第七幕
お世話になっております。作者です。
『ウィザードリィ・ヴァリアンツ・ダフネ』
本日記念すべき一周年です。何かしらイベントやるらしくて、朝からドキドキが止まりません。
さて、私事で大変恐縮なのですが、今度私が発売する本の概要とあらすじを載っけました。
ご覧頂けると幸いです。
『本能寺の武田兵』
・以下、概要です。
「是非もなし」
天下を望みながらも叶わず、今当に炎にのまれんとする信長。そんな彼の前に忽然と現れた武田兵の一団。彼等の目的は何か?そして彼等を率いる男の名は一一一。
これは風林火山の旗の下、矜持を胸に刀を振るう男達と、そんな彼等を描く一人の絵師の物語。
・以下、あらすじです。
天下を手中にすべく、国主信玄の下で覇道を突き進む甲斐武田家。そんな彼等を家中でただ一人、冷めた目で見る男、武田逍遙軒信廉。
刀ではなく絵筆を取った彼が、戦国の世で見たものは何だったのか一一一。
武田信玄、上杉謙信、北条氏康、今川義元、そして、織田信長・・・・・・。
大いなる野望を胸に戦い、そして散っていった男達が残した輝きが今、一本の筆によって蘇る!
勝敗の彼方にこそ人間の真実がある。
滅びゆく者達の魂を描き出す、壮大な歴史巨編である。
以上です。ありがとうございました。
カルタゴ軍動く!
伝令によって次々ともたらされる情報により、ローマ軍総首脳部が俄かに慌ただしくなる。
「敵左翼騎兵部隊七千、一丸となって突っ込んできます!」
「敵の歩兵部隊も動き始めました!」
分かりき切った事を一々報告してくる幕僚達に、分かっている!と雷を落とすウァロ。心持ち後退る幕僚達とは対象的に、一本進み出た男がいた。パウルスである。
「これは先手を取られましたな。歩兵部隊の方はともかく、我軍の右翼騎兵部隊の方は明らかに分が悪い。敵の左翼部隊は七千、対する我が右翼部隊は二千五百。おまけに戦場は狭く、混戦となるのは必定。兵数の少ない我が右翼部隊はいずれは押し切られましょう」
さぁどうする、と言わんばかりにパウルスはウァロを見る。
「右翼騎兵部隊司令スルスに伝令!」
ウァロの声が、陣幕内の空気を大きく震わせる。
「はっ!」
入口近くで控えていた伝令兵が進み出て、ウァロの前で畏まる。そんな彼をじろりと一瞥し、ウァロは命令を下す。
「『我々が敵中央を突破するまで、何とか持ちこたえろ』以上だ!」
「はっ!」
大雑把な命令を携えて、伝令兵は陣を飛び出し砂塵の中に消えて行った。それを確認したウァロは、指揮杖を振り上げ、号令を下す。
「左翼騎兵司令ミヌティウス、中央重装歩兵部隊司令セルウィルウスに伝令! 敵を速やかに迎え撃て!」
敵を侮り、碌に考えもせず命令を下すウァロ。そんな彼に向けて、パウルスが再び口を開く。
「総司令」
「なんだ!」
せっかく勇ましく出した号令に水をさされると思ったのか、ウァロの額に稲妻がはしる。それに怯む事なく、パウルスは毅然とした態度でウァロに献言する。
「敵左翼部隊が、我が軍の右翼部隊を撃破した後、その矛先が何処に向かうのか。それをお考え下さると嬉しいのですが」
「そのまま我軍の歩兵部隊の横腹を突くに決まっとる!分かりきった事を言うな!」
苛立ったウァロが、身に付けた甲冑を鳴らしながらヒステリックに喚く。そんな彼を落ち着かせる為か、パウルスは一度大きく頷き、その引き締まった口を開く。
「確かに総司令のご見解通りになる可能性は高いでしょう。ただ、この状況ではもう一つ、考慮に入れなければならない状況があると愚考致します」
「愚考だと思うならば言うな!今、我軍がどういう状況か理解出来んのか!」
ウァロの身も蓋もない物言いに、何人かの幕僚が小さなため息をもらす。取り付くしまもないウァロに、パウルスは辛抱強く食い下がる。
「総司令、何卒聞くだけでも」
「あー一一一一一一苛立つ!何だ!さっさと言え!」
癇癪を起こしたウァロは、指揮杖を机に叩き付ける。鳴り響く甲高い音が陣幕内の空気を震わせる。まるで子供の様なその振る舞いを前に、幕僚達は一様に眉をひそめる。落ち着かない雰囲気の中、パウルスは慎重に言葉を選びながら献言を続ける。
「敵左翼が我軍の歩兵部隊を無視し、そのまま残りの騎兵部隊に襲いかかる可能性です」
「そうなったら勝ちは決まった様なものではないか!奴等が残った我軍の騎兵部隊と戦っている間に、我等は敵の中央を突破すればよい!」
パウルスの献言なぞ一顧だにしないウァロ。常人なら勝手にしろ、とばかりに匙を投げる状況だが、パウルスはその脅威の忍耐力で、ウァロの説得を続ける。
「総司令のご見解、なるほど一理ございます。ですが、敵歩兵部隊を蹴散らせなかった場合、我軍はどうなりますか?」
「何だと!」
ウァロが血走った目付きでパウルスを睨む。彼はそれに動じる事なく、冷静に言葉を重ねる。
「敵に思いの他粘られているうちに、我軍の騎兵部隊が壊滅したらどうなりますか?両翼を失った我等は、敵の騎兵と歩兵による包囲殲滅の憂き目に遭います。その可能性も考慮すべきかと」
「そんな事はありえん! 歩兵同士では我軍の方が数が多い上に質も上なんだぞ! 普通に戦えば勝てるのだ。何故そんな後ろ向きな発想が出て来るんだ! 弱腰も大概にしろ! 兵の士気が落ちる様な事を言うな!」
ウァロに一喝され、ついに口を閉じてしまうパウルス。
確かにこの状況下においては、ウァロの言い分の方が正鵠を射ているかもしれないからだ。
自軍右翼が破られるまでの間に、此方の歩兵部隊が敵中央を突破してしまえばローマ軍の勝ちだ。そして今、ローマ軍はそれをなしうる力を持っている。沈黙したパウルスを見向きもせずに、ウァロは叫んだ。
「ファランクス隊前進だ!ローマの敵を一兵残らずすりつぶしてやれ!」
ウァロの号令一下、ローマ軍の重装歩兵、通称ファランクス隊がカルタゴ軍を迎え撃つべく進軍を開始した。その数七万。ズシン、ズシンと地を震わせてカルタゴ軍に迫るローマ軍。まるで巨人が迫りくるかのような圧力に、思わず浮足立つカルタゴ軍歩兵部隊。その時、轟雷の様な声が、カルタゴ軍歩兵部隊の鼓膜を激しく震わせた。
「うぬらは戦わずともよい! そんなもの期待しておらぬ!盾の後ろに隠れて、震えながら敵に合わせて一歩ずつ引くがよい!だが隊列を乱す事は許さぬ!乱すものは即刻斬り捨てる!」
彼の号令、『戦わなくてよい』
戦場においてはありえない指示だ。だが、その命令はパニックに陥りかけた兵士達を不思議と落ち着かせていく・・・・・・。
「戦わなくてよい!」
命令が部隊の隅々まで伝わっていくにつれて、カルタゴ軍歩兵部隊は少しずつだがその士気を回復させていく・・・・・・
カルタゴ軍 本陣。
「凄い・・・・・・パニックに陥りかけた軍を一瞬で立て直した」
規律を取り戻し、再び動き出す歩兵部隊を、幕僚達が唖然とした表情で見ている。呆けた空気が漂う中、何とか気を取り直したマゴが、呑気に干し肉を頬張っているハンニバルに詰め寄る。
「大将軍! あやつ一体何者ですか? 士気が崩壊しかかった軍を一瞬で立ち直らせるなど人間技ではない!」
「あふぇふぃはんだらすどいうお」
「食ってから喋って下さい!」
頭から湯気を吹き出すマゴの前で、口の中のものを飲み込んだハンニバルが、『彼』の名を口にする。想定外すぎるその名を耳にし、疑うより先に絶句するしてしまう幕僚達を前にして、ハンニバルはのんびりと干し肉を頬張っている。
カルタゴ軍左翼騎兵部隊。
全員雄叫びをあげながら、餓えた狼が獲物の喉笛を狙うかのごとく敵に迫る。対するローマ軍も、裂帛の気合いの中、槍をしごいて迫りくる敵を迎え撃つ。
両部隊の距離が百歩程になったその時、カルタゴ軍に変化が訪れる。ハスドルバルが馬を止め、手にした槍を高く掲げる。それを合図にカルタゴ軍左翼騎兵部隊が前後二手に分かれる。前方の千人はそのまま敵に突っ込み、残りの後方部隊六千人は動きを止める。そして彼等は、前方部隊が敵を防いでいる間に馬から降り、そのまま杭を使って馬を繋ぎ止め、槍を手にする。一瞬で後方部隊六千が騎兵から槍兵に変わった。
騎兵にとって相性の悪い槍兵に。
合図のラッパ音と共に、敵に背を向ける前方部隊。それを猛然と追うローマ騎兵達。勝利を確信した彼等の眼前で、逃げるカルタゴ軍の前方部隊が左右に割れる。
その先には地獄が待ち受けていた。
ローマ軍騎兵部隊を待ち構えていたものは、無数の槍ぶすまだった。気付いた時にはもう遅く、全速力で死地に飛び込んでしまうローマ騎兵達。馬を突かれ落馬した彼等を待っていたものは、四方八方から迫りくる、数え切れないくらいの鋭い槍先であった。
「馬鹿な!カルタゴ軍に槍兵なんていなかった筈だ!」
騎兵部隊全員の声を代弁するかのように、一人の兵士が愛馬の死体の側で呆然と呟く。そんな彼にも無数の槍ぶすまが容赦なく降り注ぐ。穴だらけの肉人形と化して血溜りの中に沈むローマ兵。地に散乱する兵士の遺体と馬の死骸に邪魔され、その機動力を奪われた彼等を、無数の槍ぶすまが容赦なく襲う。
怒号と雄叫び、そして悲鳴が渦巻く中、愛馬と共に次々と突き殺されてゆくローマ軍右翼騎兵部隊。今やカルタゴ軍左翼対ローマ軍右翼は、カルタゴ軍による一方的な殺戮の場と化していた。
無理もない。騎馬の勢いのまま、待ち構えていた槍ぶすまの中に突っ込んでしまったのだ。出会い頭で大打撃をくらってしまったローマ軍。
先程まで戦風の中、力強くはためいていた軍旗が、今や地べたで血と泥にまみれ、無数の軍靴に踏みにじられている。
「引けっ、引けっ!」
多くのローマ兵が馬上で地面で次々とカルタゴ軍の槍の餌食と化す中、司令官スルスがようやく退却命令を出す。
まだ生き残っているローマ騎兵達は慌てて馬首を翻し、この死地戦場からの離脱を試みる。
「一兵たりとも逃がすな! 追撃せよ!」
ハスドルバルの号令一下、左右に分かれていた前方部隊が一千が合流し、逃げるローマ騎兵に対して猛然と追撃を開始する。士気を失っている彼等にはそれに抗する力はなく、次々とカルタゴ軍に討ち取られていく。首をはねられる者、背中を槍で貫かれるもの、馬上から叩き落とされ、そのまま馬に蹴り殺される者・・・・・・。
「後続部隊騎乗!」
前線部隊が八面六臂の活躍をしている間に、ハスドルバルは兵種転換の号令を下す。その指示の下で後続部隊六千が一斉に馬に飛び乗り、再び騎兵へと戻る。
六千人の槍兵が、再び騎兵となる。
「前方の残敵を掃討したのち、敵左翼騎兵部隊を殲滅する! 続けぇ!」
「応!」
ハスドルバルの号令一下、カルタゴ軍騎兵六千が整然と突撃を開始した。
歴史が今、大きく動こうとしていた。
「ほぅ、あの小わっぱ。口程には手は動くらしいな」
ハスバルドルの活躍を遠目で見た彼が、感心した様に呟く。
顎を撫でる彼の眼前で、ハスドルバルが率いる左翼部隊が、ローマ軍の歩兵部隊を無視して、残っている敵騎兵部隊へと向かっていく。
「血塗られた道を行くか雷光ハンニバル。ふふ、お主には鮮血がよう似合うわ」
彼は呟き、自らが指揮する歩兵部隊に視線を戻す。前線は激しく押しまくられているものの、かろうじて隊列を維持している状態だ。先頭部隊は既に五十歩程後退している。現状、カルタゴ軍歩兵部隊の様相は、逆Uの字の先端が少しへこんだ様な形となっている。
話は逸れるが、ここで少しローマ軍歩兵部隊の武装について語らせて頂きたい。
ローマ軍歩兵部隊の武装は四つである。
先ずグラディウスと言う名の刃渡り六十センチ程の剣。斬るより突く方に主眼が置かれている。
次にピラという名の軽い槍とピルムという名の重い槍、そしてスクトゥムという名の盾、この四つを駆使して戦う。
具体的には先ず密集陣形を組む。そして軽いピラを投げつけつつ接近し、次に重たい槍、ピルムを相手の『盾』に突き刺す。こうする事で相手の盾の重量を増やし、扱いにくくする事で盾を無力化する。そして自身の盾による体当たり等で圧力をかけ、崩れた相手をグラディウスで止めを刺す。華はないが、手堅く確実な戦法であり、これがローマ軍歩兵部隊を最強たらしめている。
この常勝戦法に対してハンニバルが切ったカードは二つである。一つ目は『盾の強化』。槍が中々刺さらない、頑丈な盾を用意して、こちらの盾の無力化を狙ってくるローマ軍の思惑を封じたのである。
そして二つ目は、『最前線部隊の後ろに後詰の軍を置く事』である。
分かり易く言うと、カルタゴ軍歩兵部隊のうち、真っ先に敵とぶつかる事になる不運な第四、五、六隊。その後ろに同数の後詰の部隊を置いたのだ。視覚的に説明すると、逆Uの形のカルタゴ軍の陣形、その先端部分だけ少し分厚くなった感じだ。
この一手が後に、この戦の勝敗を決定づけるものになる。
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