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終末の刻限  作者: はゆめる
第一章
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二日目 先遣隊

東の空が白み始める頃、王都の正門前には六十名の影が集まっていた。


騎士団から選抜された王宮兵二十名は、統一された装備に身を包み、騎士ガルトの号令の下で整然と列を組んでいる。対照的に、冒険者ギルドから集まった四十名は思い思いの装備で、普段の仲間同士で小さな集団を作りながら談笑していた。


「一攫千金の大仕事だ」


破格の報酬に釣られて集まった熟練冒険者たちからは、楽観的な声も聞こえてくる。しかし、昨日の戦いに参加した者たちの表情は重い。彼らは無言で武器の点検を続け、時折不安そうに仲間と視線を交わしていた。


「準備は良いか」


ガルトの声が朝の静寂を破る。


やがて朝陽が昇り始める頃、一行は王都を後にした。森の向こうに見える巨大な石造建築――昨日の大地震とともに突如現れた地下迷宮が、朝靄の中に黒い影を落としている。


迷宮の入口は、まるで大地に突き刺さった楔のような石造建築だった。古代文字が刻まれた門扉の向こうに、深い暗闇が口を開けている。


「照明の準備を」


ガルトの指示で、魔術師たちが光球術を唱える。青白い光が暗闇を照らし出すと、湿った岩壁と石の床が見えた。


第一層は、岩壁に滴る水音が響く湿った洞窟だった。空気は重く、どこか腐敗臭に似た異臭が漂っている。足音が反響し、誰もが無意識に武器に手をかけていた。


「何かが来る」


前衛の冒険者が剣を抜く。暗闇の奥から緑色の影がよろめくように現れた。ゴブリン――だが、その巨躯は明らかに異常だった。


「デカすぎる…」


「あれが本当にゴブリンか?」


通常のゴブリンより一回り以上大きく、本来なら扱えないはずの鋼の剣を軽々と振り回している。続いて現れたオークも、常識を超えた大きさだった。


「アークゴブリン…」


「アークオークもいるぞ!」


学匠院から事前に伝えられていた情報と一致する。二百年前に絶滅したはずの魔物が、なぜここに現れているのか。


戦いが始まった。


兵士たちは盾を構えて前進し、冒険者たちは得意の術や弓で援護する。だが、敵の膂力は想像を超えていた。アークゴブリンの一撃で兵士の盾が粉砕され、アークオークの斧が石の床を削り取っていく。


「くそっ、硬い!」


「魔術が効きにくい!」


それでも数の優位は覆らない。死闘の末、先遣隊は第一層のアーク種たちを討ち果たした。だが、すでに数名の負傷者が出ていた。


「負傷者は後方に下がれ。治癒師は応急処置を」


ガルトが冷静に指示を出す。重傷ではないものの、数名が包帯を巻いた状態で隊列の最後方に回る。全員で先へ進むことになった。




やがて、奥に続く石段を発見した。


「地下に降りる階段か」


一行は慎重に石段を下っていく。光球術の青白い光が石壁を揺らし、長い影が踊るように伸びていた。負傷者たちは隊列の最後尾で、仲間に支えられながら歩いている。


第二層は、さらに深い洞窟だった。そして、そこには妙な違和感が漂っていた。


「何だか変な匂いがするな」


魔術師のひとりが眉をひそめる。空気に混じって、かすかに異臭が漂っている。それは腐敗臭とも違う、何とも言えない不快な匂いだった。


瘴気。まだごく薄いものだったが、敏感な者には感じ取れる程度には存在していた。


「気分が悪くなるような匂いだ」


「何だろう、この嫌な感じは」


誰もが漠然とした不快感を覚えていたが、まだそれが何なのかは分からなかった。


そんな中、暗闇の奥から最初の異形が姿を現した。


それは、正視するのも困難な怪物だった。発達しすぎた筋肉が体中に張り付き、灰色がかった皮膚は所々が爛れて膿んでいる。四肢は本来あるべき形から歪み、歩行するたびに不快な摩擦音が響く。顔は原形を留めず、口元からは粘液にまみれた何かがはみ出していた。


「うっ…」


冒険者のひとりが吐き気を催して膝をつく。


「何だ、あの化け物は…」


震え声でそう呟いたのは、若い戦士だった。その醜悪な姿は、見る者に本能的な恐怖を抱かせる何かがあった。


だが、異形は答えない。ただ歪んだ顔を見せると、鋭い爪を振り上げて襲いかかってきた。


剣戟と叫声が洞窟に響く。魔術師たちが炎弾を放ち、弓兵が矢を射掛ける。異形の動きは緩慢だったが、その膂力は恐ろしく、一撃で兵士の胸当てを砕いてしまう。


「効いているぞ!押し切れ!」


ついに、集中砲火の中で異形は崩れ落ちた。黒い体液が地面に広がり、それもまた瘴気となって立ち上る。


「やったか…」


誰かが安堵の声を漏らした、その時だった。




洞窟の奥の大空洞から、地響きのような足音が響いてきた。そして次の瞬間、青白い光球がゆっくりと、その巨大な影を照らし始める。


まず見えたのは、無数の腕だった。次に、いくつもの歪んだ顔。そして最後に、その全容が光の下に現れた時――


それは、人の想像を絶する異形だった。


複数の人間の胴体が無理矢理つなぎ合わされたような体躯。あちこちから腕が突き出し、蠢いている。それぞれに違う顔が歪んだ表情を浮かべていた。下半身は無数の脚が絡み合う。移動するたびに湿った肉の擦れる音が響いた。全身から滴る体液が石床に落ち、黒い瘴気となって立ち上っていた。


先遣隊の誰もが、言葉を失った。六十名全員が恐怖に支配された。


「あ…ああ…」


「何だ…あれは…」


足がすくんで動けない者、その場に崩れ落ちる者、武器を取り落とす者。そして負傷者の何人かが石段へ向かって逃げ出した。


しかし、巨大な異形が近くの岩塊を掴み、逃げる者たちに向かって投げつける。岩石は凄まじい勢いで後方の負傷者たちを直撃し、一瞬で肉塊と化した。


そして、その巨大な異形の無数の口が、一斉に笑い始めた。


「モウ……モドリタクナーイ……」


人の言葉。だが、それは複数の声が重なり合い、洞窟全体に響く狂気の合唱となっていた。


異形は笑いながら、巨大な腕を振り下ろす。一撃で三人の兵士が壁に叩きつけられ、赤い染みとなって崩れ落ちた。滴り続ける体液が瘴気となって立ち上り、洞窟内の空気をさらに汚染していく。


「逃げろ!」


「戦えるものじゃない!」


誰かが叫んだが、もう遅かった。狭い洞窟に響く笑い声と絶叫、そして肉の潰れる音。


「散開!散開だ!」


ガルトが叫ぶが、狭い洞窟では逃げ場は限られていた。


魔術は弾かれ、矢も効果が薄く、剣は歯が立たない。それでも何人かが必死に抵抗を続けたが、結果は変わらなかった。


騎士ガルトが最後まで剣を振るったが、巨大な拳に捕らえられ、鋼鉄の鎧ごと握り潰された。熟練の冒険者たちも、魔術師も、弓兵も、一人また一人と地に倒れていく。


最後まで残った三人の冒険者が石段へ向かって逃げ出したが、伸びてきた腕に足を掴まれ、暗闇へと引きずり込まれていく。


そして、洞窟に静寂が戻った時、そこに立っているのは巨大な異形だけだった。


午後遅く、迷宮の奥深くから異様な音が地上まで伝わってきた。地響きのような轟音、そして人のものとは思えない笑い声。


やがて、すべての音が止んだ。不気味な静寂が森を包む。


誰一人として、迷宮から戻る者はいなかった。

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