第七十九話 君らが探偵なんて、何で?
「あっ、領主様……!?」
まだ秘宝展の開催時間前ではあったが、俺たちは偉さを利用してギルドの事務所にいるアルジャン・バルジャン氏を直に訪ねていた。
「秘宝展で何やら事件があったとか。様子をうかがいに来ました」
「おお、領主様の耳にも評判が届きましたか……! ええ、おかげさまで大変好評をいただきまして……。いえ、それどころではありませんでした。怪盗です。本物の怪盗が出たのです!」
喜びのテンションをそのまま焦りへと転化させるアルジャン氏。自作の犯行予告という舞台裏がうっかりめくれかけているが、まあ言い回しの範疇か。
「いいえ、それは怪盗貴族様ではございませんわ」
即座に俺の横から飛んだ切り返しの一声に、アルジャン氏は面食らった顔を見せた。
「なんと? ……あの、伯爵様、こちらのお嬢様は? 昨日もお見かけしたような……」
「あたくしはウエンジット鋼騎士領“人狼公”が娘、パンネッタ・シル・ソル・ウエンジットですわ。フフン!」
「えっ、ええっ……!? 人狼公のお姫様……!?」
「そしてわらわはイルスター槍騎士領の姫、カグヨ・アラハ・キ・イルスターです」
「ひょおっ!? イルスターのお姫様まで……!? は、は、伯爵様、これは一体……」
「二人とも休暇を使ってうちに遊びに来ているのです。公務中ではないのでそう固くならずに、普段通りにお話ください」
俺の説明に一応の顔色を取り戻したアルジャン氏だが、「そ、そうでしたか。しかし失礼ながら、その服装は一体……?」との物問う視線は外さない。
アークエンデを含む公女様たちの本日の格好は黒シルクのドレスではなく、チェック柄のハンチング帽にキャラメル色のケープとワンピースというものだった。……もしかして、これは探偵なのか?
「それで、盗まれたものとは?」
パンネッタがオッホンとわざとらしい咳払いしてからたずねる。ああこれ探偵だわ。つかよくこんな服うちにあったな。あるいはパンネッタたちが実家から持参したのか? 怪盗の捜査のために? うちの子の分も?
「ええ、ハイ。幸い、さほど値の張るものではなく、少々珍しいという程度のものでした。もちろん目玉展示品の〈聖剣ステラ・メルトの欠片〉は無事です」
「当然ですわ。それは怪盗貴族様の獲物なのですから」
「あの方以外の手出しは許しません。予告日までしっかりと守るように」
「えぇ……」
可哀想なアルジャン氏。まさかこの服装で怪盗サイドとは思わないだろう。アークエンデも暴走する友人二人についていけず珍しくおろおろしている。でもそれでいいんだよ。
とはいえ、これが俺たちが秘宝展に絡む大義名分だ。わーくにの領内で聖騎士メギラーンゆかりの品が盗まれるなんて不名誉なことがあってはならない。及ばずながら力を貸そう! ……という感じ。
「まずは現場を見せていただけるかしら? 怪盗貴族様はケチな盗みなどしないことを、あたくしたちが証明して差し上げますわ! オホホホホ!」
無駄に高笑いするパンネッタの仕切りを経て、俺たちはアルジャン氏の案内で現場へと向かった。
※
秘宝展の開始時刻が迫る中、会場は慌ただしく準備に追われていた。
かけられていた布は取り払われ、動物のモフモフ尻尾みたいなハンディモップでガラス台をチリ一つなく掃除。盗難にあった品は台ごと撤去されているようで、展示の並びに不自然な隙間もない。俺たちが今さら見たところで何もわからなさそうだ。
「フーム」「フムフム……」なんて、それっぽくうなずきながら虫眼鏡をあちこちに向けているパンネッタたちを尻目に、俺は何気なく〈見掛け倒しジュエル〉の位置を遠目に確認した。
……よし、ちゃんと展示台の上にあるな。
実はこの建物に入ってすぐ、子供たちの目を盗んで返しておいたのだ。
一応、盗まれたものとしてカウントはされていたのだろうが、あまりの小者さゆえに返却されても誰も騒がなかったらしい。だが俺の中ではこいつが一番の劇毒だ。二度とうちに来るんじゃあないぞ。
「やはり違いますわね」
「まったくその通りです」
しばらく会場を見て回った後、不意にパンネッタとカグヨがぺらい胸を張りながら言った。
「何かわかったのかよ?」と怪訝な顔のオーメルンは、俺とアークエンデ、ついでにアルジャン氏の完全な代弁者で、ガワだけ探偵少女の二人が真っ当な発見をしたなんて微塵も思っていなかった。
しかし二人の口からは意外な言葉が漏れる。
「あまり大きな声では言えませんが、怪盗貴族様は目には見えない不思議な力をお使いになりますの」
「えっ」
「それはほんのわずかに不思議な気配を放っていますが、ここにはその残滓すら感じられません」
「えっ、えっ」
なんだと……!?!?!?
二人が言っているのは間違いなくあの不可視の糸のことだ。だが、あれはアンサーでさえ知覚できない代物だったはず。それをどうしてこの子たちが……!?
「そそそそそそんなことがあったのかい? きききき君たちはどうしてそれに気づいたのかなぁ?」
「何でケーレンしてんだよ伯爵……」
ポンと背中に手を置いて俺の振動を停止してくれるオーメルン。お、おかしいな、動揺を完全に隠した完璧な態度だったはずなのだが……。
「フフン、それはあたくしたちがとっても優れた魔導センスの持ち主だからですの!」
「そして何より、わらわと怪盗貴族様には親密な縁がありますから。お互いの想いの強さが、かすかな残り香であってもそれを知らせずにはいられないのです……!」
なんだかアークエンデみたいなことを言い始めた。
あの糸がまともな物質でないのは俺にもわかる。滅茶苦茶雑に言ってしまえば、竜の血由来の魔法とかなんかそういうヤツなんだろう。
魔導という分野は感覚がモノをいう。立ち入れない者は永遠に門前払いの領域。アンサーはあれだけ多芸でも魔法は一度も使わなかった。オーメルンも魔法が使えないからこそレンジャー兵を目指している。
見える世界が違うのだ。この子たちは、あの糸を感じ取れてしまう……!
や……やべー。俺、二人の前であの糸使ってなかったよな? もし見られたら一瞬で正体がバレる……!
「やはりここにあったという展示品を盗んだのは、騒ぎに便乗したケチな盗人ですわ」
「価値あるものを選べなかったことからもそれは明らかです」
『証明完了!』
シャキーン! と謎のポーズを取る二人。だがすぐに何かに気づいたのか、
「ちょっとアークエンデ。あなたもちゃんと入ってくださいまし……!」
「三人いないとわらわたちが考えたスペシャルディテクティブポーズが決まらないでしょう……!」
「は、はあ……」
アークエンデがこっちの陣営から引っ張り出され、もう一回。
『証明完了!』
シャキキーン!
あの、すいませんけどうちの子にグルドのポーズ取らせるのやめてもらえますか。せめてリクーム以上でないと……(モンペ)
「ケチな盗人ですか……」
二人の名推理を聞いても依然浮かない顔のままのアルジャン氏。気持ちはわかる。やらせで怪盗貴族の犯行予告なんて出したら、本当の盗難が発生してしまったのだ。相手がケチだろうとガチだろうと困ったことには変わりないのだ。
そして俺も、ケチな泥棒という点については腑に落ちないところがあった。
これだけ珍品があってハズレだけ引いていくのは逆にムズい。見ればオーメルンもあごに手をやって思案顔だ。彼も審美眼を磨いている手前、この不自然さは気になる様子。
あえて安物だけを盗んでいったとしたら、その目的は何か。
……この景色が答えなのかもしれない。
盗難事件はあれど展示会は今日も行われようとしている。もし、もっと被害が大きく騒ぎになっていたら中止もあり得た。秘宝展を続行させつつ、自分の存在はきっちりアピールする……。そんな目的……。
「あら……?」
スペシャルディテクティブポーズまで決めてご満悦のまま俺の横に戻ってきたカグヨが、不意に身を屈めて床に手を伸ばした。
彼女がつまみ上げたのは二本の髪の毛のようだった。白と黒、どちらもショートヘアくらいの長さ。
「……ふん」
小さく鼻を鳴らし、ぽいと投げ捨てるカグヨ。この会場には黒髪の若者も白髪の年寄りも山ほど来る。そもそも気になるようなものでもなかったと思うが……なぜ拾ったのだろう?
そんなことをしているうちに開会時間が来てしまい、アルジャン氏は事務所へと戻っていった。そして探偵公女たちはと言うと、怪しい者を見張るというていで来客に紛れ込み、本日もたっぷりと珍品見物を楽しんでいくのだった。
※
「で、何でおまえの方が早く着いてんだよ!?」
自室に戻るなり俺は膝から崩れ落ちた。
ナイトテーブルの上にはすでに〈見掛け倒しジュエル〉が到着している。
この時間、まだ秘宝展は開催中だ。あの大勢の客の目を盗み、こいつを持ち出して俺の部屋に置いていった? そんなことが現実的に可能なのか? 無理だ。絶対に無理だ。
「こうなったら意地でも突っ返してやる……」
犯人に断固たる意志を示すのだ。今夜も出動するしかない。
近くの部屋から聞こえてくるシャキーン! という決めポーズの練習音も途絶えた頃、俺は町へと繰り出した。
夜の町は人から闇へと支配権が移行していた。
常夜灯も闇夜を完全に跳ね返すことはできず、マッチ売りのように日中の思い出をわずかに思い浮かべるだけ。
この支配者の元では、俺たちは無敵だ。俺の中の盗賊がそんなことをうそぶくのを感じつつ、暗い空を行く。
――気配。
驚きよりもやはり来たなという納得の方が勝った。
町に入ってすぐ、誰かの目線を感じた。そいつがとうとう距離と詰めてきたのだ。
屋根の上を並走する人影。動きからして賊で間違いない。あちらも無音。
一体何者だ? あいつがブローチを届けてきていたのか? 秘宝展の窃盗も同一犯?
疑問を渦巻かせたまま、俺はあえて素知らぬ振りで相手を誘った。俺に用があるのなら、そっちから来い……!
「!」
不意に、人影が屋根の下へと潜った。同時に気配も消え失せる。
何……!? 気配ごとロストした?
しかしすぐに俺の判断は間違いだったと悟らされた。
そいつは一瞬にして俺の前へと回り込んでいたのだ。
月を背に、長いマフラーなびかせて、夜風の廻る尖塔の上。
逆光の影に素顔を沈めたまま、鈴の鳴るような声が呼んだ。
「ようやく見つけたでござる。――イーゲルジット殿」
その、死んだ男の名前を。
まるでミルキィホームズみたいだぁ……(アニメ勢)




