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本編再開と重要なお知らせ・第五幕

いつもお世話になっております。作者です。


本日は皆様に重大なお知らせがあります。


私の病状なのですが、ぎっくり腰ではありませんでした。


腫瘍です。


腰に出来た腫瘍が、左足を司る神経を圧迫しているとの事です。良性か悪性かを調べる為に、今週金曜日に検査を行います。


悪性だった場合はほぼアウト。(脊椎のガンの場合、5年後の生存率は10%)良性だった場合でも、リンパが溢れてしまっているため手術が必要だそうです。


こんなところです。結果が分かり次第、皆様に報告をします。


どういう結果になろうとも、この連載だけは終わらせますので、最後までお付き合い下さると幸いです。


あと、多分今年中に私の本、『本能寺の武田兵』が出版となります。お手に取って頂けるととても嬉しいです。


最後に、いつも私の作品をお読み下さりありがとうございます。皆様は他人という感じがしません。皆様と御縁がある事は、私に取って大きな喜びであります。


私は皆様が大好きです。今後とも宜しくお願い申し上げます。

カルタゴ軍歩兵部隊司令部。


とは言っても戦場である。大きめのテントの上に将旗をかかげただけの簡素なものである。その前で並び立つ、ガリア歩兵部隊の隊長達やカルタゴ人の幕僚、騎士達を前にして、ただおどおどしているだけのルーファン。そんな彼に向けてハンニバルは、指揮杖を放り投げながら言う。

「んじゃここは任せたぜ。思いきってやれや」

「やっぱり冗談じゃないんですね」

最後の希望を打ち砕かれ泣きべそを浮かべるルーファンに、ハンニバルが血も涙もない追い打ちを浴びせる。

「陣中に戯言はねぇ。おらぁこんなシャレとノリだけで生きている不真面目な男だがよぅ、戦場ではいつもマジだ。もう諦めて腹くくれや、ルーファン」

馬上でビシリと親指を立てるハンニバルに、ルーファンは今日一番の弱音を吐く。

「カルタゴ軍を辞めてもいいですか?」

周りの幕僚達が息を呑む。戦場において任務放棄は理由の如何を問わず死刑だ。

「大戦の前に冗談かますたぁ、おめぇもちったぁ成長したじゃねぇかよ。俺も教育した甲斐があったぜ」

感慨深げに天を仰ぐハンニバルに、ルーファンが子供の様に駄々をこねる。

「冗談なんかじゃないですよ!僕は本気です!辞めます!全くの素人に一軍を指揮させるなんて貴方はおかしいですよ!正気の沙汰じゃない!」

「その必要はないぞルーファン! 何故ならこの戦は間違いなく勝てる戦だからだ!」

ハンニバルの覇気が天を震わせ、戦風を巻き起こす。

大きくはためく戦旗の下で、ルーファンは涙目でハンニバルに縋り付く。

「・・・・・・なら、せめて何をすればいいのかだけでも教えて下さいよ!」

まだ泣き言を言うルーファンなど完璧に無視して、ハンニバルは幕僚や隊長達にしっかりと釘を刺す。

「お前ら、この場を仕切るのはこのルーファンだ。こいつを俺だと思ってしっかりとついていくんだぞ!」

ルーファンの弱音を聞こえなかったふりで対応し、ハンニバルは兵に発破をかける。

「・・・・・・」

「返事はどうした!」

「・・・・・・承知致しました」

ハンニバルの大喝に恐れをなしたのか、渋々応ずる歩兵部隊首脳陣。無理もない。実績も経験もない、軍人ですらない男の指揮を受けねばならないのだ。彼等の怒りや戸惑い、不安は当然と言えよう。ハンニバルは場の不満気な空気なぞものともせず、総司令部へ向けて馬首を返す。

「んじゃ、たのまぁ」

そうルーファンに言い残し、颯爽と去っていくハンニバル。残されたのは全く似合っていない武器と鎧に身を包み、途方にくれている憐れな羊飼いの青年。

(何で、なんでこんな事になってしまったんだ? 悪夢なら早く覚めてくれ)

ルーファンはすがるような思いでほっぺたをつねってみるも、そこにはしっかりとした痛みがあった。

(悪夢じゃない・・・・・・神様!)

心の中でどんなに祈っても、眼前の現実は消えてはくれなかった。


本格的な戦端が開かれる少し前。

ローマ軍右翼騎兵部隊と向かい合う、カルタゴ軍左翼騎兵部隊。攻撃前の張りつめた空気の中、左翼騎兵部隊指令のハスドルバルは、敵部隊を前にして今朝がた交わしたハンニバルとの会話を思い出していた。


「邪魔するぜ」

「こ、これは大将軍」

慌てて椅子から立ち上がり、敬礼をするハスドルバル。ここは左翼部隊司令部。勿論司令部とはいっても簡素なテントの中にテーブルと椅子、そして書類入れをおいただけのものであるが。

「二人の時は礼はいらねぇと言ったろ。まぁ、座ろうや」

そう言って何故かテーブルの上に腰を乗っけるハンニバル。

「将軍、こちらに」

「ああ、そこはおめぇが座れ。俺はすぐ出るからいい」

ハスドルバルが慌てて自身の椅子を引くも、それをざっくばらんな笑顔で断るハンニバル。言い出したら聞かない人だ。それが分かっていたので、ハスドルバルはやむなく椅子に座る。

無言で向き合う二人。テーブルに腰かけているハンニバルがハスドルバルを見下ろす形となる。どこか楽しんでいる様な視線を寄こしてくるハンニバルを前にして、ハスドルバルは拗ねたようにそっぽむく。先程どやされた事を少し根に持っているのだろう。そんな彼に、ハンニバルはいきなり剛速球を投げつける。

「おめぇ童貞か?」

「はぁっ?」

陣中、しかも国の命運がかかった戦いを前にした大将軍の言葉とは思えない。想定外すぎる質問に面食らったのか、椅子の上で思いっきりずっこけているハスドルバルを見て、ハンニバルは心底楽しそうに笑う。

「そうか、まだなのか。もういい年なのに・・・・・・そんな歳なのにまぁ・・・・・・」

ハンニバルは嘆かわしいと言わんばかりに、とてもわざとらしく天を仰いで首を振る。そんな上官を前に気を取り直したハスドルバルは、怒髪天を衝かんばかりの勢いで喚く。

「そ、それと今日の戦に何の関係があるんですか?」「いやさ、滾った男のアレを女のアソコにぶちこむ様にカチコミかけてくれ、って言おうと思ったんだが、童貞には通じないというか実感が伴わないというか」

「大将軍!」

ハスドルバルが椅子から勢いよく立ち上がり、ハンニバルを睨みつける。その目から放たれる圧は中々のものであったが、当のハンニバルは眉一つ動かさずに、何やら小指で耳の穴をほじくっている。

「大将軍!ここは陣中ですぞ! 不謹慎な発言は慎んで頂きたい」

「男と女がまぐわう事は神が創りたもうた摂理だ。不謹慎ってことはないだろう。おめぇだって父ちゃんと母ちゃんがよろしくやってくれたから生まれて来れたんだろうが」

「い! い! い! いい加減に」

して下さい! そう続けようとしたハスドルバルの口の遮ったのは、ハンニバルの爆笑だった。してやったり、といった風でハスドルバルを見るハンニバル。そのいたずら小僧のような表情から、またまた自分はおちょくられたのだとハスドルバルは悟る。これ以上反応すると、またまたこの人を喜ばせるだけだ、そう思い、彼は乱れた心を整えるべく大きく深呼吸をする。三度目の深呼吸を終えた時、いつのまにやら上司の笑い声がおさまっている事に気が付く。

「気持ちいいくらいに真っすぐだな、おめぇは。どんな時でもどこまでも」

ハスドルバルの肩に手を置くハンニバル。まだ憮然とした表情のハスドルバルを前にしてハンニバルは言った。

「頼りにしているぜ」

渡された言葉をどう扱っていいか分からずに、ハスドルバルはただ黙る。そんな彼を前にして、ハンニバルは続けた。

「ローマのぶよぶよした喉笛を食い破れるのは、決して折れないどこまでも真っすぐな心を持った男だ。そう、おめぇみたいな奴さ」

そう言ってハンニバルは掌を拳に変えて、ハスドルバルの胸を軽く突く。まだ戸惑っている彼を前にして、ハンニバルはテーブルから降り片手を上げて颯爽と出口へと向かう。

「んじゃ、いっちょ頼むわ!」


いつもの様に飄々と。


そんな彼の背中に、気付いたらハスドルバルは声をかけていた。

「大将軍!」

目に映る大きな背中がただひたすら頼もしい。五万人、いや、一国を背負っている男の背中なのだ。小さい筈がない。


本当は怖い。敵ではなく責任が。これから自分は左翼騎兵部隊七千人の命を預かる。己の判断一つで部下の生死が決まるのだ。逃げ出せればどんなに楽だろう、放り出せたらどんなに楽だろう。重くのしかかってくる重圧を必死にはねのけながら軍務に勤しみ、そして今日の日を迎えた。本当は震えていた。悪い想像に苛まれ、ろくに睡眠もとっていない。弱く臆病で姑息な自分を恥じた。自己嫌悪に押しつぶされそうであった。そんなこちらの心なぞお見通しなのだろう。この人はわざわざ自分を激励しにきてくれたのだ。


自分に向けられたその隻眼の中で確かに感じた上官の想い。それが持つ温かい『何か』が、ハスドルバルの心をそっと包み、その怖れを溶かしていく・・・・・・。

「喉笛だけじゃなく、全身を喰いちぎってやりますよ!」

弱気を振り払ったハスドルバルに、ハンニバルはニカッ!とした笑みを残してテントから出ていく。


上官を敬礼で見送り、そのまま部屋の隅にある戦袍を手にしようと歩みかけたハスドルバルの足が『何か』を踏む。それは解けた己のブーツの紐だった。

(朝からずっとこのブーツを履いているのに、気が付かないとは情けないな)

ハスドルバルは苦笑いのまま、しゃがんでそれを結ぶ。

彼の手付には、寸毫の乱れもなかった。



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