第三十二話 因縁めぐる、もぐる、模擬テスト
ある日のヴァンサンカン領にこんな封書が届いた。
『ユングランド魔導学園、模擬テスト開催のお知らせ』
重魔導主義を取る王国にとって将来を担う中核人材育成の場、それがユングラント魔導学園。アークエンデやアルカナ、そして次期国王であるクレインハルトまでもがそこに通う、エリートと運命の合流地点だ。
「それの、模擬テスト……?」
その案内に目を丸くする俺と子供たち。部屋まで報せを届けにきてくれたバスティーユは、いつものようにその先を懇切丁寧に説明してくれた。
「はい。ユングラント魔導学園への入試は年に一度。それに向けて多くの者たちが勉学に励むわけですが、いきなり本番では緊張して本来の力を発揮できない子もおります。そこで、場慣れと、それから受験勉強のモチベーション向上のため、実際のテストと同じ方式で模擬を行っているのです」
「へえ……マジで模擬テストなのか。案外子供たちに配慮されてるんだな」
なんか子供への配慮とか全然されてないように勝手に思ってた。時代観的に。
「それと裏では、ここで実力がある者に目星をつけておき、本試験で落ちた場合は養子にしたり伴侶候補にしたりと、貴族たちにも色々使い勝手がよいそうですよ」
「あー、やっぱ100%優しさでできてるってわけじゃないんだ……」
だがこれは一つの好機でもある。
子供たちはまだ受験する歳ではないが、勉強は国内最高峰の家庭教師であるユングレリオが担当してくれているし、技能面ではすでに大人顔負けのものがある。ここで一つ自信をつけさせ&場数を踏んでおけば、後はもう怖いものなしだ。
ふと顔を向ければ、アークエンデもオーメルンもキラキラした目で俺を見つめている。
「受けてみるか? 模擬テスト」
『はい!』
こんな勉強好きなんて、間違いなく俺の血は引いていない。
――というわけで、あっさりと参加決定。
模擬テストに備えるにあたり、まずは日時と場所のチェックから。
開催日は……まあ問題なし。一か月は余裕がある。俺の予定も入っていないので二人についていくことも可能だ。……が、問題は場所だった。
「ウエンジット鋼騎士領!?」
俺はその名前に愕然とした。
お隣さんと言えばお隣さんだが……。ホイホイと出向くにはいわくがありすぎる。西の強領。東のイルスター槍領とは犬猿の仲で、ヴァンサンカンは乱暴者の間に挟まれた平和的一般人となっている。
「開催地は持ち回りだ。ユングラントの本試験では、受験のために何十日もかけて首都までやって来る者たちもいるからな。地方でやることで志願者たちの負担を下げようという目論見なのだ」
そう教えてくれたのは、子供たちが模擬テストに参加すると聞いて飛んできたユングレリオメイド長。新コスのミニスカ白ニーソもすっかり板につき、メイドたちの間ではあれこそできるメイドのコスチュームとして憧れられている。……いいのか?
「だが、よりによってウエンジットか。イルスターと鉢合わせたら荒れそうな開催地だ。それと、ヴァンサンカンも」
「うっ……やはり俺らもそういう扱いですか」
「うむ。直接的なライバルとは違うが、青い芝生の前に立つ邪魔な壁も同然。よもや妨害の類はしてこまいが、嫌味くらいは覚悟しておいた方がよかろうな」
ユングラント魔導学園へ入学してくるのは領主の子女とは限らない。貴族なら誰もが挑戦する関門であり、また平民にも扉は開かれている。
もし現地でウエンジットとイルスターの集団に挟まれたら……とてもつらい。
「アークエンデ、その時は毅然とした態度で跳ね返してやるといい。子供とはいえ領地の看板を背負うことになる。ヴァンサンカンの目が黒いうちは、いかなる揉め事も許さぬと教えてやれ」
「は、はい……!」
アークエンデが緊張した面持ちで応じる。確かに模擬テストの主役は子供たち。領地同士の意地の張り合いも、必然的に彼らがメインとなる。図らずもアークエンデがヴァンサンカン総大将だ。
「テストの内容は、読解、算術、歴史。魔導は理論と実技の二種類。採点比重は魔導が大きい。オーメルンは特殊技能で受けるのだったな?」
「はい。オレ、魔法使えねーから」
「わかった。技能の方は伯爵から教わるといい。模擬まではまだ猶予がある。それまでボクがしっかりと試験対策をしてやるから、ついてくるように」
『よろしくお願いします!』
こういう時はクッソ頼りになる元王様ロリショタメスガキメイド長。こういう時っていうか、こっちに来てからすべてにおいて縦横無尽に活躍してんなこの人は……。
こうして模擬までの期間、子供たちはしっかりと準備を整えていったのだった。
※
そして時間はすぎ……いざ模擬テス!
スタメンは俺、バスティーユ、アークエンデ、オーメルンの純ヴァンサンカンチーム。
ユングレリオは家令として留守番、シノホルンも教会行事の都合で泣く泣く残った。ソラは勉強と聞いて逃げていった。
最近わちゃわちゃと大人数で行動していたので、このメンバーは何というか久しぶりだ。まあ、先に挙げた誰をつれていっても問題になりそうだったので、これがベストということになりそうだ。
ちなみにメイドのメリッサは、ウエンジットの穏健派と繋がっているだけの普通のヴァンサンカン領民。ウエンジットは小さい頃に一度つれられていったきりで、土地勘も何もないという。
馬車で屋敷を出発し、街道を西に。
整備された道は、騎士領同士の闘争時代に念入りに念入りに作られたもので、現代でも残る非常に立派な戦争遺構の一つ。ここをたどれば、それほど急がずとも数日以内には余裕でつくはずだ。
見慣れた自然風景をそれでも新鮮な気持ちで眺めつつ、俺はふと隣のアークエンデが食い入るようにテキストを見つめていることに気づいた。
「アークエンデ、おさらいをしているのかい?」
「は、はい、お父様。一秒でも長く勉強しておかないと……」
「ここまできたらジタバタしてもしょうがねーよ。頭を休ませようぜお嬢様」
声を上げたオーメルンは、向かい側の従者席、バスティーユの隣でリラックスした格好で座っている。
「オーメルンったら! そういう油断が失敗を招くのですわ。一問一答してあげますから答えなさい」
「げえー……」
何とも微笑ましい光景だ。そういえば俺の中学校でも、教室内で不意にこういう受験対策クイズが始まってたっけ……。子供たちの勉強はユングレリオに任せきりだったから、お受験パパの気分なんて微塵も味わえなかったけど。
「バスティーユもこうしてテスト勉強していた時期があったのか?」
俺が何となく彼にたずねてみると、
「私はテストのための勉強などしたことはありません。将来使う必要があるものを順繰りに学んでいっただけです」
「は、はえー……」
……何というか、こう……本当に頭のいいヤツって、こういうのだよな……。
ちなみに、今、隣でアークエンデとオーメルンが互いに出し合う試験想定問題は、俺にはまったくわからなかったとです……。領主です……。
それからのいくつかの中継地を経て、ヴァンサンカンの領境まで来る。
王国発布の通行規約により、領地の行き来は基本的には自由だ。ただし何かあった場合は荷物チェックを受け、身分証明をする必要がある。
俺たちはどうするかというと、馬車にヴァンサンカンの家紋が描かれているので、それが手形となる。
二十五枚もの花びらがびっしりと合わさった朝顔――朝顔の花弁は一枚だが、生物学的にはちゃんと分かれてるらしい――で、実はこれ、イルスターとウエンジットの貴族がそれぞれ十二人ずつ、そこに国王を足した二十五人が、ヴァンサンカン領の成立を承認したとかいう、ものすごい重厚な由来がある。さっき子供たちが問答で言ってたので正しい。
この家紋が馬車にある以上、有事でもない限り関所はほぼ顔パス。
その時ふと見た関所の衛兵は、金の稲妻の意匠を甲冑に取り入れた、勇ましい騎士姿だった。
「おお、かっけー」
オーメルンが窓枠に飛びつきつつ、男の子の声を出す。
威圧的で重厚な重甲冑。あんなものを前にしては、悪だくみを抱えたまま領地に踏み入るのはまず無理だろう。そういう視覚的効果もありそうだ。
騎士領というのは貴族領とは違って、専ら武でもって王国に奉仕する性質を持つ。
内部は当然、騎士と戦士の領であり、激しい鍛錬と競い合いがあるに違いなかった。
それに対してヴァンサンカン領は今やトメイトウの土地。畑のトマトと、可愛いメイドさんがよく育っている。……大丈夫かな? 我が領地。
関所をつつがなく越え、いよいよウエンジット鋼領へお邪魔するわよ~。
当然だが、植生とか地形に関してはほぼ変わらない。しばらくは見慣れた風景が続き……やがて見えてきた。
ウエンジット鋼領最大の町、ヴァンマーニュ。
ここが模擬試験の会場となる。
その町並みは――太陽の家の連なり。そんな感じだった。
赤と黄色のまぶしい屋根が並び、武骨な石積みの壁と強いコントラストを生み出している。派手さと剛健さを両取りしたような印象だ。
そしてやたらと目につくのが、剣を描いた看板。
木樽ジョッキと剣、パンと剣、下着と剣、とにかく何屋の看板にもとりあえず剣を入れとけとなっている。
「ウエンジットは剣技――とりわけ、中型から大型の剣術が栄える土地なのです。関所でも背中に大型剣を背負った見張りがいたでしょう。普通の領地なら槍を持っていますよ」
我らがバスティーユがソツなく教えてくれる。
そう言えば傭兵ギルドのパワハラブライゴもウエンジット方面から来て、剣を上手く使ってたっけ。
通りを行く人々は、さすがにフルアーマーではない。
帯剣している兵士でさえ身軽な服装。服のデザイン自体はわーくにと大差ないが、黄色や赤のスカーフを巻いたりしてオシャレに余念がない。黄色は多分、関所の鎧にもあった稲妻を表しているのだろう。赤は……血じゃないことを祈る。
「このホテルですね」
俺たちの馬車が数日をかけて最後にたどり着いたのは、豪邸と見まごう瀟洒なホテルだった。
模擬試験は二日かけて行う。志願者たちは大抵が貴族なので、こうした立派な宿泊施設を利用するのだ。
すでに入り口前には複数台の馬車が停まっており、降車中の子供たちの姿もあった。
いずれも身なりがよく、賢そうな子ばかり。間違いなく受験者たち。
「つ、ついてしまいましたわ……」
旅の間ずっと開いていたテキストを抱きかかえ、アークエンデが強張った声を漏らした。
いつになく気弱な態度が俺は気になり、
「緊張しているのかい?」
「え、ええ、少し……」
「大丈夫、ただの模擬だ。それに、君はまだ本試験を受けるわけでもない」
「わかっておりますの……でっ、でも……」
テキストをぎゅっと抱きしめつつ、次々に到着する貴族の子女に目をやる。
俺たちのように親子でというのは珍しく、ほぼすべてが執事っぽい付き人と一緒だ。皆、緊張しているような、不安そうな、そんな俺にも覚えのある表情をしている。
「み、みんなあんな自信たっぷりに……」
「そうかぁ? みんな普通に緊張してるっぽいけどな」
「オーメルンにはわかりませんのよ。あの子たちは、きっと模擬に向けて完璧な準備をしてきたのですわ。うう……」
なんと。あのアークエンデが気後れしている。
煉界人相手にも臆さず挑みかかる彼女がだ。
「子供というのは、いつかどこかで自分が大して特別な存在ではなかったと気づくのですよ」
バスティーユがぽつりと言った。
「大勢の同年代と一度に会えば、自然とそう感じるのです。逆に、まわりのすべてがバカに見える人間もおりますが」
その人今頃性格Zって言われてそう。
だが……。後になって思えば、俺はここでもっとアークエンデの態度を気にするべきだったのだ。
彼女が何を考え、何を感じていたか……。そこに至らなかったから、俺は“また”彼女を苦しませてしまうことになったのだ。
「とりあえず、宿で休もう。長旅で疲れたろう?」
頼りなさそうに立ち尽くすアークエンデの肩に軽く手を添え、みんなでホテルに入ろうとした時。
「お待ちになって! もしかして、あなたがアークエンデさんですの?」
不意にアークエンデを呼び止める声が飛んだ。
振り向けば、小柄な一人の少女がそこに立っている。
ふわふわした亜麻色のツインテール。アーモンド形の気の強そうな目に、不遜な微笑。見るからに生意気そうな子だ。
襟が広いワンピースに谷間ができるのはまだ悠久の時を必要としそうだったが、格子模様の刺繍が平民の衣服とは違う高級感を漂わせる。そして胸のあたりに黄色い花を挿していた。どことなく稲妻を思わせるギザギザの花だった。
「はっ、はい、そうですけれど……」
アークエンデが緊張を引きずったまま、おどおどと答える。それがきっと悪かった。
「あーら、随分と奥手なご様子! もしかして、我が町の立派さに尻込みしてしまったのかしら? それはごめんあそばせ。おほほ……」
これは……メスガキですね間違いない。
「誰だよあんたはよ。この領地ではケンカ売るのが昼の挨拶なのか?」
そこに毅然と割り込んだのはオーメルン。気弱になっているアークエンデを守る紳士の立ち振る舞いに、俺は心から拍手を贈る。
少女もまた少しだけ感心したように目を細め、
「それは失礼を。では名乗らせていただくわ。あたくしはパンネッタ。パンネッタ・シル・ソル・ウエンジット。ウエンジット騎士公の末娘ですの! フフン!」
ブーッ!!!!!
俺の心のAAがコーヒーを吹いた。
ウエンジット騎士公。それってつまりウエンジット鋼領の領主。その娘……!?
「ヴァンサンカン領に勢いがあると聞いて、その娘もさぞ手強いだろうと思っていたら、まかさこんな大人しい子だったなんて。とんだ拍子抜けですわぁ!」
声高にうそぶき、ケラケラと笑うウエンジットの公女。
これは悪い……まるで悪役だ。何てこった。悪役公女に悪役公女がぶつかってきやがった。
普段のアークエンデなら素知らぬ顔で受け流せるのだろうが……今の彼女は慣れない状況で心が揺れている。ますます縮こまってしまっていた。それがパンネッタにはさらに愉快で、そして不愉快だったのだろう。
「この調子だと、やり手と噂のヴァンサンカン伯爵も大したことなさそうですわね。あら、もしかして、そちらの紳士が伯爵様でいらっしゃいますの? まさかね、こんな疲れたクマを作った、陰気そうな男性が……」
「は?<〇><〇>」
ビキビキベキバキ……。
ああっ、始まってしまった……! これはアークエンデの滑らかなおでこに、バトル漫画ばりの青筋が走った音である。待ってくれアークエンデ。襲いかからないでくれ。見た目のことに関しては、この子は何も間違ったことは言ってない――。
「コホン」
そこに、小さなしわぶき一つ。そして新しい顔とダイナマイトを投入。
「そこで通りを塞いでいるゴミ二つ。申し訳ないのですけれど、立場をわきまえてどいてくださいますか?」
『は?<〇><〇>』
ビキビキベキバキ……(再掲)
新たに現れたのは黒髪ロングの少女だった。
目が細いのか目を閉じているのか、とにかくそういう目元で、顔は人形のように愛らしい。
ツバ付きの帽子に紺色のケープという姿が、どことなく文明開化という単語を俺に思い起こさせた。ケープやスカートには水と月光を思わせる美麗な刺繍入り。本人の気品と合わせて、ただ者ではないと一目で知れる。
「どちら様ですの? こちらはウエンジット騎士公が末娘、パンネッタ公女様であらせられるんですけど?」
陰険な目を向けるパンネッタ。いきなりゴミ扱いされたら、そらそうなるよ。しかし、それを聞いた黒髪少女は閉じていた目をすっと開き、さらに油を注ぐ女となった。
「まあ……どうりでキャンキャンと五月蠅い、臆病な小型犬みたいな子と思いました」
「なんですってぇ!? あなたどこの者よ! 名を名乗りなさいよ、名を!」
「では遠慮なく。わらわはイルスター槍騎士公の娘、カグヨ・アラハ・キ・イルスター。天下の往来を塞ぐ者は総じて無礼千万である。わらわの薙刀でぶっ叩かれたくなかったら、速やかにそこをどきなさい」
イルスターの娘もキターーーー(TAT)ーーーーー!!(泣)
なんで、何で来ちゃうの!? あっ、ここが町で一番いいホテルだからかそうかぁ!(涙)
それにこの子も性格キツそうだ。つまり三人目の悪役公女だ。
<〇><〇)<〇><〇>(〇><〇> ドッゴゴゴゴゴゴ……!!!
三公女による壮絶なにらみ合い。殴り合いどころか噛みつき合える至近距離。間違いなくみんな目が覚めるほどの美少女なのに完全に台無しである。
パンネッタもカグヨという子も性格がアレなのは、この身分だともうこれが普通なのだろう。気位が高く、高圧的なのが当たり前。相手にナメられたら即ブチギレ。
子供でこれなら、大人たちが出会ったらどうなってしまうのか。ただ模擬テストを受けに来ただけなのに!
「……戦争はなしでお願いしますよ」
ボソッと言ったバスティーユの言葉は、多分、笑うところではない……。
メキッ!(打撃音)悪役公女だらけの模擬テスト!




