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第七話 父さんを倒さんとす

 俺が前に生きていた世界で、親ガチャという言葉が流行ったことがある。

 それを不快に感じた誰かが子ガチャなんて言葉を編み出し、お互いに不満をぶつけ合っていた。


 ただこの二つの言葉、俺はどうもしっくりこなかった。ガチャというならもっと相応しいものがあるだろと思って。


 友ガチャ。


 友達のガチャ。引くも引かないも自由、引いた後で関係を育てるも切るも自由――もちろん切られるのも。ガチャ石は、精神が続く限り無限な点は良し悪しありそうだが。


 友達は人生を左右する。有名人の子供が何かの犯罪で捕まっているのを見るたび、特にそう思う。星5親から生まれて何でわざわざ破滅すんだよと。

 それを願う親なんていない。本人とその友人の招いた結末。


 アークエンデには、良き友が必要だ。


 ※


「ひとまず、ここでいいか」


 屋敷に戻った俺は、ひっそりとして薄暗い一室にオーメルンを連れ込んでいた。

 急な来客用としてある部屋の一つで、生活感は乏しいが掃除は一応されている。


 帰りの馬車の中で、オーメルンはひたすら体を硬くし、口をつぐんでいた。

 アークエンデとバスティーユも俺の意図が読めず、もの問いたげな目線ばかりを向けて来ていたが、二人への説明もまずはオーメルンと話をつけてからだ。


「クソッ……ここまで来たら観念するしかないか……」


 突然オーメルンがそんなことをつぶやき、部屋の真ん中らへんまで歩くと振り返った。


「財布を盗まれた仕返しがしたかったんだろ。ここならもう誰も来ない。ほら、殴るなり蹴るなり好きにしろよ!」

「こら、人聞きの悪いことを言うな。そんなことしない」


 俺が否定するとオーメルンは「だったら……」と怪訝そうに眉根を寄せ、それからすぐに青ざめて後ずさった。


「まさか……そういう趣味か……!? この変態野郎……!」

「おいィ!? 何を考えた!? やめないか!」


 まずいですよ! ……失礼、邪悪なネットミームを違う世界に持ち込むのはルールで禁止スよね。


「オーメルン」


 俺は警戒する彼の前に歩み寄ると、片膝をついた。それで目線の高さが合うくらい彼はまだ小さかった。


「アークエンデの友達になってくれないか。そして、あの子の付き人になってほしい」

「は……?」

「それで将来はレンジャー試験をクリアしてもらいたい」

「ちょ、ちょっと待てよ……! 何一人で話を進めてんだアンタ……。アークエンデってアンタの娘だろ。それにレンジャーって、王立特殊部隊の超エリートじゃないか……!」

「君ならできる」


 俺はしっかりと目を見て告げた。

 驚き戸惑うばかりのオーメルンにはズルくて申し訳ないが、これは信頼できる未来だ。『アルカナ』シリーズの派生作品、なぜかの戦略シミュレーション『アルカナ・クロニクル』において、オーメルンはレンジャー部隊を率いてちゃっかり出演しているのだ。


 顔面偏差値も能力偏差値も上位のイケメン連中に押されて武将としての性能は微妙なんだけど……美男美女サイッキョ世界では仕方がない。それに聞いての通り、レンジャーというだけで十分エリートなのだ。


「正気か? 頭おかしいんじゃないのか……?」


 オーメルンは疑り深い視線を俺に差し返してきた。そこに、ゲーム内で見た彼のひねくれた顔つきを見た気がした。

 俺は率直に聞いた。


「どうしてあんなことをしていた?」

「え……?」

「スリだ。君の家は金持ちだろう?」

「好きでやってたんじゃない」


 オーメルンは悔しそうにうつむいた。


「アイツが命令するんだ。マヌケそうなヤツからものを盗んでこいって。オレはやりたくなかった。でもやらないと殴られる。アイツの本当の息子たちからも。……アイツらは、別に金やものが欲しかったわけじゃない。アイツらはオレが苦しむのを見て楽しんでただけなんだ。オレが盗みをイヤがって、それでも最後には言うことを聞くとゲラゲラ笑ってた」


 ぎりと歯を食いしばる音がした。小さい体にこみあげる本気の怒りが、一筋の悔し涙を彼に流させる。


「盗んだものはすぐにそのへんに捨てられてた。オレはそれを持ち主に返そうとした。でも、ほとんど返せなかった。だからオレは……いつも、どうでもよさそうなものを盗んだ……」

「……!」


 こいつ……まさか俺の財布がほとんど空だと知っていてスッたのか?

 驚いた。俺の中の盗賊イーゲルジットも驚いてる。


「オレはただ……みんなと仲良くしたかっただけなのに……。でもアイツらの言う通りにしてたら、オレは悪い人間になる一方だ。どうすればよかったんだよ、こんなの。クソッ……!」


 ずっと吐き出したかったのだろう。そこまで言ったオーメルンは、拳を握りしめたまま押し黙った。

 この子もアークエンデと同じだ。健気に差し出した手を払われ続けた。

 将来のあの卑屈でひねくれた姿は、その結末なのだ。


 よくも悪くも人は周囲の影響を受ける。あるいは、それは適応なのかもしれない。真っ直ぐに生きたくても環境がそれを許さなければ、まわりと一緒に歪むしかない。


 俺は我知らず、オーメルンを抱きしめていた。


「なっ、何だよ!」


 うろたえる彼に、真摯に告げる。


「オーメルン。よく今日までもちこたえた」

「はあ? アンタ、何言って……」

「今日からは真っ直ぐ、その優しさで生きていい。いやそうしてくれ。それで、アークエンデを支える友人になってくれ」

「またそんな……騙されるかよ!」


 オーメルが身をよじって抜け出す。


「何か魂胆があるんだろ。見返りとか、条件とか……!」


 強い疑いの眼差しは、これまでの傷が剥かせる牙だった。この幼く小さな体に、それだけの痛みと憎悪を貯め込まされてきた。ごまかしはせず、率直に向き合うしかない。


「ああ。一つ、クリアしてもらいたいテスト……いや訓練がある」

「ふん、ほらな。何だよ」

「レンジャーは罠の解除とか宝箱の開錠みたいな手先の技術を得意とする部隊だ。“王様の泥棒”なんて呼ばれることもある。スキルが似通ってるからだ」


 俺は自分の体をパンと叩いた。


「何でもいい。何日かかってもいい。俺が身に着けているものを、俺に気づかれずにかすめ取ってくれ。それができたら、俺が持ってる技術のすべてを教える。町でのリベンジだ」


 ※


 日中ならいつでも狙ってきていい。ただし夜は寝ること。寝ない子には目の下にクマが憑くぞ。

 ルールはそれだけ。


 俺は、その日からいくつかの小物を体にくっつけて過ごすようにした。細いチェーンやブローチ。一目でわかる位置もあれば、ポケットに忍ばせたものもある。


 オーメルンはあの日、俺から財布をかすめ取った。

 用心深いイーゲルジットの習性には負けたが、タイミングは見事だった。


 盗みには、それに相応しい技術が必要になる。

 周囲の視線を読み、獲物の注意力を探り、一瞬の変化を見逃さず、場に逆らわぬ手を差す。いずれも正しく使えば称賛を受けられる技能。オーメルンにはその片鱗が十分にあった。


 しかし俺の用意に対し、彼はまともにこの試験と向き合おうとはしなかった。

 俺やアークエンデが話しかけても塩対応。バスティーユは元から塩対応なので目が合っても言葉すら交わさない。


 オーメルンはただ探るように俺を見ていた。こいつは本気で言っているのか。本当に俺を娘の付き人にするつもりなのか……試してやる。そんなふうに。


 そう。俺はオーメルンを試すようなことをしているが、同時にオーメルンも俺を試していた。もういいようにオモチャにされるのはまっぴらだ。もう傷つきたくない。もう苦しみたくない……。


 こういう時、人はどうしてか、自分から傷つきにいってしまう。いいニュースは疑ってかかり、悪いニュースは嘆きながらもどこかほっとしてしまう不可解な心理。


 試験開始から三日目。

 俺の部屋から真鍮の置時計がなくなった。

 家人の話によると、部屋に入った者は見なかったという。


 俺はオーメルンを探した。

 彼は屋敷の庭にある大きな木の上で寝ていた。


「やったなオーメルン」


 俺が下から呼びかけると、オーメルンはさも今起きたような態度でこちらを見下ろしてきた。


「何のことだよ?」

「俺の部屋から真鍮の置時計がなくなった。盗ったのはおまえだな」

「ひっでぇな。いきなり疑うのか?」

「鮮やかすぎた。俺がいない時に限り、あの部屋の前は結構人が通るんだ。しかし誰も人影や物音に気づかなかった。そんなことができるのはおまえしかいない」


 そう告げると、オーメルンは俺の目の前に飛び降り、


「……金貨二枚にはなったぜ」


 そう言って、手の中で金の硬貨を躍らせた。

 町で売っ払ったと言ってきたのだ。


 俺はその手首をガッと掴んだ。落とさぬよう金貨を握りしめた拳の向こうに、オーメルンの射抜くような目があった。そうだ殴れよ。正体現せよ。綺麗事言いやがって。おまえもあいつらと同じなんだろ――?


 その目に言い返す。


「安いぞオーメルン!」

「……!?」


「あの時計は持ってくところに持ってけば金貨十枚だ。そうすればおまえは、今より八枚も多くの金貨を手に入れられた」

「なっ……そこかよ!? 盗んだことは怒らないのか!?」

「それは確かに悪いことだ! だが、俺もおまえを一方的に屋敷に連れ込んで、頼みを聞いてもらおうとしている。反発する気持ちはわかる。それでも、俺はおまえに頼みたい。価値あるものを正しく見分けるんだオーメルン。今回はおまえがちゃんと見ていれば、騙されることもなかった。これはおまえのミスだ」


 俺は小さな手帳をオーメルンに押しつけた。中を見た彼が驚愕する。それは、屋敷にある調度品から小物までの試算価格だった。俺が書いたんじゃないぞ。イーゲルジットが書いてやがったんだ。


「それを見本に、金目のものとそうでないものを見極めろ。性悪とはいえ腕の立つ商人のところにいたんだろ。良いものは散々見てきたはずだ。その金貨は持っておけ。正式に付き人になってくれたら給金は払う。これはその前払いだ。けど、こんなことはもうするな」

「……!!」


 オーメルンの肩がわなわなと震えた。

 俺に殴らせて早々に答え合わせをしたかったんだろうが、そうはならなかった。俺は――というか、恐らくエルバンよりも性格の悪いイーゲルジットの感性が、より狡猾なカウンターパンチを自然と繰り出させた。


 これまでオーメルンは、ギリギリのところで自分が正しいと思えることをしてきた。自分は悪くなくて、エルバンとその息子たちが悪かった。そんな自負が、誇りがあった。


 だが今、彼は俺を怒らせるために悪さをし、ドジを踏んだ。

 嫌っていたはずの盗みをやり、それでいて町でカモられた。いずれ払われる給金も自分で目減りさせてしまった。徹頭徹尾、自分をみじめにする行い。誇り高い彼がそんな結末を許すはずがない。


「くっ……!」


 俺の手を振り払うと、オーメルンは走り去っていった。

 そしてそのまま夜まで帰ってこなかった。

 夕餉の時間になって、彼は現れた。何だか取っ組み合いでもしてきたようにボロボロの様子で。


「返す」


 そう言って、つっけんどんに押し出してきたのは真鍮の置時計。


「取り戻したのか」

「あのケチ野郎、人を騙して買い叩いたくせに、一度買い取ったものはもう自分のもんだと言い張りやがって……。」

「そうか。大変だったな……。だけど、よくやった! さあ夕食にしよう」


 俺はがしがしとオーメルンの頭を撫でた。


「痛っ……! 頭撫でんなコブがあんだろ! 顔にもさわんな!」


 次の日から、オーメルンはちょっと真面目に俺を狙うようになった。


レア度普通の友達と難易度普通のコンテンツに挑めるならそれで十分ですよ。


※お礼

レビューを頂きました! どうもありがとうございます!

そうだよ好意に堕ちて悪いことなんかないよね!(すっとぼけ)


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― 新着の感想 ―
アッーーー!
おましょうま! >友達のガチャ。引くも引かないも自由 すいません。そのガチャどこで回せますか(切実 >「まさか……そういう趣味か……!? この変態野郎……!」 ホモォの波動を感じる┌(┌^o^)┐…
良いですよねやんちゃ少年がツンデレ気味に懐いてくるの… その内愛娘の親友にして付人にして恋のライバルとしてイーゲルジットおじさんを狙うようになるんだ…オラッ親愛の情が恋慕の情になっちゃえ…ッッック…
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