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第四話 伯爵、町にてはしゃがず

 ここらで一旦、『アルカナ・アルカディア』シリーズについて整理しておこうと思う。


 前にも述べたように、俺はこのゲームを『やまとさんの煉界ぐらし』というゲーム実況動画で知った。


 やまとさんはアラサー女性で、ちょっとお茶目で穏やかな物腰の、可愛い大人の女性という表現がぴったりの実況者だった。

 この人の癒しのおかげで、俺は明日目覚める活力をかろうじて得ていたのだ。


 しかしこのやまとさん、ゴリゴリの〈煉界(れんかい)症候群〉である。


 この謎の症状の正体を知るには、まず『アルカナ』シリーズが絶賛不人気ゲーだということを心に留め置かないといけない。


 そう……俺が最期の瞬間まで見ていたこのゲームシリーズは、決してデキが良いわけでも大人気なわけでもない。むしろ悪い。信頼できるファ〇通のレビューでは40~50点代の常連。


 主な難点はシナリオ面だ。たとえば、直前まで追っていた謎が突然なかったことになる、出会って早々にキャラがデレる、存在しない記憶が突然語られる……などなど。

 このゲームがかろうじてアドベンチャーというジャンルであるから許されている(実際は許されていない)のであり、これがキャラの心の機微を描く恋愛シミュレーションだったら開始五分でディスクが空を飛ぶか、デジタル版ならゲーム機ごと瓦割りされている。


 だだ、このシリーズには明確に強力な武器があった。

 イラストレーターが、メチャクチャいいのだ。


 キャラが可愛くてカッコイイ、細かく書き込まれた衣装や小物のデザインが物凄くいい。

 このおかげで『アルカナ』シリーズは番外編含めて実に六作品出てており、何なら派生の戦略シミュレーション(なんで?)や格ゲー(なんで?)まである。どういう展開やねんと思いたいところだが、この謎の裾野の広さによってイラストレーターのファンは男女問わずに広がった。


 ただしこれらの出来はどれもあくまで微妙だ。何かがあと一歩足りないではなく、イラスト以外全部が二、三歩足りない。クソとまでは言えないが、かえってそれが次回作への期待を抱かせてしまうタチの悪さ。


 ついにはこの絶妙に許せないラインがクセになってしまい、良ゲーも凡ゲーも逆に物足りなく感じてしまうという謎の症候群が発生した。


 それが〈煉界症候群〉。


 煉界というのは『アルカナ』シリーズの世界観の一つで、罪を犯した人間が死後に向かわされるいわゆる地獄みたいな場所だ。死者は泥水で罪にまみれた体を洗うという苦行を強いられるものの、あくまで身を清めるための修練であり、作中において邪悪なイメージはそんなにない。


 この、微妙ゲーの傷を微妙ゲーで洗おうとする行為が煉界に落ちた罪人じみているとして、〈煉界症候群〉という病名が生まれた。


 この人々を表す端的な警句がある。

 『アルカナ』シリーズを指して、


Q:このゲームはオススメですか?

A:オススメしない。わたし以外には。


 これだ。

 だいぶ長くなってしまったが、やまとさんはそういう人で、『アルカナ』シリーズはそういうゲーム。


 そして今、この「どれも微妙な上にシリーズも派生も多い」という要素が、俺にとって脅威となっていた。


 微妙なゲームには、何でそうなるのかわからないという要素が必ずある。つまりルールの把握が難しい。そして派生作品の多さ。『2』のシノホルンが速攻で出て来てしまったように、同じ世界観を共有する人と物は今後も積極的に関わってくる可能性大。


 アークエンデは初代悪役ということもあってか、色々後付けで盛られることが多い。

 シノホルンの禁呪設定なんて正にそれで、アークエンデが『1』で突拍子もないことをやりまくったので『2』でその裏側を必死に回収したらしいなんて噂を、実況者であり〈煉界症候群〉のやまとさんは事細かに語ってくれた。


 アークエンデを闇堕ちさせるキーは、まだこの世界に多く潜んでいる。

 それに立ち向かうには俺一人では無理だ。助けが要る。


「あいつを……あの男を探さなければ……」


 ※


 領主の館のお膝元に、ピケという町がある。

 ヴァンサンカン伯領の実質メインタウンと呼んでいい、大きな町だ。

 屋敷から馬車に揺られて少し。俺の姿はそのピケの町角にあった。


 理由は二つ。

 一つは、バスティーユから言われたこと。


 ――「領主の仕事は、言ってしまえば書類とペンだけで片付いてしまうものです。しかし書類の文面には数多の領民が多数隠れており、彼らの暮らしを想像できなければ安定した領政など不可能です」


 ザイゴール・ヴァンサンカンは、領主の座についた時からすでに業務不能の状態にあった。だから、このお忍びの視察が最初の一歩。アークエンデのためにも、立派な父親であり領主になるのだ。


 ちなみに何でお忍びかと言うと、俺の目つきとクマが不吉すぎて住民に不安を与えるからだそうだ。本当にオブラートなしでそう言ってきた。うーんこれは性格Z。


 そして理由の二つ目だが……ある男を探すため。


 名はオーメルン。オーメルン・フハインレッド。

 アークエンデを助けてくれる数少ない人物。

 設定ではこの領地出身となっているので、どこかにはいるはずだが……。できれば、早い段階に会っておきたい。


 ともあれ、ピケの町並みは俺が想像した以上に豊かで穏やかなものだった。


(うおお、これは……!)


 連なる赤い瓦屋根に、整った石畳。人々の格好は小奇麗で表情は明るい。どこか懐かしいと感じるのは、それが『アルカナ・アルカディア』のゲーム画面の背景だったからだ。


 ゲーム世界を忠実に再現したテーマパークなどあったら、そりゃファンは感涙ものだろう。配信者のやまとさんならたっぷり一動画分は言葉を失って、放送事故を起こしていたはずだ。


 俺は〈煉界症候群〉というわけではないが、こう視覚的に『アルカナ』世界に入り込んだこと見せられると、否が応でも胸が高鳴った。


「何だかとても……その……栄えているな……!」


 地味な外套にフードという町の景色に溶け込んだ格好で、俺は溢れ出る感情をどうにか平凡な感想へと抑え込んで伝えた。


「そうでございましょう。ヴァンサンカン領は、距離的にはやや離れているものの中央王領の文化と技術を引き継ぐ土地。小さな首都と言っても差し支えない町でございます」


 隣を歩くバスティーユが誇らしげに言う。

 話を聞くと、ここヴァンサンカン領が王国二十五番目の領地として誕生した時、町を作る資材や技術者の多くを国王が提供してくれたのだという。だから、首都が舞台のはずの『アルカナ1』と似たような景色が見られたというわけだ。


「わたくし、この町が好きですわ。家も人もみんな明るくて」


 そう言って俺の手を強く握ったのは、花柄の帽子の中に美しい髪を隠したアークエンデ。


「でも一番好きなのは、こうして外を一緒に歩けるようになってくれたお父様。この日をどれだけ待ち望んだか……」


 俺の手を両手で大事そうに握り直した彼女に、思わず愛しさと心苦しさが込み上げた。

 こんな心優しく健気な少女を、俺は傷つけるだけ傷つけて置いていこうとしたのだ。それは盗賊イーゲルジット、そしてザイゴール・ヴァンサンカン伯爵が煉界にブチ込まれる最大の理由になったことだろう。


 俺がいつまでこの世界にいられるかは神のみぞ知るところだが、彼女を絶対に闇堕ちさせはしない。そのためにも、何とかしてオーメルンを見つけたい……。


 俺は通りを行き交う人々を見つめた。

 彼らは、明るく派手な色の服を着た人々と、くすんだ地味な色の服装の人々に、まずはっきりと二分された。後者は大荷物を担いでいる場合が多い。


「あの荷物を担いでいる人たちは外の人間か?」

「はい。遍歴商人か、旅の武芸者か……。イルスター槍騎士領と、ウエンジット鋼騎士領を行き来するには必ずこの地を通らねばなりませんので、町の景色に旅人がいなくなるということはございません」

「よそ者が多いというと、治安面が不安だな」

「そこは町の傭兵団が上手くまとめているようです。彼らも領地設立以来の組織ですから、任せておけば問題ないでしょう」


 我が領(わーくに)には、領主お抱えの兵団というものがない。ケンカっ早い二大騎士領の間にねじ込まれた見返りとして、有事の際の軍役が免除されているからだ。ただしまったくの無力というわけではなく、住人主体の傭兵団が各町に根付いている。傭兵と聞くと物騒に思えるが、実際は大規模な何でも屋だという。猫探しもしてくれるそうな。


「旦那、そこの旦那! そうそこの小さい子連れの!」


 人々の暮らしを眺めつつ通りを歩いていると、突然威勢のいい声をかけられた。

 ふと目を向ければ、頭にスカーフを巻いた若い女性がこちらに手を振っている。


「あらやだ、すごい男前! どう、うちで食べてかない?」


 バスティーユの美貌に目を丸くする彼女の背後には、〈滝と泉亭〉と看板の出た大きな店舗があった。中から食欲をそそるいい香りがする。食堂らしい。


 だがそれより呼子の女性に俺の目は吸い寄せられていた。

 ……大きい。何がとは言わないが、非常にたわわだ。


 これはつまり食生活が充実しているということ。なるほど、この土地は食事も豊かと。領主覚えた。これは、どんな料理を食べているかも視察しないといけないか……。


「お父様?」


 勃、と火が起こる音がして、手に熱が伝わった。


「そんなに熱心に見つめて、何か気になるものでもございまして?<◎><〇>」

「ひょおっ!?」


 アークエンデの右目に生じる〈執着〉の刻印。つい先日、めでたくないことに何かパワーアップを遂げてしまった。握り合った手のひらが早くもラスボスの煉火に炙られ始めている。……これはまずい!


「な、何でもないよアークエンデ! お昼はもう少ししてからにしようか!」


 思わず大声でそう言うと、店員にもそれが聞こえたのか、残念そうに笑って「次は来てね!」と手を振ってきた。


 いかんいかん……。まさかこんな何気ないところにも、アークエンデを闇堕ちさせる罠が潜んでいたとは。これは景色に見とれたりはしゃいだりせず、気を引き締めていかないといけないな……。


 そんなことを考えた時だった。


「……!」


 不意に、俺は神経にさざ波が立つのを感じた。

 建物の角で立ち話をしている帽子の男二人。そいつらがやけに“臭う”。

 地味な服装。鋭い目つきに、乾いた唇。何気なく隠された手。こいつら……。


 俺は彼らの横を通り抜ける際に、ポケットに忍ばせていた釣り針をそっと投げた。

 それは盗賊イーゲルジットの秘密道具の一つだった。

 釣り針は男一人のチョッキの裾に引っかかる。俺はそこから伸びる糸が絡まないように注意しながら、離れた場所で壁に背を付けた。


 バスティーユたちには「少し休もう」と提案しつつ、さりげなくポケットから小箱を取り出して耳元に寄せる。小箱には釣り針へと続く糸が絡めてあった。


「――やっぱり――だ」

「金目のものは――だな」


 小箱から男二人の会話が聞こえた。

 なんかさも当然のように仕掛けをセットしていたが、俺は内心驚いていた。


 釣り針と糸を通じて、この小箱でさっきの男二人の会話を拾っているのだ。

 どこか糸電話を思わせる仕掛けだが、もっと不思議な力の作用を感じる。

 これが盗賊イーゲルジットの仕事を支えてきた魔性のアイテム。そして彼の技と体を持つ俺は当然その使い方を熟知している……。


「――司祭――小娘――」

「殺し――面倒――ブツだけ奪って――」


 途切れ途切れの会話だがこれは……犯行計画!


 さっき、男二人の様子が妙に気になった理由がわかった。

 泥棒。つまり、同業者だ。


 不自然な苛立ちと忌避感が募る。イーゲルジットはどうも同業者を毛嫌いしていたらしい。ライバル意識ではなく何らかの嫌悪感。あるいはこれが、彼が精神的に自滅した理由なのか。


 俺は指先を起用に動かし、男から釣り針を取り外すと、糸ごと素早く回収した。

 そして二人が去った後で、彼らがいた場所に近づいてみた。


「あっ、教会がございますわ」


 アークエンデの言うとおり、その場所からは脇道に建つ教会が見えた。

 この町で――いやこの国で教会というと一つしかない。セルガイア教。

 これはひょっとして……。


 そちらに向かってみると、ちょうど扉が開いて一人の少女が出てくる。


「あっ、すみません。今ちょうど、儀式の準備で中が散らかっていまして……」


 非常に動きづらそうな格好をしたシノホルンだった。

 一応、俺と面会した時よりはいくぶん軽装になっていたものの、それでも豪奢で大袈裟な法衣が彼女に重力の修行を強いている。


「ごきげんよう、シノホルン司祭」

「あっ、えっ、りょ、領主様……!?」


 俺が声をかけると、シノホルンは目を丸くし、そしてなぜか、かあっと顔を赤くした。


「わざわざお祈りに来てくださったのですか? そ、そ、それとも、わ、わたしに……?」


 声を上擦らせる彼女に、俺はシーっと口の前に指を立て、


「お忍びで町の視察に来ているのです。何かの準備をされているのですか?」

「あ……は、はい。近々開く、〈精励起祭〉という儀式に向けて準備をしております。その後で、領主様のお屋敷でも同じようなことをさせていただきますが……」

「中を見せてもらっても?」

「はい、もちろんです。どうぞ――」


 どこかそわそわした様子で中へと案内される。その間、じーっとアークエンデが俺を見ている気配があったが、ここはこらえてください我が娘……。


 広々とした礼拝堂。左右にそびえる列柱に、真っ直ぐに伸びた身廊。ステンドグラスの光が信徒用の座席へと降り注ぎ、最奥には荘厳な祭壇が見える。


 盗賊イーゲルジットの眼は、その祭壇に置かれた銀の彫像に注目した。


「あそこにあるのは何か特別なものでしょうか?」

「はい。〈精励起祭〉の時にだけ使われる地天使様の像です。普段は倉庫で魔力封印されていますが、儀式の時のみ外へお出しします」


 あの賊たちがよほどのマヌケでなければ、狙いはアレか。


「他の人たちの姿が見えないようですが……」

「は、はい……。その、みんな隣町で開かれる儀式に出席していまして、わたしだけが留守番で……。それならその間に軽く準備だけでもしておこうと思って……」


 心苦しそうに説明する彼女の態度に、若くして司祭職につかされた立場の微妙さが表れていた。もしここに泥棒が入って、大事な儀式の法具を盗まれたなんてことになったら、彼女の立ち位置は一層危うくなるだろう。


 そうしたら左遷、辺境送り、ひどい目、禁呪……!!


 アカーン! それは絶対にダメだ。アークエンデもそうだし、シノホルンも普通に可哀想だ。俺は慌てて彼女にアドバイスした。


「ここは平和な町と言っても最低限の自衛はした方がいい。警備などは頼んでいますか? 町には色々請け負ってくれる傭兵団があります」

「はい。でも、今ちょうど人が出払っているそうで……。ただ、明日からはこちらに来られるそうなので、大丈夫かと……」


 どうだろう。ヤツらは今日にでも動く気配だった。

 領主の権限で無理矢理人を回すという手もあるかもしれないが、ただでさえ使用人を追い出したりして悪評が立っているだろうに、ここで強権発動とか家の看板に致命傷を与えかねない。


 どうする。


 ……まさか、俺か……?

 同じ盗賊で、奴らの手口を知る俺が、彼女を守る?


 マジで? やれんのか、ザイゴール・ヴァンサンカン……?


盗賊領主、いざカマクラ!

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