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第二十八話 ラスボスキラーは世界を嫌わない

「何だ……どういうことだ?」


 土煙の奥から聞こえてきたもの。それは勇者への呼びかけだった。


「お父様、どうかしまして!?」


 アークエンデが叫ぶように問いかけてくる。


「ヤツはまだ生きてる! 何か言っている!」

「変な音は聞こえるけどよ……言葉なのか、あれ!?」


 オーメルンの声も俺を困惑させた。言葉として伝わっていない? よく聞こえないだけなのか、それとも――。


「伯爵殿、あれは何と言っている!?」


 切羽詰まったマスカレーダが、俺を目の前の現実へと向き直させた。依然として最前列は彼女。一度は薙ぎ倒された騎士たちも復活している。首無し像が健在ならもっとも危険なのは彼女たちだ。


「何だか……ここで静かに暮らしていたのに殺されたと言っている」

「何だと……」


 兜の内部で鈍く反響する動揺。「隊長、やはり」とこぼした部下に対し、マスカレーダからうめくような声が漏れた。


「何か心当たりがあるのか?」

「……百年ほど前、国内の情勢不安と合わせて“異端狩り”が横行した……」


 土煙を注視したまま彼女は言う。


「誰が敵か味方かわからない時に一番警戒されるのは、共同体からはずれた者だ。変わり者や村はずれに住む者は、価値観の異なる者、異端や異教徒と見なされ、排撃……いや、殺された……!」

「……!!」


「この森にもそうした事例があった。その一家は、実は薬草栽培のために森に住む“森薬師”だったという。だが、当時の司祭はよく調べもせずに彼らを異端者と認定し、村人たちに排除のお墨付きを与えた……」

「それじゃまさか、あの死者っていうのは……」


『うらんでやる、のろってやる、ちにまとわりつき、なにまとわりつき、おまえたちがおわるまで。さいごのあかごがいきたえるまで……』


 ……間違いなさそうだ。地上に現れる煉界人は死者たちの集合意識。特定の誰かではない。だが、同じような理由で命を奪われた人々の怨念が一か所に集まったとしたら……。


「だが……あなたがたを害した者たちは、すでに地上にはいない。煉界へと帰り、その無念を洗うがいい!」


 勇ましく吠えたマスカレーダが、長銃を片刃剣の構えに切り替えて前に出た。


「うおおおお!」


 力強い踏み込みから生まれる爆発的な加速。重鎧のままわずか二歩でトップスピードまで至ると、全体重を乗せた渾身の一撃を土煙の中へと突き込む。


 硬い何かを穿つ音。その風圧が土煙を一気に晴らさせた。

 現れたのは、アークエンデの魔法によって体のあちこちを破損させた煉界人だ。

 そして今、マスカレーダの剣は相手のど真ん中を捉えていた。


 引き金。片刃剣の峰に載っている銃構造が火を噴く。

 煉界人は見た目通り石の性質を持っているようだった。強烈な刺突と銃撃により胸部が粉砕。ついに首無し像は盛大に砕け散る。


「やった!」

「倒したぞ!」


 そう騎士たちから歓声が上がった次の瞬間、首無し像の中から飛沫のように赤黒い触手が広がった。


 それは正面のマスカレーダや騎士たちをすり抜け、凄まじい勢いで目指していた。

 勇者、ソラを。

 その多数の手にブラックガントレットが掴まれる。


「し、しまったっ……!」


 俺の痛恨の叫びを掻き消して、世界が軋む音がした。

 ギッ、ギギッ、ギギギギ!

 ソラの左手甲が雪の結晶のように急速に伸長していく。


「ソラさん!」


 シノホルンが駆け寄ろうとしたが、突然発生した突風によって押し返される。

 人為への審判『ジャッジメント・フロー』が一気に進行したのだ。煉界人たちが残した憎しみを植え付けられて。

 まさか、怨念たちはこれを狙っていたのか? 自分たちの無念を晴らしてくれる相手。最初からソラを待ち受けていた?


 そして結審は下った。

 ブラックガントレットは、最大までその棘を伸ばしていた。


 それは金属が生物に進化する過程のようだった。

 ソラの左手甲が、足を広げた昆虫のように持ち主を覆い包みにかかる。


 さながら繭のように少女の周囲を閉ざしていく金属の色は、煉界人の触手と同じ赤と黒。

 この黒鉄の繭に覆い尽くされた時、審判の黒騎士が姿を現す。

 彼女が周囲にばら撒くのは無慈悲な破壊のみ。ヤバいのは『クロニクル』で退場させられるアークエンデだけじゃない。ここにいる俺たち全員だ……!


 だが、


「イヤ、だぁ……っ!」


 俺たちを揺さぶる声が、七分以上の包囲を終えた繭の中から響いた。


 助けを求めるように繭の外へ伸ばされる細い右手。ソラのもの以外にありえない。ブラックガントレットからのフィードバックで、人間への憎しみに染まったはずの。

 彼女が叫ぶ。


「キライに……なりたくない! みんなのことも……この世界のことも……! シノホルンはわたしをかばってくれた、アークエンデはわたしに話しかけてくれた、伯爵はごはんを食べさせてくれた……! キライになんか……なりたくない! イヤだ! 助けて……」


 ――!!!!


『ソラ!』


 俺たちは一斉に駆け出していた。


 シノホルンが繭から突き出たソラの手を必死に掴む。アークエンデとオーメルンが、閉じようとする繭の縁に手を突っ込んでその進行を阻む。そして俺は――。


「う、おおおおおおおおお!!」


 周囲に広げた不可視の糸をすべて具現化させ、その先端の釣り針を繭の穴の縁へと食いつかせた。すべての糸を外側へと引っ張り、外科手術に使われる鈎のように穴が閉じるのを妨害する……! だ、だが……!


「く、くああ硬いッ……!」


 どれだけ力を込めて穴を広げようとしても、鋼鉄の繭はミシミシと異音を立てながら、ソラを完全に包み込もうと成長を続けていた。

 竜の血を受けた人間が三人もいてまだ足りないのかよ……!


 そんな時、不意に。


「シノホルン司祭、他の者たちも手を離せ。彼女の裁定を妨害してはならない」


 後方、静謐に佇むマスカレーダからそんな信じられない言葉が放たれた。


「“世剣”は世界を映す鏡。世界が彼女にしてきたことを、今度は我々が身に受ける番なのだ」

「違います!」


 ソラの手をしっかりと掴んだシノホルンは、叫ぶように反論した。


「彼女はそんな怒りなど望んでいない! これは過去の人々の感情がそうさせているだけです! あなたもそれを見ていたでしょう!?」

「……その前の段階で、すでに彼女の手甲は黒く先鋭化していた。我々がすべきことは審判者を囲って機嫌を取ることではない。彼女が歩み進む世界そのものを安らかにすることなのだ……」


 祈ろうとしたセルガイア像に攻撃された。ピケの町で石像を破壊し、その後傭兵たちと大ゲンカになった。どんな説明をしても信じてもらえず、重罪人として領主の館に送られた。恐怖。怒り。悲しみ。ここ数日、彼女にとってはつらいことだらけだった。


 だが、今は!


「この子は助けてほしいと言っている!」

「――!」

「世界を嫌いになりたくないと、俺たちを嫌いになりたくないと、助けを求めてる! こんな小さな子の頼みを無視して何が優しい世界だ!!」


 マスカレーダの真っ直ぐな影が揺れた。彼女は迷っていた。震える声が返る。


「だ、だが、教会の教えでは……!」

「俺はあなたの心に聞いてるんだ、マスカレーダ!」

「……!」

「教会で育ったあなたの良心が痛むのなら! そんなのは教会の教えじゃない! あなたの中に育っていた声が、あなたの信じるべき神だ! 聞こえてんなら早く手伝ええええ!!!」

「ぐっ……ッッッうおおおおおおおお!」


 マスカレーダは雄たけびを上げると、繭に飛びついてその穴の縁に手をかけた。


「マスカレーダ隊長!」

「我々も!」


 他の騎士たちも次々に縁に手を添える。


「おまえたちは触るな! 教義違反までわたしに付き従う必要はない……!」

「そうはいきません! おれ、来月、父親になるんで……!」

「オレも近々結婚を!」

「わたしの恋人も子供は三人ほしいと……!」

「クッ……独り身はわたしだけかァ! ぬおおおおおおおおお!!」


 全員が渾身の力を込めた抵抗。にわかに繭の圧が消える。

 進行が……止まった……!


 だがまだ互角。堰き止められているだけだ。押し返せもしないし、こちらの体力が尽きれば元の木阿弥。


「何という咬合力だッ……! 伯爵、その謎の糸はもっと増やせないのか!」

「これで全力だ……! ちくしょう、もっと使い方をちゃんと練習しておくんだった……!」


 言っているそばから、じわじわとまた穴が狭まり始めた。

 このままでは全員が手をかけるスペースまでなくなる。そうなれば一気だ。

 ど、どうする……!?


「父さん」


 その時だ。ひどく真剣なオーメルンの声が聞こえたのは。


「繭の下の方に、変な隙間があるような気がする」

「なに!? 本当か!?」

「わかんねえけど……! 何か隙間風みたいなのを感じるんだ。不完全な……粗製の箇所を……!!」


 俺は竜の血で盗賊に関するスキルが異質なレベルにまで変化した。だったらオーメルンにも何か。たとえば、品物の良し悪しを判断する観察眼や、美点と急所を見破る慧眼が、特殊なレベルで身についたのかもしれない。


「探せるか……!?」

「やってみないとわかんねえ……。それに見つけたとしてどうすりゃいいか……」

「それならわたくしがそこに剣を刺しますわ! そこからちょっとひねってさしあげれば、作りが粗い陶器ならバラバラですの!」

「よし、やれ!!」


 俺が叫ぶと同時に、オーメルンとアークエンデが穴の縁から手を離した。好機とばかりにブラックガントレットが穴を収縮させにかかる。させるかあああああああ!


「んんんんんがあああああああああああああああああああああ!!」


 頭の血管が切れるどころか、脳みそが破裂する。それくらいの気合の気合の気合の気合を入れて糸の排圧力を絞り出した。

 目がチカチカする。息もできない。だが頼む二人とも……! 勇者を、いや、友達を救ってやってくれ……!


「…………お嬢様、ここだ! ここに隙間がある!」

「やああああっ!」


 オーメルンが示した箇所に、アークエンデがすぐさまレイピア型の触媒を突き刺した。そこから『煉火』の魔力を放出。巨大化した剣がその外圧でもって繭全体に幾何学的な亀裂を走らせる。これは効いてる!


「オーメルン、手を貸して!」

「応よ!」


 二人はせーのと息を合わせて、同時にジャンプ。レイピアの柄へ飛びついた。

 刀身が大きくしなる。てこの原理だ。繭の亀裂が――いや繭自体がわずかに膨らんで――。


 爆発的な破裂音と共に、黒い欠片が爆散した。


 内部に溜まっていた感情とも咆哮とも呼べない何かが、暴風に混じって外へと噴き出ていく。

 なんて声だ。なんて叫びだ。ソラはこんな怒りと憎悪を飲み込まされていたのか。そりゃ歪む。黒く染まる。


 俺はひっくり返り――それでも見た。


 粉砕されたかに見えた繭の破片が自然と繋がっていき、猛烈な速度で元の位置へと引き戻っていく。時間が巻き戻されるように。


 そして。すべて静かになった時。

 ソラの左腕には、クリームのようになめらかな装甲が白く光っていた。


大人には法よりも守るべきルールがある。

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