第四幕
皆様お世話になっております。作者です。
いつも拙作にお付き合いくださり、ありがとうございます。
いつも更新頻度がすくなくてすみませぬ(´・ω・`)
仕事を持ちながらですからどうしても・・・・・。
早くファイヤーして執筆に専念できる環境を手にしたいものです。
でも
時間が出来たら出来たで、おいらまた下らない事をやるんだろうなぁ。
『小人閑居して不善をなす』
昔の人は上手い事言いますな。
それに比べて我等現代人は・・・・・・。
『力をパワーに変えて!』
政治家ですらこれだからなぁ( 一一)
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「遅い! 何故こんなに遅れたのだ! 軍議の開始時間は事前に伝えてあったはずだ!」
足早に会場背である陣幕に入ったパウルス達を迎えたのは、上席でふんぞり返っている男の怒鳴り声と、軍議の列席者である幕僚達が放つ、やや気の毒げな視線であった。
この尊大な男の名はテレンティウス・ウァロ執政官。現ローマにおいて二人いる執政官の内の一人であり、本日のローマ軍総司令官である。
既述になるが、ローマ軍の指揮は執政官が執るが、二人いた場合は一日毎の交代制になる。パウルスに言わせると、これ程愚かな決まりはない。
一日毎に戦略と戦術がコロコロ変わる軍隊なぞに戦果なぞあげられるものか。戦術には臨機応変性が必要だが、戦略がコロコロ変わるのは頂けない。戦略には一貫性が必要なのだが、複数の指揮官が交互に指揮を執る軍隊でそれが可能なのか。『指揮官の交代は権力の集中を防ぐため』、とあるが、それは政治や統治上での話であり軍事にはなじまない。軍隊というものは、一人の司令官の下に権力を集中させてこそ力を発揮できる集団なのだ。
権限を持った司令官が反乱など暴走したらどうするのだ?
確かにそう言った懸念はある。だが、軍隊の暴走は、国の制度をもって抑え込む事が可能だ。例えば、軍組織そのものを立法府や行政府の下につけ、これらの許可がないと、軍司令官は軍権を発動できない様にすればいい。要は軍組織を文民の統制に服させるのだ。腕っぷしに男の価値を見出している諸将達は絶対に受け入れないだろうが。そもそも戦争は外交の一手段にすぎなく、それ以上でもそれ以下でもない。国の外交を文民が司る以上、軍隊が文民の統制に服するのは自然な事ではあるまいか。そんな事を思いつつも口には出さず、パウルスは丁重に謝罪する。
「申し訳ございません。少々仕事が立て込んでおりまして」
「『仕事が忙しかった』は遅刻の言い訳にはなりませぬぞパウルス閣下。大将たるもの、常に先を読み、余裕を持って行動すべきでしょう。失礼ですが、我が軍のもう一人の司令官として少々心掛けが甘すぎるのではありませんか?」
「恐れながら!」
ウァロの忠告の皮を被った嫌味に対して、ファルカスが憤然と声をあげる。下郎めが出しゃばりおって! そう言わんばかりに右側の眉を跳ね上げるウァロの前で、ファルカスがその目を怒らせる。
我が主はギリギリまで戦場を見ていたのだ! 兵数で勝っていることをいいことに、もう勝った気になってろくに敵情視察もせずに、ただ陣中で酒を飲んでいるだけのお前の代わりにな! そう言わんとしたファルカスの舌をパウルスの叱責が止める。
「ファルカス! ウァロ閣下に対して無礼であるぞ! 誰が発言を許した! 控えておれ!」
「うっ、くっ!」
主の命には逆らえず、ファルカスが悔しそうに引き下がる。パウルスは改めてウァロに向き直り、一礼と共に恭しく言上する。
「ウァロ閣下からの心からの忠言を賜り、恐悦至極に存じます。今後の糧にさせて頂きたく存じます」
「ふん、まぁよい。座れ」
パウルスの言に気を良くしたのか、それ以上咎めたてる事なく自身の隣の席を指し示すウァロ。それに従うパウルスと、下座に下がるファルカス。
「さて、諸君! 本日集まってもらったのは他でもない」
ローマ軍遠征部隊の頭脳である幕僚達と、末席に控える五人のローマの子達を前に、ウァロが厳かに宣言する。
「我が軍は本日正午をもって、カルタゴ軍に攻撃を開始する!」
声にならないざわめきが会議場の空気を震わせる。そんな中立ち上がり、全身を駆使した大仰な仕草で演説をぶつウァロ。
「諸君らに問う。ローマをローマたらしめているものは何だ?」
誰も答えない。一呼吸おいてから、ウァロは続けた。
「国土? 否! 軍隊? 否! 文化? 否! 財宝? 否! 『ローマは剣でお返しする』。誰の言葉かは言うまでもあるまい。建国の父、ロムルス様に次ぐ、ローマ第二の創建者であらせられるマルクス・フリウス・カミッルス様が侵略者であるケルト人共に叩きつけられたお言葉だ。この言葉! この言葉に込められた精神こそが、我らのローマをローマたらしめるものなのだ。ここで私は諸君らに改めて問いたいのだ。何故私はローマ人とっては当たり前のことを、今改めて諸君に問いかけるのか」
ここであえて一拍おくウァロ。充分効果を計算してのことだ。全員が微動だにせず、ウァロの演説を傾聴している。悪くない、と列席者の表情から手ごたえを感じ、ウァロがその調子を上げる。
「先だってカルタゴとの間で行われた三度の大戦、ティキヌス、トレビア、トラシメヌス。全てにおいて我らローマは惨敗し、現状我等の威信は地に落ちている。愛する国土は野蛮人共に踏みにじられ、国民は今、塗炭の苦しみにあえいでいる。そんな最中、我々は何をしているのか! 我等の剣は何をしているのか!」
ウァロの大喝一声の下、項垂れるより他ない幕僚達。ここに参加している幕僚達の殆どは、ウァロが先程挙げた三度の大戦に参加し、そしておめおめと逃げ帰ってきている。場の空気を完全に掴んだウァロの演説が、一段と熱を帯びる。
「私は諸君らにもう一度思い出してもらいたいのだ。『ローマは剣でお返しする』。大帝カミッルス以来、我らが魂から魂へ脈々と受け継いできたこの言葉の意味を! この言葉の重みを! この言葉が持つ気高き精神を!」
ウァロの演説に引っ張られる様に、場の空気が熱を帯び始めた。ほぼ全員がウァロの演説に酔いしれている。中には涙を流す者もいた。言いようのない空気の中で、ウァロが扇動の仕上げにかかる。
「諸君らに問う! 我等の国土を土足で踏みにじる野蛮人共に、我らは何をもって報いるべきだ?」
「剣をもって!」
「剣をもって!」
「剣をもって!」
ほぼ全員が抜剣し、騎士の礼でウァロの演説に答えた。会議の趨勢は決まった。気炎を上げる幕僚達により、場は最高潮の盛り上がりを見せている。それを尻目にチラリとパウルスを横目で見るウァロ。してやったり、と言わんばかりの表情。昨日の軍議において、即時交戦を主張するウァロを、指揮権を背景に抑えたのはパウルスだ。おそらくそれを根に持っていたのであろう。ウァロの幼稚な感情なぞ相手にせず、パウルスは目を閉じ、何やら考え込んでいる。そんな彼を横目に、ウァロが両手で場を静め、続ける。
「味方は七万六千、敵は四万二千。敵の騎兵部隊は少々厄介だが、それでも総合的に見て我が軍が圧倒的に優勢だ。小細工なぞ不要。正面から押し潰すぞ!」
「お待ちくだされ」
発言者はパウルスだった。気分よく演説していたのを邪魔されて、ウァロの機嫌がみるみる悪くなる。
「大幅に遅刻してきた軍議にて堂々たるご発言、いやはやパウルス閣下は肝が太うございますな」
「恐れ入ります」
ウァロの稚拙な嫌味なぞ軽く受け流し、パウルスが続ける。
「敵は明らかに『何か』を企んでおります。このまま何も考えずに攻撃するのはいかがなものかと」
「なぜそうだと言い切れる?」
「司令官閣下は敵の布陣をご覧になりましたか?」
「ムッ、む、無論だ!」
一瞬言葉に詰まるウァロ。嘘をついているのは明白だが、そこは突っ込まずにパウルスは自説を述べる。
「敵は明らかに自分達にとって不利な場所に陣取っております。それと並んであの奇妙な陣形。敵将はあの曲者ハンニバルです。何かを企んでいると考えるのが自然かと」
「ふん、そんなもんハッタリだ! おおかた何かあると見せかけて時間を稼いでいるのだろう」
「時間稼ぎ? この状況で? なんのためにでしょうか?」
「援軍だ! 奴は本国からの援軍を待っているのだ! 小細工はその為だ!」
その程度の男に我等大ローマが苦しめられるものか、と言いたくなるのを意思の力で抑えつけ、パウルスは辛抱強く説得を続ける。
「恐れながらその可能性は低いかと。本国からの援軍となると到着まで数ヶ月はかかりましょう。この程度の小細工で数ヶ月の時が稼げると等と、あのハンニバルが考えるでしょうか?」
「ならその奴の策とやらはなんだ? お前は当然分かっていて言っているのだろうな?」
歯を剥き出しにして喚き散らすウァロ。呼び掛けも『パウルス閣下』から『お前』になっている。自分の意見が否定されると逆上する、批判と中傷の区別がつかないタイプの男だ。一兵卒ならともかく、一軍の将としては明らかに不向きであろう。ウァロの言に対して、言葉を詰まらせるパウルス。ハンニバルの策。一つだけ仮説があるにはあるが、あまりにも荒唐無稽な為口にするのが憚られる。逡巡しているパウルスに、相手が困っていると思ったのかサデイスティックな笑みと共にウァロが畳み掛けてくる。
「どうした? 相手の策が分かっているからそれを主張したのであろう? まさか検討もついていないまま策の存在を口にしたのではあるまいな」
「お恐れながら、まだ仮説の段階ではございますが」
パウルスが腹をくくる。ここまで言われたら取り敢えず主張するしかない。
「敵の狙いは我が軍の包囲殲滅です」
「ふん」
パウルスの言に対し、まるで馬鹿にする様に軽く鼻を鳴らすウァロ。それに対し、彼以外の幕僚達は、パウルスの言葉に静かに耳を傾けている。
「敵の狙いは恐らくこうです。中央の歩兵部隊で時間を稼ぐ。その間に両翼の騎兵部隊を突進させて我等が騎兵部隊を殲滅させる。その後残った我が歩兵部隊を敵全軍で包囲殲滅する」
「歩兵部隊で時間を稼ぐとはどういう意味だ?」
やはり突っ込んできたか、とパウルスは憂鬱な気持ちになる。あまり言いたくないので、あえてぼやかした言い方をしたのだが・・・・・・。全く中途半端に知恵が回る男ほどタチの悪いものはない。内心舌打ちをしながらも、パウルスが腹をくくる。
「戦いながら部隊を後退させます」
「なんだと?!」
ウァロが素っ頓狂な声を上げた。言ってしまった。こうなったら毒皿だ。全て言ってしまおう。半ばやけを起こしたパウルスが、もう一段声を張り上げる。
「あの壺をひっくり返したような奇妙な陣形はその為でしょう。あの状態でぶつかり、戦いながら中央部を後退させられれば、自然と我らは敵の半包囲網に陥る事になります」
うわっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ、とややわざとらしく哄笑するウァロ。会議場で彼に追笑するものはいない。全員やや気の毒そうに笑われているパウルスを見ている。目尻に引っかかっている涙を小指で払いつつ、ウァロは言った。
「何事もよくおできになるパウルス閣下も、こと軍事に関しては至らぬところがある様ですな」
軍事に関して残念なのはお前も同じだろう、と、喉元まで出かかった言葉をどうにかして飲み込みつつ、
「恐れ入ります」
と言うにとどめるパウルス。そんな彼を前にして、ウァロがしたり顔で講釈を垂れる。
「いいですか、パウルス閣下。戦いながら軍隊を後退させるなど机上の空論絵空事です。後退中の兵は心も後退しています。どんな強兵でも弱気になってしまうのです。そんな最中に何かしら想定外の事が起きてごらんなさい。何かのきっかけで全面潰走になること請け合いです」
「・・・・・・」
顔を真っ赤にしているファルカスを尻目に反論せず黙っているパウルス。軍事学的にはウァロの言っている事は正しい。戦いながら軍隊を後退させるのは、不可能かどうかは分からないが、至難の技である事は間違いない。戦いながら軍隊を後退させ自陣奥へ奥へと引きずり込み、その後退路を遮断し包囲殲滅する。古今東西この難事に挑み、破滅した将がどれほどいたことか。
「ただ話としては面白いですな。パウルス卿は作家としての才能はあります。それはこの私が保証いたしますぞ」
「・・・・・・恐れ入ります」
どこか馬鹿にした様な口調のウァロに、気が付かないふりをしてパウルスは一礼する。そんな彼に、ウァロが更に追い打ちをくらわす。
「今からでも遅くはない。もう一度軍事の教本を一から紐解いてみる事ですな。少なくとも好んで無知をさらけ出す醜態は演じずにすむ」
またもや立ち上がりかけたファルカスを素早く目で制したパウルスが、一礼と共に程度の低い侮辱を軽く受け流す。
「ご忠告痛み入ります」
ふん、と鼻を一つ鳴らし、ウァロが決を下す。
「他に反対の者はいるか? いないな。よし、では各自陣に戻り攻撃の合図を待て」
応! 返事と共に会議場から去る幕僚達。
まだ椅子に座ったままのパウルスにウァロは眉をしかめて声をかけた。
「どうした? まだ何か言いたい事でもあるのか?」
「・・・・・・いえ」
パウルスはそう言った立ち上がり、ファルカスと共に陣幕を出る。そんな二人の背中を、ウァロがどこか忌々しげな目付きで見送った。
「あんな男に何故言いたい放題言わせたのですか!」
「そういきり立つな、ファルカス」
攻撃の準備のため、ごったがえす人ごみを器用に避けながら、馬上のパウルスが部下を宥める。
「これが怒らずにいられますか! あの男!貧民窟出身の分際で貴族であるパウルス様へのあの様な口の聞きよう、万死に値しますぞ!」
「ファルカス、少し声を落とせ」
「汚らわしい売春婦の息子がお天道様の下を歩くのもおこがましいのに」
「ファルカス!」
パウルス強い口調で部下の暴言を嗜める。ハッと我に返り、馬上で思わず周りを見渡すファルカス。周りにいた大勢の騎士達は、聞こえなかったフリをして出撃前の準備にいそしんでいる。
「ファルカス」
「・・・・・・はっ」
「人として決して口にしてはならぬ言葉がある。お前の恥は私の恥だぞ」
「申し訳ございませぬ。考えが足りませんでした」
ファルカスが主に向かい、深々と頭を下げる。いい年をして感情に呑まれてしまった自分が情けなくて顔を上げられない。そんな部下を、パウルスがいつものように優しい声で諭す。
「現在ウァロ閣下は我が軍の総司令官なのだ。陣内で部下にクソミソ言われたら立つ瀬がないだろう。少しは奴の面子も考えてやれ」
「・・・・・ははっ」
あんな奴の面子なぞ考えてやる事ないのに、と思いつつも、ファルカスが主君を立てるため不承不承頷く。そんな彼に優しい眼差しのまま、パウルスが言葉を続ける。
「それに奴の言う事もあながち間違いではない」
「そんな事はございません!」
「あるのだ。私の仮説の方がどちらかと言えば非常識なのだ。それを承知で笑われる覚悟で言ったのだ。そして笑われた。何を腹を立てる事がある?」
ファルカスは何も言えず、ただパウルスに頭を下げる。この人にはかなわない、と主君の懐の広さにひたすら恐れ入るファルカス。この人の配下で本当に良かった、と心の底から思う。この命が燃え尽きるまで、この人についていこう。私の死に場所はこの人の側だ、とファルカスが決意を新たにする。
「さぁ、急いで陣に戻ろう。軍議ならともかく、戦場に遅刻したとあってば騎士としてさすがに示しがつかぬ」
「はっ!」
そう言って馬首を自陣に向ける主従。軽快な走りを見せる馬の上で、パウルスの心はその泰然とした態度とは裏腹に不安で一杯だった。
(戦いながら軍隊を後退させる、そんな事出来るわけがない。何よりも歴史がそれを証明している)
パウルスはチラリとカルタゴ軍に目を向ける。
(そう、出来るわけがないんだ)
そう何度心に言い聞かせても、心中に巣くう不安は微塵も消えてはくれなかった。
ありがとうございました!
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