第八十三話 怪盗乱舞!
諸事情が予定通りには始まらなかったので延長戦です。
もし投稿が途切れた場合は、始まったとお考え下さい。その場合も再開予定日は12月15日前後と変わりません。
秘宝展最終日。
その日は、とにかく奇妙な一日だった。
屋敷の人間は皆浮足立っていて、町から通いのメイドさんたちから漏れ聞こえてくるのは「今夜……」「待ち合わせ……」「どこで……」なんてワードばかり。
パンネッタとカグヨは朝から何度もあくびをしていて、そうでもないアークエンデを巻き込んで「今日はみんなで昼寝をしましょうよ」と不自然極まりない提案をしていた。
俺が部屋で仕事をしているとユングレリオがスーッと入ってきて、「伯爵のことだ。わけがあってのことだろう。何があってもボクはそなたを信じている」と信頼とも応援ともつかない湿度の高い微笑みを置いて去っていき。
屋敷の礼拝堂を訪ねるとシノホルンがすでにいて、「今日はあなたがケガなどしないよう祈っていました。こんなことをお願いされては盟主様も困るでしょうが……」なんて含みのある上目遣いを向けてきたりして。
……おかしい。追い詰められているのは秘宝展を主催するアルジャン氏のはずだよな? 何か気づいたら俺が一番苦しい立場になってる気がするのだが……。
これで今夜現れなかった日には、怪盗貴族の名は地の底にまで落ちるだろう。予告状だけなら誰かの悪戯で済んだのだろうが、多数の賊が跋扈するようになった今では、もはや本物が役目を果たさないと町民も泥棒も収拾がつかない。
そして例のブローチは今日も俺の元へと返ってきている。
ギルド会館に出向かない理由は一つもなかった。
そうしてその日のヴァンサンカン領は、誰もがうわついた気分のまま夜を迎えたのだった……。
※
案の定、その日は夜からが本番だった。
眠らない町。通りには多くの人が出、手に持たれた多数のカンテラが川のようになって流れていく。
合流地点はピケの町で一番豪華な平民の家――商工会ギルド。
ハリネズミのように防御を固めるギルド館に対し、集まった人々はただただお祭り気分。多数の出店が通りに並び、昼間“寝溜め”しておいた子供たちが親にお菓子やジュースを盛んにねだる。今日ばかりは浪費もOKと、親子そろって店主に注文。
「どうなってんだこれは……」としか言えない俺の気持ちをどうかわかってほしい。
まるで一夜限りのショータイム。予告状なんか出したらそらそうなるかもしれないが、ここまでハメをはずして盛り上がるというのも……いや、それだけヴァンサンカン領が平和で心にゆとりがあるということにしておこう……。
「よーし、いくか盗賊……!」
俺は一つ呼びかけて町の夜空へと踏み切った。
怪盗は夜を独り占めにする権利がある。だが今日ばかりは違う。
戦いの幕は、俺の一歩目よりもわずかに早く上がっていた。
秘宝展目がけて屋根を駆けていく多数の人影。怪盗貴族を出し抜こうとする泥棒たちだ。
「怪盗だ! 怪盗が出たぞ!」
それを見た野次馬たちが声を上げる。この衆人環視、どんな大泥棒でも逃れることはできない。あっという間に騒ぎが伝播する。
しかし売名が目的の彼らにとっては都合が良い面もあったらしい。中には愛想よく手を振り、民衆を沸き立たたせるお調子者もいる。ギャラリーからすればどれが怪盗貴族なのかなんてわからない。みんな好き勝手に声援を送る。
「でも皆さん、これ犯罪ですよ!?」
そんな俺の声も野暮の極みと掻き消される本日のヴァンサンカン領。庶民の娯楽にまで潔癖を求めるなとうちの性格Zも言っている。
そんな孤影の群れの中――。
はっきりと際立った動きを見せる、小さな人影が遠くに見えた。
跳躍力は他のざっと二倍。四つ足での疾駆は群を抜いている。間違いない。タマネだ。
俺が視線を向けると同時に、向こうからも闘志に満ちた眼差しが返ってくる感覚があった。最大のライバルは、彼女だ――。
突然、星が流れた。
あっ、と誰かが声を上げる間もなく、
「うぎゃーっ!」
軽快に屋根を走っていた人影が、火花と共に闇へと散った。
!?
地上から沸き上がる数多の歓声と悲鳴。
何が起きた!? 俺は慌てて視線を前方奥へと走らせる。
ギルド館正面。閉ざされた門の前に陣取っているのは――。
「性懲りもなくまた来ましたわね偽物ども! この怪盗貴族様探偵少女団が返り討ちにして差し上げますわ!」
「正義の刃、恐れぬならばかかってくるがいいです!」
シャキーン! とスペシャルディテクティブポーズを取る西と東のお姫様!
「ねむ……ねむ……」
そして可哀想に、またも熟睡中に無理矢理連れ出されたらしいアークエンデは、傍らで半分船を漕ぎながら立っている。
「よっ、名探偵!」
「泥棒を撃ち落とすのもお手の物!」
野次馬たちから無責任な拍手喝采が飛ぶ。あんたら何かおかしいと思いませんか。深夜に女の子たちがビーム砲台をやってるんですよ!?
ビーッ、ビーッと昨夜と同じく放たれる魔法弾。がむしゃらに前進するだけの泥棒たちはここで次々に落とされていく。なんてこった、まるで戦場だ。
「正面からは無理だ。回り込む……!」
勇気と無謀の違いを知る泥棒たちは、次々に迂回路を選択した。当然俺もそちらに向かう。あの子たちに身バレは絶対アウトだし、何よりノックアウトされた姿での発覚はあまりにもカッコ悪すぎる。
右迂回路を選択した結果、数人とまとめて並走することになった。タマネはいない。左から回り込んだか。
集まった泥棒たちは服装こそバラバラだが、素顔はマスクで隠している。もしかして、勝利の暁にはそのまま怪盗貴族に成り代わる気だろうか?
同じ獲物を狙うライバル同士とはいえ、無意味な同士討ちは誰も望まない。俺が怪盗貴族本人とも知られていないだろうし、一旦このまま彼らの中に潜んで接近を――。
そう計算した俺の横を、威圧的な風が吹き抜けていった。
「ぐえっ!」
「はごっ!」
もんどりうって倒れ、そのまま屋根を転げ落ちていく賊二名。
「なんだっ!?」
思わず立ち止まったのは俺だけでない。揃って背後を確かめると、そこにいたのは訓練用の木剣を手にした一人の小さな影。
俺はその相手を知っていた。
ソ、ソラ!!??
要所だけを防具で守った軽装に、左腕だけ堅牢なガントレット。腰に届くほど大きなアッシュブラウンのポニテ。間違いなくうちで勇者をやってるソラだ!?
「子供……!?」
「子供がなぜここに……?」
戸惑いを隠せない泥棒たち。しかしそんなことはお構いなしに、ソラが剣を構えて突っ込んでくる。わずかに聞こえた声が、「あのね、ギルドに頼まれたの」そう告げた。
鈍い音がしてまた二人が吹っ飛ばされる。正に突風。誰も防ぎ得ず、かわすこともできない。
ギルドに頼まれた? 傭兵ギルドか!
犯行予告日に対し、アルジャン氏はありったけの傭兵をかき集めたのだ。ピケの傭兵ギルドはソラとも縁がある。手すきに片っ端から声をかけた結果、ソラにまで応援要請が行ったに違いない。
「悪いやつはね、思い切りぶん殴っていいんだよ。ハゲ言ってた」
正面門の防御だけじゃなかった。商工会ギルドは側面にもとんでもない門番を置いてやがった!
彼女が突っ込んでくるたびにきっちり二人、賊が脱落していく。狙いは適当。けれど誰もその場から逃げることすらできない中、とうとう狙いは俺に。
「くっ……!」
すり抜けざまのソラの斬撃をなんとか回避。
「あ、強いやつだ」
それを見た彼女の口元が嬉しそうに緩んだ。ま、まずい! 彼女の興味を引いてしまった!
吸い付くように接近してくるソラ。斬速が一段階上がる。いや、避ければ避けるだけさらに加速していく! う、うっそぉ!?
「あはっ! 強い強い!」
これ幸いと他の賊たちが逃げ出しても、ソラは俺一人を狙い続けた。この表情、完全に楽しくなってるやつだ。
やばいやばいやばい! ここで見えない糸を使おうものなら、勘のいい少女であるソラは俺がザイゴール・ヴァンサンカンであることを一発で見破ってしまう。最悪、ソラにならバレても問題なさそうだが、彼女はある日突然ポロッと真相を零してしまいそうな危うさがあるのだ。
何とか逃げ切らないと……でも勇者様相手は無理ィ!
「待てッ!」
その時、俺たちの頭上から凛とした声が降ってきた。
「!?」
ソラの剣が止まり、俺にも声の主を確認する猶予が生まれる。
果たしてそこにいたのは。
「ここはオレに任せて先に行け!」
「!?」
なんか俺とよく似た格好の少年だった。目元はしっかりとマスクで隠し、オシャレなシルクハットも装備。こ、この人物は……!?
ソラが木剣で肩をトントン叩きながら呆れたふうに言う。
「オーメルン、何やってんの?」
「ばっ……ち、ちげーし! オレ、オーメルンじゃねーし! オレはその…………怪盗男児! そう怪盗貴族の相棒の、怪盗男児だ!」
怪盗貴族の相棒、怪盗男児!? ……声でモロバレだオーメルン。
だが、このピンチに駆けつけたということは……?
俺の眼差しの意味を理解したのか、つっけんどんに言ってくる怪盗男児。
「ほら、こいつはオレが引きつけるからさっさと行けよ、はく……怪盗貴族」
「! し、しかし……」
「あんたいっつも一人で勝手に巻き込まれて、だから一人で何とかしようとするけどさ……忘れんなよ、どんな事情があろうと必ずあんたの味方をする仲間がいるってことをよ」
「……!」
オーメルン、おまえって男はッ……!
だがこのアツい男同士のやり取りに割り込む不満が一つ。
「えーっ、困る。だってオーメルン弱いじゃん。わたしの剣一回も受けられたことない」
「弱くねーよ! いつもは本気じゃないだけ! かかって来いこの剣術バカ!」
「えー、じゃあ一回くらい避けてよ? いくよー?」
きゃいん! というオーメルンの悲鳴が聞こえた頃には、俺はもう二人を背後の景色に置き去りにしていた。すまない怪盗男児! おまえのタンコブは無駄にはしない!
ギルド館の側面から離れ、後方へと回り込む。
こっちの防御は……? まさかベルゼヴィータの軍勢が待ち構えてるとかないよな?
幸い、夜空を埋め尽くす赤い星の群れも、宵闇を写し取ったドレスの令嬢もいない。だが、やはり結構な数の傭兵たちが詰めているようだ。近くに乗り移れそうな高い屋根もなく、これは面倒な立地。
と。
「あははは! よく集まってくれたね、ボクは怪盗メイド長だ!」
「わっ、わたしはその、あの、怪盗シスターです……」
「綺麗だ……」
なっ、なんだあっ。
騒然とする警備の傭兵たちの前を馬車がのんびりと通過していく。車を引いているのは……馬じゃなくてルーガ!?
そして客車の中ではなく上に立っているミニスカメイド服の誰か。その腰にしがみついているのは、高さにビビっているシスター服の誰かだ。二人ともマスクをしてはいるがどう見ても……。
「伯爵様のところのメイド長さんとシノホルン司祭でしょう!? 何をやってんすかこんなところで! 危ないから降りてください!」
「あれっ、もうバレちゃったのか」
速攻でバレた上に心配される二人。まあこの二人の場合、素のオーラがね。一般人と違うんでね。っていうか本当に何やってんの!?
「あっそうだ。疲れてしまったので、少しだけ中で休ませてもらってもいいでしょうか。皆さんのお仕事の邪魔はしませんので……」
屋根の上に座り込みつつ、棒読みで突然そんなことを言い出すシノホルン。警備の傭兵たちも戸惑う顔を見合わせながら、「はあ、司祭様がそうおっしゃるなら……」と道を空ける。
こんなんが通るなんてちょっと徳が高すぎねえかあの人……。
その時、シノホルンがチラッと俺を見て、後ろ手に馬車の側面を指さしたような気がした。
「!」
ちょうど警備からは死角になる側。俺ははっとして屋根から飛び降り、素早くその側面ドアにへばりついた。
「じゃあちょっとお邪魔するねー。みんなありがとー」
シナをつくって愛想を振りまくユングレリオ。屋根の上にいるので必然、スカート丈がいつもよりさらにきわどくなる。だらしなく緩む傭兵たちの顔。そうして視線を一か所に集中させつつ、俺のいる側を死角にしたまま、馬車はまんまと敷地内へ侵入した。
「頑張ってください、わたしの怪盗貴族さん」
「ボクの時のように完璧な仕事を期待しているぞ、怪盗貴族」
「狩りは焦った方が負けだ。頑張れ」
屋根から降りた彼女たちに送り出される怪盗貴族氏。
何なんだこれは……。屋敷のメンバーが敵に回ったかと思ったら味方としても参戦している。これじゃまるでヴァンサンカン屋敷の紅白戦じゃないか……。
しかし、何はともあれ堅牢な外壁は突破。戦いの場はギルド会館内へと移される!
この戦力が伯爵の屋敷に集中しているという事実。




