第八十四話 屋内戦のよくないマシン
それでは再開していきましょう。
ギルド会館内部。
通路には多数の燭台が設置され、雇われた警備員たちが照明を手に展示会場を見回っている。
俺は〈愛に生きる人〉と銘打たれた珍品マッチョ像の後ろから、その巡回に目を凝らしていた。
怪盗チーム(?)の協力によって中には侵入できた。ここからはスニーキングミッション。
客足の絶えた会場内はやけに広く、無数に重なる警備員たちの足音が目的地をさらに遠く感じさせる。雇用された傭兵たちはベテラン揃いらしく隙がない。迂闊に動けばすぐに見つかる可能性大……!
「よーし、侵入せいこ……グワーッ、何をする貴様らー!」
「大人しくしろこの野郎!」
「ヴァンサンカンのダニめ!」
どこかで捕物の音がする。戦場のような外の守りを抜けてきた腕利きの泥棒も、ここであえなく御用となったようだ。
だが、おかげで俺の周囲の巡回にほつれが生じた。この隙に進ませてもらう。
警備の足音をのぞけば、通路は静まり返っていた。
秘宝展は夕方までみっちり開催されていたので展示品はそのままだ。明日、明るくなってから撤去作業が始まるのだろう。明かりの隙間、展示用のテーブル、あるいは大きな展示品の裏へと居場所を変えながら、最奥の〈聖剣ステラ・メルトの欠片〉を目指す。
……いるな。
俺と同様に、物陰に沈み込む気配が複数。ここまで来ただけあって手練れだ。怪盗貴族に大きな顔はさせないというところか。
お互いを意識しつつも、誰もが粛々と前進していく。
物音を立てれば全員が不利になる。ある意味、運命共同体。
ふと、傭兵たちとは違う、明らかに軽い足音が聞こえてきた。
明かりを手に通路を歩いてくるのは……。
「カグヨ……!?」
きっちり探偵コスに身を包んだ彼女だ。だがなぜここに? 外のチャレンジャーたちは始末したから、今度は中まで踏み込んできたのか?
彼女は何か気になるのか、気難しい顔で手にした明かりを周囲に向け始める。よりによって俺たちのすぐそば、しかも進路上にいる。くっ、いい勘だ……!
不意に、俺とは反対側の物陰から荒っぽい気配が流れた。
闇をも見通す竜の血が、その正体を知らせてくれる。
大柄の男だ。手には警棒のようなものを持っている。男は道を塞ぐカグヨに対し、強い苛立ちを覚えているよう。もしかしたら外で彼女にこっぴどくやられたのかもしれない。実力行使に出るつもりか?
まずい……! カグヨは今一人で、しかも全然気づいていない。次、あいつに背を向けたら――。
「フーム、この床に何か違和感が……」
その瞬間が来てしまった。男が警棒を振り上げ飛び出す!
「カグヨ!」
俺の警告にはっと顔を上げるカグヨ。迫る気配に気づいて後ろを振り向くも、すでに警棒の間合い。対応できない!
――ここで俺の糸を実体化!
俺はカグヨの周囲に舞わせていた魔力の糸を現出させ、彼女を一気に引き寄せた。
ぶん、と分厚い空振り音が鳴った時には、カグヨは俺の腕の中に納まっている。ギリギリセーフ!
「――!!!!!!!!」
カグヨの青い目が最大まで見開かれ、次の瞬間、
「きゃああああああああああ!!! 怪盗貴族様あああああああああ!!?????」
薄い窓ガラスなら二秒で粉砕できるほどの高周波を――俺はすんでのところで手で塞いだ。おかげで手のひらがビリビリする。えぇ、マジか……。
しかしカグヨはまったく意に介さず言葉を迸らせる。
「またお会いできると信じていました。それに今、わらわのことをカグヨって。名前を覚えていてくれたのですね!? 嬉しいです! わらわもあなた様のことを一日たりとも忘れたことはなく――」
ズダダダダと目から噴き出るハートマークにひたすら殴打されながら、俺は次の選択を迫られていた。攻撃を外した泥棒が追撃すべくこちらに走り寄ってきているのだ。仕方ない、まずは一旦ここを離れて態勢を立て直し――。
「ああ、この身が再び怪盗貴族の腕の中に。この日をどれだけ夢見たことか……」
ビーッ、ボン!
「ぎゃっ!」
あっ、カグヨがうっとりしながらノールックで男を撃ったッ。
「ぐっ、この程度で……」
だが耐える男。なかなかのガッツ。
ビーッ、ビーッ、ビーッ、ボンボンボン……!
「ぎゃああっ、た、助け……」
無慈悲すぎる連射が男を襲う! ダウンしたところにも二発、三発……。
あの……その人ピクリとも動かなくなったんですが……。
あまりの残虐行為に俺が言葉をなくしていると、カグヨは何事もなかったかのように殺人レーザーを発射していた指を引っ込め、
「ご安心ください怪盗貴族様。わらわはあなたの露払いをしただけ。もちろんお仕事の邪魔などいたしません。どうかこのまま、わらわごとお宝をお持ち帰りください……」
感激に潤んだ視線が、俺にべったりと張り付いてくる。「い、いや、そういうわけには……」と慎重かつ丁寧に彼女の錯乱を晴らし、抱き留めていた身体を離す。それでも彼女の指先は俺のインバネスの袖を摘まんだままだった。
「と、ところで君の他にあと二人ほどいたような気がしたのだが?」
「パンネッタなら別のところを見回っています。でも今の魔導反応に気づいてやって来るかも。もう一人、アークエンデという子がいたのですが、途中で眠ってしまったのでなぜか敷地内にいた知り合いのメイド長に預けてきました」
あの不自然さを“なぜかいた”で済ます探偵が果たして許されるのか。だが、そうか。アークエンデはユングレリオたちに預けられたのか。
一つ安堵の息をこっそり吐いたところで、はねっ返りの声が近づいてきた。
「ちょっとカグヨ!? 今さっき、非人道的なまでに過剰な攻撃が検知されたのですけれども一体何が……って、怪盗貴族様ああああああああああああああ!!!!????」
図々しい足運びは突如ターボエンジンが点火したようなガンダッシュへと変わり、たっぷり助走をつけたパンネッタの体が思い切りこちらにダイブしてくる。
完全に水平にかっとんできた彼女を、俺は上半身のみで受け止めるハメになった。いかんこの姿勢は腰が逝くゥ!?
「こんなところで偶然お会いできるなんてなんて運命的なのでございましょう! あなた様に助けられて以来、そのお姿を思わない日は一日たりともございませんでした! 好物のローストビーフも普段の三分の二しか喉を通らない有様でええええええええ!」
シュゴオオオオオと摩擦で火が起きるほどの頬ずりを繰り出してくる西のお嬢様。そこにすかさず割って入る東のお姫様。
「ちょっとパンネッタ! そんな匂いを擦りつける野良犬のような真似をして、怪盗貴族様に失礼です! おやめなさい!」
「あら、カグヨいましたの?」
しれっと嫌味な声を発するパンネッタ。ビキッと軋む空気。
「はあ? ……ええ。たった今、怪盗貴族様は身の危険も顧みずわらわの名を叫び、そして窮地を救ってくれました。あっという間に暴漢をやっつけてくれて……そこに転がっているボロクズがそうです」
「なっ……!?」
パンネッタは打ちのめされたように顔をしかめた。いや、俺はあんな凶悪な暴力を振るってはいない……。しかし彼女の主眼はアワレなボロクズにはカケラもないらしく、
「か、怪盗貴族様、あたくしの名前は……」
「う、うん。君はパンネッタだったね」
「きゃあああああ! その通り、その通りですわ! ほら見なさいカグヨ。怪盗貴族様が覚えていらっしゃるのはあなただけではなくてよ!」
「いーえ、それはさっきわらわが名前を出したからですー。あなたみたいな朝から鳥も豚も食べるような蛮族の名前なんて覚えているはずありませーん」
「なんですてってぇ!? ぐぬぬぬ……!」
「何ですかねえ!? ふぬぬぬ……!」
「やめたまえ君たち」
『はい』
俺の一声で二人はチューブ型アイス並に綺麗に分かれた。仲がいいのか悪いのか……そして離れても俺の腕だけはどちらもきっちりと押さえている。これが全然別の両親から生まれた子とか信じられねえよ。
だがともかく一番正体がバレてはいけない相手だ。ここは慎重に……。
「君たち、ここは危険だ。確か、知り合いのメイド長さんが近くにいるんだったね? そこに避難していなさい」
「いいえ、その必要はありません。ここにいるのは怪盗貴族様の敵であって、わらわたちの敵ではありませんので」
「どうかあたくしたちに、あなた様の勇姿を最後まで見届けさせてくださいませ」
「し、しかしそれは……」
一端言い出したらなかなか動かないことを、俺は十分に知っていた。これから勝ち目のない押し問答が始まることを危惧した、その直後。
「おい、そこに誰かいるのか?」
「さっき悲鳴のようなものが聞こえたが……」
まずい! 今までの物音――というかもはや騒音――を聞いて近くの警備が集まってきてしまった。そして逃げようにもカグヨとパンネッタにがっちり腕を取られている。え、まさか、こんなことで詰んだ……!?
「えい」
ビーッ、ボン!
あっ、カグヨが表情一つ変えないで警備員を撃ったッ。
幸いそれは外れたらしく、「うわっ!? 何だ!?」という悲鳴と共に混乱した足音が暗闇で踊る。
「今のレーザーは……! 外にあった無敵固定砲台を誰かが中に持ち込んだらしい」
「何でこっちを撃つんだ!」
「大方故障だろう。これだから金持ちが用意した魔導錬金の道具はあてにならん。全員に注意するよう伝えろ!」
恐れおののいたように警備の足音が離れていく。どうやら会場内の警備員は、外にあったアレを戦術兵器か何かだと勘違いしているようだ。まあ……人がやってるとは思わんよな普通……。
「このように怪盗貴族様の邪魔をする者は排除いたしますので」
「いや……それはダメだ。今のは外れたからよかったものの、ただ職務に忠実なだけの警備員を傷つけるようなことがあってはいけない」
ドヤ顔のカグヨを俺は窘めた。犯罪者相手なら実力行使もやむを得ないが、相手は何の落ち度もない警備員だ。彼女はたちまちシュンとして、
「……すみません、怪盗貴族様のご意思に反することをしてしまいました。どうか許してください……」
「わかってくれればいいんだよ。わたしは所詮泥棒、偉そうなことは言えない。ただ、君には清らかな身でいてほしい」
「そんな、わらわを清らかで愛らしく愛おしい身だなんて……ポッ」
なんか時折言葉通じないんだよなー。やっぱ地方ごとの訛りとかかなー。
だが、これにより恐ろしいマシーンが誕生してしまった。
俺の両腕を取ったカグヨとパンネッタ。明かりを持った警備が近づいてくると、指先に魔力光を灯して威嚇。警備は近くに自律移動式無敵砲台(すでに伝言ゲーム失敗)が来ていると思い込み、自ら離れていく。スニーキングミッションにあるまじきヌルゲー。
とんでもない両腕武器が装備されてしまった。
こんなことが許されていいのか。というか、彼女たちはこれで満足なのだろうか……。
ちらと様子をうかがうたび、なぜか必ず俺と目を合わせて微笑む二人に、その問いを向けることはついにできなかった……。
警告ランプ付きの全方位自動ロックオン式両腕武器ユニットが接続されました(違法)




