第百十八話 ヴァンサンカン戦団の算段
「ではシノホルン司祭、しっかり掴まっていてください」
貸し与えられた騎翅の一騎の上で、俺は後ろに乗っている少女にそう呼びかける。
「はい」
むに。
「…………」
何がとは言わないが。言わないぞ。
「すみませんザイゴール」
彼女がはにかむような声で囁いてくる。
「でも、わたしはイヤではありませんから……」
<煉><〇><〇><〇><〇><〇>ポポ……。
「よ、よーし、みんな出発!」
全メンバーを騎乗させた騎翅たちが一斉に飛び立つ。
その面子、実に俺、シノホルン、スノーカイン、アークエンデ、ベルゼヴィータ、アーシュ、オーメルン、ソラ、ルーガ、タマネ、ハガネ、マスカレーダ、エクリーフ……こりゃもう参加しない人員を挙げた方が早いほどの大人数。
「行ってらっしゃいませ旦那様」
「伯爵、みんな、必ず帰ってくるのだぞ」
「トモエはいつまでもお待ちしております!」
「危なくなったらすぐに逃げて来てくださいね!」
「戦団によろしくね、アーシュ」
地上からはバスティーユ以下、メイド軍団にエルフも含めた盛大なお見送り。そこにはロンギヌス行きを決意させたテポーン老師も交じっている。
彼が来てくれれば無類の頼もしさだったのだが、あちらはあちらで世に吹き始めた不穏な風――つまりイクシードの対応のため動いてくれるというから、安直にケチと断ずることはできない。
浮き上がった騎翅はいつもと変わらぬ軽快な翅足で王国領北部を目指す。
毎度毎度言っていることだが、この機動力は馬と他少々の魔導錬金的な乗り物しかない現代において反則級だ。特に体力的に劣るシノホルンやエクリーフが道中でヘバることなく万全の状態でたどり着けるのがでかい。本来なら、ジプシー・ヒーラーのような逞しい人々でなければ、一介の司祭に旅などできるはずもないのだ。
「パパ」
頬を切るこの清涼な風が、期待と緊張の入り混じった鈍重を束の間押し返してくれる中。俺の肩を掴んで飛んでいるスノーカインがふと声をかけてきた。
「本当に煉界の門なんてあるの……」
「わからない。だがテポーン老師が言うんだ。何かしら関わるものはあるんだと思う」
「…………」
「君もあってほしいと思っているんだろう?」
「……ん」
歯切れの悪いスノーカインの応答を聞き、俺は自分の迂闊さに内心舌を打った。
もしもロンギヌス高地に煉界の門があったら、彼女とはそこで別れることになる。
これまで劇的に仲良くなれるような大きな何かがあったわけではない。それでもじわじわと何かが近づいていった感覚はあった。このはっきりしないスノーカインの態度は、それを俺に伝えているんじゃないのか。
「ここで終わりにはしない」
俺は自分を諫めるようにそう言葉を押し出していた。
「まだ何も始まっちゃいないし、解決してもいない。君が煉界に帰っても……そこからがスタートだ」
「うん……」
どこかほっとしたような声が返り、二人の間にわだかまっていた無音の陰りが晴れた。
目を向けた空はどこまでも晴れ渡り、俺たちを運命の収束点へと引きずり込むようだ。
※
ハエたちの翅をもってしても約二日。
それだけかけて、俺たちはついに目的地上空へと進入した。
ロンギヌス高地。そこは大地の大半を荒野が占める、岩石砂漠と呼んでいい土地だった。
領地としては国王直轄地の括りになる。だがこれは貴族を立ち入り禁止にするための体のいい予防線で、管理は実質野放し状態だ。
赤茶けた巨岩が長年の風食によって奇抜な形となり、敗北寸前のジェンガのように天を指している。
時折見える色の薄い緑はまばらな灌木で、背の高い木々を見ることはほとんどない。
そうした荒野に、砂をかぶったまま風呂にも入らない巨大人工物が点在している。
「洪水後、箱舟が最初に行きついたのはここではないかと唱える学者もいます」とは、エクリーフから皆で受けた事前のレクチャーでの言葉。ロンギヌス高地は広大な台地とも呼べる地形をしており、世界を沈めるほどの水が引いたのなら、真っ先に顔を出す陸地の一つに挙がるという。
新たなヒトの拠点を作るとしたら、山の斜面よりもよほどこちらの方が適している。この説が仮説の域から出てこないのは、ロンギヌス高地がほとんど調査不能の争いの地であることや、多種族が入り乱れて無秩序に村落を形成しているという王政顔面パンチの現状が主な理由であるらしい。
「……なに……?」
俺の肩に手を置いて飛んでいたスノーカインが、ふと誰かに呼びかけられたようにつぶやいた。
「どうした、スノーカイン?」
「何だか、懐かしい気がする。どうして……」
茫洋とした眼差しにかすかな戸惑いを混じらせる彼女。
「煉界の……空気とかか?」
「違う。でも……ここの何かを知っている気がする」
ミアズマを求めて煉界船で来るような場所でもない。だとしたら、この土地そのものに何かあるのか。
世界の終わりがある場所。スノーカインたちが生きていた時代が、最後に終わった場所……?
「伯爵様!」
ベルゼヴィータの後ろに乗ったアーシュが、近づけた騎翅の上から呼びかけてくる。
「北北西を目指してください! わたしたちがお世話になった“ドルマゴム戦団”はそちらにあります!」
了解と手を振り、指示に従い進路を調整する。
「本当に遺跡だらけだ……」
その道中にも何個も遺跡を見つけることになった。何だか古代の遺跡というととても珍しい発見物のように思えるが、さにあらず。ここではもう普通の集落のレベルであちこちに見かける。実際そうなのだろう。それは単純に古い人々の生活拠点であり、かつては行き交う人々の姿すらあった。今はそれが放棄されたまま残っているに過ぎない。
そんな更新されることのない人の歴史を見下ろしつつ、それでも現地民たちの拠点の一つくらい発見したいと思い始めたタイミングで――。
「伯爵、下に誰か倒れてる!」
近くを飛んでいたオーメルンが、そんな声を皆に広げた。
俺はすぐに下方に目を凝らす。砂塵でかなり見えにくいが……。確かに人影らしきものがある。オーメルンはよく見つけた。
「ザイゴール、助けましょう!」
「ええ」
シノホルンに乞われて降下しようとすると、たちまち砂交じりの突風が俺たちを呑み込んだ。この禿げあがった台地では風を遮ってくれるものなどろくにない。暴風たちはやりたい放題だ。
地面に下りると、騎翅たちが身を寄せ合い壁を作ってくれた。賢くて優しい虫たちだ。
「これは……子供か?」
改めて倒れている相手の小柄さに気づく。
いや、単純に子供とも言えない。何だか全体的にずんぐりむっくりというか、丸いというか。
「ウ、ウソ……! ビールケッ!?」
引き裂かれるような悲鳴を上げたのはアーシュだった。両手で口元を押さえ、目を見開いている。
「知っているのか?」
「わ、わたしの友達です。そんな、そんな……! ビッケ、お願い、起きて。いや、いやぁっ……!」
駆け寄り、狂ったように揺り動かす。するとかすかにうめき声がした。
「! ザイゴール、まだ息があります! どこかに運んで……!」
「お父様、降りて来る時、すぐそばに遺跡がありました。そちらまで!」
俺たちはビールケと呼ばれた人物を担ぎ上げ、アークエンデが見たという遺跡まで大急ぎで避難した。
「……ふう、ここなら何とか一息つけそうだ」
屋根を維持した石造りの家屋。空っぽになった窓枠から荒々しい砂風が吹き込む中、奥まった部屋まで逃げ込んだ俺たちはどうにかその暴威から逃れることができた。
持ってきた荷物から毛布を引っ張り出し、ひとまずビールケという少女を寝かせる。
アーシュの友達はドワーフ族とのことだ。外傷は見当たらないが、首元から頬のあたりまで血管とも広大な幾何学模様の一部ともつかない発疹が浮き出ている。
……〈リバースヘブン〉から噴き出してきたという謎の疫病。感染している……!
それを目撃したアーシュはさらに取り乱し、ビールケに取りすがった。だがその直後。
グオオオオ……。
「腹減った……」
ビールケのその寝言に、彼女の涙は粉砕された。
ややあって――。
モリ! モリ! と擬音が聞こえてくるくらい、手掴まれた食糧が彼女のひと噛みひと噛みに消えていく。
俺たちが前日の野営で消費した分すべてに匹敵するレベルの食いっぷり。
今回ドルマゴム戦団を訪ねるにあたり、ご挨拶の品として持ってきた物資の一部だ。まだ余裕はあるとはいえ、ドワーフ少女一人でこの旺盛振りでは、現地に着いたら半日ももたずに消費される運命かもしれない。
「ぷはー! 生き返ったぁ!」
ひとまず目に付くものすべてを平らげた後で、ビールケは豪快に言い放ってゲップした。お上品な育ちのアークエンデやベルゼヴィータが思わず顔をしかめている。
「こんだけ食えたのは久しぶりだ! しっかし、うっまい食い物だなあ、この赤いの!」
わずかに残っていたトメイトウの瓶からケチャップを指ですくい、床に転がっていた小石に塗り付ける。そして、
ゴリッ、ガリッ……! と凄絶な音を立てて噛み砕いてしまった。何も知らないオーメルンやルーガが目を丸くする。
「かははっ、これがあれば味気ない石ころでもおいしく食べられるじゃねーか!」
ロックバイト……! そう、この世界のドワーフたちは石を食うのだ。
鉄分ミネラルの摂取のためにそうしているらしい。昔、野生動物が鉄道のレールを舐めにくるなんてニュースを見たことがあったが……それをさらにダイレクトにやってのけるのがドワーフ族とその頑健な歯列というわけだった。
「ビールケのバカ! どうしてあんなところで倒れてたの!」
ここでアーシュが溜めに溜めていた小言を投げつける。彼女は友達がモリモリと食料を漁っている間、じっとこれを我慢していたのだ。
「あれっ、アーシュじゃねえか! どうしてここに居んだよ!」
「今気づいたの!? わたしがどれだけ心配したと思って……うわーん!」
「いたたっ、何だよ何だよ、何怒ってんだよ!」
ポカポカと殴られだすビールケ。アーシュの方も主人のロウレールの前では決して見せない、いかにも友達同士といった砕けた態度で、マシュマロみたいに柔らかそうなパンチを繰り出している。
ここでようやくビールケについて話しておこう。
ええとその……こういう単語は子供たちの前ではあまり使いたくないのですが……。
すっごくロリ巨乳です……ハイ……。
低身長のずんぐりむっくりはドワーフの標準的な体形で、中でも女性は人間から見れば幼く映るとのこと。
それでいて肉付きは良いため、悪しき心がなくてもロリ巨乳に見えてしまうというわけだ。俺は悪くない。
彼女は赤茶けた大きな三つ編みを背中に垂らし、垂れ目がちな顔立ちはどちらかというと穏やかそうな女の子だった。ただ表情は勝気で、言葉遣いにも荒さが目立つ。服装も毛皮を編み込んだ鎧姿と戦闘的だ。
そしてもう一つ大きな外見的特徴として、ビールケのつるっとしたオデコから角が生えている。
ごつごつとして石みたいな角だ。これはドワーフのロックバイトという生態に関係していて、岩喰いの習慣と共に成長していくものらしい。まだ年若いビールケの場合、ちょこんとした可愛らしい角をしていた。
「へーえ。じゃあ“アー”は、こいつらを案内するためにロウレールのとこを離れてここに戻ってきたってことか」
なんか少女同士の痴話喧嘩みたいに殴られながらされた説明を、ビールケは改めて復唱した。
「ロウレール“様”よ、ビッケ」
「めんどくせーな。忘れるんだよ。ローでいいだろもう」
「ちゃんと呼んで。わたしのことはアーでいいから」
「わかったよ……。じゃあ忘れないよう先に付けて、様ロウレール」
「後にもつけて」
「二か所もか!? すっげー偉いなオイ!」
そこはかとなく愉快な会話だが、いつまでも和んでいるわけにもいかない。外の風もいつの間にか収まってきているようだ。
「オホンッ。すまないがビールケ、わたしたちは君たちのドルマゴム戦団を訪ねたいんだ。よければ道案内をしてもらえるだろうか?」
するとビールケはポヨンとシノホルン級の胸を叩き、
「おうっ、ヴァンサカ……はく……ヴァー伯! あたしを助けてくれた礼だ! 親父にもしっかりナシつけてやんよ!」
愛らしい顔に豪快なノシをつけて、最高の返礼を約束してくれたのだった。
スレンダー系ロリ巨乳派の皆さんには本当に申し訳ない。




