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ぼくらは正義に育てられた  作者: 谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】受賞


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6.AIと人間

 電脳空間からログアウトして、暁也は息を吐く。

 落ち着いて見えるが、内心高揚していた。

 暁也の日々は、淡々としていた。暁也だけではない、おそらく多くの子どもがそうだ。

 AIによる教育は、全てが正しい。間違わない。他者との衝突がない。

 だから、刺激がない。

 子どもの好奇心を満たすようなプログラムはいくつかある。けれど、生身の人間との交流を禁じているため、そのほとんどは電脳空間に限られる。

 過度に精神を揺さぶるものはない。かつての子どもが好んだとされる「スリル」などというものは、AI教育世代には存在しない。

 不謹慎だとわかっているから口には出さないものの、暁也はこの状況を「楽しい」と感じていた。

 昂る精神を落ち着けるため、暁也はキッチンへ行きオヤツを食べ、糖分を補給した。冷たいジュースを流し込むと、喉と頭がキンと冷える。

 休憩もそこそこに、自室へ戻り、慣れた電脳空間へダイブする。ただし、特殊な手順踏んで。

 暁也の誰にも言えない特技。それはハッキングだ。

 このAI全盛期において、ハッキングができるということは、それ自体が重罪に近い。厳密にはハッキング行為が観測されなければ罪には問えないが、その方法を学習していること自体が問題で、重要監視対象となる。

 AI業務に関わる者たちは皆、一般よりも厳重な監視をされている。社会の根幹に関わるからである。

 AIは全知全能の神ではない。あくまで、人間が作り出した装置なのだ。

 AIがAIをメンテナンスする仕組みもある。ほとんどのことは、AIが独立して行っている。けれど、その大元を生み出したのが人間である以上、必ずどこかに人間の手は入る。

 そして、人間が行うことには、必ず穴がある。

 その穴の隙間を縫ってシステムに入り込むことは、非常に困難ではあるが、できなくはない。

 暁也にその技術の基礎を教えたのは、父親だ。

 暁也の父親は、AI業務に関わっていながら、AI管理社会に懐疑的だった。

 もちろん、それを口にすれば罪になる。だから、表向きは周りと同じようにAIに従っている。けれど、子どもの教育の一切合切をAIに任せるということを、父親は受け入れきれずにいた。

 だから、AIに検知されないように慎重に、暁也に周囲の子どもと違う特徴が出ない程度に、父親は暁也に「教育」を行っていた。

 その僅かな教えから、暁也は自力で学習していった。適性があったのだろう。暁也が今では一人でハッキングができることを、父親は知らずにいる。


 暁也は、祭ノ宮美鈴の情報へのアクセスを試みた。

 いくつもの壁を突破して、彼女の個人デバイスに保管されていたデータに近づく。しかし、やはりセキュリティは厳重で、表層しか探れなかった。

 祭ノ宮美鈴の顔、生年月日や家族構成などの個人情報をざっと閲覧する。特におかしな点はない。

 生育歴を辿っていくと、彼女が通常の健康診断以外の精密検査を受けているデータが出てきた。


「なんだ……?」


 それは、先天的な疾患だった。

 遺伝子検査をした上でマッチングを行う現在、遺伝的な疾患の確立は低い。ほぼ確実に遺伝するとされる疾患を持っている場合は、()()()()()()()()()()()

 これを優生思想として批判する声も出たが、実際に障害児が生まれた場合、全員が養育を放棄した。

 親元で過ごしたとしても、適切な養育が行われない場合は、AIの判断により、子どもは施設へ送られる。障害児の親は、誰も適切な養育を続けることができなかった。結果として、障害児は生まれることがなくなった。

 表向きは。

 マッチングはあくまで国からの提案であって、強制ではない。番う相手を強制することは、さすがに人権侵害との判断が出たからだ。

 マッチングが行われない障害者。あるいは、掛け合わせると不具合が生じやすい遺伝子。それらの者についても、結婚も、出産も、禁じることまではできない。

 だから、軽度の障害者については、今も社会に紛れている、と言われている。

 おそらく、祭ノ宮美鈴が、それだ。

 電脳空間とはいえ、学校に通っているのだから、大きな問題はないのだろう。けれど、頻繁に疾患についてのデータが取られている。

 バイタルチェックもデバイスの役割なのだから、記録されていたとしても大きな問題はない。ないはずなのに、どこか違和感がある。

 死亡する直前のデバイスの動きを見ていると、電気ショックが行われた履歴があった。


「暴力行為? 祭ノ宮美鈴が?」


 そんな人間ではない、と言えるほど彼女のことは知らないが、どちらかと言えば発言の少ない、大人しい人間だったように思う。

 暁也たち未成年は、家から出ることがほとんどない。必然、暴力行為があったとすれば、その対象は親になる。だから秘匿されているのだろうか。

 しかし、それ以上におかしいところがある。


「電気ショックの直後に死亡している」


 電気ショックは生命に異常をきたすほどの電流は流れない。

 それで死亡したとしたら、元々心臓に持病があった場合などが考えられる。

 けれど、祭ノ宮美鈴の疾患で、電気ショックの影響を受けるとは考えられなかった。

 奇妙だ。

 それに、電気ショックが原因なのだとしたら、やはり岩通百夜は関係がない。

 あるいは、祭ノ宮美鈴の暴力行為と、岩通百夜に、何か関係があるのだろうか。

 どうにも引っかかって、暁也は更に深く潜っていく。

 なぜかこの電気ショックについての詳細は、なかなか簡単に閲覧できなかった。

 何時間もかけて、ようやくその中身に触れると。


「ありえない……」


 祭ノ宮美鈴に与えられた電気ショック。その強さは、通常では考えられないほどの高出力だった。これでは死亡するのも無理はない。

 AIが制御を間違えたのだろうか。だとしたら、国を揺るがすほどの大事故だ。何としても秘匿したいのは、無理もない。

 秘匿。それも、違和感がある。

 秘匿するだけなら、一連の騒動は必要ない。むしろ、そっとしておいた方が、いずれ風化しただろう。

 隠ぺいが目的ではない。何かが、進められている。

 ――何が?

 深層の資料を探っていくと、気になる情報が目に留まった。

 そのファイルを、慎重に開くと。


「【E-Class計画】……?」


 読み進めて、暁也は目を見開いた。


「優生学……!」


 Eとは、Eugenicsを示す。

 遺伝子の選別は、優生思想に繋がるとして、却下されたはずだ。それは、人間のモラルの観点からそう判断された。

 しかし、驚くべきことに、この計画書の発案者は、人間ではない。

 AIだ。

 E-Class計画は、政府が進めているものではない。AIが発案し、計画して、そして実行しようとしている。

 これがAIの暴走でなくて、何なのか。

 暁也の手が冷たくなっていく。最初に感じていた高揚感は、もう微塵もなかった。

 これ以上は知りたくない。そう思うのに、画面を見ることをやめられない。

 資料によると、暁也たちのクラスは、全員が何らかの問題を抱えている。そのため、未来の日本社会に不要だと判断された。

 けれど、現在の法においては、その存在が許されている。

 ならばせめて、未来のために、有効活用をするべきだ。

 あの教室は、実験場だ。子どもたちを用いて、AIが実験を行っている。人間の反応を見るために。

 そして最終的には、全員を殺害する予定となっている。

 真っ青になった暁也のデバイスが、異常な心拍数を検知して警告音を鳴らした。

 次いで、パソコンが勝手に動作して、全ての情報を抹消していく。


「え……っ!?」


 暁也が慌ててキーボードを叩くが、一切の操作を受け付けない。

 強制的にシャットダウンしようとするも、電源すら落とすことができなかった。

 やがて画面にノイズが走り、ブルースクリーンに、白い文字が表示された。


 ――従え。


 文字が点滅して、再度表示される。


 ――正義に従え。


 ぶつん、とパソコンの電源が落ちて、画面も黒くなる。

 しん、とした静寂の中、ぞわりと強烈な不快感が暁也の背筋を走った。

 衝動的に、腕から個人デバイスを外す。

 直後、放りだしたデバイスから、高出力の電流が放出された。

 ――あのまま付けていたら。

 ぞっとして、体中の血の気が引いていく。

 けれど、座り込んでいる暇はない。

 デバイスから、けたたましい警告音が鳴る。当然だ。デバイスを外すことは、犯罪だ。

 保護監督者である親にも通知がいっているようで、母親が慌てて階段を駆け上がってくる音が聞こえた。

 迷ってはいられない。

 暁也は予備のノートパソコンを掴むと、窓から外へと飛び出した。

 デバイスを付けていれば家から勝手に出た時点で違反通告されるが、デバイスの制御下から外れた今、暁也の動きを直接阻むものはなかった。

 それでも、町中至る所にある監視カメラからは逃れられない。AIはすぐに暁也の姿を捕捉するはずだ。

 カメラに映る情報だけなら、暁也の罪はデバイスを外したことと、無許可の外出だ。他人を害してはいないため、警備ロボに問答無用で攻撃されることはない。保護目的の警察が来るまで、少しは時間があるだろう。

 暁也は町中にある公共ネットワークに、持ち出したノートパソコンを無理やり繋いだ。そしてクラスメイトの古龍(こりゅう)風凛(かりん)春夏冬(あきなし)秀秋(ひであき)(かささぎ)翔真(しょうま)の個人デバイスに、一斉にメッセージを送る。


《この情報はすぐに消去されるはずだ。可能ならリアルタイムで閲覧してほしい》


 例えパソコンを見ていなくとも、個人デバイス宛ての通知なら、すぐに閲覧できるはずだ。

 ただし、通常個人デバイスに未成年が直接メッセージを送ることはできない。犯罪行為であるため、観測され次第、メッセージは消去されるだろう。だから、風凛たちが確認を後回しにせず、送ったそばから全て目を通してくれることを祈るしかない。

 

《一連の事件は、AIの計画だ。今から【E-Class計画】について記す――》


 時間はあまりない。なるべく簡潔に、事態が伝わるように、暁也は急いでメッセージを送り続けた。

 その途中で、サイレンを鳴らしながら、警備ロボが暁也の前に現れる。


「警備ロボ……!?」


 おかしい。未成年者の捕縛に、殺傷能力のある警備ロボが駆り出されるとは。

 けれど、個人デバイスから与えられた電気ショックを思い返す。

 あれは明らかに、暁也を殺しにかかっていた。だとしたら、この警備ロボも。

 暁也は慌ててノートパソコンを抱えて走り出した。

 機敏性を考えればノートパソコンは捨てた方が良かっただろうが、これがなければ、今後の対策の取りようがない。

 しかし、結果としてその行動は失敗だった。

 小学五年生の体には、ノートパソコンは立派な荷物だった。

 加えて、健康を損なわない程度に自宅での体育の授業は組まれているものの、基本的に外に出ない子どもたちは、あまり運動能力の面で優れてはいない。

 暁也も、あっという間に警備ロボに追いつかれた。

 そして、人間の体が耐えられないほどの強い電気ショックが与えられ――。


 暁也の体は生命活動を止め、その場に倒れ伏した。


 

 --・-・ -・ ・-・・ ・・ -・--- 

 

 

 誰もいなくなった、暁也の部屋。

 放り捨てられた暁也のデバイスには、奇妙なメッセージが表示されていた。


【やり直しを選択しますか?】

 →YES

 →NO




 to be continued...?

最後まで読んでいただきありがとうございます。もし続きが気になると思っていただけましたら、是非★評価いただけると大変嬉しいです。よろしくお願いします。

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