第一話 信長誕生
いろいろとなろうの歴史モノを読んでいて書きたくなりました。
作者の知識はゲームやwikiが主になるので、粗が目立ちます。また、初めての執筆となるので文章力が皆無なこともご了承ください。
天文三年(1534年)五月 蟹江城下伊松屋敷
初夏の風が伊勢湾から吹き上がり、板戸の隙間を鳴らしていた。
潮の香が庭先の楠をくぐり抜け、几帳の布をふわりと揺らす。
土間では女中が水桶を運び、遠くからは釜の湯が鳴る音がかすかに響いていた。
庭の向こうでは、槍を手にした若党たちが声を張り上げ、稽古の気合が風に混じって流れてくる。
私はまだ幼い身体を母に抱かれながら、祖父・伊松左衛門佐秀教と父・左近将監秀政の会話に耳を傾けていた。
母・琴子は浅紅の小袖をまとい、香をたいた髪からほのかに梅の香りが漂う。
二人は畳に胡座をかき、手にした茶碗から湯気が立っている。祖父は紺の直垂に浅黄の小袖を重ね、腰にはよく手入れされた小刀を差していた。父は浅葱色の狩衣に白袴を締めている。
「めでたいの、左近将監。祝いの品をもって伺うとしようか」
祖父は湯呑を置き、頬の皺を深めて笑った。
「そうですな。菊千代が生まれたときには大層祝っていただきましたからな、親父殿」
父も湯呑を置き、笑みを浮かべながら頷いた。
どうやら、織田弾正忠家の信秀殿に男児が生まれたという。
私は初夏の心地よい気温と畳のぬくもりに眠気を誘われ、母に抱かれたまま眠りについた。
遡ること、2年前ーー。
仕事帰りに見慣れた街を歩いていた私は、今日は更新されているかなと思いながら、お気に入りの小説サイト開いていた。
(今日の更新はなしか、、、)
新作は何かあるかなと検索しようとしたところ、突然目の前が暗転した。
視界が真っ白に弾け、耳鳴りがして、世界が裏返るような感覚があった。
目を覚ますと、見知らぬ女が「坊や」と微笑み、木の天井が揺れていた。
麻の衣に白い手拭を被った女の腕の中には、まだ弱々しい私の身体があった。
(ここは、、、?)
よく見えない目や、よく聞こえない耳で周囲を観察すると、どうやら古い時代のようだった。
数か月後には目や耳ははっきりとし、祖父や父、母などの話から、天文元年に尾張の国人である伊松家の嫡男・菊千代として生まれたことがわかった。
私は歴史小説や戦国期の史料を読むのが趣味だった。
仕事帰りに、毎晩のように小説サイトで戦国IFを読むのが習慣だった。
それが、まさか自分が“その中”に入り込むことになるとは。
前世の記憶は断片的だか、歴史の大まかな知識や、この時代でも使えそうな知恵なんかは思い出せた。
少なくとも、伊松家という名前は知る限りで歴史書には見当たらない。
存在していたのかもしれないが、ここは本来の歴史とは違う世界線なのかもしれない。
そんなことを考えながら、乳を吸っては眠り、たまに手足をバタバタさせたりと過ごしていた。
言葉を話し始めると、祖父を中心に教育が始まった。
退屈な幼児の生活に飽きていたので、ありがたいことではあった。
「菊千代よ、伊松家のことをよく覚えておくのじゃ」
祖父は白髪交じりの髷を整え、手元の巻物を広げながら語り始めた。
膝の上には鼠色の直垂が整えられ、墨の香りが部屋に漂っている。
「鎌倉のころ、京の山科家三代当主・山科教房の子、藤原秀惟がこの地に下向した。
それが、伊松家の始まりじゃ。」
なるほど、と頷く。祖父の話から、山科家に領地の収益を上納し、左近将監として官職を受けてきたことがわかる。そんな祖父は左衛門佐に任官されたそうだ。
「以来、山科家とは昵懇での。お主の母は、山科家の養女となり我が家に嫁いだ。昨年、飛鳥井雅綱様と山科言継様が尾張に下向した際には、儂とお主の父が織田家の信定殿、信秀殿と共に津島で歓待したんじゃ」
祖父の声には誇りがにじむ。
父はその横で静かに頷き、膝の前に手を置いて言った。
「まことに盛大な席でございましたな」
膝の脇には、磨かれた短刀が鞘ごと置かれている。
母は静かに扇を開き、膝の上でゆるりと仰いだ。
「義兄様(言継)も毎年の援助に感謝しておりました。
ほかの荘園が横領される中で、伊松家からの上納はまことに貴重だと申しておりましたよ。」
そう言って、扇をそっと閉じると、微笑みながら父と祖父を見やった。
「この地が穏やかに栄えること、それこそが、都の御家にも益をもたらすのでしょうね。」
「蟹江はさかえておるのですか。」
私の問いに、祖父は湯呑を置きながら笑った。
「そうじゃ。伊勢湾に面しておるので、海上交易が盛んでの。我が家は水軍衆を抱え、造船の技術も代々受け継いでおる」
祖母は私の横で微笑む。
薄紅の小袖に浅黄の帯を締め、髪を後ろで結い上げている。
「商人との関係も深いのですよ。私は津島の大橋家から嫁いできました。我が家が飢えることなく暮らせるのも、そういうお陰ですね」
なるほど、いやに立派な屋敷だと思ったが、そういうことだったのか。
これなら日々の食事や生活に困ることはなさそうだ。
「周辺勢力との関係も覚えておきなさい」
父は扇を手に取り、机上の地図を指した。
「津島衆や熱田衆とは交易の関係上、友好関係にある。津島の大橋家を介して織田弾正忠家とも良好だ。だが、清州の守護代家とは微妙な関係でな、にらみ合っておる。北伊勢の国人衆も時折侵攻してくるが、毎度、親父殿や儂が撃退しておる」
山科家の荘官として尾張に下向した藤原秀惟を祖とし、蟹江城を拠点に水軍と交易を掌握してきた一族。
津島の豪族・大橋家の血を引く祖母は、商人衆との結びつきを誇りにしていた。
「今日はこんなところじゃな」
祖父は巻物を閉じ、私を抱きかかえた。
香の残り香が衣に移り、心地よい。
話を聞くだけでも幼い身体には堪えたのだろう、そのまま眠ってしまった。
後日、祝いの宴に参加した祖父と父が勝幡から帰ってきた。
門前では家臣たちが松明を掲げ、馬の鼻息が夜気を白く染めていた。
私に聞かされたのは、織田家に生まれた男児の名前ーー吉法師。のちの織田信長である。
(まさかとは思っていたが、信長と同年代に生まれるとは)
伊勢湾を望むこの地は、戦乱の匂いと潮風が交じる場所。
私はまだ幼子に過ぎぬが、胸の奥では確かに火が灯っていた。
ーーこの時代を知る者として、織田家と共に歴史を変える。
それが、転生した私に課せられた使命なのだろうか。
書いてみると毎日のように投稿される皆様のすごさがわかりました。
ちなみに、伊松家にまつわるもろもろはすべて私の創作です。
次回の更新はいつになるかわかりません。
思い付きで投稿したので続きは固まっていません。




