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第十四幕

『甲鉄城のカバネリ』

最近ハマってます。重厚なストーリー、魅力的なキャラクター、血湧き肉躍る戦闘シーン。


〽待ち遠しや 梅 桜 ハナミズキ〜♪


いいですね、いいですね!



あ、一つお知らせするのを忘れてました。


パウルス君とウァロ君は実在の人物ですが、ファルカス君は架空の人物です。一応申し上げておきます。


それでは、どうぞお楽しみに下さい。


スピキオを軽くあしらった彼は、再びローマ兵の殺戮を開始する。


巨剣を振り回し、たった一人で立ち塞がるローマ兵達を苦も無く叩き潰していくその様は、『無双』と言うよりかは何かの冗談か悪い夢の一部といった表現の方がしっくりくる。

「な、なんなんだよこいつは!?巨剣一振りで完全武装の騎士五人をまとめて吹き飛ばすなんてあり得ないだろう?!」

「槍も剣も矢も全く効かない!全部あの巨剣に叩き落される」

「背中にでも目が付いてるのか!?背後から襲っても全て反応されるぞ!?」

出鱈目と呼んでも差し支えない彼の強さに、遂に世界最強の筈の世界最強のローマ兵達が怯み始める。

「敵が怯んだぞ! 今だ! かかれぇっ!」

それを目ざとく感じ取ったカルタゴ軍前線指揮官の一人が叫んだ。一拍の間の後、今まで盾の後ろに隠れていたガリア兵達が、雄叫びと共にローマ兵達に襲いかかる。


兵同士の取っ組み合いである白兵戦において、勝敗を決める要素は何か?体格? 技量? 筋肉? 

これらは確かに大事だが決定打とはなり得ない。

白兵戦、即ち殺し合いにおいて一番大事なもの、殺し合いの場において生と死を分かつもの、それは『心』。

強き心を持った男は、百万の大軍すらもおそれはしない。しかし、一度それが折れてしまうと、もういけない。弱き心はどんな屈強な男をも、一匹のか弱い羊へと変えてしまうのだ。

彼によって『心』を折られたローマ兵達は、最早寄せ集めのガリア兵達にすら太刀打ち出来ぬほど弱体化していた。彼等により次々と討ち取られていくローマ兵達。

『最弱』が『最強』を屠る。

そんな絶賛番狂わせの最中、戦場にラッパの音が高らかに鳴り響いた。兵士達の視線の先、地平線に大きな砂埃が湧き起こっていた。両軍の兵士達が固唾を飲んで見守る中、それが割れ、そこで力強くたなびく軍旗は

「ハスドルバル将軍、マハルベル将軍の軍旗だ!騎兵隊が帰って来たぞ! 勝ちだ! 俺達はローマに勝ったんだ!」

誰かの叫びを皮切りに、カルタゴ軍全軍が鬨の声をあげる。それはカンナエの戦いの決着を告げる声でもあった。


「閣下、敵の騎兵隊です」

幕僚の報告に無言で天を仰ぐパウルス。そんな彼を不安げに見守る幕僚達。

「全く大した奴よ。完全にしてやられたわ。天晴れとしか言いようがない」

遠い目でカルタゴ軍本陣を見るパウルスの瞳には、心からの称賛の色がある。幕僚の一人が彼の隣に立ち、どこかさっぱりとした口調で尋ねた。

「ハンニバルが、ですか?」

幕僚の問いかけに、パウルスは首を振って応える。

「いや、敵歩兵部隊の指揮官だ。名は分からんのか」

「此方に情報はありません。恐らく無名の士官あたりを抜擢したのでは」

「そうか・・・・・・これ程の離れ業をやってのけるのだ。さぞかし名の通った将だと思ったのだがな」

呟くパウルスをよそに、迫りくるカルタゴ軍の騎兵部隊の馬蹄が戦場を揺るがせる。


ローマ軍を地獄へと突き落とす、包囲網が今、完成しようとしていた。


逃げ道を塞がれる! 恐慌をきたし、我先にとまだ空いている後方へと逃げ出すローマ兵達を、ガリア兵達が次々と狩り取ってゆく。


吹き荒ぶカンナエの風の中、あれ程力強くはためいていたローマ軍旗は今、汚泥の中で、軍靴に踏み躙られている。


小が大を飲み込んだ。


「ファルカス!」

今当に閉じられようとしている、包囲網の間隙を見ながらパウルスは家臣の名を呼んだ。

「はっ!」

軍医による傷の手当を終え戻って来ていたファルカスが、覚悟を決めた表情でパウルスの前に進み出る。

「お前に重要な任務を任せたい」

「撤退ですな。お任せあれ。不肖このファルカス。この命に代えても殿をお守り申し上げます」

決死の覚悟を漲らせるファルカスに、パウルスは笑顔と共に首を振るう。

「早とちりするな。確かにこれから撤退を行うが、お前が守るのは私ではない」

「はっ?」

首を傾げるファルカスに、パウルスは厳かな声で命令する。

「残っている馬をかき集めて騎馬隊を編成し、観戦武官の方々を守りつつここを離脱せよ。この方達はローマからの預かり物だ。ここで死なせるわけにはいかぬ」

パウルスの目の先には、恐怖で震えている四人の若者達の姿があった。

「パ、パウルス様はどうされるのですか?」 

ファルカスはうわずった声でパウルスににじり寄る。そんな彼に応えるパウルスの頬には、透き通る様な微笑みが浮かんでいる。

「私はまだここで仕事が残っている」

「ま、まさか」

ファルカスの額から一筋の汗が流れ落ちた。そんな彼を見るパウルスの頬から微笑みが消える。

「そうだ。私は彼等と死んでやらねばならぬのでな」

パウルスの目の先には、ガリア兵達に次々狩られていくローマ兵達の姿があった。

「なりませぬ! なりませぬぞ! パウルス様はこれからのローマに必要なお方でございます」

ファルカスの声に幕僚達が次々と続く。

「左様でございます! 勝敗は兵家の常。この雪辱は次の戦で晴らせばよいではありませんか」

「此度の負け戦の責任はウァロにあります!死ぬべきは奴でありパウルス様ではございません! ここは我らが防ぎます故、何卒落ち延び、再起を期して下され」

幕僚達の暖かい心遣いに笑顔で応じ、パウルスは言う。

「諸君らは私に罪はないと言うが、そんな事はない。死をもって償わねばならぬ罪が私にはある」

「そんなものはございませぬ!殿! 時間がない! 一刻も早く落ち延びて下され!」

主を思う心が高じてか、ファルカスがパウルスの腕を掴む。パウルスはそれにそっと手を重ね、続ける。

「ウァロ閣下は間違っていた。私にはそれが分かっていた。だから私は彼を斬ってでも止めねばならなかった。だがしなかった。いや、出来なかった」

「・・・・・・」

何と言っていいか分からず、ただ立ち尽くすだけのファルカスにパウルスは続ける。

「剣でもって指揮権を奪い取る。そんな事、我が由緒正しきローマ軍においてあってはならない。そう思うと出来なかった。つまらん事にこだわり、多くの兵を死へと誘った。その罪、万死に値する」

静かに語るパウルスの口調は揺るぎなく、その瞳は眩しいくらいにすっきりとしている。

そこに並々ならぬ覚悟を感じ取ってしまったパウルスは、説得を諦め、すがるような思いで懇願する。

「ならばその露払いを私めにお命じ下され。このファルカス、一生のお願いでございます」

「他ならぬお前の願いだ。聞いてやりたいのは山々なのだがな」

ファルカスに応えるパウルスの口調に、やや申し訳なさが混じる。

「何故でござりますか?」

主に縋り付くファルカスの目元には、熱いものが滲んでいる。

「お前までいなくなったら、誰が今後のアエミリウス家の軍務を取り仕切るんだ? まだ後進が育っていないだろう」

「・・・・・・」

ファルカスは言葉に詰まる。パウルスの言う通り、アエミリウス家の軍務はファルカスが全て取り仕切っていた。

そろそろ後進を育てて任せてはどうか、との度重なるパウルスの勧めを、ファルカスは引退したくない一心で全て退けていた。それが今、裏目に出ている。

ファルカスなかりせば、アエミリウス家の軍務は機能しないだろう。


馬蹄の音が一段と大きくなった。カルタゴ軍の騎馬隊はもう目と鼻の先だ。ローマ軍が完全に包囲されるのは時間の問題だろう。名残惜しさを振り払ったパウルスが、表情を引き締めてファルカスに向き直る。

「ファルカス・アエミリウス! 厳命である! 観戦武官の者達方々を引き連れてここを離脱せよ! よいな!」

「・・・・・・畏まりました」

跪き、顔を下に向ける事で涙を隠すファルカス。パウルスはそんな愛すべき不器用な家臣の肩に手を置き、やや屈んでその耳元でささやく。

「すまぬ。お前の心しか連れて行けぬ、不甲斐ない私を許せ」

「滅相もございませぬ。身に余るお言葉、ありがたき・・・・・・ありがたき幸せに・・・・・・ござりますれば」

堪え切れなくなったファルカスは、ぐしゃぐしゃの顔で主の顔を仰ぎ見てしまう。そんな彼に、パウルスは今生の別れを告げる。

「別れだファルカス!命令だ!決して振り向くな!振り向かずに行け!アエミリウス家を頼んだぞ!」

男の別れに涙はいらない。

ファルカスは目尻を払い、表情を引き締め、主君のからの最後の命令を謹んで拝命する。

「畏まりました! 殿!おさらばでござる、 お心安らかに!」

パウルスに敬礼をし、ファルカスは涙と心を残して観戦武官達を連れて司令部を出る。


以下、余談だが、ファルカスは観戦武官四人を見事カンナエから脱出せしめ、故郷ローマへの帰還を果たす。

だが、彼を待ち受けていたのはローマ市民からの軽侮と罵声であった。

『主を捨てて逃げ出した卑怯者』

石もて追われる身となったファルカスであったが、何一つ言い訳をせず、アエミリアス家の軍務の再建に力を尽くす。

十年の歳月をかけて軍務の後継者を育成し、主君の遺志を果たした彼は、主君の命日である八月二日に、カンナエの地で自らの喉を剣で突きパウルスの後を追った。その死に顔は驚くほど安らかだったという。

『パウルスの剣 パウルスの盾 その気高い心はいつまでも』

彼の墓銘碑である。毎年八月二日の彼の命日には、供えられた多くの花が、主君に殉じた忠臣を優しく偲ぶ。


ファルカスを送り出したパウルスは、力強く抜剣し手にした鞘を投げ捨てる。そして幕僚達に向き直り、長年の労をねぎらう。

「皆の者、今までご苦労であった。諸君らと共に戦えて誇りに思う。ここからは各自、自らの判断で動け」

幕僚達はまるでパウルスの言葉に応えるかの様に、一斉に抜剣し、そして腰の鞘を捨てる。

目を丸くするパウルスの前で、幕僚達の内の一人が言った。

「兵の為にお死にあそばす閣下の為に、我等は命を捧げる所存であります!」

幕僚達全員がその場で見事な騎士の礼を行う。

そんな彼等にパウルスは無言で答礼をし、そして生涯最後の命令を下した。

「狙うはハンニバルの首只一つ! 我に続け、突撃!」

「応!」

パウルス以下幕僚達はカルタゴ軍に切り込んでいき、やがてその姿は白刃の中へと消えていった。


ローマ執政官ルキウス・アエミリウス・パウルス。

カンナエにて戦死。


この悲報がローマに伝わった時、国中で涙せぬ者はいなかったという。


カルタゴ軍騎兵部隊がローマ軍の後方を遮断し、包囲網が完成した。

囲まれる事で大量の遊兵を内に抱えてしまい、大軍の利を生かせずに次々と狩られていくローマ兵。


「ふん、ようよう来おったか」

断末魔と勝利の雄叫びが交差する中で、全身血塗れの彼が面白くもなさげに呟いた。

彼は血まみれの掌で顔の返り血を拭い、大股で歩兵部隊指揮所へと戻る。

「お帰りなさいませ!」

そんな彼を幕僚達全員が跪いて迎える。

全員が完全に心服している。無理もない。戦術指揮においても、個人の武勇においても人間離れしたものを見せつけられたのだ。幕僚達が恐れ入るのも当然と言える。

崇拝と畏怖から成るその視線を一身に受けた彼は、そのまま用意されていた椅子にどかりと腰かけた。 

幕僚の内の一人が気を利かせて言った。

「誰ぞある! 指揮官閣下は血まみれだ。何か拭くものを持って参れ」

「よい。それより水と馬を持て」

彼は物憂げな口調で命令を下す。

「はっ? 馬でござりまするか?」

彼は気の効かない幕僚を睨み付ける。その右手にある血と脳漿がこびりついた巨剣がギラリと光った。

震え上がった幕僚は即座に立ち上がり、全速力で馬場と補給所へと向かう。

暫くして幕僚が、水で満たされた大杯と栗毛の馬を手に戻ってきた。彼は大杯を受け取り、喉を鳴らしつつ中身を呷る。

「ふふ、随分と血に酔うたらしいわ。滑らかな喉越しが堪えられぬわい」

彼はそう言いつつ左手の甲で唇を拭いながら、杯に残った水を地に吸わせる。

「汝らも見事な戦いぶり散り際であった。誉めてつかわすぞ」

そうして敵への弔いを終えた彼は、立ち上がって盃を近くの岩へと叩き付ける。耳をつんざく甲高い音が、吹き荒ぶ戦風にのまれていく。


男達の戦いは終わった。


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