第百十六話 竜の力は竜の血から
「ソラ、かの地に行くのであれば、そんなナマクラではなくこれを持っていきなさい」
夕食を共にした後での談話室にて。
ソラの寺院でのワルガキエピソードに花を咲かせ――ソラは「やめろハゲ」と猛反発――た後、テポーン老師はふと思い出したようにそんなことを口にした。
驚くべき光景が俺たちの前に現れた。
老師が手をかざすと、まるで虚空から材料が集まってくるように小さな塊が作られ、それは次第に棒状に成長し、最後には一振りの剣として彼の手に収まったのだ。
この不可思議な光景――俺からは3Dプリンターの製造過程にも見えた――に一同は驚愕。
しかしそれ以上に俺の度肝を抜いたのは、この剣の正体だ。
“天眼剣”……!
『アルカナ・アルカディア3』のエンディングにて、眼鏡主人公と出世の道を驀進するソラが持っている剣だ。鍔の部分に象嵌された大きな一つ目が特徴。
また『クロニクル』では彼女の初期装備として再現され、ソラ装備時のみ固有必殺技が使えるという、正に彼女のために存在する武器だった。
『3』で闇落ちしたまま命を落としてしまった場合、彼女がこの剣に届くことはない。いわば、師匠からの卒業証書といったところだろうか。
だがある意味、本当に天眼剣が名を馳せるのはこの後のことになる。
実はこの剣はソラのみが力を引き出せるわけではない。その威力を恐れた聖騎士修道会の一派が、ソラの没後にこの剣を秘密裏に回収、保管していたのだが、ある時押し入った何者かに強奪されてしまう。
こうして天眼剣は裏社会に流出。外見に様々な擬装を施されながら闇の剣士たちの間を転々とし、ついには『4』にてこの剣を巡っての争奪戦が表面化する。選択肢次第では攻略対象キャラに死者まで出るという容赦ないイベントで、デッド・オア・退学のゲーム性をさらに拡張させてしまうのだ……!
「ほーう……?」
テポーン老師は天眼剣に狼狽する俺に、含みのある笑みを向けてきた。
「私が剣を生み出したことより、この剣の造形に興味がおありようですね伯爵。今初めて世界に現れた剣に、なんぞ歴史的な曰くでもありましたかな?」
「えっ!? い、いや、そういうわけでは……! た、単純にすごいなってぇ……!」
や、やべー! この人、確実に俺の特殊性に気づいてる。これ以上の情報を与えてはならない!
「フフッ、まあいいでしょう。しかしこれは驚くことではありません。竜の血を持つ者なら誰でもできる“創造”です」
「創造……?」
「竜とはいかなる生き物か、皆はご存知かな?」
談話室に集まっていた面々は、ぶるぶると首を横に振る。少し付き合ってわかったのだがテポーン老師は話好きだ。しかも歴史的に極めて貴重な話を教えてくれるので、彼が何か語ろうとしている時は邪魔をするなという共通認識が半日足らずでできあがっていた。
「えー、ハゲそんなのどうでもいいから早くその剣――むぐ」
唯一反対するソラも後ろからオーメルンに口を塞がれ、聞く態勢は万全だ。
「私も親から聞いただけなので信憑性はそのレベル……。しかしそれによると、竜と竜人族は天が最初に生み出した生命だそうです」
「最初の……?」
ざわつき、顔を見合わせる聴衆。
「まだ地も海も定かではない混沌の時代。そこに生命なるものを産み落とそうとした天は、はてどれほどの強さならばこの世界で生きられるのかと悩み、それを測るためのいくつかのプロトタイプを創りました。最初の彼らはすぐに死んでしまったため、天はより強い生き物を創造していきます。そうして原初混沌の中でも生きられるようになった生物が竜、そして竜人でした。天はこれを参考に、地上や海、そしてそこに住む者たちを生み出していったのです」
「き、聞いたことのない神話ですわ~! 教会でさえ創世記は洪水前後からですから~! 早速書き留めて禁書発行しなきゃ~!」
「やめろバカ姉!」
眼鏡を光らせながら爆速でメモを取るエクリーフを、苦労人のマスカレーダが羽交い絞めにする。
「ただ、天は一つミスを犯していました。原初混沌を生き延びさせるために、うっかり竜たちにとある特別な力まで与えてしまっていたのです。それは、天が地海を生み出したのと同等の力――すなわち、創造でした。無から有を生み出すその力は、今もどこかで生きているとされる原初混沌の竜たちからその子孫へとずっと伝えられています。混血のわたしにも。そして、そう。竜の血に救われたという伯爵、あなたにもね」
「……!!!」
名指しされた俺が、みんなの注目を一身に集める。
だが、竜の血が混じっているのは俺だけではない。アークエンデもオーメルンもそうだ。ニーズヘッグの血の影響で銀に染まった髪がその証。
「後天的に竜の血を授かったあなた方には、創造という感覚がありません。ゆえに自由自在に無から有を生み出すことはできないでしょう。ただ、本来持っていた技能、五感、魔導要素に創造的な何かを延長させることはできるかもしれない。どうです?」
「……心当たりはあります」
俺は押し出すような声でそれを認めた。子供たちも同様に。
不可視の糸。場に残った過去の声を拾うこともそう。すべてイーゲルジットの盗賊スキルに由来している。
おかしいと思ったのだ。竜の血を得たからといってなぜそれらがピンポイントで強化されたのか。もっと、口から火を吐くとか羽根が生えるとかわかりやすいドラゴン力を得る方が先じゃないかと。
それらは創造に由来していたのだ。普段からやっていることだからそれをイメージできた。無から能力を獲得するには、老師の言う通り感覚とやらが足りなかったのだろう。無を知覚するという、まだ大地すらなかった神代を理解する感覚が。
オーメルンの鑑定眼、アークエンデの早すぎる魔力成長もその類か。そういや空も飛んでた! いやでもカグヨも光るし……!? どうやらすべての謎を説明できるわけじゃないらしい……。
「あなた方に今から創造のセンスを身につけろと言っても不可能でしょう。頭の後ろに目を生やせと言っているようなものです。今の能力伸長だけでも奇跡的な確率だと思わなければ」
「はい。多くを望むつもりはありません」
俺は謙虚に老師の言葉を受け止めた。ハナから強さなんて求めていない。俺はただアークエンデ、そして……彼女にまつわる人々を不幸な結末から救えればそれでいい。
「大変結構。人は欲深いですから、あなたたちを見て自分も竜の血が欲しいと願う業突く張りが現れてもおかしくない。まあ愚者のバラバラ死者が増えて地が肥えるだけなので私としてはどうでもいいですが。ハハハ……」
うーん、この竜人!
「まあ、竜も創造の力を使うことはもうないでしょう。なんと言っても皆面倒くさがりですからね。そんなことより草が風に揺れているのを眺めている方がまだ楽しい。ですが私は半分人なので、ソラ、おまえにこれを授けます」
そう言って、テポーン老師はソラに天眼剣を渡した。
「おまえはまだ幼い。心が揺れることもたびたびあるでしょう。その時はこの剣をもって迷いを断ちなさい。世界がおまえ一人に重責を負わせるのなら、おまえにはその力を心のまま振りかざす権利がある。そして生きて帰ってきなさい。おまえが死んだら私は、きっと生まれて初めて、悲しい」
「わかった。ケチ……じゃない。……ランプの光が反射してまぶしいですね」
「……[∩∩]」
老師! 無言でこっち見て微笑まないでください! 俺が教えた言葉じゃないんです!
「と、ところで老師。わたしたちはロンギヌス高地で何を探せばよいのでしょうか?」
話を逸らすわけではないが、俺もまたこの人から何かを授かろうと、その質問を投げかけていた。ロンギヌスは古い土地だ。そしてこの竜人もまた年経た古い生き物。俺たちよりもきっと真相に近い何かを知っているはずだった。
しかし彼は、デキの悪い弟子をやんわりとたしなめるように口元を緩める。
「答えだけを先取りしても薄っぺらな人物が出来上がるだけですよ。そこに行きつくまでに学んだものの方がはるかに応用が利き実り多い」
「で、では何かヒントくらいはぁ……?」
「あげません。せいぜい迷いなさい」
ダメかぁ……。
「やっぱケチ」
ソラの暴言に思わずうなずきかけた俺を、老師は得意のアルカイックスマイルで直ちに硬直させてみせたのだった。
※
その夜のことになる。
テポーン老師来訪の驚きも夢の中までは引っ張っていけず、寝静まったヴァンサンカン屋敷は穏やかな沈黙の中にあった。
そこへ。
「ザイゴール……」
扉のむこうから囁くような呼び声。
とても誰かを呼び出す声とは思えなかった。ただこぼれたつぶやき。だが俺には聞こえた。
スノーカインが占拠したままのベッドの横、新たに持ち込んだ二つ目のベッドから身を起こし、俺は扉をそっと開ける。
「シノホルン司祭……?」
そこには心細げに立ち尽くす彼女の姿があった。俺の顔を見上げ、少し驚いた表情を作る。
「たったあれだけの声でも、あなたに聞こえてしまうんですね」
「たまたまです。何かありましたか」
「話を、したくて」
目線で部屋の外を示した彼女にうなずき、俺は廊下へと出た。
たどり着いた先は礼拝堂。ヴァンサンカン伯爵とその家族や家人が祈りをささげる場所。
燭台の一つに火をつけて暗闇に小さな居場所を作ると、俺と彼女は並んで長椅子に腰かけた。
普段から人気のない堂内は夜気の沈滞もあってさらに冷え、そこに無言のままのシノホルンが一抹の重みを加えている。
「ロンギヌス高地に向かわれるのですか?」
少しの沈黙の後、意を決したように彼女はそう口にした。
スノーカインや煉界絡みの内容をシノホルンは知らない。それでも老師の話は一緒に聞いていたし、場の雰囲気も理解していたはずだ。
「そうなるでしょう。今のままなら」
俺は正直に答えた。
「……わたしも、本来ならそこに向かう予定でした」
「……!」
その告白に思わず目を見張る。
「あの日、あなたに会えなかったら。面会がかなわなかったら。教会の聖なる任務としてロンギヌス戦域で医療業務に就くはずだったのです」
「あなたが、ロンギヌスに……」
正史のシノホルンは辺境赴任先で過酷な経験をし、闇落ちした。詳しくは語られていないがそれがロンギヌス高地だったのなら、彼女が受けた過酷な仕打ちの解像度も自然と増す。
助けるべき病人同士が殺し合い……そして、薬を持つ彼女自身も狙われる。ロウレールたちが見た地獄を彼女もまた体験したのだ。
「わたしはその地に向かうことを恐れました。命を助けるために医療を学んだのに」
「当然です。紛争地帯ですよ。いくら医者が必要だからと言って、そこにいきなりあなたのような若い人を送るのはあんまりだ」
憤りさえ覚えながら彼女を擁護した。シノホルンはエリート聖職者の家系で、きっとやっかみも多いのだろう。経験を積ませるという名目で彼女を潰そうした誰かがいるとしか思えない。
結果として彼女はそこで名を上げ、聖女とまで讃えられるようになる。だが、壊れた。彼女が最後まで望まないままに。
「あなたはそこに行くべきではなかった。仮に行くとしてももっと経験を積み、危険にも対処できるようになってからで十分です」
「でしたらあなたも」
その彼女の目がひたと俺を見据える。瞳に浮いた涙の幕が、燭台の明かりをゆらゆらと照り返した。
「行かないでください。ソラも。みんなも。あそこは……あまりにも恐ろしい何かがある気がするのです」
静かで、落ち着いた、しかし懇願。司祭服のスカートをきゅっと握った手が、小さく震えているのが薄闇に透ける。
彼女は理解していたのかもしれない。あの地に行けば自分が壊されることを。そして今度は、俺たちにその心配を向けている。
ロンギヌス高地に行くとなれば、総力戦になる。ソラだけでなく子供たちもついてくるだろう。シノホルンよりも小さい子たちが。不安は、もっともだ。
「シノホルン司祭、あなたの言うことは正しい。あなたの言うことをわたしも信じる。しかしその危険にこそ、会いに行かねばならないのです。逃げれば、手遅れになる」
「……そう言うと……そう言ってしまうと思いました」
悲しげに微笑んで目を伏せるシノホルン。こらえきれず小さな雫が落ちた。
それがあまりにも孤独で、寂しそうで。俺は自分でも知らず、彼女の涙を拭ってやっていた。
「でも約束する、シノホルン。俺は帰ってくる。俺たちは。みんな無事に、誰も何も変わることなく、帰ってくる。あなたの元へ」
「……本当ですか」
「本当です」
「では……抱きしめてくれますか? その誓いに」
「はい」
俺はシノホルンを抱きしめた。じきに小さなすすり泣きが聞こえてきた。俺はますます彼女を深く抱きしめ、大丈夫と何度も囁いた。
※
そして翌日。
俺たちは揃ってバスティーユにロンギヌス高地行きを伝えた。
これまでで最大級の冒険になる。参加者全員が集合した、決意の報告だった。
が。
「え、ダメです。何言ってるんですか。そのようなことは絶対に許しません」
『えっ!?!?!?!?』
我が家で一番偉い人からNGが出た……。
隠しエンディングNo14:~うちの執事がそう言うのなら~




