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ぼくらは正義に育てられた  作者: 谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】受賞


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5.はないちもんめ

 昼休憩は、食事の時間とレクリエーションの時間に分けられている。

 食事は各家庭で取るため、一定時間確保されている。それから午後の授業までの間に、別途生徒間の交流時間が設けられている。この交流時間は単位に必須ではなく、食事に時間がかかる生徒や事情のある者はスキップしても良い。

 交流といっても当然AIの管理下にあるため、自由に雑談やゲームをして良いわけではない。将来的に問題なく他者と交流できる能力を育てるためのものなので、担任主導でクラスメイト全員で行えるレクリエーションを行うのである。

 なので仲間外れなどは絶対に起こらないし、喧嘩もない。どんな発言も全てAIが校閲するから、衝突までいかないのだ。

 本来ならば。

 ところが、その日は様子が違った。

 午前中にあった道徳の授業のせいか、なんとなく雰囲気が悪かった。

 しかし、会話の制御は戻っているようで、不穏な発言や不必要な雑音はなかった。

 校庭を模した背景に、クラスメイトたちのアバターが並ぶ。

 その中心で、担任のAIが号令をかける。


『さあ皆さん、今日は【はないちもんめ】をやりましょう』


 はないちもんめ。二組に分かれ、歌を歌いながら相手チームのメンバーを一人ずつ奪って、どちらかのチームがいなくなったら負け、というゲームだ。

 横一列になって手を繋ぐのが定番だが、電脳空間ではアバターで行われる。

 それで意味があるのかは疑問だが、日本の伝統的な遊びを受け継ぐ意図もあるようだった。


『勝ーって嬉しいはないちもんめ♪』

『負けーて悔しいはないちもんめ♪』


 歌が終わって、両チームがこそこそと相談をする。そして、お互いに一人クラスメイトを指名した。

 

『松平良さんが欲しい♪』

『服部さんが欲しい♪』


 代表同士がじゃんけんをし、松平良が貰われていった。

 同じ行為を繰り返して、だんだん片方のメンバーが減っていく。

 そして最後に、元由部という男子生徒一人が残った。


『あらあら、元由部さんは最後まで誰にも選ばれませんでしたね』


 明らかに傷つける物言いに、暁也は引っかかった。

 それでも担任は、変わらぬトーンのまま発言を続けた。


『どうして選ばなかったんですか? 松平良さん』


 名指しされた松平良が、反論した。


『チーム全員で選んだんです。私が選ばなかったわけじゃ』

『でも、松平良さんが元由部さんを欲しいと言っていたら、そうなっていましたよね。どうして、外れても良いと思ったんですか?』

『……それは……』


 松平良は暫く黙っていたが、担任が何も言わないので、自分が答えるまで話が進まないと観念したようだった。


『……道徳の時間に、ちょっと、乱暴だったので』


 松平良は、元由部とグループが同じだった。

 そして、元由部は「クラスで殺人なんてちょっとおもしろい」と発言した張本人だった。その後も、グループ内の人間が眉をひそめるような発言を繰り返していた。

 だから、同じグループだった者たちは、元由部に嫌悪感を抱いたのだろう。

 それは自然な反応だ。けれど、結果「仲間外れ」を作ることになってしまった。

 

『なるほど。それで、元由部さんはこのクラスに不要だと判断されたんですね』

『え? いえ、そんなつもりは』

『一緒にいたくないから、選ばなかったのでしょう? なら、元由部さんは、このクラスには必要ないということですよね』


 言うと、担任はぱんと手を叩くSEを鳴らした。


『では、削除しましょう』

『ぎえッ』


 生々しい悲鳴だけ残して、元由部のアバターが消失した。

 その場は沈黙に包まれた。

 二度目ともなれば、わかる。

 リアルでも、元由部は、きっと。


『皆さん、何も怖がることはありません。不要なものを削除する。それは合理的な判断です。私はAIです。私が間違ったことが、これまでにありましたか?』


 AIは間違わない。AIは絶対に正しい。なら、この行いも、正しいのか。

 いや、そもそも、AIに殺人などできないはずだ。ならば、どうやって消した。

 最初の祭ノ宮美鈴は、なぜ死んだ。

 岩通百夜は、本当に心不全だったのか。

 何もわからない。何もわからないまま、三人目が犠牲になった。

 小学五年生の子どもたちに、この事実は重すぎた。

 暁也のデバイスが、心拍数の上昇を告げる電子音を鳴らした。

 アバターが次々に姿を消していく。クラスメイトたちが、早退(ログアウト)しているようだった。

 それでも、何人かの姿は残っている。


『さて、レクリエーションは終わりです。午後の授業を始めましょう』


 画面が教室へ切り替わる。残ったクラスメイトたちは、奇妙な静寂の中で授業を受けた。



 --・-・ -・ ・-・・ ・・ -・---



 放課後。

 クラブ活動はないため、通常生徒たちはすぐにログアウトする者が多い。

 しかしこの日。古龍(こりゅう)風凛(かりん)の呼びかけによって、道徳の時のメンバー四人が集まっていた。

 春夏冬(あきなし)秀秋(ひであき)(かささぎ)翔真(しょうま)、そして生方(うぶかた)暁也(ときや)

 いないのは五百旗頭いおきべ百葉(ももは)だ。彼女は、レクリエーションの後に早退してしまった。


『それで、話って?』


 問いかけた秀秋に、風凛が何事かを言おうとする。しかし、アバターがフリーズしてしまった。


『……やっぱり駄目ね。道徳の時間だけが、特殊だったんだわ』


 風凛の言葉に、暁也は少し考え込む。

 彼女はおそらく、AIの検閲に引っかかるような話がしたいのだろう。

 けれどそれは、悪くすれば罪になる。普通なら、やろうとは思わない。

 普通なら。しかし、今が普通の状態だとは、暁也にも思えなかった。

 明らかに何かがおかしい。AIのすることだからと、そのまま受け入れて良いのだろうか。

 ためらいながらも、暁也が提案を口にする。


「……先に、確認しておきたいんだけど。道徳の時間と同じにできるとしたら、どうする?」

『……できるの?』


 驚く風凛に、暁也が軽く頷く。

 具体的なことは口に出せない。AIの制御を無効にする、などと言えば、確実に通報される。けれど意図は正しく伝わったようで、風凛もまた、頷いてみせた。


「じゃあ、やるけど。三十秒くらいかかるから、巻き込まれたくない人は、その間にログアウトして」


 ここにいるメンバーは、たまたま道徳のグループが同じだっただけで、仲間でもなんでもない。

 今こうして一緒にいるのも、風凛に集められただけだ。犯罪の片棒を担ぐようなことを、無理強いできない。

 暁也は様子を見ながらパソコンを操作していたが、結局誰もログアウトすることはなかった。


 教室の背景が消えて、古びた倉庫の空間に移動する。

 突如変わった場所に、翔真が驚きの声を上げる。

 

『なんだ? ここ』

「背景は適当だけど。学校の制御下からは外れたはず」

『マジで!? お前何モンなの!?』

「ただの小学生だけど……お父さんが、AI関係の仕事してるから」


 暁也の答えに、風凛は訝し気な顔を向けた。

 暁也自身も、納得が得られたとは思っていないが、それ以上説明する気はなかった。


「それで、話って?」

『もちろん、担任AIのことよ。祭ノ宮美鈴が死んでから、変よね?』


 風凛がスムーズに発言できたことで、会話に制限がかかっていないことを皆が理解した。

 AIに疑問を呈すことは、通常時なら不可能である。


『そもそも、祭ノ宮美鈴はどうして死んだんだ? まさか本当に岩通百夜が殺したとは、誰も思っていないだろう』


 秀秋の言葉に、皆が口を噤む。


『今日消えたのは、はないちもんめによって残された一人だった。岩通百夜の時も……あれは、投票制だった』

『投票した奴が悪いって言うのかよ!』


 翔真が秀秋にくってかかる。翔真は岩通百夜が犯人だと回答したのだろう。罪悪感があるのかもしれない。

 溜息を一つ吐いて、秀秋が否定する。


『そうは言っていない。ただ、そう仕向けられたんじゃないかって話だ』

『仕向けられたぁ?』


 首を傾げた翔真に、暁也が補足する。


「被害者はAIが選んだんじゃなくて、僕たちが選ぶように仕向けられた。自分たちが選んだことで、僕らは罪悪感を植え付けられた。今の翔真みたいに」

『そんなことをして、何の意味が?』

「告発を防ぐため、とか。自分が悪いと思ってたら、他人に言いにくいでしょ」


 なるほどね、と風凛が頷く。


『もともと私たち、他人に相談なんてしないもの。相談事は全てAIに。そのAIがおかしいかもなんて、親には絶対に言えないわ』

「そうだね。僕も会話制御が外れたことは、事実として起こった現象だから伝えられたけど。確実な証拠もないのに、AIが人を殺してるかもなんて、言えないよ」

『人が死んでるんだ。警察の捜査も入ってる。それで問題が指摘されてないのに、ぼくらが口を出せることじゃない』


 秀秋の冷静な言葉に、皆を集めた張本人である風凛は悔しそうに口を閉ざした。

 それを見て、暁也は思案する。

 ――本当にそうだろうか。事件が起きているのは、自分たちの教室なのに。

 AIに従う。大人に任せる。それが正しい判断だ。

 疑う余地はない。それでも、割り切れないものがあるから、暁也たちはここにいる。


「僕、祭ノ宮美鈴について調べてみるよ」

『できるの? そんなこと』

「彼女が使っていたデバイスの中身を探ってみる」

『どうやって。個人デバイスの中身なんて、ものによっては警察でも見られないのよ』


 風凛の指摘はもっともだ。秀秋も翔真も、あり得ないという顔をしている。

 予想した反応なので、暁也は淡々と返した。


「詳しい事は、今は控えておくよ。今ならまだ、子どものイタズラで済む。でも、これ以上は、本当に罪に問われるだろうから」

『それって……生方くんだけ犠牲にして、私たちはただ待ってろっていうの?』

「犠牲なんて、大げさだな。でも、一蓮托生って言えるほど、僕ら親密じゃないでしょ」


 冷たいとも言える暁也の言葉に、誰も嫌な顔はしなかった。

 クラスメイトは、友達だ。そう教育されている。

 けれど顔も見たことがない、生の言葉を交わすのも今日が初めて。

 まだ善悪の判断が曖昧だとされる小学生の間は、他人と親密になる方法よりも、他人を害さないための教育に重きが置かれる。

 だからただ授業で同じグループになった程度のクラスメイトを、信頼しろという方が無理なのだ。

 沈黙の後、風凛が口を開く。


『……わかったわ。でも、何かあった時には、私の名前を出してちょうだい。言い出しっぺは私だもの。責任逃れをする気はないわ』

「うん、わかったよ」

『ぼくも、話を聞いたからには、自分だけ蚊帳の外になるのは癪だ。わかったことがあれば共有してほしい』

『お、俺だって!』


 秀秋は知的好奇心から、翔真はプライドから、それぞれ声を上げた。

 信頼関係から結ばれた絆ではない。

 それでも、この時四人は初めて、他人と「チーム」になった。

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