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第九十話 しのぶれ~ど(後編)

「このあたりで気配が消えたでござる」


 追跡はすぐに終わった。獣人姉弟が賊を感知してからわずか一、二分。その間に、賊は夜の町の陰影に完全に溶け込んでしまった。


 逆にそうでなければ、相手は捕らえられていた。それくらい二人の追跡は俊敏、正に狩りの様相だった。これは逃げ切った相手を褒めるべきか。


「どこかの家屋に潜んでいるのでしょう。隠れ家かもしれません」


 タガネが言い、周囲の民家に視線を投じた。辺りを支配するのは無限の夜の黒。

 けれど俺ははっとする。


「ここは……ジェントルメ通りじゃないか」


 お気に入りのストリート。町一番の大通りとはいかないが、民家と店舗が入り混じった賑やかな路だ。ここに賊の隠れ家があるとしたら、どんな大胆さか。


 今はどの家も眠りの時間で物音らしい物音はない。念のため例の力で悪意の声を探ってたものの、寡黙な相手らしく何の囁きも拾えない。


 全員で家々をチェックしながら進む。こちらは四人中三人がシーフ職だ。素人がチラ見するのとは違う、厳しい眼差しが各ご家庭をスキャンしていく。


「伯爵殿、こちらの家……」


 ややあって、タマネが俺たちを呼び止めた。


「手入れがされていないでござる。空き家でござろうか」


 夜の闇の中、とある一軒屋が浮かび上がる。

 ジェントルメ通りの住人は、休日に家族で家の掃除をしていることが多い。しかしこの家屋、庭には半端な形で雑草が茂り、壁にもツタが数本這っている。ただ完全な空き家とも言えない。単に住人がズボラなだけか……。


「……そもそもこんな家、この通りにあっただろうか?」


 どことなく周囲から見放されたような孤立感に、俺は首を傾げていた。華やかな通りには似つかわしくない寂れた気配。角度的に目につかなかったと言えばそれまでだが……。


 これはアタリかもしれない。

 タマネが音もなく扉に近づきドアノブを回した。途中で阻まれることもなく最後まで回り切る。彼女の目配せに、俺たちは息を殺してうなずいた。


 音もなく中へ。

 室内は自分の手が見えないほどに暗い。窓に分厚い暗幕が垂れているのだ。――が、すぐに慣れた。俺もオーメルンも夜目は人一倍利くし、猫二人に関しても同様だろう。


 玄関入ってすぐに、炊事場と暖炉のあるリビング、そして奥の部屋への扉がぼんやりと見える。置かれた家具は最低限で、生活感はほぼない。

 最近空き家になったか、それともほとんど家に帰らない主人なのか。


「……?」


 一瞬、違和感を覚えた。目まいにも似た揺らぎで、部屋の奥側の景色が歪む。ジェントルメ通りを歩く時に感じるそれを何倍にもしたような……。幸い、すぐに治まった。何だったのか……。


 その後、賊が潜んでいないか全員で調べてみるも、不発。

 調べていないのは奥の部屋のみだ。

 俺はドアノブにふれる。罠の気配なし。そっと回して中へと進むと――。


「あれっ?」


 ドアの先は、外だった。

 勝手口だったのだろうか? 家の奥行きはまだありそうな感じだったが……。


「おい伯爵、後ろ……!」


 と、オーメルンの強張った声が俺を背後へと振り向かせた。

 そこには、入ってきた時と同じ面を見せる、寂れた民家。


「……!? ど、どういうことだ?」


 家の奥から出たのだから、ここは裏手側のはず。しかし咄嗟に周囲を見回すも、ここは確かに正面入り口があった側だった。

 まるでだまし絵でも見せられたような平衡感覚の乱れ。目まい。何があったんだ?


 しかし、待て……。俺はこの現象を……知っているぞ……!

 覚えている。やまとさんの配信で紹介されていた。


 ――「えー、今日は一つ、煉界ゲーにしては珍しいケースを一つ紹介しますね」


 よろしくお願いします!


 ――「ここです。アークエンデちゃんの本拠地を拠点探索した時に出てくるこのマップ。で……ここの家ですね。中に入れるようになってるんですが……はいっ、どうですか? 扉を開けて中に入ったはずが、外に戻ってきちゃってますね」


 扉から入り画面は暗転したはずだが、それが明けても操作キャラは扉の前に佇んだままだ。


 ――「このあからさまに怪しい仕掛け。良ゲーを嗜んできたプレイヤーさんなら、一瞬でピンときてあちこち調べますよねー。でもですねー、あはハはははハ! 何もないんですよ! このダンジョンをすべて踏破しても、何も! つまりこれはただのバグなんですねえ! 騙されましたねえ!」


 時々だがやまとさんはすでに壊れてるんじゃないかと思うことがある。


 ――「何かあってほしいところに何もない。それがこのメーカーの醍醐味です! しかし実はこういう露骨なバグって他に全然ないんですよ。そういう意味でまた裏切られました。こんな仕打ちを受けてなお微笑める勝利者はわたしたちだけでしょうねえ! 次も買いますよ絶対!」


「そういうことでござったか……!」


 突然タマネがそんなことを言い出したので、俺は驚いて飛び上がりそうになった。

 猫は霊が見えるとかそんな話を聞いたこともあるし、まさか、と一瞬動揺しかけたが、どうやら偶然タイミングが一致しただけらしい。彼女は自らの意志に従う足取りで、室内へと駆け戻った。


 それを追うと、彼女は部屋の真ん中に立っていた。こちら側を向いてコンパクトのようなものを取り出し、中をのぞいている。


「タマネ、どうした。何かわかったのなら伯爵様に説明しろ」


 タガネが厳しい声を飛ばす。


「これは……“マヨヒガ”でござる!」

『マヨヒガ……?』


 俺たちは揃って顔を見合わせた。知らない単語だ。


「魔導錬金術で造られた侵入者撃退用装置でござる。部屋の中に入った者の感覚を狂わせ、

奥に進んだつもりが回れ右をして入り口に戻ってしまうという、とても厄介なものなのでござる」

「なっ、何だと!?」


 タマネが俺たちに鏡を示した。それを見せてもらうと。


「ん……何だこれ?」


 鏡に映っているのは入り口側の扉だった。だが、おかしい。今俺たちは、奥側の扉に背を向けて立っている。ならば鏡に映るのも奥側の景色なはず。なぜ入り口側が映っているんだ?


 タマネはさらに、反対側も見せてくれた。俺たちはさらに驚いた。そこもやはり、入り口側が映っているのだ。


「どういうことだこれ? 奥側の景色がどこにもない。鏡に映っているのが本当なら、この家は入り口側の間取りが、奥側にもそっくりそのままくっついていることになるぞ。これが幻覚ってことか?」


 まるで魚を半分にして尻尾同士をくっつけたような。炊事場も二つ。暖炉も二つ。その他家具も同じものが二つずつ、鏡に映したように配置されている。さすがに現実離れしている。


「いいえ、この鏡に映っているのが本来の部屋の形でござる。この普通ではあり得ない奇妙な構造が人の感覚を狂わせ、魔導錬金術の入り込む隙を生むのでござる。恐らくは家の外からしてすでに……。これほど大がかりな仕掛けは滅多にお目にかかれるものではござらん。作った人間は相当な手練れでござる!」

「そんなバカな……!」

「伯爵、落ち着け……!」


 オーメルンが気遣うように俺を見つめてくる。


 マヨヒガ? そんな高度で大がかりなトラップのはずがない。これは煉界ゲー独特のガッカリ要素のはずだ。だってやまとさんがそう言っていた。


 仮にデータ解析によって正しい室内マップが判明しても、元々中には宝箱一つありませんでしたというガッカリの上塗りが待っているに違いないのだ。そうでなければいけない。それをこんな、ちゃんとした秘密のエリアにしてしまうなんて。う、裏切るのか、やまとさんたち往年のファンを……ッ!


「なにぶつぶつ言ってんだ。しっかりしろよ!」

「ハッ! 俺は一体何を……」


 オーメルンに揺さぶられて俺は正気に戻った。危なかった。俺は別に煉界症候群でも何でもないはずなのに何を慌てていたんだ? 実は良ゲーでしたで困るヤツなんてこの世にいる? 


「これはいよいよ大物の予感がしてきたでござる。何としてでも犯人を捕まえて、町のお役に立ちたいところ……!」


 一方、高度なトラップを前にタマネが強い意気込みを見せていた。しかし彼女の声は不意に失速する。


「でござるが、実はこの仕掛けは入って最初の数分が勝負なのでござる……。そこで幻覚だと気づかないと、半月は幻から抜け出せないでござる。拙者らは恐らくもう……」

「待てよ。まずその最初の数分に何をすればよかったのか教えてくれよ」


 負けん気を強くしてオーメルンがたずねる。


「最初の数分だけ、よっく目を凝らせば、本当の部屋の姿が見えるのでござる。そしてこの鏡写しの部屋は、実は細部が違ってござる。それらを正すことで、マヨヒガは全面的に効力を失う、というのでござる」


「その鏡を見ながらやれば、何とかなるんじゃないのか?」と、俺からも意見を出す。しかしタマネは首を横に振った。


「こんな小さな鏡ではごく一部しか映らんでござる。細部の違いを探すだけでもどれほどがかかるか……」

「その間に、賊にも対策を練られてしまうでしょう……」


 無念そうにうな垂れるタガネ。今だってとっくに逃げられているかもしれない。じゃあ、二人の初仕事は失敗に終わってしまうのか……。


「それ、オレにやらせてみてくれ」


 俺たちは揃って顔を向けた。諦めムードが漂う中、オーメルンがだけが挑む瞳をこちらに向けていた。


「なんとなく、できそうな気がするんだ」

「本当か? いや疑う必要もない。頼む」


 うなずいたオーメルンは、タマネから鏡を受け取るとしばし部屋の中を歩き回った。最初のうちは手探るように慎重に。けれどいつしかそれは、確信に満ちた歩幅へと変わっていった。


「だいたいわかった……。みんな、オレの言う通りにしてくれ!」


 そこからはオーメルンの独壇場だった。彼の指示で、俺たちでも知覚できる入り口半分側の家具や小物を動かしていく。


「タマネ、タワシはそこ。タガネ、パジャマはもうちょっと右だ」

「了解でござる」

「かしこまりました」


 てきぱきと仲間に指示を出す彼に、俺はつい疑問を投げかけていた。


「さっきの短時間でここまで間違い探しを終えたのか? すごいなオーメルンは」

「クセが見えたんだ」


 オーメルンは静かに、しかし不敵に笑って答えた。


「この罠を仕掛けたヤツ、結構性格に難があるんじゃないかな。だから、どのへんをいじったか何となくわかったんだ」

「マジか……」


 さすがは煉界船の内部構造さえ予測した男。こと他人の癖を見抜く技術に関しては俺をはるかに超えている。

 そうして――。


「ここを、こう……!」


 最後の一ピース。歯の欠けたフォークをテーブルの隅に置いたところで、景色が歪んだ。

 本日何度目かになる目まい。しかしそれが治まると、部屋の真ん中に大きな鏡を置いたような、奇妙極まりない間取りが正体を現した。


「やった……やったなオーメルン! すごいぞ!」


 俺はオーメルンを捕まえると、頭をがしがしと撫でた。


「やっ、やめろよ父さ……伯爵! たまたまだよ、たまたま!」

「たまたまでも上出来でござる! マヨヒガを一発で破った盗賊なんて世に数人といないでござるよ!」

「さすがは伯爵様の一番弟子、お見事です」

「~~~っ……!」


 タマネたちにも誉めそやされて、顔を真っ赤にするオーメルン。嬉しいような、どこかほっとしたような、そんな子供らしい笑顔が見え隠れする。何だか、それまで彼を取り巻いていた固い空気が抜けたような気がした。


「い、いいから先に進むぞ、みんな!」


 照れ隠しの大声を上げ、俺の腕から抜け出したオーメルンが皆を先導するように奥の扉へと向かう。

 部屋の間取りはイカレきっているが、こちらが正常な世界。今度こそ、別の部屋へと通じる扉のはずだ。


 代表してオーメルンがドアノブに手をかけた。一気に開く。その直後!


「助かったぜ。マヨヒガの次は“閉じ込めの罠”で、こっちからはどうしようもなかったところだ」


 寂び声と共に一つの影がこちら側に飛び出してきた。

 使い古した泥棒装束に、口元を覆う布。そちらの方が地肌になったのではないかと思うほど身に馴染んだ勤めの装いは、一目でベテランの風格を予感させた。


「あばよ。番犬ども」


 突風のように俺たちの横をすり抜け、出口へと突進。

 その速度、呼び声を追いつかせる暇すらなかった。


 はずが。


 稲妻のように部屋を駆ける光があった。後発したにもかかわらず、一瞬にして逃亡犯の前に回り込む。この眼光――タガネだ。

 雷光一閃。背中にあった木刀は、気づけば振り抜いた位置にある。


「がっ……!?」


 賊の体が宙を舞っていた。見た目にそぐわぬタガネの膂力。そしてスピードと瞬発力は見た目通り。盛大に足を払われた賊は、風車のように猛回転しながら空中に巻き上げられる。


「忍法、忍者レッグラリアーッ!」

「ぐぼおっ!?」


 その回転に、タマネの忍術(物理)が突き刺さった。

 どう見てもただの回し蹴りにしか見えない一撃により、床に壁にと冗談みたいに跳ね返った賊は、最後に床に叩きつけられたきり動かなくなった。


 目線の合図さえも要らない、あまりにも鮮やかすぎる連携。この姉弟、戦いのスタイルは違うかもしれないが、息はとてつもなくぴったりだ。さすがは双子、いや三つ子。


「す、すげー……」


 素直な感嘆を示すオーメルンに、「この程度」「楽勝でござるよ」との二人から答えが返った。お互いの間に、何の謙遜も遠慮もなかった。


 それからすぐにノした賊を縛り上げ、これで一つ解決か、と思われた矢先。

 一つ、誰もが気になる疑問が浮上する。


「どうやらここはこやつの隠れ家というわけではなかったようです。奥の部屋には一体何が……?」


 好奇心が勝ったか、タガネがひょいと奥の部屋の中をのぞき込んだ。刹那、


「――フニャーッ!!」


 猫の悲鳴が室内に乱反射し、タガネが俺の後ろに逃げ帰ってきた。背中に顔を埋めてくる彼の驚きように戦々恐々としつつも、気になって俺も中をのぞいてみた。


「こ、これは……」


 一瞬、魔女の棲み処と見間違った。


 天井から吊るされた正体不明の干物。謎の目玉が入った瓶は棚にぎっしりと。角のある怪生物の頭蓋骨。頭が二つある動物のミイラ。死ぬほどでかい蜘蛛。ひとりでに泡立ち続ける不気味な釜。蓋がカタカタ鳴っている樽……。


「こ、これは魔導錬金術の素材でござる。しかも、どれも恐ろしいほど希少で高価な……」


 タマネが震える声で言った。タガネはこれに目がくらんで逃げてきたらしい。


「セキュリティが厳重なわけだ……」


 恐らく町の錬金術師がとっておきの素材を保管していたのだ。俺の盗賊の感覚もこれが一財産になることを伝えている。下手したら、うちの屋敷より金持ちかもな……!


「この賊はたまたまここに逃げ込んだのか、それとも最初からこれを狙って町に潜んでいたのか……。何にせよ、最後の仕事に相応しい相手だったな……」


 名も知らぬ、しかし腕利きの賊。知恵比べは保管庫の主に負け、そして体力勝負でもタマネたちに負けた。


 ――満足していいだろ。そんな言葉を手向けに、この夜の仕事は終わりとなった。


 ※


 翌日のことだ。

 カランコロン、カランコロンと、今日もいい音が屋敷のどこかからしている。

 珍しくオーメルンかららしき鼻歌もだ。


「旦那様」


 いつもの倍は仕事を運んできたバスティーユが、今日に限ってやけに落ち着かない様子を俺に見せた。


「この後、少々町に出てもよろしいでしょうか?」

「ん? 珍しいな。かまわないが、何かあったのか」

「ええ。……まあ、その、個人的な私物を町に預けてありまして。昨日、どうやらそちらで泥棒騒ぎあったようなので確認を」

「へえ……。…………ん?」


 昨日の捕物に関して情報はそれほど出回っていない。せいぜい傭兵ギルドが「昨夜一人捕まえた」という広報を掲示板に出しただけだ。町のどこで、どんなことがあったなんて誰も知らないはず。


 それを感知できる人間がいるとしたら……それはあの魔女の棲み処の……。


「……旦那様、何か問題でも?」

「いっ……いや、何もないぞ! こんだけ仕事を増やされては、留守中にバスティーユを呼びつける暇もないだろうなーって! さあお仕事お仕事!」

「…………」

「ど、どうした? 早く行きたまえ。ああ、大変だ。こんなに仕事が溜まってしまうとは。忙しい、忙しい……」


 じーっと無言で見つめてくるバスティーユから逃れ、俺はひたすらペンを動かし続けた。

 知らぬが仏。あれが何のためのものかなんて一生知らない方がいい。


 あのマヨヒガの仕掛け主はクセが強いって、オーメルン、おまえは本当にいつも正しいな……。


身内が最大の敵のヴァンサンカン屋敷。


※お知らせ

ご視聴お疲れ様でした。

年末年始により次回投稿は1月6日あたりを予定しております。投稿の際は活動報告とXでお知らせしますので、そちらでご確認いただけると幸いです。

今年も一年お付き合いいただき、本当にありがとうございました。自分の作品に時間を割いてもらえるなんて、本当に幸せなことだと思います。アリシャス! センセンシャル!

来年もまた、見に来てください!

それではよいお年を!

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溜め込んでやがるな執事Z でもこの人、いざとなるとこれを伯爵の為になげうったりするんだよなぁ・・・
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