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第四十七話 書物は語り、人物は騙る

 イーサンの町の下には魔界が広がっていた。

 まともな人間の来るところではない。ここに入館するまでのハードルの高さは、入るなよ絶対入るなよ! という責任者たちからの必死の制止にすら思える。


 しかし……この恐怖を乗り越えなければ、ベルゼヴィータに未来はない。

 それを思えば勇気凛々、怪奇現象なんてクソ食らえだ。


「よよよよよし、そそそそれじゃみんな行くぞ……」

『お、お~……(極小声)』


 俺たちはカンテラを全方位に突き出したファランクス状態となり、禁書の監獄を進んでいった。

 竜や巨大ハエや煉界人にはビビらずとも、やっぱり得体の知れないオバケは怖かった。なぜって、こいつらは生物として普通に生きている怪獣やモンスターとは違って、人を恐れさせるだけのために生み出された空想だからだ。


 やがて分岐路に出る。


「あっ、見ろ伯爵。壁に案内が出ているぞ」


 ユングレリオがほんのちょっとだけ腕を伸ばして指さす。

『2―6』と『7―■』。かすれてかなり読みづらいが、書架の案内看板のようだ。ただこの見た目では牢屋の番号以外の何物でもない。


 目指すは当然4の棚。全員でひっついて――ベルゼヴィータからも衣服の端っこをこっそり摘ままれつつ、俺は案内通り通路を左に折れた。

 また一つ、牢屋の前を通り過ぎる。


「お、お父様、あれ……!」


 アークエンデが俺の体に顔を埋めてきた。

 何かを見つけてしまったらしい。彼女が震える指だけを向ける先を確かめれば、そこには牢の中の人影が……!


「!? ……せ、先客、か?」


 鉄格子の奥の闇、牢内に置かれたテーブル席に、腰を据える誰かがいる。

 オバケの類と見るにはあまりにも現実感があり……そして古ぼけていた。


 俺はカンテラを掲げる。これで大抵のゴーストはバスターされる。

 が。


「あっ、ハゲだ……」

「違うわね。あれは……白骨よ」


 ソラの配慮に欠けた一言を訂正したベルゼヴィータによって、相手の素性が全員に伝わった。

 その動揺が、微細な振動となって伝わったのだろうか。白骨死体は突然崩れ落ち、頭蓋骨がカラカラと乾いた音を立てて床を転がる。カンテラを向けても消えない。……この死体は、本物だ。


「あの格好は、司祭のものだな……」


 ユングレリオがそう観察する。


「シノホルン司祭より立派な服着てないか」とのオーメルンの疑問に、「首都の上級司祭だろう。順当にいけばいずれは聖人に列されるほどの……」と、彼はすぐに返していた。


「彼は相応の審査を経てこの地に入り……何らかの理由で命を落としたのだ。以来、誰にも回収されることなく、遺体もそのままなのだろう……」


 病死とは思えない。司祭の白骨化した手は、執念でも宿っているのか、最後まで本のページを手繰ろうとしていた。読んではいけないページがそこにあるのだろう。


 遺体を回収しようとすれば彼の二の舞になる。だから放置されている。

 この牢は、禁書を封じているだけではないのかもしれない。中で異変をきたした人物を閉じ込めておくための最後のセーフティ。自分たちも一つ間違えば、ああなる可能性がある……。


 歓迎されざる未来の自分たちの姿を目の当たりにした俺たちは、その場に張りついた足を先に進ませるのにそれから数秒もかかった。


 2番の数字が振られたいくつかの書庫牢を過ぎ、3番も通過。いよいよ目的の4番書架のコーナーへと入る。


「どれが当たりだろうな……」

「……入って確かめるしかないのですわ……」


 ひどく気の進まないアークエンデの言葉に従い、まずは最初の牢へ。

 この本棚には珍しく複数の本が収められている。

 一冊一冊はそれほど危険ではないということか……?


 ひとまず適当な一冊を抜き取ってみる。どんな恐ろしい呪いが降りかかるか……俺の中の竜の血がそれに勝ることを祈るしかない。


 表題は『国王失格』。


 何だ? これは。

 王政を批判した内容? 確かにこの国では普通に禁止指定を食らいそうな本だが。


「…………」


 案の定、ユングレリオが渋い顔をしている。

 一応、中を確認してみるか。これは呪われてるとか、そういうのなさそうだし……。

 そして適当なページを開いてみた途端――。


「私は恥ずべき王でした……」


 ――!!!???

 ほ、本がしゃべった!?

 俺たちは声もなく騒然となる。


「父から甘やかされて育った私は、人々の暮らしがわかりませんでした……。いつも王宮の温かい場所にいましたので、皆を幸せな善人だと思い込み、その闇を感じ取ろうともしなかったのです……」


 鬱々と、陰々と、書物は語る。書き手自身の述懐なのか、それとも王になり切った誰かの創作なのか。まるで中にオルゴールでも仕掛けられていたみたいに、声は淀みなく内容を紡ぎ続ける。


「うぐっ、ひぐっ……」


 やがて、誰かの嗚咽が聞こえてきた。


「ひぐっ、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「へ、陛下!?」


 泣いているのはユングレリオ元国王陛下だった。


「ボクが悪かったです。愚かでごめんなさい。生意気言ってごめんなさい……」


 俺にしがみついて、さめざめと泣いている。

 こ、これは……効きまくっている……!


「父親失格……」

「なっ……!?」


 開いてもいない別の本が勝手に語り始めた。


「私は人の親になるべきではなかった男です。稚拙で未熟で、小さな子の痛みすらわからないような人間でした……」

「ぐっ!? ぐわあああああ!?」


 痛い! 胸が痛い!

 何だこの心の奥まで直接響いてくる声は。い、イヤな汗が出てきた……!


「娘失格……」

「いやあああああ!?」

「息子失格……」

「うわあああああ!」

「勇者失格……」

「フッ……。人生は闇、後悔こそが我が揺り籠……」

「淑女失格……」

「余計なお世話よ」


 棚の中の本たちが勝手にざわめき始める。これは単なる音読ではない。心の防波堤のようなものを突き抜いて、言い訳不能に本心を直撃してくる。

 どんどん気持ちが沈んでくる。こ、このままでは……。


「に、逃げるぞ……!」


 異様に重くなった足をどうにか持ち上げ、俺は子供たちを引っ張って牢から脱出した。

 ソラとベルゼヴィータに大して効いてなかったのが幸いした。彼女たちが離脱を手伝ってくれたのだ。でなければ、牢の半ばで身動きが取れなくなっていた可能性大。


「多分、精神攻撃をする魔性が憑りついたのね。あのまま聞き続けていたら気力をすべて失って、命を落としていたわ」


 ベルゼヴィータの説明に俺たちは改めて震え上がった。

 そういうパターンもあるのか……!

 この牢は一旦パスとする。もし他で見つからなかったら再度調べに来よう。


 次の牢には一冊の本だけが収められていた。

 棚全体から総攻撃を食らう心配はなさそうだ。

 ただ、閉じている状態からも何か音がしている。


 くぐもりすぎて内容までは判別不能だが、リズムは人の会話のようにも聞こえる。

 これもまた、人を気鬱にさせる音読シリーズか……?


 タイトルは……『淫夢魔との語らい』。


『…………』


 俺たちは一斉に押し黙る。

 これって……普通に発禁になったエロ本では?

 これを音読するということは、中身のその、そういうシーンのアレまで……。


「こ、これは違うっぽいな」


 俺は気まずさを隠して離れようとしたが、


「……い、一応、確かめてみれば?」

「へ?」


 視線を泳がせたベルゼヴィータがそんなことを言い出す。


「う、うむ……。念のため。念のためな?」

「そ、そうですわね。タイトルとは関係ない内容かもしれませんし……」


 ユングレリオとアークエンデも、それぞれ視線を外しながらもこれに便乗。


「……オレは別に、どっちでもいいけど……」

「やるなら早く」


 中立を装うオーメルンと、何もわかってなさそうなソラをのぞいたメンバーが、興味に負けてその本を開いてしまう。

 すると、とても人前では口にできない異様な内容が――!


『三人に勝てるわけないだろ!』

『バカ野郎おまえオレは勝つぞおまえ!』

『やりますねえ!』


 バン! と、俺は三人が見ていた本を閉じた。


「い、今のは何ですの?」

「なんか、男の人が怒鳴り合ってるみたいだったけど」

「声だけではよくわからんな……」

「いやこれ以上は危険だ」


 俺はそれだけ告げ、続きを所望する三人の眼差しを無視して本を棚に戻した。彼女たちをズルズルと引っ張って外に出る。


 あんなものを子供たちの前で朗読するなんて封じられて当然だ。当たり前だよなぁ!


 そして三つ目の本棚となる。


「あれ、何もないぞ……?」


 オーメルンが言う通り、本棚には何も入っていなかった。

 何らかの理由で消失したのかとも思ったが……。

 メモが置かれている。


『煉界船戦記録、貸し出し中。詳しくは受け付けへ』

『なっ…………!?』


 はっきりと書かれた煉界船の文字。

 そして……貸し出し中!?


 ここにあるのはいずれも外に出してはいけない危険な本ばかりだ。貸し出しなどされるはずもない。俺たちは目当てのものを見つけた喜びと、その結末への戸惑いに急かされ、駆け足で元来た道を引き返していた。


 詳しくは受け付けへ。メモにはそうあった。

 あのローブの死神だ。


 彼のところまで戻ってくる。

 直前に、駆け足の騒音で状況を察していたのだろう。

 俺たちが眼前に到達して何かをわめき散らすより早く、彼はカウンターに一冊の本を置いた。

 これまでの禁書と違って、まるで分厚さのない、ほんの十数ページしかなさそうな薄っぺらい本。

 表題は――『煉界船戦記録』。


「お許しください、貴族様」


 受け付けの人物は、ベルゼヴィータに向けてそう言った。


「貴女が本当に煉界船へと挑む勇者なのか、確かめておきたかったのです」

「……試されるのは好きではないわ。あなたに人を量るだけの目があったとしても」

「申し訳ありません。しかしこれには事情があるのです」


 そう言って、フードをそっと外す。

 そこから出てきたのは――。


「深族……!?」


 赤い瞳。青ざめた肌。整った美貌。深族の特徴をほとんど揃えた顔だ。ベルゼヴィータとの唯一の違いといえば髪色くらいか。青年は平凡なブラウンだった。


「あなたは一体……」


 驚く俺たちに、彼は静かに明かす。


「わたしはデミオン。煉界船との戦いで生き残り、その記録を書き残した人物の孫にあたります」


突然の汚い内容、お許しください!

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