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第三十一話 危険な剣鬼の子

「思い切りぶっ叩いても怒られないだぁ……? ハハッ、よくわかってんじゃねえかよ」


 ソラの無邪気な爆弾発言に、しかしブライゴは不敵に笑ってみせた。


「そうさ、小せえナイフ一本で人は死ぬんだ。武器を持った相手に加減してやる道理はねえよなぁ」

「うん!」


 ポニテをぶんと縦に振ってうなずくソラに、さすがにまわりから何とかしろとの目線が注がれる。主に俺に。


 う、うう……わからん。さっき剣を蹴り上げた動きを見る限りソラは素人ではない。だが子供だ。寺院での修行も、正史と違って途中でほっぽりだしてトメイトウを食いに来ている。果たしてどれほどの腕前なのか想像もつかない。


 ……少しだけだ。

 少しだけ様子を見よう。

 ソラはやる気になっている。彼女の機嫌を取るわけではないが……できることを無理に縛り付けていい相手でもない。

 不可視の糸をこっそり張って……いざとなったらそれを起動させよう。


「じゃ、いくよー!」


 俺の密かな覚悟をよそに、ソラはそうにこやかに言って。

 息を吸って。


 ズッギャアアアッッッ!!!!!!


 ……えー、何の音かと申しますと。ソラがブライゴをぶっ叩いた音……ではなく。

 移動音。

 笑顔のまんま、残像となってソラは横に滑っていった。


 何かの見間違いのような動きだ。すり足、というやつなのだろうか? それにしたって足はほとんど動いていないように見える。


 次に俺が聞いたのは、カーンという雲の高さまで届きそうな快音。


「え……?」


 誰が漏らした声かはわからないが、その時にはブライゴの木剣は彼の手を離れ地面に落ちていた。いや、はたき落とされていた。ソラの一刀によって。


「あれ? 落としちゃったの? じゃあやり直し。拾って拾って」


 そう明るく言いながら、ソラはてくてくと最初の位置に戻っていく。


 …………????!!!!!????


 誰もが唖然としていた。俺だってそう。

 今の、この子がやったのか? 本当に?


「な……なめやがって……」


 押し殺したブライゴの声は、戸惑いを無理やり噛み殺しているように聞こえた。


「じゃあもう一回ー!」


 ズズズギャアアアアアアアアアア!!!


 やっぱなんか人の足とは思えない音してるんですけどお!


 これもやはりソラが地面を滑っている音だ。稲妻のようにジグザグに。いや滑っているというより、削っている。あまりにも力強すぎるホバー移動。あるいはこの音や痕跡は彼女がまだ未熟である証なのかもしれないが――見ている人間の度肝抜くには十分すぎた。


 なんか忘れがちだけど、ソラも、アークエンデも、最近ダメなことしかしてないシノホルンだってラスボス候補なのだ。ちょっと方向性が変わって今のところ真っ当な道を歩いていても、資質としては世界を敵に回せるだけのものを持っている。


 先を読ませぬ複雑な動きでソラがブライゴに迫る。攻勢に出る!


「ぬうん!」


 ブライゴが気合を溜める。彼の分厚い筋肉が一回り膨らんだようにすら見えた。

 と同時に、ソラからの猛攻。ガギベギととても木製とは思えない異音が、剣が合わさるたびに鳴り響く。


 驚くべきことに、ソラのそれは力任せに剣を振るような拙い剣術ではなかった。

 形が綺麗で動作に淀みはなく。一刀がそのまま次の布石になっているような、計算され尽くされた動き。上手い、そして強い。


 対するブライゴも今度は一撃で武器を飛ばされるなんてヘマはしなかった。ソラの怒涛の攻撃を、険しく目を剥いて防ぎ続けている。やはり彼もただ者ではなかった。


 そして――。

 乾いた音を立てて、またブライゴの木剣が地面に落ちた。


「あれっ、また落としちゃったの? ダメだよちゃんと持ってないとー」


 膨れっ面で言うソラ。だがブライゴは、


「おれが悪いんじゃねえ! 見ろ、ちゃんと持ってんだろうが!」


 そう怒鳴って、自らの手の中にある木剣の柄を見せた。

 ギャラリーからもぎょっとした空気が膨らむ。


 なんと剣は柄だけ残してばっきりと折れていた。あんな手元から折れるとは、いかにソラの攻撃が強烈だったか、そしてブライゴの握力が強力だったかを物語っている。


「何モンだ……てめぇは?」


 さすがに相手の異様さに気づいたのか、警戒の目を向けるブライゴ。


「わたしはソラ!」

「名前は知ってんだよ! クソッ、こんなオモチャじゃ勝負になんねえ!」


 ブライゴは柄だけになってしまった木剣を地面に叩きつけた。それを見たソラは子供っぽく指をさし、


「あーっ、勝負の最中に怒ったらいけないんだよ。わたしだって何度も負けてそう叱られたんだから」

「あぁ……? てめぇが負けただと……? 誰にだ」

「お寺のお坊さん。わたしの先生」

「先生……坊主だと……? 名前は」

「えっ、名前? ……えーとね、えーっと……。あっ、ハゲ!」

「それはてめえがそう呼んでるだけだろ!」

「えへへ、なんでわかったの?」

「ハゲにハゲとかてめぇ悪魔の子か! 朝日がまぶしいですねと言え!」


 それはもっと失礼なのでは。


「ちいっ、ちょっと待ってろ!」


 そう吠えると、ブライゴは訓練場の端の棚から剣を二本取ってきた。


「使え。こいつならそうは折れねえ」


 ――!

 周囲のギャラリーに緊張が走った。それは――本物の剣だったのだ。


「刃は引いてある。訓練用だ」

「うん、わかった!」


 にこにこと受け取るソラ。だがあたりの空気は重い。さすがにまずいか。ここまででソラが尋常でないことはよくわかった。だとしたら今度は、ソラが相手を大ケガ――いや殺してしまう可能性すらある。あの無邪気さゆえに加減も知らず。


「ソラ、ちょっと待――」

「じゃあ、いくね!」


 俺の声が飛びきらぬうちに、ソラは動いてしまった。

 またあの壮絶なすり足。金属製の剣を握って気合が入ったのか、さっきよりも動きが荒々しい。勇者というより――剣鬼と呼んでいいほど。


「オラァ!!」


 だが今度はブライゴから行った!

 筋肉は飾りじゃないとでも言うような、想像以上に俊敏な動き。暴風のような剣の振りでソラを攻め立てにかかる。


 しかし。


「うそ……」


 そうつぶやいたのはトモエかメリッサか。

 唸りをあげて斬閃を引くブライゴの攻撃は、すべて空を切っていた。


 ソラの姿勢は――一貫して綺麗なままだ。脇を締め、背筋を伸ばして、お手本のような青眼の構え。横に素早く滑る時にも何一つ乱れなく、するすると相手の剣の外へと逃げていく。

 結果として……ブライゴはまるで蜃気楼のソラを追い回しているような、そんな異様な光景となっていた。


 傭兵たちも目を剥いている。これはどんな悪い夢だ?


 ギィン! という耳をつんざく音が弾け、銀の光が飛んだ。

 ソラが弾いたブライゴの剣だ。それが空中で猛回転する中、彼女が素早く次の一刀を振りかぶるのが見えた。

 後は、星のように落ちてくるだけ。

 少女は微笑んだまま。


「待て!」


 俺が叫んで糸を起動した時には一瞬遅く。


 ビタッ! と、ブライゴの肩口の寸前で、ソラの剣は自ら止まっていた。

 ふわっと広がる砂塵が俺たちの足元まで届き、押し潰された空気の重みを証明した。


「はい、終わりっ」


 ソラはにこやかにそう言い放つと、てててと小走りで元の位置へと戻った。

 殺気もない。邪気もない。ただ純粋に剣を楽しんだ顔。

 そうして姿勢を正し、お辞儀しようとしたその寸前で。


「ふ、ふざけんじゃねえぞ! まだ終わってねえだろうが!」


 誰もが勝負あったと思えるそんな局面、一人がなり散らす男がいた。もちろんブライゴだ。


「おれは一発ももらっちゃいねえ! 思い切りぶっ叩いていいんだろ! やれよ!」


 それはただの負け惜しみではないようだった。彼のひたいには冷や汗が浮かんでいる。自分がどういう状況だったか理解している。彼なりの決着を求めていた。


「もう終わりだよ。もういい」

「なめんじゃねえよ! チャンバラごっこやってんじゃねえんだ。それとも何か! やっぱりてめえもそこらの甘ちゃんと何にも変わらねえのか!」

「だって“剣”、壊したもん」

「あぁ?」


 ソラは素っ気なく、悪気のかけらもなく笑った。


「おじさんの剣壊したから、わたしの勝ち。もう終わり。もう戦えない」

「何言ってやがる。おれはまだピンピンしてる! 剣だってちょっと歪んだだけだ!」

「これ以上やったら人を壊しちゃう。だからダメ」

「そういうもんだろ剣は! 人を斬るための道具だ。人を殺すための道具だ!」

「違うもん」

「違わねえ!」

「人を壊すのは人だもん。剣は剣を壊すだけだもん。ハゲ、言ってた」

「……!」


 ポンと飛び出た意外な発言に、ブライゴが目を剥いた。


「剣で剣を壊すの。そうすると相手はまた一から剣を作り直すでしょ。そしたらまた新しい剣と戦える。作って、壊して、作って、壊して、みんながそれを一生繰り返す。だから剣は楽しいんだって、ハゲ言ってた」


 子供とは思えない達観した物言い。もちろん彼女の師匠である寺院の僧の言葉だから、そうなのだろうが。しかしソラもそれを理解し、身に染み込ませているようだった。


「でも人を壊したら元には戻らないから。人は壊しちゃいけないの。人を壊すのは人が止められる。剣がひとりでに動くことはない。だから人を壊すのは人なの」


 場は静まり返っていた。さっきまでの戦慄にも似た驚きとは違い、今度は神聖な賢者を前にした時のような沈黙。


「彼女の先生はとても成熟した人物であり……同時に、とても純粋に剣を愛する人のようですね」


 イルヒトが言った。俺もそう思った。なぜ、聖剣の持ち主であるソラがその人に引き取られたのかわかった気がした。


「……おい、おめぇの師匠の名前、本当にわからねえのか?」


 うめくようにブライゴが聞く。


「うん……。あっ……!」

「思い出したか!?」

「……ケチ!」

「だからそれはおめぇがそう呼んでるだけだろうか!」

「えへへ、何でわかったの?」

「ったくよ……。いいとこ(師匠)につきやがって……」


 ブライゴは大きくため息をついた。威勢で膨れ上がっていた体がしぼんだようだった。しかしそれは弱々しくもみじめでもなく、何か余計な荷物を降ろしたような、そんなすっきりした姿に見えた。


「……参った。俺の負けだ」

「ありがとうございましたっ」

「ありがとう……ございました」


 二人は揃って頭を下げた。

 気づけば俺は拍手をしていた。ソラだけではなく、あのパワハラ男にも不思議と拍手を贈っていた。潔く負けを認めたからじゃない。負けを認めず抗ったからでもない。ただ何か、人が称賛するに値する何かを二人が見せてくれたような気がしたからだ。


 まわりの人々も同じく手を叩いていた。囃し立てるでも、喜び面白がるでもない。ただ、この場を讃えるように穏やかに、粛々と。


 ソラに剣を教えた僧は、きっと剣によって作られた人だったのだろう。その感謝と喜びがソラの剣からも溢れていた。人を作り、人を活かす剣。活人剣。光サイドのソラというのは、つまりそういう女の子なのだ。


 そんなふうにして、ソラと傭兵ギルドの一件は幕を閉じた。


 ※


「わたしが大切なものを守る必要なくなっちゃいました……」

「い、いや、トモエが屋敷に居てくれて頼もしいよ俺は! ソラだって一人で何でもできるわけじゃないし、トモエがいてくれて本当に助かってる! あっ、でも一人で無理はせずに、危ない時はすぐに誰かを呼んでな!?」


 そんな、一人ガチへこみするトモエを慰めたのも数日前の話。

 今日もまた俺は傭兵ギルドに来ていた。


 ちょっとした書類を届けにだ。本来はメイドさんに実習がてら任せるべき仕事なのだが、教会での小さな催し事にシノホルンが駆り出され――いやあっちが本職なんだけど――、ソラとアークエンデもボランティアで参加していたので、彼女たちを迎えにいくついでに足を運ばせてもらった。


「領主様自ら……?」と、受付の女性は目を丸くしていたが、それ以上に反応したのが周囲の傭兵たち。

 いかにも荒事担当の強そうな男たちが、わらわらと集まって来て、


『ソラ姉貴、チワーッス!!!』


 と一斉に頭を下げた。


「はえ?」


 俺の手にぶら下がって遊んでいたソラが、目をぱちくりさせる。

 な、何事……?


「ようこそいらっしゃいました、伯爵様」


 そこにイルヒトがにこやかに現れた。これ幸いと彼に事情を聞いてみると、どうやら先日ブライゴを破った一件がギルド中に知れ渡っており、若手を中心にソラが神格化する動きが広まったらしい。

 皆、ブライゴの悪辣なしごきの被害者だ。そして同時に、彼の腕前を認めてもいた。ソラはそれを圧倒してしまったのだ。


「ソラパイセン、肩をお揉みしましょうか?」

「何で? いい」

「ソラ姉御、焼きそばパン買ってきましょうか?」

「三つ」

「ソラ姉貴、他にほしいものは?」

「オムライス」


 幼女に尽くす傭兵たち。何だこれは……。これでいいのか、わーくにの傭兵たち……。

 ふと、訓練場から大きな声が聞こえてきた。


「ダメだダメだ、踏み込みが足りねえ! 剣の先端で切ろうとするな、拳で切る気でやれ!」


 ブライゴの声だ。今日もまた誰かをしごいているらしい。あの敗北でめげたわけではないのが声からも伝わってくる。そう思っていたら、


「――だからまだ遠いって言ってんだろうが! だが……今までの中じゃ一番マシだ。やりゃあできんだから次はもっと勇気出して詰めてこい。ビビってるヤツに剣はついてこねえぞ」


 何だか声が柔らかい――とまではいかないが、不必要なほどに相手を追い詰める言動ではなくなっている。


「あれ以来、彼も態度を改めました」とイヒルトが説明する。


「少しずつではありますが、周囲の信頼も取り戻しています。人を壊すのは人。そんな言葉が響いたのかもしれません。何のかんの言って、我々は強い者の言葉を受け入れてしまう生き物ですから」


 どんな正論も綺麗事も弱ければ説得力皆無。腕を頼りに生きる人たちの性か。

 そういう意味で、ソラは本当に、人々を導く勇者なのかもしれない。


「伯爵様、お土産! お土産いっぱいもらった!」


 目を向ければ、焼きそばパンを溢れるほど抱えたソラがそこにいた。

 三つどころか――一人三つ献上させたらしい。アークエンデが、ケチャップのたっぷり乗ったオムライスの皿を困った顔で持っている。マジで作らせたのか……。

 それらを見た隣のイルヒトが、しれっと俺にこうたずねた。


「それで伯爵様、“裏番”のソラちゃんを傭兵登録してくれるのは、いつなんです?」


 俺はぶんぶんと首を横に振った。

 今のソラの保護者は俺だ。ここにいては、彼女は全自動誰かに食べ物を食べさせてもらうマシーンになってしまう。俺が教育しなければ……。


 でも、寺院でソラを育てた人の代わりなんて俺に務まるのだろうか。

 人生訓もろくにない、達観も老成も一家言もない俺が。

 この魔人の子を、正史のソラになるよう真っ直ぐに教育する……?


 い、胃が……!! IGAAAAAAAAAAAA!!!!



 ピケの町の傭兵ギルドには一つの噂がある。

 ギルド最強の裏番長はここにはいない。

 領主の館でちびっこメイドをしている、と。


ヴァンサンカン屋敷で育てば闇の波動には慣れそう。

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― 新着の感想 ―
>ケチ ご飯少なかったんだろうな(偏見)
師匠凄いな、ハゲでケチやけど!
おましょうま! >正史と違って途中でほっぽりだしてトメイトウを食いに来ている トメイトウこそがこの世界のルールブレイカーだった? >ソラが地面を滑っている音 ホバーダッシュじゃなくてローラーダッシ…
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