう演技をやめたがってたぜ? 可哀想だと思わないのかよ」
恭介の問いに、紬は笑い声をぴたりと止め、濡れたような瞳で彼を射抜いた。
「可哀想? まさか。千影が周囲に『怖がられ、孤立する』ほど、彼の居場所は私の隣しかなくなる。彼は私なしでは息もできなくなるんだ。……ねえ、これ以上の幸福がこの世にあると思うかい?」
紬は屋上のフェンスに背を預け、校庭を走る千影の背中を愛おしそうに、けれど檻の中の家畜を眺めるような目で見下ろした。
「彼はいつか私の愛に呑み込まれて、自分では何も選べなくなる――ああ楽しみだ。ふふふ、私に縋る彼は、きっとさぞかわいいことだろう」
彼女がそっと宙に指先を差し出すと、まるで遠くにいる千影をその指先で摘み上げ、飲み込んでしまったかのように見えた。
なんか、紬ちゃんが思ったよりヤンデレになってしまった……。
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