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第五十五話 独裁は面倒くさいから(下)

 勝利を確信した俺たちは、全員でバスティーユの執務室に押しかけた。

 人間族にとって新素材となる黒シルク。そして深族の美的センスによる耽美なデザイン衣装。この勝ち確なプランをノーと言えるヤツはいない。


 しかし、ドヤ顔で提出された企画書に、彼は一瞬しか目をやらず、


「ベルゼヴィータ様。深族に、山道に詳しい者はいますか? たとえば北へ抜けていくルートを知っているような。もちろん人間族の足で」

「たくさんいると思うわ。あそこは庭みたいなものだから。わたしたちだってわざわざ険しい道を歩きたくもないしね」


 えっ。あの……。


「人間を道案内できる者はいますか? できれば道中の警護も兼ねて」

「頼まれれば、それくらいはするんじゃないかしら」

「よろしい。それと失礼ですが、そのドレスについている宝石は?」

「これ? これは大した魔力も宿っていないただのクズ石よ」


 ちょっと……。


「魔導耐性の強い深族にはそうでも、人間からすればアミュレットにちょうどよいのです。それが採れる場所をご存知ですか?」

「一族の男なら皆知っているはずよ。石掘りは男の仕事だから」

「よろしい。では――」

「ちょちょちょ、待って。ちょ待てよバスティーユ!」


 俺は執務机に飛びつくようにして、二人の矢継ぎ早な応答が行き交う空間に物理的に割り込んだ。するとバスティーユは渋い顔で、


「旦那様、今、私たちは真面目な話をしているのですが……」

「俺もしてるんだよ! なんだ、その、俺たちが提案した黒シルクと服は……!?」

「これですか? 無論、採用です。しかし、これまで立ち入り不能だった北の山を知る一族と交流を持つというのであれば、その知恵は最大限活用しなければ」


 俺はぽかんとした。


「この男……最初から全部、自分一人で構想を練っていたな」


 ユングレリオが呆れたような、感心したような声で苦笑する。

 お、俺たちがみんなで話し合ったアイデアが……。


「今まで我が領への道は、北の山地のせいで東西騎士領から迂回しなければ来られませんでした。それを直通できるとなれば交易ルートの幅も大きく広がります。また、山は植物や鉱物資源の宝庫です。これまでは調査に立ち入ることすらままなりませんでしたが、詳しい者が案内してくれるのなら、ようやくそこにも着手できるでしょう。ええ、深族の庭が無断で荒らされる心配はありません。盗掘団の類はもれなく、山の途中で獣たちのエサになるでしょうから」


 ヒエッ……。この男、開発に伴う不逞の輩への対処まで……。しかも泥棒は勝手に食われろとか血も涙もない。


「では、北へと抜けるルートの提示とその間の護衛、宝石と黒シルク技術の提供の見返りとして、深族への物資援助を行いましょう」

「ま、待てバスティーユ! ……それはいくらなんでも、欲張りすぎてないか?」

「はい?」

「その……搾取とか、してないよな?」


 俺と、そしてアークエンデとオーメルンも、机にかじりついてじっと彼を見上げた。

 束の間きょとんとした彼の大きな大きな嘆息が、俺たちの鼻先にまで届く。


「誰がそんなことをしますか。これは今述べた“業務”を提携することへの対価です。護衛案内料、各商品への代金は、相場分を深族が持っていけばいいでしょう」

「そ、そうか。それならよかった……」


 俺の一言に、バスティーユはさらに不服そうに目を尖らせ、


「いいですか旦那様、お嬢様も。ついでにオーメルンも聞いておきなさい。領主の金庫にいくら貯め込んだところでたかが知れています。それに金は所詮交換品。そこに麦の山があって初めて価値が出る。そして麦は人が作る。大事なのは彼らです。彼らが健康で、ほどほどに豊かで、そして大勢いること。これが何よりも領主を富ませる。今回深族を保護下に入れれば彼らも領民となります。ならば彼らも富む必要がある。勝ちたければ、一人でではなく、全員で勝つこと。そして時間をかけること。善とて、焦れば足を引っ張られます。いいですね?」

「あっ、ハイ……すいません……その通りです……すべて……」


 俺も子供たちも小さくなってうなずく。これは一言一句言い返すすべもない。俺たちが間違っていましたバスティーユさん……。


「……だいたい、領内すべてが私の金庫なのですから、金がどこに集中しようが分散しようがどうでもよく……」

『ん?』


 俺たちが一斉ににらむと、彼は素知らぬ顔で引き出しから新しいインク壺を探し始めた。

 こいつ……。悪としてのスケールが違っていた。こいつが一番独裁者なのでは……。


 だがとにかくこれで採決だ。深族の保護は確定した。


「よかったですわね、ベルゼヴィータ」


 アークエンデがベルゼヴィータの手を取る。


「これからは食事や道具に困ることはありませんし、好きなことに時間を使うこともできます。もちろんお仕事は必要ですけれど……。でも、そのお金で買い物をしたり、山を下りて外の世界を見て回ることだってできますわ」


 世界の片隅でひっそりと戦い続けてきた深族。それが今、変わる。

 これはまだヴァンサンカン領だけのこと。他の領地の深山幽谷にも、消えゆく深族たちがいるのだろう。だが、わーくにでの活躍を耳にすれば、彼らもいずれ……いやまず領主たちの方が放ってはおかない。こぞってコンタクトを求め、似たような活動に入るはず。


 深族は立て直せる。俺たちが協力して煉界船を討ち果たしたように、力を合わせて共存できる。

 深族の新世紀の始まりだ。


「ありがとうエンデ、みんな。本当に、何から何まで」


 アークエンデと抱き合いながら、ベルゼヴィータは心からの感謝を伝えてきた。


「気まぐれであなたたちを助けたことが、こんなことに繋がるなんて。エンデ、やはりあなたはわたしの翅よ。とても愛らしく、自由な……」


 頬を赤らめ、うっすらと瞳を潤ませながら、彼女の言葉がアークエンデを包み込む。

 アークエンデの方も微笑み、背中を優しく撫でてやっていた。


「伯爵さん、わたしも決心がついたわ」


 不意に、ベルゼヴィータが宣言してくる。


「な、何かな……?」

「約束を少しだけ変えさせて。やっぱり“その時”は三人一緒がいいの。この気持ちをどうしてもエンデに伝えたい。分かち合いたい……」


 どうとでも捉えられそうな曖昧な言葉に皆がきょとんとする中、俺だけが事の深刻さを理解していた。どうしてそうアブノーマルな方へと舵を切る!? 深族の性癖か!? それとも彼女が見た教材に偏りが!?


「エンデ、何の話ですの?」

「い、いやこれは、これからも仲良くしようねという、それだけの話なんだよ」


 俺は代わりに答え、ベルゼヴィータもそうだとうなずいた。こんな話、この子の前でできるか! ちょっと人間の倫理について、ベルゼには後で話して聞かせないと……。


「そうだ、性格の悪いあなたにもお礼を言わないと。どうもありがとう」

「どうも。お礼を言われる筋合いもありませんが」


 淡々と、事務的に返すバスティーユ。

 けど、俺の耳は盗賊の耳だから聞こえちまった。

 そのあと君が、かすかに言った言葉。


「あなたが旦那様と子供たちを助けてくれたことの方が、私は何倍も嬉しかった」


 やっぱさ、おまえ性格Zは下ろせよ、バスティーユ。


 ※


 その後――。

 服飾関係にうるさいユングレリオが発案し、実利にうるさいバスティーユが認可したこの事業は、本格始動の前からすでに勝利の味を知ることになる。


 開通したばかりの北方山道を使い、北におわす大貴族へとお試し版のアミュレット付き黒シルクドレスを何点か届けてみたところ、目玉が飛び出るほどの大金となって返ってきたのだ。


 添えられていた書状には、これらの商品を優先的にこちらに回してほしいという要望が記されていた。このぶっ飛んだ代金はそのための手付金込みということらしい。


 最高の手応えだ。事業が小規模なうちはお得意様は少数で十分。希少性も大事なブランド力となる。彼らの信頼を得ながら、着実に人手を増やしていこう。


 ちなみに……。深族の裁縫技術というのは度を超えて凄まじかった。

 針の動きが電動ミシンかキシン流奥義かというほど早く、正確なのだ。女王陛下が着られるレベルの豪奢なドレスがほんの十日ほどで仕上がってしまう。そして今回のテスト版を製作したベルゼヴィータは、母親の方がもっと早く上手くやるというからもう言葉もない。


 領民が彼女たちの技を習得するのは無理だ。人間なりの速さでやればいいと、最初から釘を刺しておこう……。


「最高のブランドというのは常に入れ替わるものです。しかし、最古のブランドは永遠に揺らぐことがない。仮によその領主が同じような事業に乗り出したとしても、我々のシルクはアドバンテージを持ち続けるでしょう」


 バスティーユはそんなふうに、静かにほくそ笑んだものだった。

 ヴァンサンカン領の深族は、多分世界でもっとも裕福な氏族の一つとなるだろう。

 そして、それを擁するわーくにもまた……。


「ふー、今日もよく働いた」


 本日の業務。トメイトウ畑の視察と、ベルゼブブの軍勢が完治したというので表敬訪問。

 特に何もなく平穏な前者はともかく、グノーたちの方は凄かった。自由を得た彼らのブブゼラがとにかくうるさいのだ。彼らは引き続き戦士団としてベルゼヴィータに仕えつつも、今後は山の見張りをしながら暮らすという。鉱石盗掘団の運命はこれで決まったな……。


「ふふふ……」

「!?」


 不意に、俺は目を見開いた。自室に戻るなり、視界に飛び込んできたその黒い影に。

 真っ直ぐに下ろした金髪。肩より長いそれがかかるのは、真っ黒いドレス――いやこれは、黒い……メイド服!?


「何を驚いている、心胆よわよわ伯爵。ボクだボク」

「へ、陛下!?」

「陛下じゃない!」


 金髪ストレート美少女が声を荒げてくる。間違いなくユングレリオだ。しかし、その姿は……!?


「どうだ、伯爵。この新型メイド服は」


 言って軽くスカートを揺らしてみせる。ほっそりとしてどこにも男らしさのない脚が、黒との対比で白く輝いて見えた。


「ベルゼヴィータにいくつかデザインを見せたら、すぐさま作ってくれたのだ。愛らしいボクに相応しい出来栄えだろう?」

「そ、それは間違いなく……」


 し、しかし……。

 ここ最近、俺も深族の事業を横で見ていたのでわかるが、これは黒シルクだ。今、この王国においてもっとも値の張る希少素材。そのメイド服だと……?


「まさか最初からそれを作るのが狙いで……」

「ほう、なかなか察しがいいじゃないか」


 なんてこった。ユングレリオはこの最高級ブラックメイド服を作るために、深族にブランドを立ち上げさせたのだ。


 そしてその風貌は……言うなれば、メイド界のブラックゴスロリプリンセス。


 精緻を極めた各所の意匠に、もはや観賞用としても部屋に置けないほど繊細なフリル。アミュレットももちろん装着済み。これだけロイヤルドレス然としていて、それでもメイド服とギリギリわかるユングレリオのデザインも冴え渡っている。正にメイド服のレアリティブラック。史上最高級品だ……!


 加えて、それを着ているユングレリオの、なんと妖しく美しいことか。

 普段の可愛さが大人の黒によって淫靡な色香へと変わり、人を誘惑しに来た悪魔のようですらある。こんなん魔の神に仕えるメイドさんじゃんか!


「では、伯爵。早速確かめてみるといい」

「えっ、掃除とかを……?」


 断片的な物言いに、俺は適当な返事しかできない。


「何を言っている。当然、ボクの抱き心地に決まってるだろ! それっ!」


 ユングレリオがいきなりダッシュから飛びついてきた。

 咄嗟に受け止めてしまったが、し、しまった……!


「ああ^~」


 抱き留めたメイド長と黒シルクの何と柔らかなこと。指先が、手のひらが、肌で感じる甘さに陶然となってしまう。


「ふふっ、どうだよわよわ伯爵~。気持ちいいであろう?」


 さらにユングレリオがスリスリと体を擦りつけてくる。どこか森の精気を含んだ香りと甘い匂いが混ざり合い、俺の体からどんどん力を抜いていった。


「ひええ……」


 これは、人間をダメにする感触だ。人間をダメにするメイドだ!


「あはっ、もっとダメになってしまえ~」


 調子に乗ってより体を隅々まで密着させてくる陛下。い、いかん、このままでは。

 このままでは本当に決壊してしまう。このままではッッッッ……!


「お父様の部屋から悪い虫の匂いがしますの! ベルゼ、騎翅を突っ込ませて!」

「わかったわ。突撃!」


 窓の外からそんな声が聞こえて半瞬後。


 ドガシャアアアアアアアアアアア!!!!


「修理したばかりの部屋の壁ええええええええッ!」


 飛び込んでくる中型騎翅。それに騎乗した魔王少女二人。

 轟音と衝撃に驚いたユングレリオは目を回し、俺の腕の中でぐったりしている。


 言い訳の備蓄は十分か?

 どうする、伯爵。


 ――こうして尊い犠牲を払いつつも、ヴァンサンカン出身のメイドには、ミニスカメイド服を超える最高級ブラックメイド服が誕生した。


 だが、主人たる貴族ですら手に入らない黒シルクを侍女が着てていいはずもなく、このコスチュームはあくまで概念上の最強装備として、我が屋敷に飾られることとなったのだった。


独裁者も暴君もハーレム王もみんなこの屋敷の中にいる。


※お知らせ

いつも読んでくれてありがとうございます。次回から新エピソードというところですが、多分9月入ってすぐあたりから諸事情により一旦投稿をお休みします。再開日については中断する際にわかると思うので、その時またお知らせします。

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