第八十六話 恋する乙女に小石の恋路を
経緯はこうだ。
怪盗貴族のショーが終わってから、会場はすんなりと解散した。たかっていた盗賊たちは最後の華々しい演出が効いたらしく即座に退散。観衆も俺からのお願いに従って素直に家路に就いた。
屋敷のメンバーはバスティーユZをのぞいて全員が町に繰り出していたので、共犯しかいないという生ぬるい空気の中、揃って帰宅。
ここからが運命の分かれ道となったのだが、馬車に乗せられていたアークエンデは、屋敷に着くなりなぜかフラフラと俺の部屋に向かい、ベッドの中にもぞもぞと入っていってしまったそうだ。
完全に寝ぼけていた。そして我らが国王メイド長陛下は何を思ったのかそれをそのままにすることを決定したという。
ここで連鎖反応のようにパンネッタとカグヨが動く。俺が部屋にいなかったことから、領主のくせにこっそり怪盗見物に出かけたと名推理したらしい。そしてどうやら、帰ってきた所を散々からかってやろうと企んだらしく、アークエンデを見守るついでに部屋に潜んでいたようなのだ。
推しのライブに行ってきた直後の女子二人が、テンション薩摩ageのまま薄暗い部屋で感想トーク。修学旅行の夜ばりの盛り上がりを見せていたことは想像にかたくない。
そこに――窓を開けて、話題の怪盗貴族ご登場。
一瞬、何が何だかわからず停止した彼女たちの前で、さらに素顔をオープンプン。
果たして、少女たちは、弾けた……。
「……二人の様子はどうだ?」
――翌日。
ショーが終わってすぐに皆が就寝したこともあって、屋敷は普段通りの朝を迎えた。
いや、パンネッタとカグヨが魔力爆発を起こしたせいで俺の部屋の壁が吹っ飛んだ事実はあるのだが、あの壁はわりと破壊されるのでみんな落ち着いて後片付けをした後、特に眠気を阻害することもなくすぐに寝直したのだ。
しょっちゅう壊される壁って何だよアリーナ姫かよ。
「二人とも部屋から出て来てくれませんわ。一応、食事はとってくれたようですけれど……」
俺の問いに答えるアークエンデは、二つ並んだ扉を心配そうに見やった。言うまでもなくパンネッタとカグヨの客室だ。
ちなみに昨夜の爆発時、アークエンデは熟睡したままフルオートで魔法障壁を張り、ベッド周辺は糸くず一つ震えることもなかった。俺は見事に窓から外へと投げ出されたのに、この才能の差に震える。
つまり彼女の記憶は昨日、いつも通り自身の部屋で就寝したところで途切れており、起きたら色々奇々怪々なことになっていたという目が点状態。今も部屋に閉じこもった二人の身をただひたすらに案じている。
「先ほど従者の方が様子を見に行きましたら、パンネッタ様は釣った直後の鱒のようにベッドの上で飛び跳ねていたそうです」
と、メリッサが現状を報告してくれれば、
「カグヨ様も、釣った直後の鮎のようにビタンビタンしていたと……」
トモエも似たような目撃例を伝えてくれる。
枕に顔を埋めてバタ足していたなんてレベルじゃなく、全身でバウンドしているのか……。
そりゃあな。あんだけキャーキャー言って崇拝していた相手が、よりによって色々ナメてかかってたヴァンサンカン伯爵じゃあな。感情情緒顔面その他諸々が崩壊しても無理はなかろうよ……。
「ケッ。銀髪で身軽で……見えない糸を使う颯爽としたカッコイイ男なんて……普通に……父さん……しか……ねーだろ……」
「ん? オーメルン、何か言ったか?」
「な、何も言ってねーよ」
そんな悪態をつくオーメルンを含め、現在、公女様たちの部屋の前には二人に関わりのあるメンバーが集まっている。みんな彼女たちを心配する、心優しき人々だ。そのうちの一人、朝になって遊びに来たベルゼヴィータが扉に耳を当てた。
「……中で跳ねてる音がするわ」
「まだバウンドしてるのか……」
最終的にビターン死しないか心配。
「ひとまず元気は有り余ってそうだけど、どうするの伯爵さん? ちょうど服の手直しが終わったところだから、それで誘い出してみる?」
「名案だが……やめておこう。それは彼女たちが何よりも楽しみにしていたものだし、もっと素直に喜べるタイミングで渡してやりたい」
「あら……優しいのね。知っていたけど」
ベルゼヴィータが嬉しそうに微笑んでくる。
「それで、二人はどうしてこんなんなってしまいましたの? わたくしも朝起きたらお父様のベッドで寝ていましたし、何が何だか……」
「ああ、まあ、それに関しては色々あったんだ。でもアークエンデが気にするようなことは何もないよ。君はただ一人の淑女として健康的な生活習慣を守っただけだから」
首を傾げるアークエンデにはそう言い置き、ひとまずあの二人は羞恥心のウェーブが収まるまでそっとしておくのが一番なようだ。打つ手なしとも言う。
今日一日バウンドしていれば運動になって気が晴れるかもしれないことを期待しつつ、今のうちに俺も用事を一つ済ませておこう。
「わたしはちょっと商工会ギルドに行ってくるよ。二人が出てきたら、あまり根掘り葉掘り聞かないでやってほしい」
※
「ようこそおいでくださいました伯爵様……」
訪ねた商工会ギルドの本館では、朝から秘宝展の撤去作業が進められていた。粛々と進む作業音を遠くに聞きながら、応接室で俺を迎えたアルジャン氏の顔色はイマイチ冴えない。
「今回はとんだ大事になってしまいましたね」
「ええ、はぁ……」
ため息まがいの相槌にも疲労の具合が見て取れる。昨日の今日だ。ある意味、あの怪盗騒ぎの裏の主役なのだから疲れの一つも出はしようが……。
ここで俺は誘い水となる軽いジャブを放った。
「どうしたんですか? ゆうべ盗まれた欠片は、偽物だったのでしょう?」
「!!」
アルジャン氏は身じろぎするほど驚愕を露わにし、それから声を潜めて言った。
「ど、どこでそれを……?」
「何となくそういう噂を耳にしまして。普通に考えたら、盗みが予告されている秘宝をわざわざあそこに安置しておく必要もないな、と……」
「そうなのです。実は、秘宝展が閉幕してから内密に本物は安全な場所へ隠し、代わりにトラップを仕掛けた偽物を置いておいたのです……」
商人として何層もの面の皮を持つはずのアルジャン氏だが、今回ばかりは誰かに話さずにはいられないという顔で真相を暴露する。
「作戦は成功しました。本物はそこにないとも知らず賊たちが集まってきて……。そして実際、本物の怪盗貴族でさえ偽物を持って去っていったのです。しかし……」
いつしか額に溜まった脂汗をぐいと拭い、彼はあるものをテーブルの上へと置いた。
一枚のカード。そこに書かれていたのは、
『偽物はお返しする。あまり人の名を騙らぬように。――怪盗貴族』
「これが、隠しておいた本物の横に置いてありました。怪盗貴族はすぐそばまで迫っていたのです……! しかし敢えて何も盗らずに帰っていった。彼自身が狙ったものではなかったからでしょう。……わたしは彼を甘く見過ぎていたようです。恐ろしい男です。怪盗貴族という泥棒は……」
そこまで言い切ると、彼は肩の荷が下りたように大きく息を吐いた。
「……宣伝のためとはいえ、ちょっとやり過ぎたのかもしれませんね。心中お察しします」
「ええ……。もう彼の名を騙るのはやめておきますよ。結果的にイベントは大成功で、ギルド内での信頼も上がりました。しかし、あの秘宝が盗まれていたら真逆の成果になっていた。フゥー……本当に、彼が紳士でよかった」
ひとまず……彼へのメッセージは過不足なく伝わったようだ。味を占められて第二弾、第三弾とやられたらさすがに身がもたない。
「しかし、なぜ怪盗貴族には本物の場所がわかったのでしょうな……。すり替えはわたしとごく一部の側近しか知らないことだったのに……」
「相手は泥棒ですから。鼻が利いたというやつなのかもしれません」
と、適当に言ってみたものの、実際のところ俺が辿ったのは「声」だ。あの偽の秘宝の展示場には、アルジャン氏の「ウッシッシ、しめしめ……」的な欲深な声が張り付いていた。それを糸のように辿っていったら、ギルド会館から離れた倉庫にたどり着いた、というわけだ。
俺の耳は「場」が記憶した悪だくみの声を聴き取れる。が、一人分であそこまで強烈な声は初めてだ。アルジャン氏はひとまず真っ当に商売をしているようだが、欲深さに関しては王宮の陰謀家顔負けのものがあるらしい。
ちなみにこの事実を知ったタマネは大層憤慨し、そして自分の未熟さを反省してたっけ。
「ところでアルジャンさん。実はわたしからもあなたに白状しないといけないことがあるのです」
と、一区切りついたところで俺は本題を切り出した。
「伯爵様がわたしに?」
「これを」
俺はテーブルに〈見掛け倒しジュエル〉をそっと置いた。
アルジャン氏がわずかに目を細める。
「これは秘宝展に展示されていた品でした。しかし、これを初めて見た日から、なぜかわたしの部屋にこのブローチが置かれているようになってしまったのです。何度かこっそり展示場所に戻しにいったのですが、それでもなぜか、わたしの部屋に戻ってきてしまいました。本当にいつの間にかそこに……誰かが盗んで置いたとは思えないような状況でした。……この品の来歴について、教えていただけませんか」
ギブアップ、というやつだ。このブローチはとうとう最後まで俺から離れなかった。昨日の公女爆発に吹っ飛ばされた後、気が付いたらポケットに入っていたという怪奇ぶり。後はもう、持ち主に直接相談するしかなかった。
果たしてアルジャン氏は、声を潜めてこう返した。
「あのう、伯爵様。これは……何です?」
「へ?」
「このような展示品、うちにはございません……」
「な……!?」
ぞわっとした。え、ちょ、オイ!?
「い、いやいやいや。はっきりと置いてありましたよ。〈見掛け倒しジュエル〉って名札までついて……!」
「展示品はすべて記憶しています。少しお待ちください、目録がございますので……。これです、どうぞ。名前順に表記されております」
持ってきてもらった目録に目を通す。
〈見掛け倒しジュエル〉なんて名前は……どこにもない!?
「そんなバカな……。だって……名札だってちゃんと人の文字で書かれて……」
「展示会にお返しに来られたとおっしゃりましたね? 盗まれたものが返ってきていたら、さすがに気づきます。そこは侮ってもらっちゃ困る」
た、確かに、俺がブローチを返してもギルド側は何の反応も示さなかった。てっきり価値がなさすぎてどうでもいい扱いされていたのかと思ったが……。
「大方、今回の泥棒たちの悪戯なのではないでしょうか。そう、例えば怪盗貴族とかの……」
どこか八つ当たり気味にその名を出された俺は、返せるすべての言葉を失い、そのまま屋敷へと戻るしかなかった。
何なんだ……こいつは。ポケットの中のブローチを握りしめる。
この魔石は商工会ギルドが収集したものですらなかった。出所は完全に不明。どこかに置いても勝手に戻ってくる。まるで呪いの石だ。
なぜ俺のところに来る? アークエンデではなく?
「お父様、おかえりなさいませ!」
気がつけば屋敷の扉を開けていた。明るくハツラツとしたアークエンデが俺を出迎えてくれる。ベルゼヴィータも一緒だ。
「どうしたの伯爵さん、あんまり顔色が良くないわ。……あっ、やっぱりいつもと変わらないかも……」
「いやいつもよりかは悪いはずだよ。そうだベルゼヴィータ。……あ、いや……」
思わずポケットから〈見掛け倒しジュエル〉を取り出しかけて、踏みとどまる。アークエンデにこのブローチを見せるわけにはいかない。一応まだこいつの最有力主候補は彼女なのだ。俺は何も掴まずにポケットから手を抜いた。
「何でもない。ギルドで数字の話をたくさん聞かされて目が回っているので、部屋で休ませてもらうよ」
そう言って二人をかわそうとした、直後だった。
「あらっ? お父様、そのブローチは……?」
「えっ!?」
アークエンデが奇妙なことを言った。
俺は自分の手を見た。
ちょうど装飾部分が指先の皮を挟む形で、ブローチが引っついていた。
「げえっ!?」
それはまるで、ブローチが俺に噛みついて外に出てきたようにも思えた。
咄嗟に隠すように手の中に閉じ込めるも、指の中から怪しげな光がこぼれ始める。
「あら、それって……!」と真っ先に歩み寄ったのはベルゼヴィータだった。俺の指をやんわりとほどき、中から輝く〈見掛け倒しジュエル〉を取り出す。
「やっぱり。エンデに反応しているわ」
「わたくしに? それって何ですの?」
「これは試練石といって魔石であり護石の一種なの。石が選んだ相手に試練を課す代わりに、それをクリアできれば素晴らしい力を貸してくれるわ」
「まあ……」
そう、力自体はすごい。魔力の予備タンク的なものだから、つまるところMPが倍になる。だが問題なのはもう一つの性質。試練の方だ。アークエンデはこれのせいで、とんでもない試練を与えられることになる。だから知られてはいけなかったのに、油断した……!
「でもね。これにはもう一つ言い伝えがあるの。伯爵さんには前に話しそびれちゃったのだけど」
「もう一つ?」
そう言えば、前回は話の途中で怪盗貴族の予告状騒ぎが飛び込んできていたような……。
「試練石は、思恋石ともいうの。さっき石が相手を選ぶと説明したけれど、もっと言うと“探す”の。相応しい主人を求めて、世界中を」
「……!」
心当たりが、ありすぎる。このブローチは探してさまよっていたのだ。だが、なぜアークエンデではなく俺のところへ……?
「ここからがこの石の面白いところよ。思恋石は、自分が試練を呼んで主人を困らせてしまうことを知っている。けれど一つだけ、その試練を弱める方法があるというの。それはね、主人にとっての大事な人が、この石をプレゼントしてくれること。そして愛する人の手を伝ってこの石が手元に届いたら……二人は正しく結ばれ、一生を添い遂げるというわ」
「!!!!!!!!!!!!!!!」
キュイイイイイイン……ドッゴオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!
う、うわあああああ! アークエンデから黄金のオーラが噴き出した!?
「お父様……?」
おずおずと俺を上目遣いに見てくるアークエンデ。何かを期待するような、でもちょっぴり不安な気持ちもあるような、とてもいじらしい乙女の仕草のはずなのだがこのオーラの暴風のせいで最終決戦ゴッドモードにしか見えないいいいいいいい!
「さあ伯爵さん、エンデにこれを贈ってあげて。この石もそれを望んで、あなたのところにやってきたはずよ」
ベルゼヴィータがぐいぐい押してくる。
こういう……ことだったのか。このブローチは、俺を経由してアークエンデの元にたどり着こうとしていたのだ。呪いではなく、むしろ思いやり。
正史では俺は死んでいる。思恋石が辿るルートは一つしかなかった。だからアークエンデに大きな試練が降りかかってしまった。
この石はアークエンデを魔王にしてしまうピースの一つ。けれど、どこに捨てたところで最後には彼女に行き着くだろう。それなら、いっそ……!
心を決め、猛烈な光圧に逆らいながら彼女に近づく。
「お父様……」
「アークエンデ……」
アークエンデが恐る恐る、両手のひらで大切なものを受け取る形を作った。
「これを君に贈る。このブローチが君の助けにならんことを。そして試練が訪れる時は、わたしが必ず隣にいるよ」
俺はブローチをそっと彼女の手の中に置いた。
瞬間!
ピロリロリロリロ! キュインキュインキュインキュイン! ヴォーーーーーーー! テーレッテー! フィーバーーーーーー!
様々な俗っぽい効果音がエントランス中に響き渡った気がして、そして。
バキッ、メキッ。異様な音を立てて、ブローチの中央にあった試練石本体が変化を始めた。
お、大きくなっていく!? 魔力を吸って石が成長を始めたのか!? もう!?
「ハアアアアアアアアアア……!」
アークエンデさんノリで気を溜めないで! パワーを石に注入しないで!
って、待て……! これって……!
まばゆいほどの黄金の光の中で、俺はその事実に気づく。拡大されていく貴石はついに囲っていた石座を歪め、最後には内から打ち砕いてしまう。そうして現れた大きな紅い宝石は……!
や、〈闇の心臓〉だとおおおおおおおおッ!?
内部に燃えるような〈執着〉の刻印。ま、間違いない……!『アルカナ4』に登場し、9代目タマネが求め、そしてやまとさんたち考察班によってアークエンデの遺品と見なされていた〈闇の心臓〉が今ここに……!
バ、バカな、早すぎるッ……! 魔王アークエンデのイラストが身に着けていたのは、まださっきのブローチの状態だった。〈闇の心臓〉が生まれたのはその後のはずで……つまり今の彼女はすでにそれを超えた状態にある……!?
「はぁ……はぁ……はぁぁぁ……」
顔を火照らせ、今にも滴り落ちそうなほど瞳を潤ませ、アークエンデが湿った吐息を〈魔王の心臓〉へと吹き掛ける。
「これが……お父様とわたくしの愛の結晶……」
いやその言い方はよくない。
「そうよエンデ。よかったわね……!」
ベルゼさん!? なに見届けたような満ち足りた顔になってるんです!?
「まわりの飾りは壊れてしまったけれど、父に言って新しいものを作ってもらうわ。こんなに立派に成長した試練石を見たら、タダでも喜んで腕を振るうはずよ」
ま、まずい、どんどん話が外部に広がっていく。そしてきっと伝言ゲームの途中で愛の結晶が別のものへと置き換えられていくんだ! 俺は知ってるぞ!
「お父様。ありがとうございます。アークエンデは、この上なく幸せですわ……!」
うっとりと目を閉じ〈闇の心臓〉を抱きしめるアークエンデ。
ああダメだ。今さら何も言えない。そして言ってもきっと聞いてくれない。
こうしてまた一つ、うちの子は最強への階段を上がったのだった……!!
……そういう話じゃねえからこれ!!(涙)
そういう話なんだよなあ。




