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第百十九話 戦団への帰還

「ただいまー!」


 騒ぎを避けるために騎翅たちを一旦離れた場所に置き、徒歩でその拠点にたどり着くなり、ビールケは雷轟のような大音声で自らの帰宅を報せた。たちまち砂煙を上げていくつもの足音が突撃してくる。


「ビールケ、オメー無事だったのか!?」

「二日も帰ってこねーからさすがにマズいと思ってたんだぞ!」

「ビッケ、生きててよかった!」


 皆一様にずんぐりむっくり体型のドワーフだ。背丈はソラほどしかないものの厚みは男性で二倍、女性に関しても1.5倍ほどはある。

 髪は黒、赤、茶系統が多く、肌はだいたい日焼けした赤銅色。角のサイズや形状、生えている位置まで様々だが、重そうな防具が普段着代わりになっているのは共通していた。


 彼らが居を構える拠点は、岩山の中身をくりぬいたクリフ・ドゥエリングと呼ばれる形態をしていた。いわば天然のマンション群である。中心には岩に囲まれた広場まで完備しており、こんな荒野にありながらなかなかの文化度を誇っている。


「ビールケ、生きてたかこのバカ娘!」

「おう親父ィ! アタシが空腹以外で死ぬわけねーだろ!」


 彼女を出迎えた中でも一際立派な石角――もはや鹿並――を頭頂部に生やしたドワーフが、ビールケの脇を支えて高々と持ち上げる。


 チャンピオンベルトと見まごうほどのデカい額当てに、もじゃもじゃの黒ひげ。装備も誰よりも重厚で、それでいてまるで重さを感じさせないダイナミックな動きは、道中でビールケから聞かされていた彼女の父にして戦団長、アイゼン氏に違いない。


 戦団長の娘の生還に沸くドワーフたちに、俺たちも思わず顔をほころばせる。こういう光景は種族やヒトかどうかすら関係なく嬉しいものだ。ただ、浮かないままの顔もあった。


 シノホルン。

 彼女はかろうじて微笑みを維持してはいたものの、視線は忙しなくドワーフたちの姿を行き来していた。皆、例の奇病の発疹がある。集まった者の中には見るからに体調の悪そうな者もいた。病の蔓延は着実に進んでいるようだ。


「それでビールケ、そいつらは?」


 一通り娘と喜び終えると、アイゼンはじろりと、一部始終を見守っていた俺たちへ眼光を投じた。


 にこやかだったさっきとは別人、獰猛かつ険峻な戦士の顔つき。どれくらいの迫力かというと、細く繊細なタッチのイケメン武将イラストの中、一人だけ昭和の劇画を極めたような猛将オヤジが混じっているレベル。そう『アルカナ・クロニクル』の武将一覧でよく見られる光景。


「アイゼン様」


 と、そこに臆することなく進み出たのが俺たちの水先案内人アーシュ。


「あ? オメーはロウレールのとこにいた……」

「はい。アーシュです。この前は大変お世話になりました」


 恭しくエルフの一礼をしたところから、やや警戒気味だったドワーフたちの態度は一変した。

 何でもアイゼン団長は若い頃にロウレールと背中を預け合った仲で、種族を越えた友情を成立させていたという。彼は拠点の長というだけでなく人格面でも同胞に慕われているらしく、彼からの信頼は戦団の信頼を得たも同然だった。


 事情もすんなり通った。すなわち、エルフたちがきちんと退避できたこと。退避先の領主が俺であるということ。その俺たちが煉界の門の謎を探るためにこの地を訪れたこと……。


 聡明なアーシュの淀みない説明と、唯一の死因となり得る空腹で倒れていたビールケを介抱したという実績のおかげで、アイゼン団長たちはさして疑うこともなく俺たちを受け入れてくれた。


「そうか! 何だかわかんねえが客人っていうなら歓迎してやる! ……と言いたいところだがなぁ……」


 豪快に笑いかけたアイゼン団長だったが、その表情に一抹の寂しさが混じり、彼を同胞たちへと振り返らせる。

 普段は陽気な人々なのだろう。しかし今、彼らの顔にも隠し切れない疲労と陰りが差していた。理由は一つしかない。


「お会いしたばかりで恐縮ですが、病気の人たちを見せてもらえますか」


 シノホルンが核心を突くようにそう伝えると、アイゼン団長は快くそれを了承した。

 

 ※

 

「どうでしたか?」


 見世物ではない。俺たちが別室で休ませてもらっている間、医療の心得があるシノホルンとエクリーフだけが一族の重症者たちを看て、戻ってきた。


「皆、かなり危険な状態です」


 シノホルンは青ざめた顔で、俺の問いかけに答えた。


「症状はジプシー・ヒーラーの皆さんが言っていた通り。体中に文様めいた発疹が出ています。教会の医学書にも載っていない病気です……」

「ウチはまだマシな方なんだよ」


 彼女の言葉を継いだのは、さっきまで俺たちにこの拠点の説明をしてくれていたビールケ。彼女は発疹が浮いた頬を掻くのをアーシュに止められながら、


「ドワーフは最強だからな。病気にも当然強い。あたしらと手を組んでた人間と獣人の戦団はもう半分以上が動けなくなっちまってる。融通し合ってた食料とか水も手に入らなくなっちまった」


 ビールケが一人で荒野をさまよっていたのも、それらを入手するためであったという。戦域屈指の戦団であってもこの疲弊ぶり。高地の人々の消耗は予想以上に激しい。


「そんな中でも、遺跡の争奪戦は収まっていないんだろう?」


 と、俺が念のためたずねると、


「ああ。むしろ一部じゃ今がチャンスだって激化してる。だからよ、そのレンコンのモンってやつを探しに行く案内は、今のあたしらにはできねー。自力で行ってもいいけど確実に迷うぜ」


「皆さん、そんなに状態が悪く……」とアーシュが絶句する中、俺もスノーカインと顔を見合わせ、その場の全員と共にうなることになった。


 遺跡探索にドワーフたちの協力は必須……。であれば必然的に奇病と戦わなければいけなくなる。だが、実質医者がシノホルン一人の医療チームに何ができるか。そして彼女にどこまで頼っていいものか……。何とはなしに一同の視線が集まる中、シノホルンはそれでも少しだけ強がった笑みを浮かべ、


「ひとまず、飲み水を用意しましょう」


 彼女が言うにはドワーフたちの脱水症状がまずひどいという。発熱と、あんまり大声では言えないが下痢が原因だ。


 人は最悪食事なしでもひと月くらい生き延びるらしいが、水は一日抜くだけでも異常を来す。

 ここでシノホルンが用意したのは、とある葉っぱだった。俺はこいつを“レモンの葉っぱ”と呼んでいる。噛むとレモンの味がするからだ。ちなみにレモンはレモンで存在する。


 彼女はジプシー・ヒーラーから奇病の対症療法を聞き、特に水分補給が重要だとこれを遠征に大量に持ち込んでいたらしい。

 そこに砂糖と塩を混ぜる。俺は驚いた。いわゆる経口補水液だ。その一からの作り方を彼女はちゃんと学んでいた。


 そしてこの効果は、元々頑強な種であるドワーフにとっては大きかった。


「あぁ……。うめェなァ……。ありがとよお嬢ちゃん……」


 今まで口を利く元気もなかった重篤患者が、そうお礼を言ったのだ。

 ジプシー・ヒーラーも水分には気を付けていたが、ただ単なる水では吸収率が悪く、消耗がそれを上回ってしまっていたのだ。加えて酸味の強いレモンの葉っぱが、この地では珍しい清涼剤となって彼らの生命力に刺激を与えたものらしい。


 奇病に対して為すすべ無しだった彼らにとって、このわずかな改善だけでも大きな進展だった。


「しかしこれは体力を保たせているだけです。何かもっと直接的な打開策を見つけなければ……」


 シノホルンはそう言って、つきっきりの看病に入った。

 覚悟はしていたものの、ロンギヌス高地は初日から難題尽くしのスタートとなった……。


 ※

 

 カンカンカンカン……!


 翌朝のことになる。俺たちはけたたましい鐘の音に叩き起こされた。

 ビールケに用意してもらった客室だ。雑魚寝も込みで全員が一部屋に集中したのは部屋が足りなかったのではなく、奇病の蔓延する土地で離れ離れに眠るのが怖かった心理的な要因が大きい。全員があたふたと寝ぼけ眼を見合わせる中、


「敵襲! 敵襲!!」


 崖窟住居のいたるところに張り巡らされた伝声管から、ビールケらしき怒声が弾けた。


「敵襲だと!?」

「お父様、外を!」


 すかさず壁窓の木戸を跳ね上げたアークエンデが、拠点の入口付近を指さす。

 全員がパックからはみ出るエノキタケのように身を乗り出すと、砂塵の向こう側に黒い人影が群となって見えた。


 それらを出迎えるように完全武装のドワーフたちがすでに拠点の入口を固めている。距離はかなりあったが、一触即発の物々しい空気はもう鼻先まで臭ってきていた。


 睨み合うこと数分。人影は踵を返し、砂塵の奥へと消えていった。

 退いたか……。


「しゃあっ! 戦闘終了! 警戒解除!」


 伝声管から再びビールケの号令。拠点の入口でも数人の見張りを残してドワーフたちが解散していく。

 どうやら未遂に終わったようだが……今のは一体何だ?


「よう、驚かして悪かったなあ」


 ほどなくして部屋をビールケが訪ねてきて言う。


「さっきのあれ、何だったの?」と、アークエンデに髪を梳いてもらっているベルゼヴィータがたずねれば、


「あれはヨソの戦団だよ。〈ロンギヌス大戦団〉っつう偉そうな名前の。最近、ああやってウチに攻め込むチャンスをうかがってんだ。あっちにはまだあんまり病気が広がってないみたいでよ」

「〈ロンギヌス大戦団〉!?」


『アルカナ・クロニクル』でロンギヌス高地を支配している勢力だ。すでに存在しているのか!


「何だ? ヴァー伯、知ってんのか?」


 ビールケが怪訝そうに聞いてくる。あっ、しまった、つい反応してしまった!


「い、いや、その、強そうな名前だなって……」

「はー!? ウチらの方が強そうだろ! ドルとゴムだぞ! マはちょっと弱そうだけど!」


 力説するところが変だ。多分濁点がついてるから強いとかそういう発想なのだろうが……。俺は「そ、そうだね」と相槌を打ってその場をしのいだ。


 それにしても〈ロンギヌス大戦団〉か。歴史的な相手に絡まれてしまったな。

 ただ、今の段階ではそこまで有力な戦団でもないらしい。


『クロニクル』に登場するのが〈ドルマゴム戦団〉ではないということは、ビールケたちはこの後負けてしまうのだろうか。それとも呑まれて彼らの一部となったのか……。

〈憤災戦争〉ではマイナー勢力でしかなく、シナリオ面でもやまとさんから教わっていない俺には詳しい経緯まではわからない。……さすがに追憶配信はしてくれませんよね?


 ……………………。


 ないか。通知音すら鳴らない。やまとさんも大概面食いなので、濃い衆しかいない〈ロンギヌス大戦団〉より優先して紹介したい美キャラはたくさんいたろうからな。仕方ない。


 何にせよ今、余計な争いに巻き込まれるわけにはいかない。むこうもビールケたちが弱っているところを狙っているのだろうから、どうにかしてビールケやアイゼン団長を助けなければ……。


 ここはロンギヌス高地。世界の終わりと始まり、そして病と争いが混在する土地だ。


戦団暮らしの始まり始まり……。

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リス「病気が蔓延しているなんて恐ろしいね、でも僕らには感染する気配ないね、なんでだろ?」 メガトンコイン「病気が僕ら害悪連合の呪いに塗り潰されているんだよ…病気程度じゃここの煮詰められた呪いには耐え…
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