ハンニバルカーニバル・外伝
いつもお世話になっております。筆者です。
先ずは病状報告から。
詳しくは書けないのですが、思ったより左足の具合は良くないです。今治療とリハビリでバタバタしております。本編再開まで、もう少しお時間頂けないでしょうか?
代わりと言ってはなんですが、また病室のベッドで書いた外伝をアップします。楽しんで頂ければ幸いです。
来週は特に忙しいので、お休み頂くかもしれません。申し訳ないです。
なるべく早くに治し、『ハンニバル・カーニバル』『銃口先の愛しい君へ』共に必ず連載を再開します。
今後とも宜しくお願い致します。
「ギスコ!血だ!血が足りねぇ!目を潰せ、肝潰せ!玉潰せぇ!」
観客席で何やら喚き散らしているハンニバルの目が捉えるのは、闘技場で戦う拳闘士姿のギスコ。この有能なハンニバルの腹心は、自分より頭一つ分高い黒人の大男を相手に互角以上の戦いを演じている。
ギスコが上体を振りながら黒人に接近し、左拳でその顔面を狙う。それを上体を沈めて見事にかわす黒人。パンチを外したギスコが体勢を崩してしまう。それを見た黒人の目が光った。
「ああ、あんの馬鹿!何やっとんじゃあ!」
ハンニバルの悲鳴をよそに、ギスコにタックルをしかけ、そのままダウンを取る黒人。
「馬鹿野郎!なんでそんなもんくらっちまうんだよ!」
「おいおいハンちゃん、椅子の上に立たないでくれよ。邪魔で見えねぇよ」
ハンニバルの後ろに座っていた観客の男が、呆れた様に言う。
「っせぇ!これでも食ってろ!」
振り向きざま、ハンニバルは手にした肉串を男に投げつけどやしつける。そのあまりの剣幕に驚いたのか、近くで残飯をあさっていたカモメが慌てて飛び立った。闘技場に向き直ったハンニバルは、更に声を高め喉を枯らせてギスコに発破をかける。
「ギスコ!てめぇ負けたら許さんぞ!一生タダ働きだかんな!」
ハンニバルの声援も虚しく、二メートル近い黒人に馬乗りされるギスコ。絶体絶命の状況だが、逆転の秘策でもあるのか彼の目は死んではいない。黒人が腕を振り上げ、ギスコを目掛けて次々とその拳を振り下ろす。ギスコは脇をしっかりとしめつつ、両腕を盾にし、何とかその攻撃をしのいでいる。
「ギスコ、玉だ!こうなったら玉を潰せぇ!」
「大将軍、部下を応援するのは宜しいのですが、もう少し言葉を選んで下さい」
隣に座るマハルベルが、咳払いと共に苦言を呈する。
「やかましいや!俺の可愛い部下がピンチなんだぞ!上司として落ち着いていられるわきゃねーだろうがよ!」
体全体で抗議するハンニバルの手には、何枚もの掛札が握られている。そこには郊外にちょっとした家が買えるくらいの金額が記載されている。言うべき言葉が見当たらず、黙って首を降るだけのマハルベル。
(参照:https://youtu.be/S21tZOCvTzc?si=Bbx0HlyVYt81kZxw
ブラジリアン柔術 DEEP HALF CLUB )
闘技場中を渦巻く歓声の中、息が上がったのか、黒人の攻撃が一瞬だけ止まった。その瞬間、ギスコが己の右太腿で黒人の背を打つ。後ろからの衝撃により前のめりになった黒人は、両手を地面につけ何とか馬乗り状態を維持する。ギスコは顔の直ぐ側にある黒人の右手を、己の両手で極める。ぐあっ!、と悲鳴をあげる黒人をよそに、ギスコは体を右に倒す事で黒人をその身から振り落とし、そのままお返しとばかりに馬乗りの体勢に移行する。見事なエスケイプに観客が歓声をあげる。当然ハンニバルも。
「っしゃ!よくやったぞギスコ!死ぬにはいい日だ!そのままやっちまえ!」
「相手を殺したら反則負けの様ですが・・・・・・」
冷静にツッコミを入れるマハルベルをよそに、
隣の観客と肩を組みながら、ハンニバルが歓声を上げる。素早く前方へ向けて体を動かし、己の両膝で黒人の両脇を固めたギスコは、拳による猛打を開始する。降ってくる拳の弾幕に抗しきれず、黒人がうつ伏せの状態になる。それを待っていたかの様に、ギスコが己の両腕を黒人の腕に巻き付ける。数瞬の後、黒人は落ちた。割れんばかりの拍手と歓声の中、ギスコは立ち上がり、高々と右手を掲げて観客に応える。
カルタゴ夏の風物詩、ルーランデ商会主催の格闘技大会(※作者注:カルタゴにこんな大会はありません。筆者の創作です)
新チャンピオンの誕生であった。
「よくやったぜギスコ!流石は俺の部下だ」
試合後、早速部下を労いにその控室へと向かうハンニバル。ギスコは長椅子で横になっていたが、部屋に入ってきたハンニバルを見ると、慌ててその身を起こす。
「こ、これは大将軍!」
「素晴らしい戦いっぷりだったぜ!オメェは俺達カルタゴ軍の誇りだ!」
ホクホク顔のハンニバル。気のせいかその懐が不自然に膨らんでいる。マハルベルの白い目を背中に感じながらも、ハンニバルはいけしゃあしゃあと続ける。
「おめぇの今日の戦いぶりを俺が一言で表現してやろう。『至高』だ!これ以外は考えられねぇ!」
「色々読み違えて少し手間取ってしまいました。大将軍には色々お気を揉ませてしまい、申し訳なく思っております」
まるで闘牛の様な筋肉満載の巨躯を縮め、殊勝に頭を下げるギスコ。そんな彼の両肩をがしりと掴み、ハンニバルは言う。
「謙遜すんじゃねぇ!あんな奴に俺が鍛えたおめぇが負ける筈があるか!俺はおめぇの勝利を微塵も疑ってなどいなかったぜ!」
顔をキリッとさせるハンニバルの後ろで、マハルベルがボソリと呟く。
「よく言う」
「も、もったいなき御言葉。このギスコ、慚愧に堪えません」
男泣きにむせぶギスコを前に気が緩んだのか、ハンニバルがうっかりとその口を滑らせる。
「ピンチからの華麗な逆転劇、絵に描いた様なドラマだったな。お陰で賭けの倍率も上がって」
「賭け?」
ピタリと動きを止める怪訝な表情を浮かべるギスコの肩を、ハンニバルは不自然な笑みでバンバンと叩く。
「い、いや、何でもねぇよ。ただの独り言だ。気にすんな。それより」
ハンニバルが表情を引き締める。
「で、どうだった?」
ハンニバルの目から発せられる背筋が縮こまる様な圧が、ギスコの表情を自然と険しいものにする。
「はい、あの当て身、そしてタックル。あのクセは隠そうにも隠しきれるものでは御座いません。奴は間違いなく・・・・・・」
ギスコの報告を聞くハンニバルの目が、まるで鋭利なナイフの様に鋭くなった。
格闘技大会から三日前の昼。軍事府 大将軍執務室にて
「ルーランデ商会(作者注:筆者の創作です。実際にこんな商会はありません)。創業はシチリア島(当時、この島の西半分をカルタゴが支配していた。従業員1256人。紀元前247年(※作者注:カルタゴの暦を調べたのですが分からなかったので、現代の暦を使っています)伝説と言われた行商人ハンリオ・サトルス(作者注:筆者の創作です。こんな人はいません)が創業。現在の長はその息子であるロスナハト・サトルス(作者注:筆者の創作です。実際にこんな人はいません)業種は独自の情報網を駆使した食品等取引って、要はあれだろ、値が崩れているところで大量に買い、それを高く売りつけるって事だろ?訂正あるか?ロスナハトさんよ」
執務机の上にだらしなく足を乗っけたハンニバルが、手にした書類を机の上に放り投げ、面倒くさそうに欠伸をする。ハンニバルの視線の先には、豪勢な服に身を包んだ小太りの男が座っている。口調や態度こそ丁重だが、その目付きにはふてぶてしい光が宿っている。
「弊社の自己紹介は必要なさそうですね。流石は大将軍、良き目と耳をお持ちでいらっしゃいます」
ロスナハトの慇懃無礼な態度が気に入らなかったのか、ハンニバルはふん、と鼻を鳴らし言った。
「オメェの故郷では物っつーのは作るよりも転がした方が儲かるらしいな。右から左に流すだけでガッポガッポか。俺等しがない役人からすると羨ましいぜ、全くよ」
ハンニバルの露骨な嫌味に対し、ロスナハトは薄ら笑いと共にしれっと応える。
「これは手厳しい。ガッポガッポして税金払うしか能がない我等に取って、耳の痛い御言葉で」
お前等役人の給料の原資はなんだ?そう言わんばかりのふてぶてしい口調にハンニバルが一瞬だけ目を険しくするも、大きな深呼吸と共に椅子の上から足を下ろす。
「まぁ、いい。おめぇらの商会にカルタゴ軍の兵站事業の一部を任せるかどうかの件についてだがな」
「はい」
唐突に始まった本題に、ロスナハトの顔から薄ら笑いが消える。
「幾つか確認したい事がある」
「何なりと」
「おめぇらの事業の本拠はシチリア島ではなくこのカルタゴだ。何故だ?異国人より同国人の方が商売はやりやすいんじゃねぇのか」
ハンニバルの言に対し、ロスナハトがうっすらと笑って応える。
「これは聡明な大将軍とは思えぬ御言葉。カルタゴの人口はシチリアの五倍、国土は十倍、経済力に至っては比較になりません。辺境の貧乏国家と豊かな隣国、どちらで勝負するべきかは素人でも分かる事」
どこか相手を見下した様な物言いに対し、ハンニバルが舌を小さく鳴らす。調子に乗ったのか、更に言葉を紡ごうとするロスナハトに、ハンニバルがおっかぶせる。
「小麦、干し肉、油、薪、馬糧、その他色々な軍需物質、おめぇら一年でどれだけ納品出来る?」
ロスナハトが答えた数量は、カルタゴ軍が必要とする量の三割近い数字であった。答えを聞いたハンニバルがやや前のめりとなり、問を重ねる。
「それを戦場に持って来い、と言われたらどうする?おめぇら出来んのか?」
ロスナハトが右手を顎に当てつつ応える。
「そうですね、まぁ距離にもよりますが、陸路ならば馬で一週間、海路ならば十日くらいの距離までなら何とかなります。勿論別途費用は頂きますが」
「確かか?」
念を押されたのが不愉快だったのか、応えるロスナハトの声が若干高くなる。
「これは心外ですね。昨年この地方は不作でしたが、我々は一件たりとも不渡りは出してはおりません。全ての注文に対し、完璧な納品をさせて頂きました。我が商会の力を舐めないで頂きたい」
答えを聞いたハンニバルの表情に険しいものが宿る。彼はそのまま腕を組み、何かを考え始めた。それに合わせるかの様に、ロスナハトも目を閉じて己の思考にふける。数拍の時が流れ、目を見開いたハンニバルが言った。
「何でまた軍事商人になんてなりたがる?カルタゴ軍は精々十数万人、カルタゴ国民はその何十倍。どちらで勝負すればいいか子供でも分かる理屈じゃねぇのか」
ハンニバルの指摘は鋭いものであったが、ロスナハトの厚い面の皮を破るには至らなかった。
「民相手の商売など博打みたいなものでしてね。売上が好不況に左右される。それに対して軍隊というものは無くなりません。無くならないどころか常に一定の、そして大量の需要がある。有望かつ安定した取引先を如何に増やしていくか、それこそが商道の極意で御座います」
ロスナハトの淀みない答えを聞いたハンニバルは、何も言わずに背もたれに身を預ける。彼は暫く天井に目をやり『何か』考えていたが、やがて素っ気なく言った。
「即決出来る話じゃねぇ。少し検討させて貰うぜ」
翌日の夜、執務室にてぶつくさと悪態をつきながら書類を決済するハンニバル。彼が五枚目の書類に手をかけた時、部屋のドアが鳴った。
「入れ」
手にした書類を放り投げて、ハンニバルがドアに目をやる
「失礼します」
全身黒ずくめの男がドアを開けて入って来た。
「ご苦労、まぁ、座れや」
「いえ、このままで」
そう言って男は低い声で報告を始めた。
「・・・・・・そうかい。この国一番の諜報員のおめぇでも奴の尻尾は掴めなかったか」
一通りハンニバルの表情には隠しきれない落胆の色がある。そんな彼に対し、黒ずくめ男が続ける。
「ただ一つ、面白い事を掴みました。これが取っ掛かりになるかもしれません」
ハンニバルの腰が、椅子の上で大きく跳ねた。
「もったんぶんじゃねぇよこの野郎が!美味しい話は先にしろと俺はいつも言っているだろうが!」
ハンニバルが机の上にある書類を男に投げつける。男は僅かに表情に綻ばせ、口を開いた。
翌日の昼 カルタゴ軍随一の猛将ギスコは、ハンニバルの執務室の扉を叩いていた。
「大将軍、ギスコです」
「おう、入んな」
「失礼します」
部屋に入ったギスコの目に映ったのは、机の上で散乱する未決済の書類を忌々し気に見やる上司の姿だった。
何て言っていいか分からず立ち尽くすだけのギスコに、ハンニバルがぼやく。
「明日までに決済しなければならない書類がこんなにあんだけどよぅ、どうしてもやる気が起きねぇんだわ。ギスコ、俺はどうすりゃいいんだろうな」
「そ、それは、私めにはとても・・・・・・」
どう答えればいいのか分からず口ごもるギスコの前で、ハンニバルが腕を一振りして書類を机から払い落とす。
「まぁ、こんな事はどうでもいい。ギスコ、おめぇ確かうちの軍で殴り合い最強だよな」
「大将軍を除けばですが」
ギスコの言葉を不敵な笑みで流し、ハンニバルが言った。
「おめぇ格闘技大会知ってるよな」
「ええ。明日開催ですね。あの黒人のチャンピオン、中々の腕前です」
ギスコの答えを聞いたハンニバルが、事もなげに言った。
「参加しろ。申込みは済ませておいた」
「はぁっ?」
思っても見なかった展開に面食らうギスコに、ハンニバルがいたずら小僧の面持ちで言う。
「そしてだな・・・・・・」
表彰式が終わり、まだ興奮冷めやらぬ会場を後にするロスナハト達商会幹部一堂。そこへ歩み寄る一つの影。
「おい、ロスさんよ」
「これはこれは大将軍」
ハンニバルはしっかりとした足取りで、ロスナハト達の前に立ちふさがる。さり気なく前に出ようとするボディーガード達を腕の一振りで制したロスナハトは、慇懃無礼としか言いようがない一礼をする。
「いやいや良き部下をお持ちですな。あの男は我が国一番の勇者だったのですが・・・・・・。流石は尚武の国、カルタゴと言ったところでしょうか」
「あいつが俺の部下だと何故知っている?参加申込は『武芸者』でした筈だが」
ハンニバルが声にドスを利かせるも、ロスナハトは涼しい顔で返す。
「この国でカルタゴ一の猛将、ギスコ将軍の顔は子供でも知っております。特におかしい事とは思えぬのですが」
「・・・・・・ふん、まぁいい。ちょっとそのツラ貸せ」
「是非に、と申したいところなのですがこの後会議がありましてね」
遠回しに断るロスナハトに、ハンニバルが言う。
「この間の件の返事なんだがな」
「・・・・・・少し時間を取りましょう。軍事府へ行行かれますか?」
「うんにゃ、あそこでいいだろう。サシで話すにゃうってつけだ」
ハンニバルが少し先に見える波止場へ向けて顎をしゃくり、ついて来い、と言わんばかりに歩を進める。
「宜しいでしょう」
ついて来ようとするボディーガード達を抑えて、ロスナハトがそれに続いた。
カルタゴの港湾業務は非常にスムーズだ。船の出入港、係留、整備等全てが滞る事なく流れる様に進んで行く。
「野郎ども、出港だ!」
「ようそろ!」
ハンニバルとロスナハトの目の前で、今当に積荷を満載にした巨大帆船が出港しようとしている。甲板で錨を引き上げている水夫達を見ながら、ロスナハトが呟く。
「流石は海運国カルタゴの港ですな。それぞれ別の役割を持つ区画を、連絡を密にする事で機能的に連動させ、バラバラの仕事を一つの流れとしてしまう。これ程完成された港等、ついぞお目にかかれる事は御座いますまい」
「ローマよりもか?」
ハンニバルが何気なく放った爆弾に、ロスナハトが小さく息を飲む。その時強い潮風が、二人の髪を大きくなびかせた。
「なんの事でしょうか?仰る意味がよく」
風で崩れた髪を軽く直しながら、ロスナハトが言う。そんな彼を一瞥したハンニバルは、視線を海に戻しながら言う。
「おめぇ、ローマの間諜だろ?」
「御冗談を。私の故国はここカルタゴです」
「あの黒人もか?」
「ええ。我家が奴隷商人より買い取り、ボディーガードとして徹底的に鍛えました。血は違えど正真正銘の男ですよ」
答えるロスナハトがほんの少しだけだが、ハンニバルから距離を取る。それを横目で見たハンニバルが口を開く。
「おかしいなぁ」
「な、何がです?」
妙に間延びしたハンニバルの口調に得体の知れないものを感じ、ロスナハトが一瞬だけ喉を声を詰まらせる。ハンニバルはうっすらと嘲笑浮かべ、二つ目の爆弾を投げ込む
「あの黒人、ローマの格闘兵団(※作者注:これも作者の想像です。ローマ軍にこんな部隊があったかどうかは不明です)にいたんだろ。実際に体感したギスコが言っているんだから間違いねぇ。技のキレからしてまだ現役か」
「・・・・・・ローマの技を知っていたからってローマ人とは限らないでしょう。技なんて人を通じて世界中に拡散されるものです。異国人がローマの技を知っていたとしてもおかしくはない」
何とか体勢を立て直したロスナハト。必死に平静を装ってはいるものの、彼の額に浮かぶ汗がその努力を無にしている。そんな彼の目の前で、ハンニバルが人差し指をちっちっちっ、と左右に揺らしてから言った。
「ローマ軍の格闘兵団は技を外には出さねぇ。門外不出だ。故に格闘兵団に入れるのはローマ生まれローマ育ちのみ。そして現役中も退役した後も外国への移住は禁止され、人との接触も厳しく制限するくらいの徹底ぶりだ。ローマの技を知っているのはローマ人であると言っている事と同義なんだよ」
「ギスコ将軍で確認なされたと?では、何でギスコ将軍は、彼が使う技がローマのものと分かったのでしょうか?ローマの技は門外不出なのでしょう?」
まだ抵抗するロスナハトを、ハンニバルが一言で粉砕する。
「戦場で知ったに決まってんだろうが。俺等がどんだけローマとやり合ったと思ってんだ」
ぐうの音も出ないロスナハトに、ハンニバルがトドメを刺す。
「おかしいと思ったんだよな。ここら一体が不作の年に、何で大量の納品が出来るんだ?これはもう背後に大物がいるとしか思えねぇだろうが」
「・・・・・・」
じりじりと後ずさるロスナハトを尻目に、ハンニバルは静かに抜刀する。
「政商になりたがったのもあれだろ?カルタゴの軍事情報を抜き取る為だろ。兵站を任されれば、軍の全ての情報を知る事が可能になるからな」
そう言ってハンニバルは剣を手に、流れる様な足捌きでロスナハトとの間合いを詰めにかかる。
「ロスナハト・サトルス。間諜容疑で身柄を拘束する。なに、大人しくすりゃ斬りゃしねぇ。ここではな」
「サンギット!ローナン!来てくれ!」
ボディーガードを呼びながら逃げるロスナハトの背を、ハンニバルが剣で殴打する。白目をむいて剥いて崩れ落ちるロスナハト。そんな彼をまるでゴミでも見るかの様に一瞥したハンニバルの顔には、静かな闘気と殺気が漲っている。
「やってくれんじゃねぇかローマさんよ。この借りは戦場で百倍にして返してやるよ」
ローマ市 ローマ軍最高司令官執務室
「閣下、ロスナハトとタイパリスがカルタゴで拘束された様です」
「なに?」
窓の外に目をやり、何やら思案に耽ったふけっていた男が、側近らしき男の報告を受け振り返る。鷹の様な容貌と言えばいいのだろうか、輪郭、目付き、口元、鼻と全ての作りが鋭角的で、弛みなど微塵も感じられない。体も一見細身だが、服の上から露出した二の腕や脹脛にはしなやかな筋肉が波打っている。
「奴等がしくじったと言うのか」
「はっ!報告ではその様で御座います」
閣下と呼ばれた男が、椅子にその身を落とす。
「カルタゴ軍内部に商人を装った間諜を忍び込ませる。完璧な計画だと思ったのだがな。何故露見した」
「さぁ、報告ではそこまでは」
そうか、と言い男は側近に退出を命じる。
一人になり、男は思案にふける。露見したと言う事は、この計画は誰かに見破られたと言う事だ。カルタゴ。容易い相手ではないと分かってはいたが、まさかここまでとは。
「面白くなってきた」
男は不敵に笑う。
彼の名はクィントゥス・ファビウス・マキシムス。後に彼の最大のライバルとなるハンニバルとの邂逅は、すぐそこまで迫っていた。




