第七十六話 秘宝展で有頂天
「ふぁ、ふぁああああああ……」
その、下品な話なんですが……まるで嬉ションでもしそうな恍惚の表情で、彼女たちは俺の部屋に現れた。
エントランスで一旦解散し、ベルゼヴィータの提案通り全員が黒シルクの服を試着してみるという流れだったはず。その結果を俺に見せに来てくれたらしい。
アークエンデ、パンネッタ、カグヨが共に黒シルクのワンピース着用。いやこれはもうゴスロリドレスと言ってしまってもいい豪華さだ。表情がとろけてるのは初めて黒シルクに袖を通した隣領のお姫様二人で、アークエンデは俺に向かって好評を期待するような眼差しを向けている。
それぞれがちゃんと異なるデザイン。
アークエンデはこの中では一番スタンダードな感じ。スカートや袖口、他デザインの随所に白のレースがあしらわれ、見た目がのっぺりしすぎないよう視覚的にも立体感を施してある。ダークで、耽美で、神秘的なゴスロリのお手本のようなワンピースだ。
パンネッタはリボンやフリルが多く、彼女のふんわりツインテールと合わせて本当にお人形さんのような愛らしさを生み出していた。カラーには深紅が織り込まれ、それはウエンジット領の象徴色である黄色と赤のうちの一つ。パンネッタもご満悦だろう。
カグヨは一風変わって軍服風のゴスロリ。腰や随所に巻かれたベルトがいかめしいが、それを打ち消すような首元のリボンが愛らしい。生地にはディープブルーが添えられていて、こちらも彼女の魔導素養である水を連想させる。
「何だか予想以上にみんなに似合ったわ」
着付けを手伝ったであろうベルゼヴィータが最後に入ってきて、デザイナーとしての総評を述べた。
これらはすべて、彼女がお試し用としてアークエンデに贈ったものだ。だからデザインもバラバラなのだろうが、それが逆にタイプの違う三人に上手くハマったようだ。確かに、すでにオーダーメイドしたような似合いっぷりだった。
「ありがとうございます、ベルゼヴィータ会長……!」
「デザインも、着心地も、とっても素敵ですうう……!」
尻尾がついていたら大回転のはしゃぎようで、パンネッタとカグヨがベルゼヴィータに駆け寄る。
「お、お父様、いかがでしょう……。アークエンデは……」
一人アークエンデだけが、不安と期待の入り混じった上目遣いで俺に意見を求めに来た。はっきり言ってやった。
「とても可愛いよ。黒なので天使とはちょっと言いにくいが……悪魔であっても可愛すぎるくらいに可愛い。その姿で貴族のパーティに参加したら、隣にいるわたしにはもう誰も気づかないだろうな」
「あっ……ありがとうございます、お父様! でしたらお父様はアークエンデが一生独占できますわね!」
彼女はぱあっと顔を輝かせてお辞儀をし、すぐさまベルゼヴィータに「ベルゼ、お父様が褒めてくださったわ! ありがとう!」なんて微笑ましい報告をしている。なんかちょっと危険な発言もあったが……彼女が嬉しいと俺も嬉しいよ。
「喜んでもらえて何よりだわ。ただ少しだけ物足りないところもあるから、後で改めて手直ししたものを三人に贈るわね」
「こっ、これ以上のものを……!?」
「すでに最高なのに……!?」
ベルゼヴィータの提案にプルプルと震え始める彼女たち。
「やっぱりあたくしこの家の子になりゅううううううううう!」
「わらわもなりゅううううううううううう!」
ああ、また壊れてしまった。一族の皆さん、どうか今の発言は聞かなかったことにしてあげてください。
「ね、ねえ、アークエンデ、カグヨ。これを着て町を歩いてみたくないですの……?」
ふと、パンネッタがそんなことを口にした。
アークエンデもカグヨも一瞬、誘惑に駆られたような妖しい笑みを浮かべたが、
「ダ、ダメに決まってます。この繊細な黒シルクに汚れや傷がついたらどうするんですか」
カグヨが自身の衣服を守るようにしながら反論する。アークエンデも残念そうにうなずいた。それでもパンネッタは諦めきれないように鼻にしわを寄せた。どうしても今の姿を見せびらかしに行きたいらしい。
「いいじゃない」
そこに投じられたベルゼヴィータの一声。
「わたしも見たいわ。三人がその姿で町を歩いているところ」
「い、いいんですの? ベルゼ!」
「もちろんよ。さっきも言ったけれどそれは普段着だから。それに黒シルクはそんなにヤワじゃないわ。わたしがどこにこれを着ていったか、あなたは知ってるでしょ?」
アークエンデたちは顔を見合わせ、それからすぐに手を取り合って『やったぁ~!』と小躍りを始めた。
ああ可愛い、本当に可愛い。信じられるか。この子らちょっと前までメンチの切り合いでバチバチやってたんだぞ。それが気分次第でこんなに天使みたいになってしまうなんて、将来この子たちとお付き合いする貴公子たちが心配だよ。
「そうですわ! だったらこれなんていかがかしら? 二人と一緒に見て回ろうと思って、取っておきましたの」
アークエンデが一枚のチラシを取り出した。カラフルに刷られた紙面にはこんな宣伝文句が踊っている。
『ピケ商工会ギルドにて大秘宝展開催! 王国中の名品珍品が一堂に集結。夕方のオークションにも是非ご参加ください!』
これに渋る者は誰もいなかった。
※
この商工会ギルドの催しについては、俺にも案内が届いていた。
時間があればぜひ見物に来てほしいという要望だ。社交辞令の一環のようではあったが、バスティーユ曰く、領主を呼んでイベントに箔をつけたいという下心も確かにあるという。
意外だったのは彼がこれに賛成したことだ。
「町の活気は気持ちからです。領民たちの気分が盛り上がるなら、催しに顔を出す程度はしてやってもよいでしょう」だってさ。
しかしな、バスティーユ。これはさすがにエライことになりそうだぞ……。
今――。俺たちはピケの目抜き通りを目的地に向かって歩いている。
メンバーは俺と三公女、そしてベルゼヴィータにオーメルンだ。
「なにっ、何だあの高貴なお姫様たちの集団は……!?」
「すごい、黒シルクのドレスよ、あれ……!」
「伯爵様だ……また伯爵様だ!」
人々の注目度が物凄い。道行く人々が振り返る、立ち止まる、立ち尽くす……アークエンデたちを一目見ただけで、みんな心を奪われてしまう。それほどの可憐さ。妖美さ。
「ああ~、ヴァンサンカンの領民が皆あたくしに見惚れていますわ……。この感じ、ゾクゾクします、ゾクゾクしますわぁ~」
「フフフ……。わらわの輝くばかりの美しさに庶民どもは息をすることすら忘れて……。ほぉ~れほれ、もっとよくわらわを御覧なさい。その羨望の眼差し、たまりません。はふぅ……」
あーあー、パンネッタとカグヨのワッルいところが顔にも声にも滲み出てますねえ。屋敷では「なりゅううう!」とか叫んでのに、今ではすっかり高飛車、傲慢、自信家と三拍子揃った悪役公女に戻っている。ダークな雰囲気のゴスロリにはそれがかえって似合っているのが何とも皮肉だが。
「二人とも楽しんでくれているようで何よりですわ」
「いや……こいつらメチャクチャ性格ワリィこと言ってるぞ……」
のほほんとしたアークエンデにツッコミを入れるオーメルンは、実を言うと今回の随伴に最後まで渋っていた。彼はパンネッタとカグヨが可愛いのは見た目だけだとよく知っている。それでも俺も行くと伝えたら一緒に来てくれたから、本気で嫌っているのではないと思うが……。
このように周囲の目を掻き集めつつ、やがて商工会ギルドの本部へとたどり着く。
はっきり言って貴族の豪邸と言って差し支えない。血統こそ庶民だが代々豪商として君臨し、実質この町を支配している者たちの牙城だ。中は住居というより事務所に近く、大商人の直営店なんかもあるため、俺からは洋館外装の百貨店としか思えない。
会場はすでにかなりの賑わいだ。
お目当てはもちろん大秘宝展で、天上から吊るされた案内板を見上げつつ進んでいく人々の流れに俺たちも合流させてもらう。
「きっと皆さんのお目当てはこれなのですわ」
アークエンデがウキウキとチラシを見せてくれた。
そこに書かれていたイラストに、俺は思わず目を見開く。
「〈聖剣ステラ・メルト〉の欠片……だと……!?」
俺は知っている。
〈聖剣ステラ・メルト〉と言えば、『アルカナ・クロニクル』に登場する盲目の聖騎士メギラーンの愛剣だ。所属勢力は〈イプシナ海賊連合〉という、聖騎士様と何の関係があんねんという独立武装集団だが、実はメギラーンはライバルキャラ“吸血公アサドラグ”に敗れ、視力と記憶を失うという壮絶な過去を持っている。その放浪中に海賊たちに拾われたというのが彼の前日譚だ。
敗戦の際、盟主セルガイアに祝福されたという〈聖剣ステラ・メルト〉も損壊した。元は両刃の美しい大剣だったのだが、片刃部分がボロボロに――というか、ごっそりと削り取られて曲剣みたいになってしまっているのだ。
しかし、砕かれてもそこは聖剣! 戦争パートで放たれる彼の最大スキル『その名はステラ・メルト』は千の大群を一瞬で溶かすほどの超威力を叩き出し、さらに――!
――……視聴者さん……――視聴者の皆さん――。
ハッ!? 何だこの脳内に響く声は。こ、これはやまとさんからの緊急メッセージ……!?
いや、俺の中の盗賊脳がいつかの配信を思い出そうとしているのだ! ここは謹んで耳を傾けなければ……。
――「……と、戦争パートではメギラーンさんはとても大活躍なのですが、他国から勢力を滅ぼされた場合、“拠点探索”で〈聖剣ステラ・メルト〉を発見できるんですよ。で、その攻撃力ですが……はい、お察しの通り微妙です……。二軍キャラが皆持ってる鋼の剣にちょっと毛が生えたくらいです。一応、RPGパートでなら『その名はステラ・メルト』が使えるようになるんですがなぜか単体攻撃で、威力もバグった魔法群に比べたらそこそこ程度なので……。従って、強いのは剣じゃなくてメギラーンさんでした! ちなみにここで聖剣を回収しなくとも、後から登用したメギラーンさんは戦争パートで『その名はステラ・メルト』を普通に使えます! さすがですねハハハ!」
あっ、そっかぁ……。すいませんやまとさん、動画勢がしゃしゃってしまって……。盗賊脳も教えてくれてありがとね。
と、何かのフラグミスか設定ミスかで、この聖剣への評価はイマイチなものになっているそうです。しかしメギラーンが聖剣を砕かれ、さらには行方不明になったという悲劇はある種の伝説と化しているので、その欠片には高い関心が集まるわけですね。
そんな目玉品が入り口に置かれているはずもなく、見物人たちはそこにたどり着くまでにたっぷりと展示会場を歩かされることになる。
「いや、でもこれは……?」
〈蝕祭の杯〉、〈モンストロ発光体〉、〈イルモンの鞘〉……。どれもこれも『クロニクル』のPRGパートで装備できる品ばかり。
す、すげえ。すげえですよ、やまとさんたち煉界症候群の皆さん! あの世界を彩る様々なアイテムがここに……!
このアクセサリー類、実を言えばどれも微妙な性能。上がる数値も1とか2で、雰囲気重視というか気分だけというか……。しかし目の前にあるというだけでテンションが上がる。それに持ってるだけで人間の性能が上がる道具とか、普通に考えたらメチャクチャすごい。
さすがはわーくにを代表する商人たちの収集だ。人混みもあってなかなか前には進めなかったが、そんなこと気にならないくらい、俺もアークエンデたちもこの展示を楽しんだ。
「なあ伯爵、面白いものがあるぜ」
ふと、オーメルンがシャツを引っ張ってくる。
彼は「安物があったら見分けてやる」とばかりに展示物をガン見していたから、気を引くものがあったようだ。これは盗賊技能の師匠としても放っておけないな。
「どれどれ、どんなやつだ」
「こっちこっち。ほら『見掛け倒しジュエル』だってさ」
ププッ。名前からしてすでに面白い。ガチの秘宝だけでなく、そうした珍品も置いてあるのか。そんなことを思いながら、オーメルンが示した品を見た俺は――。
「ぺえっ!?」
腹の底から悲鳴を上げた。
それはブローチだった。“見掛け倒し”なんていう不名誉な名前が付けられているのは、ブローチの周辺部分――つまり石座に対してメインストーンがあまりにも小さいからだ。隙間だらけで何かの不良品のようにすら見える。
だが俺は、その石座にこそ見覚えがあった。精緻で豪華な、花開く六枚の翼を模したデザイン……。
「こ、こ、これは……」
魔王アークエンデの装備だッ……!!
この『アルカナシリーズ』。シリーズ通して最大の売りは、そのハイクオリティなキャライラストと言っていい。SLGとか興味ない、乙女ゲーなんかもっと知らんという人でさえ、パッケージを見たら手をつい出してしまう、そんな神絵師の技が最大の武器だ。
だがその裏で、重厚な設定と世界観でも多くの煉界患者たちを魅了している。何しろ、キャラクターの来歴や武具のみならず、細かな装飾品にもそれぞれ裏ストーリーが割り振られているほどだ。
たとえば、『クロニクル』に出てくる“海賊王子エンリケ”というキャラ。こいつが付けている首飾りは、とある激烈難易度の塔ダンジョンを開くためのキーという設定になっている。別に関連したイベントがあるわけでもなく、塔にも最初から誰でも入れるのでゲーム内にはまったく反映されていないが(どうして……)、そういう物語性が密かに細かく定められているのだ。
だからやまとさんを始めとした煉界症候群の皆さんは、衣装のデザインからもやたらと考察を広げる。あの形はあれと同じだとか、この模様は分解するとあの紋章に似ているとか……。
そんな煉界症でなくとも印象的なものは俺も覚えている。これは『アルカナ1』及び『クロニクル』で魔王として降臨するアークエンデが付けているブローチで間違いないいいッ……!
「あら……伯爵さん、面白いものに目を付けたわね」
石化していた俺がかろうじて首を動かせば、ベルゼヴィータが興味深そうに微笑んでいる。
「面白い……? これが何か知っているのか?」
「それは深族の間では“試練石”というの。持ち主がいない状態だとそんなだけど、選ばれた然るべき者が持てばその魔力を吸って成長する一種の魔石よ」
「成長する? そんな石があるのか?」
「最初は魔力を吸うばかりだけど、大きく育てば今度は予備の魔力タンクとして持ち主を補助してくれる。ただしね、これにはいわくがあるの。試練石はその名の通り、持ち主に試練を課す。困難や不幸、強敵を呼び寄せると言われているわ。それに耐え抜くことで、持ち主はさらに鍛えられる。本当かどうかはわからないけどね」
本当なんだわそれえええええええええええ!
『クロニクル』のアークエンデは八方友好度ゼロの敵だらけなんだわああああああああああああ!!
正史の彼女がどうしてこれを手にしてしまったかはわからない。だが、もしかしたらこのせいで、彼女はイバラの道を歩くことになってしまったのかもしれない。
ス、スルーだッ……! 彼女がラスボスになる要素は極力排除しなければならない。幸い、今あの子たちはもっとちゃんとした宝石類で盛り上がっている。ここは何も見なかったことにしてクールに去る……!
「でも、そんな物騒な伝説だけじゃないの。この石はね――」
そんな俺の決意など知らず、ベルゼヴィータが律義に話を広げてくれようとした、その時だった。
突然、会場の奥から悲鳴が上がる。男も女も問わず複数の。
「何だっ?」
膨れ上がるただならぬ空気。立ち止まった人々の隙間を縫い、俺たちは現場へと急行する。ここは皆さすがに歴戦のムーブ。
悲鳴の発生地点は、展示会でもっとも広々とした――別の言い方をすればもっとももったいぶった展示品のスペースだった。
すなわち。目玉展示物〈聖剣ステラ・メルトの欠片〉のコーナー。
王冠でも載りそうな大袈裟な台座が、重厚なガラスケースでしっかりと保護されている。そこに一点、不自然なカードらしきものが貼りつけられていた。
誰かが震える声でそれを読み上げるのを、俺の耳は確かに拾った。
『展示会最終日、この秘宝を頂戴しに参上する ――怪盗貴族』
まるで近くにコナン君でも潜んでいそうな展開だぁ……。
※お知らせ
先日もお伝えしましたが、諸事情につき次回投稿は11月21日前後を予定しております。
投稿の際は活動報告かXにてお伝えしますので、そちらをチェックしていただけると幸いです。
悪役公女のゴスロリ三姉妹に伯爵が振り回される様を、是非、また見に来てください!




