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終末の刻限  作者: はゆめる
第一章
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二日目 城下視察

早朝に先遣隊を見送った後、午前の政務を終えた女王は、腰に佩剣を帯び、近衛を率いて馬車で城門を出た。


彼女はただ玉座に座す支配者ではない。幼い頃から剣を学び、数多の魔物討伐に参加してきた武人でもある。馬車から降り立つ姿は気品と覇気を兼ね備え、民の視線を自然と集めた。


午後の陽光の下、地震で崩れた石壁や傾いた家屋の前で人々は汗を流していた。女王は馬車を降りて歩き、一人ひとりに声をかけ、肩を叩き、労わった。


「怪我はないか?」


「陛下、ありがたきお言葉……家族皆、無事にございます」


「屋根の修繕、人手は足りているか?」


「はい、近所の者たちが皆で助け合っております」


彼女の手は剣を握り鍛えられた武人の手だった。それでも民の肩に置かれると、その確かさに人々は励まされ、背筋を伸ばして再び作業に打ち込む。


被害が想像よりも軽微と知り、女王は内心で息をついた。




商店街の視察を続けていると、古銭商が恭しく進み出た。


「陛下、恐れながらお見せしたいものがございます」


差し出されたのは一枚の銀貨だった。


「見たこともない王の名が刻まれております」


女王は細身の指でそれを翻し、鋭い眼で肖像を見つめた。確かに記憶にない家系――だが、その肖像はなぜか胸の奥をざわつかせる。思案の末、買い取るよう命じた。




冒険者ギルドを訪ね、女王はギルド長に礼を述べた。


「陛下がわざわざお越しくださるなど……恐縮でございます」


ギルド長が慌てて頭を下げるのを、女王は手で制した。


「王都を守る剣に、我が国は救われた」


その凛とした声に、場は一瞬で静まり返った。


ふと、彼女の視線が一人の男に止まった。隅の卓に腰掛け、無駄のない所作で杯を口に運ぶ。腰には見慣れた冒険者用の剣を差し、背には布で包まれた長剣を斜めに背負っている。


女王の眼は鋭い。一見すると柔和な佇まいながら、その身に宿る完璧な均衡を嗅ぎ取る。


――ただ者ではない。冒険者にもこのような人物がいるとは。


その身のこなし、剣の鞘に添えられた手の自然さが、隙のない武人だと直感に告げていた。


だが、それ以上に気になるのは背中の長剣だった。布の隙間から覗く朽ちた柄に刻まれた紋章に、なぜか見覚えがあるような...


確か子供の頃、王国の歴史で学んだような――古い書物に描かれていた紋章に似ている。王家に関わる、とても古い紋章に。だが、そんなものがなぜここに。


「陛下、そろそろ日没前に戻る予定の先遣隊が帰還する時刻にございます」


随行の騎士の声に、女王ははっと我に返った。


夕陽が城下を朱に染める。長く伸びる影を見つめながら、女王の胸にはわずかな不安が芽生えていた。





日が沈む頃、女王は城に戻った。


城下視察で見た復旧に励む民の姿、古銭商から買い取った謎の銀貨、そして冒険者ギルドで出会った不思議な男。女王は玉座の間で先遣隊の帰還を待っていた。


無意識に手の中で古い銀貨を転がしている。見覚えのない王の肖像が刻まれたこの銀貨に、なぜか心がざわついてならない。


扉が開き、騎士が入室した。表情に緊張を浮かべながらも、まず一礼する。


「陛下、先遣隊が予定時刻になっても帰還しておりません」


報告する騎士の声は重い。精鋭部隊が定刻を過ぎても一人として戻らない。これは尋常ではない事態だった。


女王は玉座に座ったまま、長い沈黙を保っていた。窓の外では夜の帳が降り始め、城下町に明かりが灯っている。




やがて、緊急に召集された廷臣たちが謁見の間に集まった。騎士団長アルベルト、宮廷魔術師長、そして首席学匠グレゴリウス。誰もが不安を隠せずにいた。


「負傷者が出て、撤退に時間がかかっているのかもしれません」


そう言ったのは若い廷臣だった。だが、宮廷魔術師長が首を振る。


「魔法による連絡手段もあったはず。それすら途絶えているのです」


重い沈黙が謁見の間を支配する。


「まさか全滅…」


誰かが呟いた言葉に、謁見の間がざわめき始める。


「そんなはずが…」


「六十名もの精鋭が…」


「昨日の魔物程度なら十分な戦力のはずだった」


騎士や廷臣たちの困惑した声が交錯する中、女王が静かに立ち上がった。


「王国が誇る英傑たちを召集せよ」


その凛とした声が、一瞬で謁見の間を静寂に戻した。


「事態は我々の想像を超えている。通常の戦力では対処できぬ。契約に基づき、この国の最強の者たちを集めるのだ」


女王が宮廷魔術師長に視線を向ける。


宮廷魔術師長が深々と頭を下げ、杖を振り上げる。謁見の間に巨大な魔法陣が浮かび上がり、青白い光が脈動を始めた。やがて光は分裂し、幾筋もの光線となって窓から夜空へと放たれていく。

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