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第百二十三話 巨星の張る虚勢

 俺たちが部屋を訪れた時、アイゼン団長は自身のベッドに寝かされていた。

 室内には過去に仕留めた怪獣のものなのか謎の頭骨がトロフィーとして飾られ、他にも使い古された武器と鎧が壁や床に並べられている。


 それは一人の戦士として築いてきた戦歴であり功績だったのだろう。ボロボロの姿になってなお色褪せない誇りを内に抱いているように、俺には見えた。


 本人もまた、そうして削られ磨き抜かれた一つの形を成しているのだろうか。

 血相変えて飛び込んできたビールケに対し、横幅のあるベッドに仰臥した彼は、普段と変わらぬしっかりとした口調で言い放った。


「騒ぐんじゃねえ。ちょっと風邪ひいただけだ」

「ウソだ! 親父は風邪なんかひいたことねーだろ!」

「初めてひいたからちょっと驚いただけだ。うるせーからむこうに行ってろバカ娘。それからシノホルン先生とヴァンサンカンは残ってくれ。話がある」


 心配そうに見つめるビールケをアーシュが連れ出し、残りのメンバーも早々に退出させられると、部屋に残ったのは俺とシノホルンと彼だけ。

 空気が重い。これからどんな話が始まるのか、俺の浅い人生経験でもうっすらと予想がついた。


「やっと静かになったか。普段はバカ娘のくせに、こういう時だけ鋭くなりやがる」


 そう言うとアイゼン団長は上体を起こし、やおらシャツをはだけて上半身を露出した。

 俺たちはぎょっとなった。シャツの下には彼の胸板のように分厚く包帯が巻かれ、そしてそこには――出血の跡があった。


 こ、これは……。


 俺もシノホルンも言葉を失う中、彼が包帯を取り払ったことでその正体が露わになる。

 分厚い筋肉で覆われた胴体をびっしりと埋め尽くす、奇病の発疹。

 この広範囲に加え出血があるということは、すでにかなりの末期……!


「気合で耐えてたんだが、シノホルン先生がうちのヤツらを手当てしてるのを見て、ちと気が緩んだらしい」


 倒れた経緯を語る彼の顔には、数秒前にはなかった無数の玉の汗と深刻な憔悴がはっきりと浮かび上がっていた。俺は問いかけずにはいられなかった。


「ずっと我慢していたのですか」


 他の患者を丹念に見たわけではないが、これよりもはるかに病状が軽い者でも皆ベッドで寝込んでしまっている。しかし団長は、確かに今日の朝まで何事もないように振る舞っていた……。


「へっ、やせ我慢も戦士の信条ってわけよ……」


 絞り出すような答えは、その意地も限界が近いことをうかがわせた。だからこそ、ビールケもあれだけ動揺したのか。


「シノホルン先生、これはかなり悪いだろ?」

「…………」


 さっきから一言も発せず、今にも泣きそうな彼女の顔が答えを物語る。「やはりな」と漏らした彼の吐息には、すでにある程度固まっていた諦念と覚悟の色が目に見えるようだった。


「オレが死ぬことはいい。戦士として生きてきたからにはどんな終わり方でも異論はねえ。ただ気がかりなのはビールケのことだ。あいつは親父を不死身の戦士だと思ってる。誰が死んでも親父だけは生き残るってな。もしオレに万が一のことがあればさっき以上に取り乱すはずだ」


 急に心細さを宿したアイゼン団長の目が、(たの)むように俺たちを見る。


「そん時ゃ客人。すまねえが、娘に励ましの言葉の一つでもかけてやってくれねえか。あいつは戦団を引っ張っていく役目がある。拠点の連中もビールケの言うことになら従うはずだ。親バカかもしれねえが、あいつは今よりもっと強くなる。こんな古びた戦士の死なんかで立ち止まってほしくねえ」


 そんな気弱なことを……とはとても言えない。彼はすでに十分すぎるくらい病と渡り合ってきた。常人ならもうとっくに死んでいたんじゃないだろうか。それを気合で押し込めてきたというのなら、彼は病魔との戦いにおいても戦士と呼ばれるに相応しい振る舞いを見せたに違いなかった。


「包帯を巻き直さんとならんな。クソッ、悪ィが手伝ってもらえるか……」


 新たな包帯の束を取り出す手は細かく震えていた。室内に並べられた超重量級の武具をみしりと握りしめていたであろう五指の弱々しさに心が痛む。

 俺たちはすぐさまそれに手を貸した。まずは出血を拭き取ろうとして、そこでふと気づく。


 アイゼン団長に浮き出た発疹は今まで見たどれよりも広範囲で、鮮明だった。だからこそ――。


「この模様……」


 すべてが同じというわけじゃない。だが似ている。雰囲気が。


「すみません団長、今からここにわたしの身内を一人連れて来ていいでしょうか。症状のことは口外しないように伝えるから」

「ああ。かまわんが……何か気になることでもあったか?」

「すぐ戻ります」


 俺は部屋を出て、彼女を連れて戻ってきた。

 スノーカイン――。


 アイゼン団長の変わり果てた姿を見て彼女は驚いた表情となったが、かまわず俺は二人を並べて眺める。

 シノホルンも気づいたようだった。

 似ている。奇病の発疹と、スノーカインの異界の巫女服に描かれた文様が。


 血流とも木の根ともつかない赤い意匠。団長の体に浮き出た文様の方がいくぶん複雑ではあるが、何か同一の根源を持つような雰囲気の近似が見て取れる。


「スノーカイン。団長の体に浮き出ている模様の正体がわかるか?」


 俺たちの切羽詰まった問いかけに、スノーカインは気後れしたように首をすくめた。「それは……」と何かを言いかけるも、すぐに口ごもってしまう。しかし俺がすがる思いで繰り返すと、ようやくその先を教えてくれた。


「それは、わたしたちが“新しい形”になる時に使われた陣法の術式……」

「!!」


 煉界人たちの術式! やはり関連があった……!


「……の一部。それだけでは不完全だし、逆に肉体に危害を加えかねない……」


 以前聞いた話では、その術式の第一被験者は彼女の姉だった。言い方は悪いが命を賭けた人体実験でもあったはずだ。この疫病の危険度はそれに通じるものがある。


「何か対処法は……!? 君は操霊機の巫女だ。この術式には詳しいんだろう?」


 畳みかけると、スノーカインは恐れるように俺を見上げ、そして首を横に振った。


「……わからない。その模様は確かに陣法の一部だけど、人が病気になるなんて聞いたことない。わたしは……お姉ちゃんに言われるがまま巫女になっただけだから……知らない……」

「……!」


 ダメ……か。


 この文様は煉界の何かが関わってはいるようだが、一方でれっきとした病でもあるようだ。呪いの類なら、魔力に敏感なアークエンデやベルゼヴィータが勘付かないはずがない。

 俺のアテは完全にはずれた……。


 アイゼン団長は気にするなと言ってくれたが、俺は気落ちした感情を持ち直せないまま彼の包帯を巻き直し、皆で部屋を出た。


「あの人、死ぬの?」


 どこへ向かおうとしているのかさえ定まらない歩調の中、ぽつりとスノーカインが言った。

 どうでもいいように、ではなかった。俺が見やった彼女の顔には、はっきりと不安の陰が差していた。


「ビールケがさっき部屋で泣いてた。昼間は仲間が殺されても平気そうに言ってたのに」


 確かにそう言っていた。そういうところに住んでいるのだからと。だがそれはあくまで父親を除外した発言だったのだろう。絶対的に頼れる父親を。それは今、失われつつある。


「怖い」と、スノーカインは言った。


「ビールケのパパが死ぬの、怖い……」

「スノーカイン……」


 煉界人は自分たちを裏切った地上の現行人類を恨んでいる。彼女もそうなのだろう。だが確かにこの時、スノーカインはアイゼン団長の死を、そしてビールケが深く悲しむことを恐れていた。


 彼女が仲間の死に触れたのはどれほど前のことだ? 目を合わせて返事もしてくれる相手が居なくなるのは?

 俺は、この子をあまりにも勘違いしていたのかもしれない。


「わたし何もできなかった。パパを助けられなかった」

「いいんだ。ありがとうスノーカイン。それとごめんな。つらいものを見せた……」


 俺はうな垂れる彼女を抱きしめる。

 無力感ばかりが(かさ)を増していく。

 

 ※

 

 その夜のことになる。

 どこかからすすり泣きが聞こえ、俺は目が覚めた。


 音として耳に届いたのとは違う。空気を揺らす波のリズムがすすり泣きだった。

 ビールケが泣いているのか? 俺はそっと部屋を抜け出し、岩崖住居一階のリビングへと向かった。


 その片隅で声を殺して泣いていたのは――シノホルンだった。


「……寝付けないのですか。シノホルン司祭」


 今にも消えてしまいそうな背中に一瞬臆し、しかし意を決して、俺は空元気の声を向けていた。

 シノホルンがびくりと体を震わせ、振り返る。彼女の顔は涙でずぶ濡れだった。


「わたしは無力です……」


 か細い声で、彼女はそう言ってきた。


「持ってきた薬や治療法はどれも期待できそうにありません。誰も助けられない。みんな死ぬでしょう。アイゼン団長も、ビールケさんも。みんな、みんな、わたしのせいで……」


 声は疲れ果て、今にもねじ切れそうな音をしている。

 彼女が吐き出す絶望は迫りくる現実そのものだった。打つ手はない――その事実が、明かりのないリビングを一段深い闇へと沈める。


「もし今、みんなを助けらえるなら……治療の答えをくれるなら、悪魔とだって契約します。魂も信仰もすべて捧げます。だから答えがほしい……」


 ここでもまた俺は自分の短慮さを思い知らされた。シノホルンはここ二日ずっと患者を診てきた。その間ずっと、無力感と絶望に殴られ続けてきたのだ。そして数時間前、重体のアイゼン団長を、取り乱すビールケを、それからスノーカインの恐怖を目の当たりにした。すべて自分への責として。


 一番追い詰められていたのは、この少女――。


「……この土地に来させれば、あなたが傷つくことはわかっていました。それを阻止できなかったのはわたしの落ち度です。でも、これだけは言わせてほしい」


 俺はシノホルンに近づくと、隣に寄り添い、そっと肩に手を置いた。


「一人で何でも背負い込みすぎです。確かにわたしたちはあなたを頼る他ない。でもそれは、あなたに全責任を押し付けるということじゃない。あなたが自分を無力だと言うのなら、わたしたちはもっと無力です」

「ザイゴール……でも……」


 言いかけた彼女が、さらなる言葉で自分を傷つけるより先に、俺は彼女の肩を抱き寄せた。


「あなたは一人ではない。俺たちがいる。医学の心得はなくとも動く手足にはなれる。絶望も分け合えるはずだ。そうやって一人で泣かないでくれ。肩はいつでも貸す」


 シノホルンが力なく俺の肩にもたれかかる。冷たい気がした。それは彼女の深い絶望だったのかもしれない。それなら、これは重荷を少しだけ受け取れたということなのか。


「わたしはこれからどうすればいいのでしょうか……」


 ぽつりと、救いを求めるように彼女はこぼした。

 そう。単なる慰めでは何も終わらない。救われない。その先があるからこの少女はここまで苦しんでいる。


 俺は自分の考えを伝えた。


「答えが見つからないなら……答えの探し方を探してみるというのはどうだろう」

「えっ……」

「テポーン老師が言ってただろ。答えだけを求めるな、その過程の方がずっと大事だって。今が正にその時なんじゃないかな。何か、未知の奇病を前にした時の調査法とかはないだろうか。それを今回のことに応用することは……」

「あっ……!」


 びくんと、俺の肩の上でシノホルンの体が跳ねた。


「あ、あります……フィールドワーク……! 患者の分布を調べて、容態の分布を調べて……そこから違和感を……!」

「それなら、明日にもすぐ始められそうだ」


 笑いかけた俺を見上げるシノホルンの暗い目に、驚きと喜びが小さな光となって浮き上がってくるのがわかった。


「ああ、ザイゴールっ……」

「おっとっとっ……」


 がばと抱き着いてきた彼女を慌てて受け止める。


「よかった。あなたがいてくれて。わたし一人だったらここで一歩も動けなくなっていました。覚悟はしてきたはずなのに。あなたのおかげです。ああ、ザイゴール、ザイゴール……」


 身をうずめるようにして言ってくる彼女に、俺はあえて気取った態度で応じる。


「当然ですシノホルン司祭。何てったって、わたしはあなたの護衛としてここにいるのだから。わたしたちは分霊の巡礼者ですよ」

「……! はい、()()()()ザイゴール……」


 俺を見上げるシノホルン司祭の目に……ん……? 何やら妖艶な光が……?


「わたしの魂の半分はあなたのもの。そしてあなたの魂は……全部わたしのもの……です……」

「え……!? いや、それだとだいぶはみ出てしまうような……!?」

「いいえ。きっとわたしの中にぴったりだと思います……。全部……あなたが欲しい……。誰にも、渡さない……」


 彼女の顔が近づいてくる。というより目が近づいてくる。見開かれ、妖しい黒い炎を灯した瞳が。

 目と目とが触れ合うのではないか。そんなあり得ない危惧を抱きかけた直後――。


 唐突に彼女はかくんと首を垂れた。

 ほどなく聞こえてきたのは安らかな寝息。極限の緊張からの急激な安堵が、彼女の脳にブレーカーを落とさせたものらしい。

 さ、最後のあれは勢い余っての発言だろう。明らかに闇の勢力に入門しかけていたように見えたが……。


 このまま彼女を共同部屋に連れ帰るのはいいとして、だ。

 起きたらラスボス化とかしてませんよね……?

フーッ、闇堕ち回避成功!

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― 新着の感想 ―
その理論だと、ザイゴールの身体にはシノホルン魂しか残らないので、ザイゴールの皮を被ったシノホルン50%が爆誕するんですが・・・ このタイミングでプツッと意識消失?妙だな・・?通りすがりのラスボスが常…
花粉には負けたけど謎の疫病もしくは煉界関連のナニカには負けるんじゃないぞ司祭様!という強い想いで再起です… ドワーフ一族の屈強な肉体でさえ蝕む謎の奇病…団長に迫る危機、例の術式(一部)だと発覚する疫病…
なにやってんだよ、団長!( スノーちゃん成長フラグと共にシノホルンさんのなにかフラグが……。 白虎術の適正生えてきそうですね(超重力)(別ゲー) 闇落ちフラグは折れてるけど伯爵堕ちフラグはビンビン…
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