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第八話 住んだ水は血よりも澄んで

 修行五日目。


「クソッ、いねえ。逃げたなアイツ……」


 庭の木の下で、オーメルンは俺を探すためにしきりに首を振っている。


 現在、俺たちは鬼ごっこ中。失敗のたびに盗みのコツを伝授し、今日は朝から露骨に背後を付け狙っているのがわかったので、廊下の曲がり角で猛ダッシュして姿を消してみたのだ。


 許せオーメルン。これも、おまえが将来レンジャー試験をパスするための修行。小さい頃に盗賊の技を身に着けておけば、それらは体の成長と共に自然に育っていく……とイーゲルジットが言っている。


 そんなことを考えつつ、物陰から様子をうかがっていると――。


「ご苦労様。お父様を見失ったの?」


 オーメルンに話しかける人物がいた。

 簡素なワンピース姿のアークエンデだ。お父様のそばにいる時のゲージ解放フルパワーモードとはうって変わって、幼いながらも落ち着いた淑女の風格がある。


 彼女は汗だくのオーメルンへ木の水筒を差し出した。


「あげるわ。すごい汗よ」

「……あんがとよ」


 受け取ったオーメルンはそれをがぶがぶと飲んだ。彼女は普段水筒なんて持ち歩かないので、もしかするとこうして渡すために持ってきたのかもしれない。いい子だ。

 いつか相棒になる二人。どんな話をするのだろうと俺は耳を傾けた。


「ねえおまえ、わたくしの付き人になるんでしょう?」

「いきなりおまえ呼ばわりかよ」


 言い返しつつもオーメルンの声に棘はない。水をもらったからか、それとも子供同士で気安いからか。


「主従関係ははっきりさせておかないと。それで、なれそうなの?」

「……知らねーよ。それよりいいのかよ、アンタは」

「お嬢様よ。人前でそんな呼び方したら許さないんだから」

「……お嬢様はよ。オレみたいなのがお付きで気にしないのか?」


 渋々言い直すオーメルンは、相手の顔色を窺うようにちらと彼女を見た。自分の出自をわかっていて、それを気にしたのだろう。


「お父様がそうした方がいいというのなら、それはゼッタイそうした方がいいわ。だってお父様の望みはわたくしの望みだもの。そしてわたくしの望みはお父様の望みよ」

「そうなのかよ……」


 そうだったのか……。


「……信用してるんだな。ふうん。まあ、実の子ならさぞ可愛がられるだろうし、当然か」


 オーメルンの境遇が言わせた何気ない言葉だった。それが、晴れやかだったアークエンデの表情をにわかに曇らせる。


「そんなこと……ないわ」

「え?」

「わたくしは養子としてお屋敷に呼ばれたの。お父様とは本当の親子じゃない」


 意外だったのか、オーメルンは目を丸くした。


「あんなに見るたびに飛びかかってベタベタスリスリしてるのにか!?」

「それはごく自然のことよ。だってわたくしはお父様のもの。お父様はわたくしのものだもの。たとえ神様だろうと二人の仲を裂くことはできない」


 それ、あんまり人前で言わないでほしいのだが……。俺、逮捕されたりしないよな?


「オレはてっきり本当の親子だと思ってた……。伯爵もお嬢様を大事にしてるし、お嬢様もあんなに執拗にへばりついてるから」

「……そういうふうになれたのは最近のことよ」


 いつの間にか二人は大きな木の根の腰かけ、話をしていた。

 柔らかく吹く風と木漏れ日が心地よさそうだった。


 アークエンデはここ最近の出来事をかいつまんで伝えた。経緯が経緯だけに不穏な内容ばかりだったが、オーメルンが特に強く憤ったのは、俺が見舞いの手紙を目の前でビリビリに破ったことだ。


「何やってんだアイツ……最低だな! 見損なった……!」

「違うの。お父様も苦しんでいらっしゃったのだわ。その証拠に、起き上がれるようになったその日に手紙を元通りにしてくれたの。破いた一枚一枚、台紙に丁寧に貼りつけて。そしてわたくしに謝って、抱きしめてくれた。二人の気持ちが通じ合ったの!」


 陶然とするアークエンデとは対照的に、オーメルンは驚きに瞳を震わせていた。


「……血も繋がってない子供相手に、そこまでしたのか」

「血が繋がっていても冷たいままの家もあるわ。わたくしは元の家では邪魔者扱いだった。娘なんていても何の役にも立たないって、愛情なんて感じたこともなかった。でも、今のお父様は違う。たとえ血が繋がっていなくとも、心で繋がっているのがわかる。抱きしめてもらうと心までポカポカするの。お父様の温かさで。こんなこと元の家では一度もなかった。だから信じられる。これが本当の家族なんだって」

「……!」


 オーメルンは虚を突かれたように黙り込むと、何かを考えるように空を見上げた。吹いた風がサワサワと枝葉を鳴らし、一時の沈黙を埋めた。


「オレも、本当の父さんと母さんじゃないヤツのところにいた」


 過去を話してくれたお返しみたいに、彼は自分のことを話し始めた。


「本当の父さんと母さんは早くに死んじゃって、顔も覚えてない。だけどはっきりと言えるのは、オレを引き取ったヤツは父親でも母親でもなかったってことだ」


 憎々しげに吐き捨てる。大人目線だと引き取ってくれただけ立派だと擁護が入るところだろうが、子供にとっては愛情も必須の栄養素だ。ましてやあんなオモチャのような扱いをされては。


「俺のイヤがることばかりした。それを見て笑ってた。絶対、あんなの家族じゃない」


 そこまで一気に言い切って、オーメルンは言葉を切った。ためらがいちに吐き出す。


「だけどさ……アイツは……違った。何て言うか……ああいう、ものなのかな。……――父親って」


 俺の胸の奥が、どくんと跳ねた。


「子供に技? みたいなのを教えてくれて、間違ったことをしたら叱って。でも、上手くいったらすげー喜んでくれて……。本当の父さんって、ああいうふうなのかな」


 オーメルンの声は探しているようだった。自分の中にない、空白の大人像を埋めるもの。

 彼には両親の記憶がない。引き取ってくれた大人は少なくとも良い親ではなかった。それでも、生きて世界を見つめるうち自然と思い描いたのだろうか。あるいは町角で見かけたのだろうか。一度も知らない父親の姿を。

 俺の心臓は不自然に高鳴っていた。


「きっとそうよ」


 アークエンデが肯定する。


「優しくて大きくて、誰よりも愛情を注いでくれて……。そして片時も離れることなく、思いはいつも通じ合って、二人はやがて永遠の名の元に結ばれるの! 絶対そうよ!」

「えっと……そう、か……? 最後の方だけちょっとよくわかんねえや……」


 彼女の剣幕にオーメルンは若干怯みつつも、頭をかき、空を見上げ、何かを掴んだみたいに唇を引き結んだ。うーんと伸びをして立ち上がる。


「オレ、伯爵を探してくるよ。そんで……お嬢様の付き人になれるよう頑張る」

「そう……頑張ってね。お父様の期待に応えてあげて」

「ん」


 特段仲睦まじいわけでもないが、彼らしか理解できない何かが二人を繋いだ感じがした。

 元々、ラスボスと腰巾着としてやっていける二人だ。相性が悪くないのはわかっていた。アークエンデは親元を離れ、オーメルンも孤児。似たような境遇が正史でも共感を呼んだのかもしれない。今ならもっと前向きな感情で繋がれたはず。


 だけど……父親か。


 俺も親とは疎遠だった。この二人に比べりゃひどく平凡だけど。

 同居してた頃もろくに会話した覚えがない。だけど、幼いアークエンデとオーメルンを見て思うのは、子供を無視したい親がいるか……? ってことだ。


 確かなことは何も言えねえ。でも、あの、俺を遠ざけてるように感じた親父の背中。同じリビングにいても、スマホを眺めて俺なんか見向きもしなかった背中。あれは本当にそうだったんだろうか。


 傍から見ても器用な人間じゃなかったと思う。本当は腹を割って話をしたり、一緒に何かをしたり、したかったんじゃないだろうか。ただそのきっかけが、なかっただけなんじゃないだろうか。一回くらい、お父さん一緒にマリカーやろうって言ってたら、何かが違ったのかな。今さらだけどさ……。


 なあ親父。

 俺はなれるんだろうか。そういうのに……。


 ※


 修行七日目。

 今日はシノホルンが屋敷の一角にある礼拝堂で祈りを捧げに来る日だった。例の〈精励起〉とかいう儀式の領主版。つまり、俺が怪盗貴族とバレて初めての顔合わせということになる。


 頼む……何も起こらないでくれ……! いっそもう忘れててくれ……!


「お、お待ちしておりました。司祭様」


 セルガイア教そっちのけで記憶喪失の神に祈り続けながら、俺は玄関先で彼女を出迎えた。こちらは領主とはいえ教会の権力は国中に根を張っている。尊大な対応は許されないし、したくもない。


「あっ……りょ、領主様……」


 !?


 目が合った瞬間、ポワワワワワワワワ……と何か膨大な数のハートみたいな物体が、たっぷり五秒はかけてシノホルンの頭から天へと昇っていった。


 いつもの豪奢な司祭服に、いつもの可愛らしいお下げ髪。数日前と変わらない彼女のはずだが、盗賊イーゲルジットの観察眼は、祈りの形に指を組む彼女の瞳に以前はなかった異様な光が宿っていることを看破する。


 まるで何日も煮込んだシチュー、あるいはほったらかしにされて貴腐化した果実のように、熟成された何か。顔を合わせなかったここ数日で一体何が……!?


「本日はお屋敷での儀式を許可していただきありがとうございます……。天気も良く、天地の盟主様も大変健やかでおられると存じます。わたしも領主様にお会いできる日をどれだけ待ち……あっ、いえ、違います違いますっ、せ、精一杯、務めさせていただきますぅ……」


 本来なら定型句のような挨拶なのだろうが、すでに上の空っぽい彼女はそれすら危なっかしい。心ここにあらずというか、顔も真っ赤でとても正常とは思えない。これでちゃんと儀式ができるのだろうか……?


 いや待てよ。

 逆に、この状態なら怪盗の話も出てこないかもしれない。

 よし……ここは細かくツッコまず、流れに乗ろう……!


 俺はある種の光明を見出した気分で、彼女へ恭しく手を差し伸べていた。


「とりあえず中へどうぞ。礼拝堂へ案内します」

「……!!」


 俺の手を見たシノホルンはビクンと体を震わせ、うつむきながらおずおずと手を伸ばし、指先でそれをちょんと摘まんだ。


「し、失礼します領主様ぁ……」


 そうしてしずしずとついてくるシノホルン。とても何かを話す余裕はなさそうだ。彼女には悪いが、今はこのままでいてもらって……。

 が。


「…………」


 そんなシノホルンをジト目で見つめるアークエンデがいた。

 うっ……! いかん、この雰囲気は多分、絶対に、間違いなくいかん!


「ど、どうしたんだいアークエンデ。おまえも一緒に礼拝堂に……」

「ギ、ギギギ……バギィン!<煉><〇>」

「アーーーーーーッ!! 違うんだよそういうんじゃないんだ!」


 俺が慌ててフォローに入ろうとした、その時だった。


 ズバゥ! とは音も鳴らず、そよ風一つも起こさなかったが、俺がジャケットのポケットに忍ばせていた指輪がその気配を消した。


 タイミングは完璧。周囲の状況を読み切り、空気の流れに合わせて腕を伸ばし、最小の接触で獲物をかすめ取る。ゆえに音も風もなく、盗賊として最高の仕事。ゼロ・エフェクト。


 俺は背後を振り返った。そこには指輪を手に、呆気に取られた顔のオーメルンがいた。

 自分が今、会心の技を放ったことに自ら驚いているみたいだった。だが、確かに成し遂げたのだ。俺が今日まで教えたことを忠実に守り、体に馴染ませ、実践した。


 そして彼が咄嗟に放った最初の一声は、


「やったよ父さん!」


 だった。

 すぐにはっとなり口を手で押さえて「いや、違っ……」とか訂正しようとしたっぽいが、そんなこともう俺には聞こえてない。


「よくやったオーメルン! でかした!」


 俺はオーメルンを抱き上げると、その場でくるくると回っていた。


「お、おいっ、何やってんだ! オレそんな子供じゃないって……下ろせ! やめろって!」

「ははははっ! やったなあ! 俺はおまえが絶対できるって信じてたぞ! それでこそ俺の息子だ! あはははは!」


 心の底から嬉しくなった俺は、臆面もなくそんなことを叫んでいた。

 こんなに嬉しいものなのか。弟子の……いや息子の成長っていうのは。主役は俺じゃなくていい。こいつが飛んで、羽ばたいていってくれれば。それこそが俺の意味であり、価値だ。なぜだかそう信じられた。


「お喜びのところ水を差すようで申し訳ありませんが、旦那様」


 そこにバスティーユの冷淡な声が挟まる。何だよバスティーユ、おまえも一緒に喜んでくれ。俺の息子の成長だぞ。


「あちらの方々も、かまってあげた方がよろしいかと」

「へ……? ぺえっ!?」


 バスティーユが目線で指す方向を確かめた途端、俺はすくみ上った。

 アークエンデとシノホルンが二人並んで、大層不満げな瞳でじいいいーっとこちらを見つめている。


 し、しまった。シノホルンへは接客中、アークエンデにはラスボス対処中だったのに、いきなりそれをほっぽってオーメルンに向かってしまったっ……!


 ドゴゴゴゴゴ……!


 屋敷が震え始める。アークエンデだけでもガチな震動なのに、隣には同格ラスボスのシノホルンまでいる。さっきまでのポワポワした様子は欠片も残さず消し飛び、


『殿方二人、仲がよろしいようで……<煉><〇><〇><〇>』


 アーーーーーーッ! 待て、それは待てええええええええ!!


礼拝堂「ちょっと邪念が強すぎる人たちがいるので立ち入り禁止です」

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アッーーー!
おましょうま! >幼いながらも落ち着いた淑女の風格がある。 領外との付き合いが増えていくとあまりのギャップに誰だコイツってなる人続出しそう >そしてわたくしの望みはお父様の望みよ >そうだったのか…
感動の親子のふれあい(BGM:ダークプリズン) 聖女様もねっとりしておられる。誰か聖杯をお持ちしろ(汚染) これが公的行事ってマ? そのうち領民からはいつもの領主様だなヨシ!って生暖かい目で見られそ…
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