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終末の刻限  作者: はゆめる
第一章
8/13

三日目 迷宮探索(二)

第二層に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


湿った冷気に腐臭が混じり、足元には薄く黒い靄が這いまわっている。


「黒き瘴気か……」


ニョルドが低く呟いた。仮面の下から漏れる声には、何か知っているような響きがあった。


トートが杖を掲げて光を放つと、そこに横たわっていたのは先遣隊の死骸だった。


鋼の鎧に身を包んだ騎士たちが無残に折り重なり、胸当てには深い爪痕が走っている。握りしめた剣は刃こぼれし、盾は粉々に砕け散っていた。


ロンジヌスが膝をついた。王都で顔見知りだった騎士たちの変わり果てた姿に、聖騎士の瞳が濡れる。


ユーメリナとカサンドラが黙って祈りを捧げる。


「……進むぞ」


アスモダイの低い声が、重苦しい沈黙を破った。




先へ進むと、やがて暗闇の奥に影が揺らめいた。


暗闇の奥に現れたのは、人のような、しかし明らかに人ではない何かだった。灰色の肌は所々が爛れ、左腕は異常に肥大している。歩くたびに関節が軋む音を立て、赤く濁った瞳が一行を見据えていた。


「異形……」


トートが呟いた。


異形は咆哮を上げて襲いかかってきた。


ロンジヌスが盾を構えて前に出る。異形の一撃を受け止めると、アスモダイの剣が閃き、ヴェルンドの戦斧が唸りを上げる。ユーメリナとカサンドラが強化魔法を施す中、ニョルドとトートの魔術が異形を貫いた。


短時間で異形は地に崩れ落ちた。黒い血が瘴気となって立ち上る。


死骸を調べると、腹部に薄く掠れた紋様が刻まれていた。古い碑文のような、規則性のある線の集合。


カサンドラがその紋様を一瞥し、一瞬だけ表情を強ばらせた。だが次の瞬間には平静を装い、祈りの言葉を紡いでいる。


その変化を、ロンジヌスが見逃さなかった。


「カサンドラ……」


声をかけようとした時、遠くから地響きのような足音が聞こえてきた。




現れたのは、先ほどより遥かに巨大な怪物だった。複数の人間の胴体が無理矢理繋ぎ合わされたような体躯。あちこちから腕が突き出し、それぞれに異なる表情の顔が歪んでいる。


そして、その手には――


「ガルト隊長!」


ロンジヌスが叫んだ。巨大異形は、騎士ガルトの亡骸を弄んでいた。狂気に満ちた笑い声を響かせている。


「シネナイシネナイシネナイ……」


異形が人の言葉を発した。いくつもの歪んだ声が同じ言葉を繰り返し、その不協和音が洞窟に響き渡った。


怒りに燃えるロンジヌスが剣を抜く。


「貴様……」


巨大異形がガルトの亡骸を投げつけてきた。ロンジヌスは咄嗟に受け止め、そっと地面に横たえる。だが、それが隙となった。


巨大な拳が振り下ろされる。盾で受け止めるが、凄まじい衝撃に膝をつく。石床にひび割れが走り、ロンジヌスの足が深くめり込んだ。


アスモダイとヴェルンド、ニョルドが三方向から攻撃を仕掛ける。


カサンドラがロンジヌスに魔法をかけ、二人は息の合った連携で巨大異形に立ち向かった。


唐突に異形の複数の口が素早く詠唱を始めた。


七つの火球が虚空に浮かび上がり、一斉に英傑たちへ向かって飛翔する。


「魔法を使うだと……?」


トートが驚愕の声を上げる。


「みなさん!」


ユーメリナが咄嗟に光の障壁を展開する。淡い光が七人を包み込んだ瞬間、七つの火球が次々と衝突し、光壁は粉々に砕け散った。


その時、暗闇から、ぬらりと新たな巨大異形が這い出てきた。同じく醜悪に歪んだ巨大異形だった。無防備なユーメリナに向かって、その巨大な腕が振り下ろされる。


間一髪で致命傷は避けたものの、風圧に吹き飛ばされ、岩壁に激突した。口から血を吐き、膝をつくユーメリナ。


「ユーメリナ!」


カサンドラが駆け寄り、治癒の光を注ぐ。


「こっちはワシが引き受ける!そっちを先に片付けよ!」


ヴェルンドが咆哮を上げ、戦斧を構えて新たに現れた異形の前に立ちはだかった。傷つきながらも、ユーメリナが震える声で彼に強化魔法をかける。


二体の巨大異形を相手に、英傑たちは死闘を繰り広げた。ロンジヌスとヴェルンドがそれぞれ一体ずつを引きつけ、他の仲間がロンジヌス側の異形に集中攻撃を仕掛ける。アスモダイの刃が閃き、ニョルドの精密な魔術、トートの大魔法が次々と炸裂し、一体目が崩れ落ちた。


続いて全員でヴェルンド側の異形に向かう。ユーメリナとカサンドラの献身的な支援により、激戦の末、二体目の怪物もついに地に沈んだ。死骸から黒い靄が這い出し、空気を汚染していく。


「ユーメリナ、大丈夫か?」


ロンジヌスが駆け寄る。


「私は大丈夫です」


ユーメリナが青ざめた顔で答える。


「瘴気が治癒魔法の効果を阻害しています」


カサンドラが深刻そうに言った。


「今はまだ効果がありますが、さらに濃くなると完全に無効化される可能性があります」


いつもなら完全に癒えるはずの傷が、まだ痛々しく残っている。




静寂が戻った洞窟で、一行は死骸を調べた。一体目の背中に、もう一体の肩に、それぞれ掠れた紋様が刻まれている。


カサンドラがその紋様を見つめ、今度はより深く眉をひそめた。


「人の言葉を発し、魔術を操る……しかも古き魔術だ」


トートが低く呟く。


重い疑問を胸にさらに奥へと進んだ。第三層、第四層と、次々に異形を退けながら踏破していく。


そして――第五層を抜けた時、眼前に現れたのは、それまでとは全く異なる光景だった。

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