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第八十二話 盗賊トーク

 翌日の朝食も秘宝展の事件が話題に上がった。

 昨晩、また犯行が行われたのだ。しかしこれは配置されていた警備の傭兵たちにより、すんでのことろで阻止されたという。犯人はそのまま逃亡。


「ちいっ! そこらのヘッポコ泥棒なんてさっさと捕まればいいのにですわ!」

「人を不快にさせることでしか自分の存在を証明できないなんて、なんてアワレな人たちでしょう。わらわに食べられるまでお行儀よく待っているこのチーズの方がはるかに高貴で格調高い存在です」


 怪盗貴族様以外みんな消えろ団のパンネッタとカグヨが朝から息巻いていたが、逃亡した犯人はゆうべタマネが言っていた盗賊たちと見て間違いないだろう。


 怪盗貴族に挑戦するために集まってきた近隣諸領の賊たち。昨日も一昨日も、すべては挑発、宣戦布告のつもりだ。ここは本人が出張って何かしらリアクションを取らないと、毎夜同じことが繰り返されるかもしれない。


 食事が終わり、「今日はお屋敷で聞き込みですわ!」と小公女トリオが飛ぶように食堂を出ていくのを見送ってから、俺は入れ替わりで入ってきたバスティーユに声をかけた。


「バスティーユ、獣人の国について少し教えてくれないか」

「〈グラン・サバナ〉ですか? 知っている範囲であれば」


 執務S、知識もSな執事Zは快く応じてくれた。俺は昨日感じた疑問を率直にぶつける。


「そこは平和な国か? つまりその、獣人たちにとって暮らしやすい国か?」

「彼らの受け止めはまた違うかもしれませんが、少なくとも我々人間からすればそうは思えません。あの国は徹底的な実力主義。それも身体能力(フィジカル)の面においてです。劣る者は優れた者に何をされても仕方がない、奴隷のような扱いだと聞きます。無法……いえ、力こそ正義という、ある意味完全無欠のルールを古来より堅持しています」


 正にサバンナと同じこと言ってる国か。弱者にとってそれはつらいな。


「その過酷さゆえ、故郷を捨てて人間の国に移り住む者も一定数おります。国境沿いでは多くの混血獣人が見られますし、それに隣領の――」

「……過酷どころの話ではありません」


 正に水を差すような冷えた声音が、俺たちの会話の中心を横切っていった。


「カグヨ……?」


 いつの間にか彼女が近くに立っている。てっきりアークエンデたちと怪盗貴族の調査に向かったと思っていたが……。


「獣人の中には、力不足と判断すれば我が子さえ切り捨てる苛烈な一族もいます。一番優れた子に一族のすべてを相伝するために。追い出された子供は誰の庇護も受けられず一人で生きていかなければいけません。たとえまだ幼く、生き延びる力がなかったとしても……」


 腹の底に溜め込んでいた淀みを吐き出すような声だった。その態度に戸惑ったのは俺たちだけでなく、彼女もまた自分の言動に驚きを覚えたらしい。はっと我に返った顔を無理矢理打ち消すと、気まずそうに一礼し、逃げる速さでその場を去っていった。


「……イルスター槍領の長には、代々獣人の護衛が着くといわれています」


 それを見送った後、まるで彼女の言を引き取るようにバスティーユが告げる。


「“刀猫(とうびょう)族”と呼ばれる一族で、その教育方法は正に今彼女が言ったとおり。非常に厳格な掟を敷くため、領主でさえやり方に口出しはできないとか……」

「…………」


 ふと、子供のころに見た野良猫の一家のことを思い出した。

 俺の家の裏手が空き地になっていて、ある時そこに母猫と子猫三匹が住み着いた。子猫三匹は毎日じゃれあっていて、ネットで見かけるペット動画をリアルで見放題だぜと俺は無邪気に喜んでいた。


 けれどある日、一家は姿を消し、再び戻ってきた時には子猫が二匹になっていた。

 不思議に思って俺はネットでこのことを調べてみた。するとこんな記述が目に入った。

 野良猫は育児のリソースを無駄にしないため、弱い子供を切り捨てる。野良猫の生存率は非常に低く、これは彼らとしてもやむを得ない措置である、と。


 それがどこまで正しい情報だったのか、俺は知らない。

 だが、それから野良一家を見るのが怖くなってしまった。


 二匹になっても変わらずじゃれ合っている子猫たち。

 それをそばで寝そべって見守る母猫。

 子猫のじゃれ合いは、将来獲物を捕まえるための訓練でもあるという。

 俺には、母猫が、どれが一番優れた子かをじっと見定めているような……そんなふうに思えてしまったのだ。


 さっきのカグヨも、もしかしたら同じことを。


「……わかった。ありがとう」


 俺はバスティーユに礼を言い、その場を離れた。


 ※


 泥棒たちの神が目覚める刻限。

 俺は今夜もブローチを返しにいく……というのは半ば口実なのかもしれない。


 商工会ギルドの屋根の上。俺は何となく腕組みをしつつ、その端に立っていた。

 見下ろす町並みはことごとく眠りの闇に沈んでいる。ただこの秘宝展だけは、昨日よりもさらに増えた非常灯のせいでまるで深夜のパーティー会場だ。


 これが怪盗貴族の挑戦者たちが連日ちょっかいを出した結果。ピケの住人たちも明らかに不逞の輩が町に入り込んでいることを察し、怪盗貴族を持ち上げている場合ではなくなりかけていた。不安が蔓延するのは領主としても見逃せない事態だ。


 今、俺が見据える景色にいくつかの異物が混在している。

 屋根の上の多数の人影――彼らは何をするでもなく、しかし確実に俺の姿は捉えている。泥棒たちの目的は怪盗貴族を挑発し、自分の挑戦をアピールすることだ。本人がここに現れて相対している以上、もう騒ぎを起こす必要はないはず。


 誰も動かず、ただにらみ合う。


 いや――。


「イーゲルジット殿」

「君か……」


 いつの間にか背後に気配。声はタマネだ。


「昨夜は勝負の途中でとんだ醜態をさらしてしまい、申し訳ないでござる……」


 気まずそうな声。背後から近づいて来たのは、不意を突くというより顔を合わせるのが気恥ずかしかったのかもしれない。


「……あれは事故だったのだ。お互い忘れよう。ところで……一つ聞きたいことがあるんだ。このブローチをわたしのところに届けていたのは君かい?」


 俺は〈見掛け倒しジュエル〉を取り出して見せた。


「? 何のことかわからないでござる。拙者ではござらぬ」

「……そうか」


 ブローチをしまう。ひとまず一つの疑惑は晴れ、謎は悪化した。


「それで、君の目的はまだ変わらないのかな?」

「はい。イーゲルジット殿に感謝の気持ちを伝えねば」

「だいぶそのイーゲルナントカ氏に思い入れがあるようだが、その人は君に一体何をしてくれたのだ?」

「お戯れを……。けれど言ってみせろというのであれば話すでござる。イーゲルジット殿は、拙者たちに食べ物を恵んでくれたでござる」

「……たち?」

「弟がいるでござる。とはいえ生まれた日は同じでござるが……」

「? あっ、双子ということか」

「いえ……。その……」


 口ごもるタマネに、俺は日中のカグヨの話を思い出した。それから昔見た野良猫の一家のことも。


「三つ子だった?」

「はい……」


 捨てられたのか? という最後の言葉は呑み込んだ。言いにくそうにしている口が答えのようなものだ。こういうことが普通にあるのが獣人の世界。そして9代目タマネが命懸けで作ろうとしたのは、そうではない自分たちの国……。


「方々さまよって盗人窟に紛れ込んだものの、そこでも小さな拙者らが暮らせる場所はなかったでござる。姉弟そろって行き倒れていたところに、イーゲルジット殿がりんごを投げて恵んでくださった」

「りんごを投げた?」

「はい。一口だけかじってござったが、よく熟れたとても柔らかいりんごでござった。味もどことなく普通ではなく……」


 え、それ、あいつが買ったりんごが腐っててキレて投げ捨てたんじゃ……。


「拙者らは二人でそれを分け合い、どうにかその日を生きながらえたでござる。運よく獣人のグループに拾ってもらえたのは、次の日のことでござった」


 ……野暮なツッコミはよそう。たとえ腐ったりんごであっても、彼女たちの明日を繋いだ命の果実だった。イーゲルジットは自分が何をしたかも認識してないだろうが、それでもタマネが抱いた感謝は本物だ。


 思い出の続きを偲ぶように、彼女の話は続く。


「思えばイーゲルジット殿は他の盗人たちとは違ってござった。平気で人を傷つける彼らと違い、暴力を嫌い、手柄の自慢もせぬのでござる。盗人窟ではナメられては終わりだと、誰もがいつも威張っていたでござったから」

「それは意外だな……」


 実際イーゲルジットの技術は大したものだ。彼の糸技がなければ、竜の血だけでは成し得ないことがたくさんあった。それをひけらかさなかったのは用心のためかもしれないが、悪人の社会ならば侮られることが身の危険を誘発することも心得てはいたはず……。


「むしろイーゲルジット殿は自分の技を嫌悪しているようでござった。拙者には何となくわかったのでござる。この人も、なりたくて盗賊になったのではないと」


 少し痛ましげな顔に、自分とイーゲルジットの境遇を重ねるタマネの気持ちが垣間見えた。生きるために盗んだ。彼の懺悔録にはそう何度も書いてある。


「それが一番如実に現れたのは……恐らくあの日でござろう。“義賊”ステイクが死んだ日……」

「ステイク……?」


 なぜか脳がうずいた気がした。この名前、一度だけ懺悔録に出てきたような気がする。特に重要そうな文脈でもなかったはずだが……。


「その人は誰なんだい?」

「盗人窟にいた、ウソみたいに善良な泥棒でござった。金持ちから盗んだものを貧乏人や身寄りのない子供に配ってござる。拙者たちも何度か助けてもらい申した」

「盗人窟にもそんな奇特な人が」

「身のこなしは拙者から見ても軽やかで、盗みの手際は誰よりも鮮やか。正に怪盗と呼ぶに相応しい御仁でござった。普段、人とあまり話をしないイーゲルジット殿も、ステイク殿だけには心を開いている様子でござった。いや、あれは憧れに近かったのかも……」


 憧れ……。あの他人を信用しないイーゲルジットがそこまで入れ込むとは。頼れる兄貴分、あるいは親分という感じだったのかもしれない。


「けれどある日、彼は勤めに出たきり戻ってこなかったでござる」

「捕まったのか?」

「いえ……裏切りでござった。世話をしてやっていた貧乏人に不意を打たれて。でも、だーれも彼の死を悼まなかったでござる。所詮は泥棒、どれだけ善人ぶったところで最期はこんなもんだって……。拙者がこれを知ったのは、少し後になってからでござった。そしてその日を境に、イーゲルジット殿は町から姿を消したのでござる」


“ステイクにはなりたくない”。懺悔録にあったのはこれだけだ。憧れと、それに相反する怪盗の末路が彼にその一文を書かせたのか。


 イーゲルジットは死を殊更に恐れていた。暴力を嫌悪していたのは過去に自身がひどい目に遭わされたからかもしれないし、そうして一線を引くことで悪人の因果から逃れようとしていたからかもしれない。自分は他のヤツらとは違うと。

 けれど憧れた義賊が殺されたことで、どう足掻いても応報からは逃れられないと悟った。だから盗みをやめてヴァンサンカン領に……。


「これが拙者の知るイーゲルジット殿のすべてでござる。思い出していただけたでござるか、怪盗貴族殿?」


 少し悪戯っぽく首を傾げながら、タマネは聞いてきた。


「いや……大切な思い出を話してくれたところ申し訳ないのだが、やはりわたしは君を知らない。だが、君のようなつらい境遇の人が無事、今日まで生き延びられたことを、他人ながら嬉しく思うよ」


 俺は微笑んだ。


「さあ、これで君の用事は済んだはずだ。もしわたしがイーゲルジット氏であれば、感謝の気持ちはしっかり受け取った。もう恩に着続けることもない。だから行きたまえ。この町は騒がしくなりそうだ」


「いや、拙者は、まだ……」と返答を濁したタマネは、俺の「まだ何か?」の問いにこくりとうなずく。心残りが彼女の口から出るまで少しかかった。まるで勇気を溜める必要があったみたいに。


「拙者は……腕を磨いたでござる。かつての弱いだけの自分でござらぬ。盗人窟の技を学び、獣人としての力も発揮できるようになった。だから……」


 彼女の真剣で必死な眼差しが俺を見据える。


「拙者を、イーゲルジット殿の片腕にしてほしいでござる!」

「!」

「拙者は決して裏切らないでござる! 命の恩人のためなら、命を懸けるでござる! だから……!」


 これが……彼女の恩返しの本命か。

 言葉の端々から一言一句(しん)であることが伝わってくる。イーゲルジットは誰とも組まない。誰も信用しないからだ。彼女はきっとそれよく知ってる。だからこそ、その信じられる特別になりたい。それが彼女の願い……。


「……だとしたら、わたしは余計なことを言ったな。わたしはイーゲルジットではないのだ。君がここで何をしても時間の無駄だよ」

「では証拠を見せてくだされ。そのマスクを取って、素顔を」

「それはできない。……まあその、怪盗は人々をがっかりさせたら終わりだからね」


 顔が見えないからこそ、みんな一番のイケメンを想像する。中から出てきたのが不健康そうな伯爵ではファンはがっかりするだろう。俺の場合はそれどころじゃ済まないが。


「では拙者も引けないでござる――」


 わずかに姿勢を変えるタマネ。俺も思わず身構える。昨日の続きをするつもりか。


「……と言いたいところでござるが、今さら小競り合いなどしても無駄でござろう。決着は予告日につけるでござる」


 予告日というのはもちろんあの偽の予告状のだ。タマネの愛らしい声に一本、人としての芯が通った。


「拙者が先にお宝をいただく。怪盗は人をがっかりさせたら終わりなのでござろう? つまり引退。そのマスクも必要なくなるでござる」

「な、なるほど、そう来たか……」


 俺は苦笑した。なんでだ、話が全然いい方向にいかない(泣)


「秘宝展は明日が最終日でござったな。いざ尋常に勝負でござる、怪盗貴族殿――」


 タマネが背中から闇へと引き下がっていく。その双眸には決意と闘志が漲っていた。

 俺は諫める言葉さえ吐けず、それをただ見送り――。


 突然、視界を一条の光が横切った。


「ぼんべ!?」


 それは離れた家屋の屋根に刺さり、そこに佇んでいた影を直撃した。


「んなあっ!?」

「にゃあっ!?」


 俺とタマネは揃って目を剥く。

 なんだっ!? 集まっていた泥棒の一人が爆発した!?


「あっ、(あた)ったです」

「ナイスですわカグヨ! よーしあたくしも!」


 夜の帳を破る威勢のいい声。そして舞い踊るイルミネーションのようなレーザー光。

 こっ、これはまさか……!

 俺は屋根から身を乗り出して路地を注視する。人気のない夜道を突撃してくるのは――。


「やはり害虫はこの手で潰すに限りますわ! 他人などに任せてはおけませんの!」

「怪盗貴族様の行く手を阻む者たちは皆こうなります……散れ!」


 パンネッタとカグヨ!? アークエンデもいる! いやアークエンデは無理矢理手を引っ張られているだけで半分寝ているようだが……。


「何であの子たちがここに……!?」


 今、深夜だぞ? 屋敷を抜け出したのか!?

 レーザー光が町の夜を切り裂くたび、ギルド館周辺に集まっていた泥棒たちの悲鳴上がり、逃げ惑う。


「犯行予告日の前の大掃除ですわー!」

「明日も見張っていますからね。絶対に来ないように<〇><〇>」


 ビーッ、ビーッ、ぎゃああああ、わああああ……。

 半端な力量の賊たちが次々に撃墜されていく。暗い上に距離もあるのにやたら狙いが正確なのは何だ? 少なくとも探偵がしていい仕草ではない。


「あれは何でござる!? とっても危ない人間がいるでござる!」

「そう……そうだ、この町にはああいう危険な人物が潜んでいるんだ! だから君もすぐに出ていった方がいい! 特に明日なんて絶対に居てはいけない!」

「そういうわけにはいかんでござる! 拙者はどうしても――」


 ビーッ、ボン!


「ひい!?」


 レーザーがタマネの頭部のすぐ横を通過し、かすりそうだったネコミミがぺたんと倒れる。この遠さでも狙うのかオイ!?


「ほら、わたし以外は狙い撃ちされて――どうおおおおおお!?」


 ビーッ、ボンボン!

 俺の足元で弾ける多数の魔力光。


「俺まで狙われてる!? 絶対相手のこと見えてないだろ!」


 命中しなかったのが気に入らなかったのか、令嬢探偵団から追撃のレーザが飛来する。


「うおおおおおお!?」

「にゃあああああ!?」


 俺とタマネはまるで二人で踊るようにして必死にそれをかわした。何なら手を取り合ってバレエのパ・ド・ドゥみたいな真似までしたかもしれない。


「ダメだ逃げるぞ! ここにいたらいずれ直撃する!」

「はい! スタコラサッサでござるう!」


 限界を悟ったところで、俺とタマネは仲良く尻尾を巻いて逃げ出した。

 さっきまでのシリアスな雰囲気が台無しだ。


 カグヨは明日も来ると言っていた。タマネと賊たちに加え、厄介オタクと化した探偵公女まで参戦。

 俺の明日は、どっちを向いてもとんでもないことになったぞ!


気づいたら長くなってしまいましたが、ちょうどいい切れ目がなかったのでしかたないね(レ)


※お知らせ

お話の途中ですが次回投稿は12月15日前後を予定しています。ただこれは多分早くなる可能性があり、再開の際は活動報告かXでお知らせしますのでそちらでご確認ください。

また見に来てもらえると嬉しいです。それではご視聴ダンケナス! センセンシャル!

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