第八十九話 しのぶれ~ど(前編)
カランコロン、カランコロン。
祭囃子の一節かと思うような心地よい音が廊下から響いてくる。
隣領のお姫様たちが帰り、家の中が少し広くなった気がするそんなある日のことだった。
「伯爵殿、伯爵殿、見てくだされ!」
廊下の端と端でも会話できる大声で俺を呼び止めたのは、つい先日屋敷に加わったタマネだ。
「どうしたタマ――って、おお、それは……!?」
そこにいるのは、普段とは異なる装いのネコミミ少女だった。
トレードマークのマフラーはそのままに、秋を思わせる茜色の着物。黄と橙の紅葉を散らした生地が、タマネの和風的な愛らしさをさらに引き立てる。
「ルーガ殿が見繕ってくれたでござる! とても可愛いでござる!」
その場でくるりと回ってみせると、柄の紅葉が一緒に舞った。合わせて足元からカラコロとさっきの音。朱色の下駄だ。彼女の持ち物ではないから、これもルーガがチョイスしたのか。
着物の袖は長いが裾丈は短く、健康的な太ももが露わ。フェミニンでコケティッシュで、全体でエロカワ……ああ、これは間違いなくユングレリオ陛下の教えですね……。
「タマネ、伯爵様の前で失礼だぞ……!」
そんな彼女を後ろから追いかけてきたのは弟のタガネだ。こちらを見るなり、背筋を針のようにピンと直し、頭を下げてくる。
「申し訳ありません伯爵様。タマネはメイド長殿から新しい服を贈られてすっかり舞い上がってしまって」
そういう彼も、清潔感のある藍色の袴を履いて服装を一新していた。きりりとしつつも愛らしいタガネの魅力を一層引き出すものだ。これはまーたメイドさんたちが荒ぶるな……。
「こんなに可愛い服を着せてもらったのは初めてでござるー! 嬉しいでござるー!」
なおこの間、弟の諫めも通らず、タマネはその場でくるくると回り続けていた。
「本当にご機嫌だな」
「はい。テンション薩摩ageでございまして……」
「ニャハハハ! ちぇすとちぇすと!」
「申し訳ありません……」
「いいや、これだけ喜んでもらえたらルーガやメイド長も嬉しいだろう。タガネもよく似合っている。だからそうかしこまらずに、嬉しかったら素直に喜んでほしいな」
「は、はい。ありがとうございます……。嬉しいです……」
タガネは少し顔を赤くしながらうなずき、おぼつかない手つきで新品の着物を大事そうに撫でた。
うむ……なるほど、こういう純朴さを隠しているところがメイドさんたちの琴線を掻き鳴らしているわけか。少しわかった気がする。い、いや、別に変な意味ではなくてね……。
「時に伯爵殿、今日は町の視察でござろう? 拙者も是非つれていってくだされ! この格好で出かけたいのでござる!」
このパターンは公女三人衆の時もあった。
オシャレは自己満足だなんて言うが、あれは多分ウソだ。誰かに見せつけて、満足する自分がいる。
浅ましいと思うか? いや、それでいいんだよ人間。どうストイックに装おうが結局そういうのが気持ちいいのだから、虚栄心だの承認欲求強すぎなどと言わずに素直に得意がればいい。
俺がタマネの望みを却下する理由はどこにもない。
「わかった。ちょうど傭兵ギルドにタマネとタガネの登録をしたかったところだ。一緒に行こう」
「わぁい! やったでござる!」
「共をお許しいただきありがとうございます」
こうして本日の行き先が決まった。
※
「にゅふふんふん、にゅふふんふ~ん」
にゃあにゃあ鼻歌を歌いながら、俺たちの前をタマネが上機嫌で練り歩いている。
時折クルリと舞う仕草は可愛らしい紅葉旋風だ。カラコロ鳴る下駄に惹かれて道行く人々が振り返れば、その顔はたちまち朗らかに変わっていく。
「わーっ、猫さん可愛い!」と母親と一緒に歩いていた幼女がタマネの姿を見て目を輝かせれば、「……!」年頃の男の子も彼女のことをガン見したまま立ち止まる。
可愛い着物を着た可愛いネコミミ少女の可愛い仕草という可愛いの権化に、町の子供たちの性癖が危うい……。
「獣人の子か? 珍しいな……って、領主様!」
「そうか今度は獣人か……。さすがだぁ……」
「ママ、あの可愛い服ほしい~」
「マミちゃんがもう少し大きくなったらお屋敷に呼んでもらえるから、それまで我慢よ」
そこここから聞こえてくる町人たちの会話。
悪意は感じられないのだが、うん、何だろう。誤解とか……ある感じがしますねえ! 特にマミちゃんのお母さんねえ!
「申し訳ありません伯爵様。大事なお役目に出れば少しは治まると思ったのですが……」
紅葉と共に舞い歩くタマネとは対照的に、恐縮し切った様子のタガネが俺に声を向けてきた。
「あれでも一応、周囲の様子を探っているとは思います。しかし、あの不真面目な態度……次からはこのようなことがないようによく話しておきます……」
そう生真面目に発言する彼は、この同行に際して身の丈程もある大きな木刀を背負ってきた。訓練でソラと打ち合っていた通常サイズとは違う。これが、刀猫族が本来実戦で扱う得物だという。
「いや、視察と言ってもわたしの散歩みたいなものだからそこまで気を遣わなくていい。それにタマネの明るさが町人たちにも伝わっているようだ。変に委縮させるより、ああして笑顔を振りまいてくれる方がわたしとしても嬉しいよ」
「――ここはお父様お気に入りの道ですものね」
俺たちの会話に自然に加わってきたのはアークエンデだった。
「お気に入り、でございますか?」
「ええ、そうなのです」と、彼女はタガネに答える。
お気に入り。その通り。
当初は屋敷のまわりを散策していたのだが、それにも飽きて町に出るようになった。人々の様子が知れるのも大きいし、執事Z(猫派)も住人の親近感は上げておいて損はないと言っていた。
そこでたどり着いたのがこのジェントルメ通りだ。
何を隠そう、ここは『アルカナ・クロニクル』にて、魔王アークエンデの本拠地を拠点探索することで入れるダンジョンマップの一つなのだ。
ここに来ると、自分がゲームの世界に入り込んだような――というのは今さらすぎるが、あの2D画面で構成されたミニチュア世界の住人になったような、不思議な感覚に襲われるのだ。
しかもこの目まいにも似た違和感、なぜか慣れることなく何度でも味わえるので、気が付けばここに足を向けては体験している……という次第だった。
……まあ、その都度ソラとかルーガとかベルゼヴィータとか、時にはシノホルンまでもが代わりばんこについてくるので、町民たちに変な誤解を与えてしまっているのはあるだろうが……。
「けれどもタガネ、本当にその服が気に入りましたのね?」
アークエンデが微笑みながら言葉を投げかけると、
「もちろん、それもあるでござる」
腕を広げてくるくる回っていたタマネが、微妙に軌道を変えて俺の方へと寄ってきた。
「それより拙者、こうして伯爵殿と歩くのが何だか嬉しいのでござる」
そしてそのままぴとっと俺にくっつく。
「伯爵殿のそばにいると、ずっと探してきた誰かと一緒にいるような、あったかい気持になるのでござる。なぜなのかは、わからないでござるが」
「そうか……。それはよかった」
俺は微笑み、彼女の頭を優しく撫でてやった。タマネは「ニャー」と鳴きながら気持ちよさそうに目を細めた。
ふうん……。
へー……。
これが次のヴァンサンカン・スタイル……。
何だ? このまわりから聞こえてくるねっとりとしたつぶやきは?
って、しまった。なんか普通に猫が寄ってきたと思ったのでついナデナデしてしまった! こういうのに対してうちのアークエンデさんはとてもうるさい――。
「そうかもしれませんわ」
しかし意外ッ! 彼女の返事は納得を含んだ穏やかなものッ!
「カグヨから話を聞きましたの。タマネとタガネはこれまで頼れる相手もなく、常に危険と隣り合わせで生きてきたとか。お父様という大きな家の中に入ったからには、いつまでも安心して暮らしてほしいと思いますわ」
「アークエンデお嬢様……」
彼女の優しい言葉に、感激の眼差しを送るタマネとタガネ。理解ある主と忠実な従者が、幸福な出会いを果たしたようなワンシーンだった。
……俺のバカ! バカ野郎! ほら見ろよアークエンデはこんな些細なことでヤキモチ焼くような子じゃないんだ。広い心、大きな器の未来のわーくに当主なんだよ!
「そう、お父様はとても大きな幸せをくれる人ですもの。少しくらいは他人に分けてあげないと……うふ、うふふふ……」
あの、アークエンデさん? おもむろに〈闇の心臓〉を取り出して含み笑いを浮かべるのやめましょう。石もコオオオとか目に見えて活性化してるし……。
「フン、まあ何でもいいけどよ。ほら、もう傭兵ギルドにつくぜ伯爵」
と。
それまで場を静観していたオーメルンが、どこかぶっきらぼうに目的地への到着を知らせてくれた。
……おや? 何かちょっとご機嫌ななめだな。普段は会話とかに入れなくても平気でいる子のはずなんだが。
まあそんな日もあるだろうと思いつつ、俺は傭兵ギルドに足を踏み入れた。
カラコロと鳴る下駄の音はここでも人の耳目を集めた。獣人か、との誰かのつぶやきに、タマネとタガネの耳が揃ってぴくりと動くのを見る。
外とは違い、荒くれ者も集まるギルド。一瞬だけ空気が凍りかけたものの、元々人の出入りが多い土地。それ以上の干渉も詮索もなかった。
「ようこそおいでくださいました、領主様」
カウンターにたどり着くなり、副長のイルヒトがわざわざ駆けつけてくれた。眼鏡をかけたイケメンの、裏切りそうで全然そんなことはないただ純粋にいい人。
「町の様子を見がてら、この二人の登録に来たんだ。タマネとタガネだ」
「タマネでござる」
「タガネと申します」
礼儀正しく頭を下げた獣人二人に、「や、これはわざわざご丁寧に」とイルヒトもお辞儀をする。彼もヴァンサンカンの東側出身だからか、何だか息が合っている。
「領主様のお屋敷にいる方なら細々した審査は不要でしょう。すぐに登録しますので少しお待ちください」
年齢と希望する仕事内容を聞き取り、手続きはあっさりと終了した。タマネたちはアークエンデと同い年らしい。つまりカグヨともそう。
「それで、町の様子はどうだろう? わたしが見た限りでは平和そのものだったが」
ピケの町の視察というのは実はこの問い一つで済んでしまう。傭兵ギルドは町の便利屋であり、何かトラブルがあればまずここに話が流れ込む。むこうも問題によっては領主に報告する義務があるので、変に隠されることもない。
「領主様にお伝えするほどのことは特に」というのがお決まりの回答だった。しかし今回は違った。イルヒトは少し居住まいを正し、
「実は、町に賊が出没するという話が出ていまして。今ギルドが調査中です」
「なに? 賊?」
「先の怪盗騒ぎの余韻でしょう。集まってきた盗賊たちの一部が、この町に居残っているようです」
むむっ、これは……。
わーくにはトメイトウや深族との交流によって急速に豊かになりつつある。ただ住民の人間性は素朴で質素だった頃と変わらないので、そこに付け込まれたか。
「その仕事、拙者に任せてもらえませぬか」
不意に、タマネが一声を投じた。さっきまでの浮かれた気配は鳴りを潜め、真剣な眼差しがイルヒトへと向かう。
先の事件の余波となれば自分も無関係ではない。そういう思いが見て取れた。
ベテランの傭兵副長も彼女の心意気をすぐに見抜いたか、
「わかりました。これまでの資料を回しましょう。他のみんなも調査を継続していますので、何かわかったらここまで届けてください」
彼女の最初の人助けは、かつての同業者退治で決まった。
※
チョンチョン、火の用~心。チョンチョン……。
拍子木の後で、タマネとタガネの声がピケの宵闇を抜けていく。
火の用心を謳ってはいるが実質これは夜警だという。
「泥棒は静けさを好むでござる。こうして寝ている誰かを起こしかねない音のそばにいるのは一番落ち着かないでござるよ」
「犯人確保よりもまずは防犯か。なるほどなー……」
単に犯人を捕まえるだけなら相手に気づかれないようこっそり距離を詰めるのが一番いい。しかしそれでは被害が出続けてしまうことになる。
住みづらければネズミも家から出ていくものだ。相手の動きを牽制しつつ、たとえ捕らえられずとも次善の策として町から追い出せればいい……。泥棒なんて捕まえてもまた現れる。それより住み着かない対策をした方がよいというのが、元泥棒の彼女が出した答えだった。
「いい作戦だ。後でギルドにも教えてあげるといい。君たちの評価も上がる」
「ありがとうございます、領主様」
拍子木を打ちながらタガネが礼儀正しく頭を下げた。
誰かに尽くすために生まれ、育てられた姉弟は、早くも人の役に立てて嬉しそうだった。
「ところで――オーメルンまでどうして来た?」
視線を傍らに向ける。オーメルンが添え物のように横を歩いていた。
この夜回りはタマネとタガネの発案で、俺は一応、二人の保護者として来ただけだ。アークエンデがいない以上、付き人の彼が付き合う理由はない。
「別にいいだろ。何するか気になっただけ」
と、何やら本心を隠した返事を寄越してきたが、確かにいいと言えばいい。今さら夜の町は危ないなんていう力量ではない。ただ何か、昼間の不機嫌を引きずっているような気がした。
どうしたんだろうか。
ともあれ――ピケの町に、ここまで異常なし。
タマネもタガネも普段の格好に着替えており、昼間のような浮かれた気配は一切見せない。もし道中で賊と遭遇することがあったとしたら、その時が相手の最後だろう。怪盗貴族と競り合う盗賊に、ソラとまともに打ち合える剣士。最強の猫の手二人に勝てるヤツはそうはいない。
このままでも十分に有能だが――。
「そうだ。今度、タマネにわたしの糸の技を教えようか。覚えておくと便利だろうから。知っているかもしれないが、こういう……特別な針と糸を使ってだな――」
言いながら、俺がポーチから盗賊道具を取り出そうとした時。
「いいよ」
子供の手が、俺の手を押さえていた。オーメルンだった。
「それは俺が教わるから。それでいいだろ?」
どこか不機嫌そうな、けれどどこか不安げな声音。訴える眼差しが俺を見上げる。
「……そうでござるな」
返事は、前を歩く少女からきた。
「糸と針の技は極めて繊細でござる。獣人は道具は使えど、本当に細かい作業となるとやや苦手でござるから、そこは他の人に任せて拙者は違う分野で力になりとうござる」
「……そうか。わかった」
俺がポーチから手を離すと、オーメルンがほっとした様子で息を吐いた。
……多分、これで本人バレてないつもりなんだ。でも、そうだったか。オーメルンは、いきなり現れた強力な味方二人に焦っていたんだな。
タマネもタガネも見た目はとてもラブリーキュートだが、中身は研ぎ澄まされた刃そのものだ。それでいてタマネは俺と盗賊の技が一部かぶっている。同じ道をゆくオーメルンが面白いはずもない。
「これからも頼りにしてるからな、オーメルン」
俺は言って、軽く彼と肩を組んだ。
「なっ、何だよ急に。言われなくたって、そんなことわかってるよ」
「そうか? でも、たまにはちゃんと伝えないといけないと思って」
「フン……好きにしろよ……」
と、そっぽを向く。
男の子っていうのはこんなに隠し事が下手なんだな。俺も恥ずかしいアレやコレが親にはモロバレだったわけだ。
前を歩くタマネとタガネも何だか嬉しそうにしている。この二人の視線が温かいのには理由がある。タマネがオーメルンを傷つけることは、これからもきっとない。そう確信できた。
そんなどこかのどかな夜回りの終わりは、突然訪れた。
チョン――。それまで二回鳴らしていた拍子木が途中で止まる。二人のネコミミがぴくぴくと忙しなく動き、同時に上を見上げる。
「出ました、賊です」
タガネが鋭く言う先に、影が躍った。
なんだかニンジャばっかのギャルゲーみたいなサブタイだと思った(こなみ)




