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終末の刻限  作者: はゆめる
第一章
9/13

三日目 迷宮探索(三)

第五層の石段を抜けた瞬間、一行の足が止まった。


そこは、これまでの粗野な洞窟とは全く異なる空間だった。第六層――冷たく澄んだ空気が肺を満たし、吐く息が白く霧となって消えていく。天井は暗闇に溶けて見えないほど高く、幾重にも連なる石柱が巨人の肋骨のように並び立っている。苔むした石の表面には、かつての栄華を物語る精緻な彫刻の痕跡があった。神々の戦い、天地創造、そして何かを封じる儀式――歳月に摩耗されながらも、その威厳は失われていない。


トートの光球が青白い光を放ち、神殿の全容を浮かび上がらせた。床一面に広がる巨大な魔法陣が、まるで生きているかのように微かに脈動している。古代文字が複雑な螺旋を描き、その中心に向かって収束していく様は、見る者に畏怖の念を抱かせた。


「これは......」


老賢者の声が震えた。杖を握る手に力が入り、節くれだった指が白くなる。


「封印魔法じゃ。しかも、ただの封印ではない......」


中央には一つの台座があった。黒曜石を削り出したような漆黒の祭壇に、埃をかぶった古い書物がひっそりと佇んでいる。その存在感は異様なほど強く、まるでこの空間全体がその書を守るために存在しているかのようだった。


台座の向こう、神殿の最奥には更に下層へと続く石段が口を開けている。だがその周囲は濃密な黒い瘴気に包まれ、まるで生きた闇が渦を巻いているように見えた。瘴気は時折、苦悶の声のような音を立てて蠢き、近づく者を拒絶している。


「ここを要として迷宮全体が封印されていたようだな」


仮面の魔法剣士ニョルドが、感情を押し殺した声で呟いた。仮面の下から漏れる吐息が白く凍り、すぐに消えていく。


「だが、その封印は最近解かれた。おそらく、あの大地震と共に」


一行は慎重に台座へと近づいた。足元では膝まで届きそうな黒い瘴気がゆらめき、生暖かい感触で脛を撫でていく。ユーメリナが顔をしかめた。この瘴気には、単なる毒気を超えた何かが含まれている――生命そのものを拒絶する、根源的な悪意のようなものが。


トートが震える手で書を開いた。羊皮紙は歳月に黄ばみ、触れれば崩れそうなほど脆くなっている。だが、そこに刻まれた文字は、まるで昨日書かれたかのように鮮明だった。古代語、失われた言語、そして見たこともない象形文字が混在し、その意味を読み解くのは困難を極めた。


「魔力のしおりが......」


老賢者の指が、ある頁に挟まれた淡い光を指し示した。それは物理的なしおりではなく、純粋な魔力が結晶化したものだった。誰かが、いつか再びこの書が開かれることを予期して残したものか。


頁を開くと、トートの顔色が変わった。額に汗が浮かび、それが冷気で凍りつく。震える声で、かろうじて読み取れる部分を告げた。


「『終末の兆し現れし時』......『混沌の迷宮』......『瘴気』......『始原の塔』......」


最後の言葉に、一行の間に緊張が走った。


「始原の塔?」


ロンジヌスが眉をひそめ、剣の柄を握り締めた。


「まさか、王都北方にそびえる、あの『開かずの塔』のことですか?」


「あの塔か」


アスモダイが短く呟いた。


トートが杖を床に突き立て、その衝撃で石の床に霜が広がった。


「あの塔には扉も窓もない。建造された時期も、誰が造ったのかも不明じゃ。いかなる魔術をもってしても壁は崩れず、ただ黙して立ち続ける謎の建造物。それがこの迷宮と繋がっているというのか」


アスモダイが無言で七層への石段へ向かって歩き始めた。剣聖の本能が、答えは更なる深部にあると告げていた。


一歩、また一歩。瘴気が濃くなっていく。三歩目で、突然アスモダイが苦悶の声を上げた。


「ぐッ......!」


瘴気が無数の針となって肌を突き刺し、血管を逆流していく激痛。歴戦の剣聖が膝を折った。


ロンジヌスが駆け寄り、アスモダイの肩を支えて引き戻した。


「駄目だ......これは、生命を蝕む瘴気だ」


ニョルドの声が、重く響いた。


その瞬間、七層へ続く闇が、まるで巨大な生物が目覚めるように蠢き始めた。地響きのような振動が神殿を揺らし、石柱から砂塵が舞い落ちる。そして、うねる瘴気の奥から、三つの影がゆっくりと姿を現した。


両脇の二体は、第二層で一行を苦しめた巨大異形と同じ姿をしていた。複数の人体が無理矢理融合させられた醜悪な姿、滴り落ちる体液、狂気に歪んだ無数の顔。


だが、中央に立つ存在は、それらとは一線を画していた。


人の形を歪めたような、筋骨隆々とした巨躯は暗紫色に変色し、皮膚というより甲殻のような質感を帯びている。頭部からはねじれた角が生え、背中には黒い翼が垂れ下がっていた。だが最も恐ろしいのは、その瞳だった。赤く濁りながらも、そこには確かな知性が宿っている。獣の本能ではない、冷徹な理性の光が。


その角冠の異形が巨大な翼を広げた。一振りで巻き起こる暴風が、七人の髪と衣を激しく揺らす。宙へと舞い上がり、見下ろすその姿は、まさに地獄から這い出た悪魔そのものだった。

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