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第五十四話 独裁は面倒くさいから(上)

 なお深族とのお話はもうちょっとだけ続くんじゃ。


 ベルゼヴィータの調査により、北の山に住む深族の状況が判明した。

 総人口はわずか二百名ほど。すべて合わせても人間族の小さな町レベルで、それぞれが離れて暮らしているため過疎感はさらにひどい。


 今のところ緩やかな協力体制と自給自足が成り立っているものの、知り合いがいつの間にかいなくなっていたなどの関係性の消失も怖く、静かなる衰退の真っ最中であることを危惧せずにはいられなかった。


 ただ良い兆しもある。煉界船戦での協力により、若者たちの間にはこれまで通りの不干渉・無関心な暮らしに変化を望む声が出始めた。親から継がれてきた孤独な暮らしに慣れた大人たちも、これに反対するようなことはしていないという。


 煉界船という一族の重しが消えた今こそ、変化を起こす最後のチャンス。俺にはそう思えた。だから――。


「北の山の深族を保護したい、ですか?」


 ヴァンサンカン屋敷心臓部。性格Z、執務Sのバスティーユの仕事部屋で、俺はその提案を彼に投げかけていた。


 食料援助に、技術支援。必要であれば住みやすい平地への移住――つまり町への引っ越しも補助する。その他諸々込みで、深族を再興させるためのプランだ。


「深族はこれまで煉界船という未知のバケモノを抑えてくれていた。そのせいで一族が衰弱しかけているのは確かなはず。もし彼らがいなければ地上はもっと危機に晒されていた。俺たちはそれに対してお礼をすべきだ」


 事前に準備した文言を俺は淀みなく彼に言い切った。我ながらぐうの音も出ない正論。これにはさすがの執事殿も一つ返事で首を縦に振り――。


「それは彼らが勝手にやっていたことです。我々が頼んだわけではありません」


 ――どころか眉一つ上下させず、性格Zマンはしれっとそんな言葉を突っ返してきた。

 なんでそんなこと言うの……。


「だ、だとしてもだ。特に今回のはうちの領内に現れたんだぞ? 放っておいたらそこら中がやばかった可能性が……!」

「ですので、旦那様とお嬢様方が出陣してそれを討伐したのでしょう? 王国との契約にある領地の治安義務は果たしています」

「ぐうっ……!」


 そ、それは確かにそうだ……。結果的にだがそうなってしまった。


「だっ、だけどさぁバスティーユさぁん。うちの領地、お金あるんでしょお? トメイトウ、領内外で大評判だって聞いてますよぉ……?」

「急に下手に出ないでください。私が旦那様を差し置いて領地を乗っ取ってるみたいじゃないですか」


 バスティーユはそこで小さくため息をついた。


「いいですか旦那様、政治とはすべからく、大の虫を生かして小の虫を殺すべきものであると私は考えています」

「うっ……」


 この諭すような話し方はお説教モード! まずい。これに入った時の俺の勝率はゼロ。33-0である。


「しかしこれは、少数を生贄にして多数を生かすという意味ではありません」

「えっ。というと?」

「どれほど大きな傘を広げて人々を雨風から守ろうとしても、必ず少数がそこからはみ出てしまう、その必然悪を語っているものです」

「じゃあ、そのはみ出た人用に傘を用意すればいい」

「したとしても、そこからまた一部がはみ出ましょう。すべては、個々人が抱える障害の内情があまりにも多様であることが原因です。彼らを一人残さずケアしようとすれば、有限である人的コストと資金を無限に注ぎ込まなければいけなくなる。そんなことは不可能です。だからこそ政治家は少数のグループを見るのではなく、少数を大きなグループへと組み込んだうえで、なるべく多くの人々に恩恵がある政策を一つ実施するしかないのです」


 バスティーユの手元には、町の炭鉱夫ギルドから上がってきた要望書があった。

 仕事中に負傷した鉱夫が、療養中でも受け取れる一部賃金の額を上乗せする内容。そのためのいくらかを領主に補助してほしいという訴えだ。

 彼はそれにビッと「可」のサインを引いた。


「もし、“可哀想だから”とか“人道に(もと)るから”とかいう安直な倫理観でお気に入りの少数を生かそうとするのなら旦那様、それは政治の王道から外れる行為。独裁者の道ですよ。自分以外のすべてを敵に回す覚悟がございますか?」

「うぐっ……!」


 独裁者……。

 ここは王国なんだから王様は独裁者だろと思いたくもなるが……実際は全然そんなことない。影響力の強い領主はたくさんいるし、都の内側であっても家臣たちで話し合い、様々な合意形成を経た上でやっと王様が最終結論を下すという。


 ヴァンサンカン領の人々は悪人ではない。だが当然、自己犠牲の聖人でもない。全然関わりのなかった深族のためにいきなりみんなの税金を投入しますと言って良い顔をするだろうか。俺だったら……表向きはともかく、本心では多分しない……。


「よくわかったよ、バスティーユ……」

「それはようございました。では、これにて――」


 彼の意識が仕事先に完全に戻ってしまうその前に、俺は一言だけ言い返した。


「だけどさ……何事にも例外はあるだろう?」


 その時の彼の顔は。まるで、めちゃめちゃデキの悪い生徒が不意に見せた、小賢しさのせいだったりするのだろう。

 彼はニヤリと――どこか悪人顔なのは彼が悪いのではない――笑ってみせた。


「その通りです旦那様。多数を差し置いて少数を優先的に保護したければ、彼らの有用性をお示しください。大勢の人間の利益に資する、その価値を。古来より大衆とは、自分の暮らしのわずかな向上を、決して掴まずにはいられない。自分にも得があると思えば、誰ももんくは言いますまい――」


 ※


「ってことになった」


 所変わって俺の部屋。

 その場に集まっているのは、愛しきアークエンデとオーメルン、ベルゼヴィータ、そしてユングレリオだ。皆、今回の一件に深く関わった者たち。ソラには難しすぎる内容なので除外させてもらった。呼んでもどうせ走って逃げていく。


「相変わらず意地がワリーな、バスティーユは」


 オーメルンの嘆息に「だが正論だ」と返したのは、ホウキを片手に持ったままのユングレリオだった。


「個人間であれば、困っている相手を助けることは異論なく善と見なされる。だが、政治となると途端に大勢が関わり、その中で多数の利害と葛藤が生まれる。仕方ないのだ。人は三人いれば政治を始める。人道というのはその中でも特に厄介なお題目でな……投じたもの以上のものが返ってくることはまずない。いや……長い目で俯瞰すれば、困窮者の救済は、集団にとって大事なことなのだ。一度(ひとたび)困っている者を切り捨てれば、次はもう一つ上の者も切り捨ての対象になる。次はおまえの番かもしれないぞと脅しているのではない。その余裕のなさが集団全体の攻撃性を高めるのだ。硬化した集団はよそ者を信じなくなり、国としての団結力は損なわれていく……」

「わたしたちの問題で、伯爵さんたちに困ってほしくはないわ」


 ベルゼヴィータが申し訳なさそうに口を挟む。ユングレリオは少し慌てた様子で、


「そなたを悪く言うつもりはなかった。すまない。他種族との関わりは色々デリケートなものでな。ボクも爺やに口酸っぱく言われていたので、つい……」

「けれど、あのバスティーユが猶予をくれたのですもの。上手くやる方法はあるということですわ。わたくしたちはそれを提示してやればいいのでしょう? ねっ、お父様」


 アークエンデからの呼びかけに、俺は「そうだ」とうなずいた。


「で、深族を助けるメリットねぇ……」


 オーメルンが腕を組んで考え込む。

 深族を援助するということは、自然と人間族との間に交流が生まれることにもなる。よくはわからないが、基本的に人や物が行き交うというのは、その時点で領内にとって良いことのように思える。

 だが、こんなあやふやな言い方ではバスティーユは許可してくれまい。

 もっと具体的に、物的に、お得なポイントを示さなければ……。


「そうですわ。ねえベルゼ、深族には何か特産品はありませんの? たとえば食材とか、料理のレシピとか。うちの領地はトメイトウの販売で一気に名を高めましたの」


 アークエンデが第一の提案をした。

 おっ、さすがは我が娘だ。これはなかなか良いヒントになりそう。


「料理……深族は基本的にそこらの植物や果物をそのまま摘まんで食べているから、あんまりレシピみたいなものはないわ。でもこれらは“ミアズマ”と呼ばれる森の深い気を多く含んでいて、人間族には毒だと思う」

「聞いたことがあるな。深族が魔導要素に長け、肉体的にも強靭なのは、その食生活に大きな理由があるとか」


 ユングレリオも一言添え、この案はたちまち暗礁に乗り上げる。トメイトウも有毒だと勘違いされていたが今回はガチのようだ。


「じゃあなんか、深族の間でだけ流通してる商品とか」


 今度はオーメルンが挙手。


「流通? それは何? わたしたちは一族同士でもほぼ交流がないし、商売とかも全然してないのよ。たまに作った生活道具を交換するくらい」

「なんか、見た目の優雅さに比べてずいぶん地味な暮らしだよな……」


 全員が世捨て人みたいなものか。若い人々が一気に反転した理由もわかる気がする。

 ここで一旦意見が途絶えてしまい、皆うーんと唸るばかり。これは現地調査でもして地道に探していくしかないか……?

 と、そんな時だった。


「時にベルゼヴィータ、そなたのそのドレスの生地は何だ?」


 一人あまり悩んでいる様子のなかったユングレリオが、そんな質問を投じた。まるで前々から用意していて、会議が詰まった時に発言しようと思っていたみたいだった。


「前から思っていたのだが、そのドレスの色味や、シワのでき方、衣擦れの音まで、ボクらの知らない繊維のようだが……」


 え、そうなのか? ていうか音まで聞き分けるって、陛下の集中力どうなってんの。

 俺たちの注目を一身に受けつつ、ベルゼヴィータはドレスのスカートをちょいと摘まんだ。


「これは“黒蚕”という蛾の繭から作った繊維よ」

「黒……蚕? 天然の黒いシルクだと……! そんなものが……!?」


 ユングレリオだけが、そのことに煌々と目を輝かせた。


「触らせてもらってもいいだろうか?」

「ええ、どうぞ」


 国宝にでも触るみたいに恐る恐るスカートの生地に指を這わせるユングレリオ。その顔が途端に、フニャけだした。


「おお……この滑らかな手触り。クリームのような柔らかさ。しかし麻のような頼もしさもあり、羽のように軽い。だが何よりもこの色の深み、清廉さはどうだ。染色された絹とは一線を画する。見事な黒だ……」


 滔々と述べられる賛辞に、俺たちも顔を見合わせ、触らせてもらう。


「ああ~。これは気持ちいいな……」

「こんなの着たら立ったまま眠れそうだぜ……」


 フニャフニャになる俺とオーメルン。アークエンデはすでにこの手触りを知っていたらしく、ベルゼと揃ってにっこり微笑んでいる。


「これは、大量に作れるものなのか?」


 ユングレリオが再度聞く。


「そうね。黒蚕は騎翅たちの親戚みたいなものでとても数が多いから、その気になればいくらでも採れるわ。深族の衣服からハンカチまでみんなこれで作られているくらいだから」

「き、聞いたか、伯爵……!」

「ええ、陛下!」


 これだ。この黒いシルクだ。俺みたいな素人にもわかる超絶高級素材。世の貴族、富豪たちは絶対に放っておかないだろう。大量に作れるとなれば、庶民の中にも手が出せるかもしれない。


 それに深族の女性は皆、これら黒シルクで衣服を自作している。つまり全員が腕利きの職人のようなもの。もし彼女たちが協力してくれたら、とんでもないデザイナー集団ができるぞ……!


「ベルゼ、これは外部には伝えてはいけないとか、そういう掟はあるのかい?」

「ないわ。そもそも他種族と離れて暮らせという掟もないの。男女の仕事分担があるだけで」


 いける。うちの領民たちにも技を教えてもらって、最強ブランドを立ち上げるのだ!


 俺は早速、バスティーユに提出する企画書を作った。

 新たな繊維とそれを使った極上の衣服。さらに工場も作って領民たちにお賃金が払える。こんだけいいことずくめなら、イヤとは言うまいな!


後日談なのに長くなりすぎてしまったため、ここで一旦切らせていただきとうございます。

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全身黒染めで【クッ…右手の封印が…】とか【ククク…我が魔眼はこの黒き眼帯越しでも──!】とか始めるソラちゃん追随する貴族達礼賛する俺黒歴史の封印が解かれ悶絶する伯爵様
>イヤとは言うまいな! ほんとぅ?
おましょうま! >親から継がれてきた孤独な暮らしに慣れた大人たちも、これに反対するようなことはしていないという。 厄介な船も撃破出来て、未来への道がみえたのが大きいやろなぁ >これに入った時の俺の…
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