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第二十六話〈マスケット〉マスカレーダ

 最初に明かしてしまうと、俺たちが追っている首無しセルガイア像の正体は、煉界人と呼ばれる者たちだ。


 それは『アルカナ・クロニクル』の後半戦で出てくる最終軍勢のことで、プレイヤーが大陸を統一したところで突如来襲し、シナリオの最終盤面が始まる。


 見た目は首無しセルガイア像そのもの。

 その正体は、煉界から抜け出してきた死者だった。


 ただし特定の誰かというわけではなく、死者たちの思念の集合体とのこと。現世への執着と生者への嫉妬から、人間たちへ危害を加えてくる。


 わかりやすく言えば悪霊なのだが、この世界においてはゴーストとかアンデッドとかそう単純なものではない。死と罪をたっぷり溜め込んだ世界の破壊者に等しい。


 ユングレリオの話だと、数年に一回くらいの頻度でこいつは自然発生していたらしい。

 だが、もし、ソラが出会ったのが尖兵だとしたら。

 俺たちはこの最終軍勢との戦いに、今すぐ備えないといけなくなるのだ……。


 ※


 ピケの町から北東方面に馬車で丸一日いったところに、大きな森がある。

 入り口に小さな村落を構えた〈エルヒルの森〉と呼ばれる場所だ。


 ニーズヘッグの住む北方山脈と違って怪物の噂はなく、普段は村人たちの生活を支える場として非常に有り難い存在となっている。

 しかし、ソラはここで首のないセルガイア像と遭遇し、襲われたのだ。


「いえ、そのような恐ろしい話は聞いたことがありません――」


 両手を祈りの形に組みながら、村人たちは口を揃えてそのように答えた。

 場所は村の真ん中にあった教会の中。

 とりあえずのぞいてみようと顔を出したところ、シノホルンの司祭服を見た村人たちが物凄い勢いで集まってきたのだ。


「ありがたや、ありがたや」

「御利益がありそうな可愛らしい司祭様じゃあ……」


 野山に近い村や集落ほどセルガイア教の信仰は高まる。自然の猛威を知る彼らは、天地の盟主たる神にこい願うことで、その被害を少しでも減らしてもらいたいと考えているのだ。


 神像そっちのけで民衆に拝まれるシノホルンはひどく恐縮していたが、それだけに彼女にウソをつく者はいないだろう。


「どうやら村に首無し像を見た者はいないようだ」

「違う。わたしは見た……見たもん」

「わかっているよ。ただ村に被害がなくてよかったと言いたかったんだ」


 闇の瞳でムスーっとしているソラをなだめつつ、俺たちは教会内に安置されたセルガイア像を見やる。


 どこの町や村でも同じ形だ。その姿は“サモトラケのニケ”像を思い浮かべるといい。ロングチュニックに一対の翼。もちろん首はある。なので、煉界人の方があの破壊されたニケ像にそっくりだったりする。


「この盟主様は何の問題もないようですわ」


 アークエンデが近づき、礼儀正しく祈りの仕草を取った。正史では魔王として神像など余裕で蹴り飛ばす彼女も、今なら優しく敬虔な教徒の一人。


「ソラが出会ったヤツはどうして襲ってきたんだろうな? 首をもがれて怒ったとかか?」


 対してオーメルンはやや信心が足りないらしく、神の像を前にしても飄然とした態度でそう話す。


「わたしは壊していない。最初から喪失していた」


 ソラがふくれっ面になるのを俺はまたなだめてやりながら、


「背中の翼の形が違っていたって話だろう? 別物だと思った方がいい」

「両方石だった」


 セルガイア像を見ながら改めて証言するソラ。

 この像の背中には、右に鳥の羽、左に石の羽が生えている。が、首無し像はその両方が石だ。


「石の翼は煉界を渡るためにあると言われています。盟主様は星界と煉界を行き来できるので、両方の翼があるのです」

「ソラさんが出会ったのは、煉界に関係する者ということですの……?」


 アークエンデが石像を見つめると、誰もがごくりと息を呑んだ。

 煉界は罪を洗う神聖な場所だ。一方で、洗い落とされた多大な罪が滞留することでも知られる。

 清浄でありつつ、最大級の不浄を抱える世界。それに対する恐怖感は、死生観を共にするセルガイア教徒でなければ真に理解することは難しい。


「ソラが石像と遭遇した場所を探そう」


 俺たちはうなずき合い、教会を出て森へと向かった。


 ※


 新緑を透けてくる日差しが心地よい、穏やかな森だった。

 小鳥のさえずりや、さざ波のように繰り返される葉のこすれる音が、絶え間なく周囲を満たす。

 ザ・平和だ。煉界よりの使者なんていう怪物と出会う場所とは到底思えない。


 なお、こちらのパーティも決して探索用とは言えない。

 大人は俺一人。アークエンデ、オーメルン、ソラなんか一番子供だし、シノホルンは彼女たちのお姉さんくらいの年齢でしかない。ぱっと見は家族でのピクニックだ。


 ただ、戦闘力となるとこの順序がほぼ逆さまになるのだから、世の中どうなっとるんかのうマジで。


「ソラ」

「何か」


 先頭を行く彼女が肩越しに視線を寄越す。


「そう身構えなくていい。ただの世間話だよ。どうして街道ではなく森の中なんかを歩いてたんだい?」

「愚問。馥郁(ふくいく)たる森の香りがわたしを逍遥(しょうよう)へと誘った」

「つまり腹が減ったので木の実でも食おうと寄り道したのか。とんだ災難だったな」

「笑止!」

「ああ、うん……」


 ソラは本来の天真爛漫キャラだと本当に無邪気で子供っぽいのだが、闇堕ちすると急に話し方が変わり、語彙力が上がることで知られている。そのためダークサイドを「賢い方」、ライトサイドを「アホの方」と呼ぶこともあるほどだ。


「ねえ、ソラさん。その首無し像と出会った場所は近いのかしら?」


 今度の問いかけはアークエンデがした。

 彼女はここに来るまで、しきりにソラの面倒を見てくれている。屋敷の中で最年少だった彼女は、自分より年下が現れたのが嬉しいのかもしれない。


「まだ遠い」

「でしたら、少しお話しません? たとえば、トメイトウ料理のこととか」

「! ……了承」


 闇堕ちしかけのソラはクールというかひどく陰気な性格だ。しかしアークエンデはそんなことお構いなしに話しかける。正直なところ、とてもありがたいし嬉しい。


 これが今の彼女。正史ではアルカナを田舎娘と嘲笑っていた彼女は、生活環境さえまともならこんなに優しい女の子でいられるはずだった。

 そしてそれはソラも同じ。好きでこんな曇り顔になってるわけじゃない。アークエンデとのおしゃべりで、少しでも気持ちが回復してくれるといいが。


「! トメイトウと……チーズを……? 大胆不敵……」

「そうですの、さらには……」

「お嬢様、あれも教えてやれよ。スープに入れる……」

「ゴクリ……」


 おお、オーメルンも混じっていい感じに盛り上がっている。やっぱり子供は子供で集まるのが一番か。などとほっこりしながら見守っていたら、


『笑止!』


 突然三人が振り返って謎の言葉を発してきた。なんだよ……ソラも結構楽しそうじゃねえかよ……。


 と。


「……みんな止まれ、誰かいる」


 それまでの平穏な歩みを止め、俺は皆に警戒の一声を放った。


「ク、クマか何かでしょうか?」


 シノホルンが怯えた様子で周囲を見回す。


「いや、この足音――人間だ。四……いや五人」


 山賊でもいるのか? いや、村の人たちにそんな様子はなかった――。

 俺たちが一か所に集まり身構えていると、突然、近くの茂みがバサバサと鳴った。


「きゃあ!」


 悲鳴を上げて抱きついてくるシノホルンを受け止めつつ、俺は素早く相手を確認した。


 金属の塊――全身鎧の、人間だ。

 宗教的なシンボルを随所に盛り込んだ意匠。表面を白い塗装で覆い金で縁取った豪華さは、さながら歩く教会といった趣。


「誰だ!」


 皆の前に立って威勢よく声を張り上げたオーメルンに対し、真っ先に答えを出ししたのは意外にも、俺に抱きついたままのシノホルンだった。


「あっ……聖騎士修道会の皆さん!?」

「貴女は……その司祭服……シノホルン様?」


 先頭にいた騎士がシノホルンの服装を観察しながら返す。カレーの入れ物というか、ランプのような独特の形をした兜をかぶっており、声からして女性らしい。ただ、背丈は俺に迫る勢いとだいぶ高い。


「お知り合いですか?」と俺がたずねるとシノホルンは首を縦に振り、「古くから教団を守護してくれている騎士団の方々です」との説明を返しつつ、改めて騎士の方へと信頼の表情を向ける。


「あなたの言う通り、わたしはピケの司祭シノホルンです。修道士様、お名前をうかがってもよろしいでしょうか」

「はい。聖庁秘蹟三課、第一実行部隊隊長、マスカレーダと申します」

「マスカレーダ! あのマスケットソードのマスカレーダ様ですか?」

「恥ずかしながら……」


 と、彼女――マスカレーダは、本当に気恥ずかしそうに兜に手をやる仕草を見せた。


「マスケットソードって聞いたことあるぜ……。確か、剣と銃が一つになってるすげえ武器だ」


 オーメルンが興奮した様子で言う。剣プラス銃とか、男の子はカレーハンバーグ並みに好きだもんな。俺も知ってるよ息子よ。そしてマスカレーダという名前も。


『アルカナ・クロニクル』出身キャラの〈マスケット〉マスカレーダ。ゲーム内表記が二つ名付きといういかにも強そうな武将で、〈セルガイア保護区〉という勢力に属している。


 内政、武力共に高いが、一番怖いのは彼女が率いる部隊はどんなに瀕死でも士気が一切衰えないこと。たとえ数で負けていても大軍の士気を削り切って粘り勝ちしてしまうことがよくある。敵にいるとマジでクソ……失礼、うんこ厄介。


 そんな教会の有名人が、どうしてこんなところに?


「マスカレーダ様。こちらはヴァンサンカン伯爵です」


 シノホルンの嬉しそうな紹介に、マスカレーダと彼女率いる騎士たちからわずかに厭う空気が立ち上った。その訳はすぐに知れた。


「……領主殿であらせられたか。我らは教皇猊下の勅命にて、急遽この地に馳せ参じております。どうか御見逃しを」

「えっ? ああ……」


 そうか。領主に断りもなくこんな戦力を送り込んじゃいけないのか。

 これが一介の旅人とか冒険者ならどこほっつき歩こうが自由だろうけど、偉い人が絡むと人の出入りは途端にセンシティブになる。


 マスカレーダは世間体のために丁寧かつ下手に出てくれているものの、これはつまり「こっそりおたくの領地に入ってあれこれ調べるけどつべこべもんく言うなよ」ということなのだろう。ある意味で国教としての傲慢。ただ、彼女たちの用向きはだいたいわかっている。


「例の……首無し像のことですか」

『!』


 マスカレーダたちの鎧が、身じろぎに合わせて小さく鳴った。


「実は、我々もその調査に来たのです」

「…………。そのメンバーで?」


 あっ……ハイ。やっぱピクニックのメンバーですよね……。


「彼女がその像の目撃者です。我々で保護しました。像に襲われたと証言しています」


 俺はソラを軽く目で指し、話を強引に先に進めた。

 それに対するマスカレーダたちの反応は……少し奇妙なものだった。かすかに息を呑み、体を硬くする動き。


「…………。伯爵殿、この少女の左手にあるものが何かご存知か?」

「一応は。首無し像に襲われたことで彼女は心を乱し、領内で盟主像を損壊するという騒ぎを起こしました。その罪を軽くするために、わたしたちはここに来ています」

「ふむ……」


 兜の下あごに手をやるマスカレーダ。これは聖剣のことを知ってるな。この持ち主を粗雑に扱うとどうなるかも。


「なるほど、そのいざこざで町の傭兵団が使えず、卿自ら家族を率いて出向いて来たわけか」

「実はそうなんです」


 像の破壊と傭兵団とを一気に繋げてきた。土地の事情にも詳しい。これは話が早そうだ。


「教会でもその“世剣(せいけん)”に関しては一切縛り付けてはならないとされています。世剣の持ち主――“審判者”が卿のところに流れ着いたというのであれば、処遇はお任せしましょう。ただし――」


 丈長の兜から、形のない迫力を漲らせつつ、彼女は言った。


「調査に関しては、我々が先に行います。そちらは一旦屋敷に戻り、我々の報をお待ちください」

「――断る」


 即座に拒絶の一声を投げつけたのは、それまでだんまりを決め込んでいたソラだった。彼女は暗闇を帯びた眼差しでマスカレーダを見据え、


「終焉の姉妹に沈黙は許されず。我が真眼をもって偽りの赤い霧を晴らす……」

「…………。その言葉はどういう意味か、審判者殿」

「笑止!」

「なにっ」

「ああ、いや、あの、すいません。この子は、自分の目でちゃんと確かめて、ウソじゃないことを証明したいって言っています」


 俺は間に割って入り、二人のコミュニケーション不全を解消した。

 マスカレーダはこれでマメな性格で、しかもクソが付くほど真面目なのだ。ソラの大仰な発言を真に受け、古文書でも読み解くみたいに必死に分析しようとするに違いなかった。最悪の組み合わせだ。


「マスカレーダさん、我々としてもこれは自分の領内で起きた事件です。うやむやにしたくはない。どうか手伝わせてもらいたい」

「むぅ……。しかし……」

「わたしからもお願いします、マスカレーダ様。領主様は直に民を安心させてあげたいのです。どうか、そのお気持ちを汲んであげてください」


 シノホルンからの頼みに、聖騎士たちは分が悪そうに顔を見合わせた。教会での立場はシノホルンの方が上なのだろう。教会のために武を行使する彼ら。その上下が逆になってしまえば、本来の意味をなくしてしまう。


 やがてマスカレーダから小さな嘆息が漏れた。


「……シノホルン司祭は、伯爵殿と大変仲がよろしい様子だ」

「えっ、そうですかぁ!?」


 めっちゃ嬉しそうに声のトーン上がってるけど今のは俺でもわかるよ、嫌味だよ。ちなみにシノホルンは今の今までずっと俺に抱きついたままだ。


「いいでしょう、司祭様がそこまで言うのであれば。そのかわり、審判者殿には像を見た場所までの案内を頼みたい。ただし我々の後ろから」


 てきぱきと指示を飛ばしてくるマスカレーダ。一度判断を下した以上は、うだうだ言わずにすぐに予定を修正するのが彼女の流儀なのだろう。真面目ではあるが頭は固くない。バスティーユに似たタイプだ。


「それと……そう、この機会なのでわたしからも伯爵殿に聞きたいことがあります」

「聞きたいこと?」


 首を傾げる俺に、マスカレーダの声が静かに忍び寄る。


「今回の首のない石像……。教会の見立てでは、煉界より罪を洗わぬまま出てきた死者ではないかとされています」

『!』


 うちのメンバーから驚きの空気が膨らむ。教会で話し合った不気味な想像。それが的中してしまった形だ。しかし、マスカレーダの恐るべき本題はここからだった。


「神学者によると、煉界の門扉には数年に一度、わずかな隙間ができるというのです。その隙間を通り、一瞬だけ死者たちが現世に蘇ってくる……。ただし、前回の報告は去年。その間隔が大きく破られている。……ゆえにこう考える者がいるのです。ヴァンサンカン領にて、本来死すべき者が門に入る途中で逃げ出し、その隙に乗じて別の死者までついてきたのではないかと……」


 えっ……と俺たち全員がその場に靴を縫い付けられたように固まった。


「つかぬことを……本当につかぬことをおうかがいします伯爵殿。貴公の領内で、最近死者、あるいは死すべき者が蘇ったという話を聞いたことはありませんか? それは、盟主の定めた生死の理に背く行為。罪を洗わず、死も受け入れなかった許されざる背神者です。もしそんな者がいるのであれば……我らはそれをあるべき世界へと戻さねばなりません。そう……あらゆる手段をもって、です」


二度も蘇った! ドラゴンボールでさえ一度までなのに!(地球産)

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ヨシ! 伯爵は死すべきじゃないから違うな!(断言)
おましょうま! >数年に一回くらいの頻度でこいつは自然発生していたらしい。 たまに目撃情報がある割には継続した被害が出てないとなると一定時間で消滅するんかな >それに対する恐怖感は、死生観を共にす…
リス「もう煉界には何回も行ってるよ僕は、罪も呪いも洗い流そうとしたら煉界側からそんなもん洗い流せるわけないだろ!いい加減にしろ!と追い返されたよ」 鎖マン「いやそりゃ無理に決まってるだろ、というかな…
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